9月--シン。食欲の秋と晩餐会への招待状
シン視点
7年ぶりにジパングの実家へと帰省した8月が終わり、数日が経った9月の第1金曜日。
本日の売れ残り依頼2件をこなした俺は、夕方の4時過ぎに王都へと帰還。
ギルドへの報告も済ませた現在、俺は食料品の買い出しの為、商店街の八百屋さんを訪れていた。
(それにしても、1週間ほど見ない内に、随分と商品が入れ変わっているなぁ)
先月末に訪ねた際には、トマトやナスやトウモロコシなど、夏の野菜に彩られていた陳列棚。
が、現在棚の大部分を占めているのは、カボチャや里芋やサツマイモなど、秋の野菜。
他にも、椎茸や占地や滑子などのキノコ類も、先月より豊富に陳列されてた。
(こうして買い物をしていると、季節の移ろいが感じられて面白いなぁ)
まだ昼間は残暑が厳しいけれど、陽が落ちた夕方以降は、だんだんと涼しくなっているものなぁ、と。
少しずつ秋の気配を感じつつも、数日分の野菜やキノコを購入した俺は、次いで魚屋さんを訪問。
と、こちらでもサンマやカツオといった、秋が旬の魚が目に付いた。
(サンマもカツオも、この時期は身に脂が乗っていて、美味いんだよなぁ)
特に産卵を控えた秋のカツオには、マグロと同等以上の脂が乗っており、トロガツオとも呼ばれている。
他にも各種ビタミンや鉄分、ナイアシンやタウリンなどの栄養素が、豊富に含有。
出回る時期も相まって、夏の間に蓄積した疲れの解消に、うってつけの食材なのだ。
(山間の村で育ったアイリスにとって、王都で過ごす今年の夏は、初めての事ばかりだったろうからなぁ)
川遊びや肝試しなど、夏休みを利用して遊びには出掛けたものの、本人の希望で冒険者の修行は継続。
挙げ句の果てには、先月の6日から16日までの10日間、俺の故郷である海外で過ごしていたのだ。
一見、アイリスの様子に変化はないけれど--知らず知らずの内に、心労が溜まっている可能性はある。
(過保護かもだけど…………ここは奮発。カツオは切り身ではなく、丸々1本で購入するか!)
と、手始めにカツオを確保した俺は、次いで調理方法へと思考を巡らせる。
カツオの身は熱を通すとパサパサになってしまうので、シンプルに刺身に。
サンマは、その香りの高さを更に引き立てる為、炭火で塩焼きにしようかな、と。
カツオに続きサンマを手にする俺だったが、いざ会計をしようとした段階で、はたと思い直す。
(…………いや、待てよ。刺身も炭火焼きもジパングの調理手法だから、セレスティア出身のアイリスには馴染みが薄いか?)
最悪、炭火焼きなら食べれるかもだが--魚を生のまま提供する刺身には、流石に抵抗があるだろう。
となると…………カツオは生感を軽減させる為、オリーブオイルに浸けてカルパッチョに。
サンマは、その豊かな香りを逃さず閉じ込める為、ホイルで包んで蒸し焼きにするのが良さそうだ。
(それなら、さっき買ったキノコと…………ついでに、ハーブも一緒に加えようかな)
そうすれば、サンマの青魚特有の魚臭さを中和できる上に、相乗効果で香りを高められるし、と。
それぞれの調理方法を決めた俺は、今度こそ会計を済ませ、魚屋さんを後にする。
これで、今日の買い物は全て終了だ。購入した商品を手に、まっすぐ帰宅の途へと着く、俺。
が、ちょうど商店街を出た所で、騎士団の鎧を身に纏った、センドリックさんと出会した。
「こんにちは、シルヴァー様」
「こんにちは、センドリックさん。見回り中ですか?」
「それも、あるのですが…………実は今から、シルヴァー様のお宅に伺おうと思っていた所でして」
ですが、丁度お会いした事ですし、ここで話しても大丈夫でしょうか、と。
通行人の邪魔にならなさそうな、道の端を指差しながら尋ねてくる、センドリックさん。
俺は頷き返しつつも、これまでのセンドリックさんとの会話から、その用件について考えてみる。
(とりあえず、わざわざ騎士団の鎧姿で訪ねようとしていた事から、王宮関連の話なのは間違いないな)
けれど、公衆の面前で話しても大丈夫という事は、機密情報に関する内容では無いのだろうか?
と、そんな俺の推理は正しかったようで、センドリックさんは懐から、1枚のハガキを差し出してきた。
「こちらをシルヴァー様へ渡すよう、セルピア様より承りまして」
「? セルピア様から、ですか?」
セルピア様とは、この国の現国王の娘である、セルピア・リア・セレスティア様の事だ。
俺とは歳が近い事もあり、王宮からの指名依頼を伝えるのは、専らセルピア様の役割となっている。
そういう意味では、セレスティアの王侯貴族の中で、最も親しい間柄だと言えるだろう。
(とはいえ、こうしてセルピア様の名義でハガキが届くなんて、今まで1度も無かったよなぁ…………)
しかも、センドリックさんを介してとはいえ、郵送ではなく手渡しだし…………。
と、訝しむ俺に気付いたのか、センドリックの表情に苦笑が浮かぶ。
「そう警戒なさらずとも、大丈夫ですよ」
セルピア様からは、先月シンさんを半ばムリヤリ実家に帰した、お詫びと伺っていますので、と。
センドリックさんから理由を聞いた事で、俺は合点が入ったとばかりに頷いた。
「ああ、なるほど。そういう事ですか」
確かにセンドリックさんの言う通りで、先月の帰省は俺の意思ではなく、王宮の策謀によるものだ。
が、そうなるよう計略を巡らせたのは、騎士団長兼姫様つきの護衛を務める、ブライアンさん。
セルピア様は国の代表として、俺に内容を伝えただけに過ぎない。
(貧乏くじを引かされたようなものなんだし、セルピア様が気に病む必要は無いんだけどなぁ)
最初こそ恨んだものの、父さんとの確執が解消した今となっては、むしろ感謝してる位だし、と。
俺は苦笑を浮かべつつも、センドリックさんからハガキを受け取り、裏面を確認。
と、ハガキの上部に記された、『秋の晩餐会と、舞踏会への招待状』という文面が目に付いた。
(たしか--毎年9月末に王宮で催されている、王族主宰のパーティーだったかな)
晩餐会と銘打ってはいるものの、食事は立食のビュッフェ形式と、パーティーの格式としては最も下。
貴族と市民の交流が目的の会で、各界の著名人という制限はあるが、一般の人も招待されていたはずだ。
と、パーティーの内容を思い返しつつも、俺はアゴに手を当て考え込む。
(…………うーん。気を遣って招待してくれたセルピア様には申し訳ないけど、正直あまり気が進まないなぁ)
貴族の中には清廉潔白でない連中も多いので、俺の偽らざる本音としては、遠慮したい所だ。
が、ハガキの表面には俺だけでなく、アイリスの名前も記されているからな。
どうやら2人分の招待状らしいので、俺の独断で断らずに、一言アイリスに話を通すのが筋だろう。
(まぁ、アイリスが何て答えるかは、おおよそ見当がつくけどな…………)
好奇心が旺盛で、何事に対しても興味を示す、アイリスの事だ。
セルピア様とも一瞬で打ち解けた位だし、王宮での晩餐会と聞いても、物怖じせず参加したがる事だろう。
と、先月始めに王宮で行った、セルビア様との面談での出来事を思い出した、その瞬間。
同時に、王宮から供された紅茶やケーキのいただき方に悩んでいた、アイリスの姿も甦ってきた。
(…………ふむ。そうなると、晩餐会が催される9月の第4日曜日までに、アイリスに一通りのマナーを教えた方がいいな)
先述したように、晩餐会での食事は立食のビュッフェ形式と、パーティーの格式としては最も下。
が、それでも最低限、守るべきマナーは存在する。
(例えば、テーブルの料理は前菜から時計回りに並べられているから、その順番に2~3品ずつ取らないといけない)
あとは、使い終わった皿やグラスは給仕に渡したり、数少ない椅子を長時間占領しない事だろうか。
折角だから、家の一室にパーティー会場の内装を模倣して、そこで実演しながら教えようかな、と。
俺は今後の予定を組み立てつつも、センドリックさんにパーティーに参加する旨を伝えるのだった--




