表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/168

アイリス。初めてのワガママ

アイリス視点

ーー楽しかった。

ーー楽しかったんだ。

ーーシンさんと一緒に過ごすことが、本当に、本当に楽しかった。


『ダメな保護者だなんて思っていません!頼りないなんて思っていません!…………確かに、最初は知らない男の人と一緒に暮らすことに、困惑の気持ちがあったと思います。でも!ーー』


『シーンーさーん!』


『あはは。ごめん、ごめん』


『もうっ! 知りません!』


ーーシンさんにからかわれても、全然嫌な気持ちにならなかった。それどころか、まるで、本当の家族になれた気がして、嬉しかった。


『シンさんが、お花に話しかけながら、お世話している姿を想像すると……………………ふふっ。ふふふふふっ…………』

『つまり、照れ隠しですよね。恥ずかしいからって、そんなに必死になって否定して、かわいいなー、もうっ!』


ーー頼りがいのある、カッコイイ大人の男の人だと思っていたシンさんの、意外な一面が知れて、嬉しかった。


『えへへ~』


『まったく。お前は本当に甘えん坊だな』


ーーシンさんに抱きついて、頭を撫でてもらえると、心がポカポカと温かくなって、安心した。

ーー悲しみも、寂しさも、不安も、怒りも、憎しみも、シンさんと居る間は、忘れられた。

ーーこの人の側に、ずっと居たかった。

ーーこの人に、ずっと側に居て欲しかった。


『迷惑かけてるなんて思わなくていい。遠慮なんかしなくていい。アイリスさえ良ければ、いっぱい甘えて、いっぱいワガママ言ってくれていい。ーーだって、俺達は、師弟であり、家族なんだから』


『…………本当に、良いんですか?』

『わたし、お母さんに言わせれば、相当な甘えん坊みたいですよ。いっぱいワガママ言って、甘えちゃいますよ』


『ああ、いいよ。よっぽど変なお願いじゃないかぎり、聞いてあげる』


ーーどれだけ甘えても、どれだけ依存しても、シンさんなら(こた)えてくれる。そう、思っていたのにーー


『…………うん。実は、そろそろギルドに行かないといけない時間でね。そして、アイリス。悪いんだけど、キミを一緒に連れて行くことは、出来ないんだーー』




「…………………………………………」


「…………アイリス。大丈夫?」


シンさんが、わたしを気遣うような心配気な声音で、そう尋ねてくる。


「…………………………………………」


だけど、わたしに返事をするような、心の余裕は無かった。

先のシンさんの言葉を聞いて以来、わたしは放心状態になってしまっていた。

シンさんの言葉は聞こえている。シンさんの言葉を、頭では理解している。ーーだけど、わたしの心が、シンさんの言葉を受け入れることを、拒絶していた。


「…………続き、話すね…………」


(…………イヤ…………聞きたくない…………)


そんな、わたしの思いとは裏腹に、シンさんはわたしの事を心配するような様子のまま、それでも話を続けてくる。


「とりあえず、あと30分位したら、俺はギルドへ依頼を受けに行くよ。その間、申し訳ないけど、アイリスには留守番をしてもらう事になる」


(…………イヤ…………そんな話、聞きたくない!)


「アイリスが1人が嫌なら、学校に案内するから、そこで勉強をしていてもらえないかな。知らない人ばかりで嫌だと言うなら、フィリアさんにお願いして、ギルドで過ごす?」


(イヤだ! イヤだ! イヤだ!)


「大丈夫。夜遅くになると思うけど、ちゃんと帰って来るから」


「ーーっ!」


夜…………遅く…………? 

そんなにもの時間、シンさんから離れないといけないの?

今のわたしには、シンさんしか心許せる人は居ないのに。そんなのーー


「…………イヤ、です…………」


「アイリス。でも…………」


わたしが、小さな声で呟くと、シンさんは困ったような声を上げる。

そんなシンさんを無視して、わたしは感情のままに、大きな声で自分の気持ちを口にする。


「イヤです! シンさんから離れたくない! それなら、わたしも一緒に行きます! 連れて行ってください!」


「アイリス。無茶を言わないでくれ…………」


「なんですか! シンさん、言ってくれたじゃないですか! いっぱい甘えていいって! いっぱいワガママ言ってくれていいって! わたしのお願い、聞いてくれるって、言ったじゃないですか!」


「確かに、そう言ったけど…………。でも、同時にこうも言ったはずだよ。『よっぽど変なお願いじゃないかぎり、聞いてあげる』って。悪いけど、今回のは、よっぽどのお願いだよ」


「ーーっ!」


確かに、シンさんはそう言っていた。わたしのお願いを、何でも聞いてくれるとは、言っていない。


「…………な、なら…………。…………そうだ! 修行の一環として連れて行ってください! わたしの事、鍛えてくれるんですよね!?」


「無理だよ。Sランクの俺が受ける依頼は、危険度の高いものばかりだ。いくら俺でも、キミを守れる保証はない」


…………ズルい。そんな風に言われたら、何も言い返せないじゃない。


「…………それなら、仕事なんて行かないで、わたしと一緒に過ごしてくれませんか? シンさん、言ってたじゃないですか、お金は余るほどあるって。しばらく仕事しなくても、大丈夫なんでしょう?」


「確かに、そうだけど…………。でも、ゴメンね。それも無理なんだ。俺が受ける依頼は、他の冒険者が受けなかった、売れ残り依頼だ。困っている人が居る以上、放ってはおけないんだ」


「そ、そんな…………」


シンさんの言ってる事は分かる。優しい、シンさんらしい理由だと思う。

こんな立派な人が、師匠であり、保護者である事を、わたしは本来なら誇りに思わないといけないんだろう。

でも、今ばっかりはーー


「…………シンさんは、わたしよりも、顔も知らない他人の方が大事なんですか?」


「イジワルな質問しないでくれよ…………」


シンさんが、困ったような声を上げる。

わたしだって、イジワルな事を言ってるって分かってる。それでも、言わずにはいられなかった。もしこれで、シンさんが一緒に居てくれるならと、そう思った。でもーー


「もちろん、アイリスの方が大事だよ。でも、だからといって、仕事を(ないがし)ろには出来ない。」


その言葉には、強い意志が込められていた。

わたしが、どれだけお願いしても、シンさんはこの言葉を曲げないだろう。


「…………な、なら…………なら…………。…………………………………………う、ううっ」


…………もう、思いつかなかった。シンさんに連れて行ってもらう理由も、シンさんを引き止める理由も…………もう、思いつかない。


それに、本当はわたしも分かっていた。シンさんの言っている事が正しくて、わたしの言っている事が間違っているって。

わたしは、ただワガママを言っているだけだって。


(…………しかたない、のかな…………?)


シンさんを、これ以上困らせたくないし。

それに、シンさんは、夜には帰ってくるって、言っていた。たった半日位じゃない。小さな子供じゃないんだし、それぐらい我慢しないと。


シンさんの言う通り、学校に行けばいい。別に勉強は嫌いじゃない。この王都の学校なら、いろいろな事を学べるだろう。

さすがに、夜遅くまで学校には居られないだろうから、学校が終わったらフィリアさんの所に行こう。そして、フィリアさんと一緒に、シンさんが戻って来るのを待っていよう。

そう、頭では分かっているのにーー


「イヤだあぁぁぁっ! やっぱり、イヤだよおぉぉぉっ!」


ーー心では、その事実を受け入れていなかった。

わたしは、シンさんに抱きついて、ポロポロと涙を流す。


「ちょ、ちょっと、アイリス! 泣かないでよ。ねっ!」


シンさんは、優しい声でそう言って、頭を撫でてくれる。でも、先程までと違って、安心感は湧いてこない。

ただ、ただただ、寂しかった。孤独感だけが、わたしの心を占めていた。


「…………お願い…………お願い、します…………。なんでも、言うこと聞きます…………なんでも、しますから…………。だから、お願いします…………わたしを1人にしないで…………わたしと一緒にいてください…………」


涙ながらに、シンさんに訴える。

絶対に離れない。その意思表示のため、強く、強く強く、シンさんの体を抱き締めたーー





次のページの、シン視点に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ