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8月-ーシンVS暁

シン視点

ジパンクの実家に帰省して9日目となる、8月14日の土曜日。

昨日、アイリスから全てを受け入れて貰えた事で、俺は自身の過去と向き合う事を決意。

一夜明けた本日、俺は実家の隣にある道場にて、父さんとの剣術勝負に臨もうとしていた。


(それにしても、こうして防具一式に身を包むのは、およそ7年ぶりか…………)


実家を出た後も素振りは続けていたものの、防具の類いは一切身に付けていなかったからなぁ、と。

しみじみと物思いに耽りつつも、道着の上から胴を身に纒っていく、俺。

が、続いて小手に両腕を通した所で、俺は指先が微かに震えている事に気が付いた。


(おそらく、体を覆う重みが増えた事で、幼少期のトラウマが刺激されたんだろうなぁ…………)


とはいえ、今ここにはアイリスだけでなく、母さんや祖母ちゃんまで見学に来ているのだ。

昨日、家族全員の前で啖呵を切った手前、今更()じ気ついた所は見せられない、と。

震える手で何とか面を被り、父さんの待つ道場の中央へと向かって行く、俺。

と、俺達の準備が整ったと見て取ったのか、審判を務める夕陽が歩み寄って来た。


「2人とも知ってると思うけど、お祖母ちゃんや母さんも居るし、一応ルールのお復習(さらい)ね」


制限時間5分の3本勝負。勝利条件は先に2勝するか、1勝したまま制限時間を迎えるか。

同点のまま制限時間を迎えた場合は、延長戦ね、と。

夕陽が5日前と同じ説明を終えた所で、俺と父さんは同時に竹刀を構えた。


(…………やはり父さんが使うのは、家の流派が教えている、上段の構えか…………)


対する俺の構えは、アイリスが琥珀くんとの試合の時にも使っていた、上段対策専用の平青眼(ひらせいがん)の構え。

中段よりも剣先をやや右上に向ける事で、上段が得意とする面と右小手の両方を防御できるんだ、と。

アイリスにした解説を思い出しつつも、俺は未だに震えている手を止める為、小さく深呼吸を繰り返す。


(…………落ちつけ。身体能力は父さんが圧倒的に上とはいえ、決して勝算のない戦いじゃないんだ…………)


幼い頃なら、いざ知らず。今の俺は冒険者の最高峰、たった5人しか居ないSランクの1人。

父さんの戦闘能力も高いとはいえ、冒険者のランクに換算するなら、体感でAランクの上位といった所。

俺が得意とする戦術や技術の勝負に持ち込めば、充分に勝機はあるはずだ、と。

俺が竹刀をキュッと握り締めたタイミングで、夕陽から息を吸う気配が伝わってきた。


「それでは-ー1本目、始め!」


「ゆくぞ、深夜よ! 面!」


夕陽が試合開始を宣言した瞬間、俺の面を狙って竹刀を振り下ろしてくる、父さん。

そんな父さんの攻撃を防御する為、俺は手にした竹刀を頭上へと掲げる。


(よし! ここまでは、作戦通りだ!)


攻撃に特化している上段の構えの性質上、十中八九、父さんは先制攻撃を繰り出してくると踏んでいた。

それを俺は、平青眼の構えで防御。すぐさまカウンターを叩き込めば、父さんから1本取れる、と。

そう思っていたのだけれど-ー


-ーバチィッ!


「-ーなっ!?」


父さんの打ち込みが余りに強すぎだのか、俺が頭上に掲げていたはずの剣先が、大きく弾かれてしまい。

そのまま、父さんの剣戟は勢いを(ほとん)ど殺す事なく、俺の面を打ち抜いた。


「面あり!」


自分の側のフラッグが上がるのを確認し、ゆっくりと元の立ち位置へと戻って行く、父さん。

そんな父さんの背中を眺めつつも、俺は悔しさのあまり、ギリッと唇を噛み締めた。


(…………くそ! 防御を無理矢理ぶち破るとか、あんなのありかよ…………!)


以前アイリスにも説明したが、上段は常に竹刀を頭上に掲げている為、他の構えで先手を取るのは難しい。

だからこそ俺は、まずは父さんの攻撃を受ける事を前提として、いくつかの作戦を考えてきた。

それなのに、これでは事前に立てた作戦の、すべてがパーだ。


(だからといって、今から作戦を練り直している時間もないし…………)


俺の脳裏に、父さんから厳しく鍛えられていた、幼少期の日々の記憶が甦る。

あれから7年。冒険者として脇目も振らずに努力を続け、それなのに強くなったと思っていた。

だけど-ー


(いざ蓋を開けてみれば、7年前までと変わらず、手も足も出なかったなぁ…………)


やっぱり俺では、どれだけ時間を掛けようとも、父さんには敵わないという事なのだろうか、と。

父さんとの彼岸の力の差を実感し、顔を俯かせて構えを解いてしまう、俺。

そんな俺の背後から、アイリスの大きな声がかかる。


「お父さーん! 頑張ってー!」


「-ーっ!」


突如として聞こえてきた、道場中に響き渡る程の大声に、俺は肩を跳ねさせつつも背後を振り返る。

その先の壁際では、アイリスが右手を口元に当て声援を送りつつも、左手を大きく振っていて。

そんなアイリスの姿を眺めている内に、俺はスゥッと頭が冷えていくのを感じていた。


(…………ふっ。いかんな。どうやら弱気になる余り、視野が狭くなっていたようだ…………)


確かに、上段の構え相手に先手は取れないし、父さんの攻撃は力が強すぎて、防御すらも出来ない。

が、だからといって、もう打つ手がない訳ではないのだ。


(因縁の父さんとの試合だからか、守りに入り過ぎてしまって、カウンター技の真価を発揮できなかったしな)


というのも、剣道においてのカウンター技とは、ただ漫然と相手の攻撃を待つ技ではない。

こちらの動きによって、相手の攻撃を誘導するなのだ。


(そうなると、俺が取るべき戦い方は-ー)


と、俺は新たに作戦を練り直しつつも、背中を押してくれたアイリスに向けて、小さく手を振り返す。

そうして、俺が改めて平青眼の構えを取った所で、夕陽が大きく息を吸い込んだ。


「それでは-ー2本目、始め!」


「これで終わりにしよう、深夜よ! 面!」


1本目の時と同じように、試合開始と同時に竹刀を振り下ろしてくる、父さん。

そんな父さんの面打ちに対して、俺は手にした竹刀を一切動かさず。

剣道における足さばきを利用して、父さんの竹刀が届くよりも先に、俺は右斜め前方へと回り込んだ。


「-ーっ! ぬぅ…………」


と、父さんは苦々しそうな呻き声を漏らしながらも、俺へ放とうとしていた攻撃をキャンセル。

竹刀を頭上へと戻しつつも、どこか慌てた様子で俺へと向き直る、父さん。

そんな父さんの一連の動きを見て、俺はある確信を得る。


(やっぱり! 思った通りだ!)


上段は竹刀を頭上に掲げている関係上、前に出した左腕が邪魔をして、視界の左側に死角が存在する。

その上、俺が使う平青眼の構えは、中段よりも竹刀を右上へと向けているからな。

死角である左小手までの距離が近い分、父さんは尚更、俺が左手側に回り込まれるのが怖いのだ。


(というか、これこそが平青眼の構えの、本来の使い方だからなぁ)


防御と攻撃の両方で優位が取れるからこそ、平青眼の構えは上段対策専用と言われている訳だし、と。

今更のように平青眼の構えの特徴を思い出しつつも、再び右斜め前方へと回り込む、俺。

そんな俺を見て痺れを切らしたのか、父さんは左側へと向き直ると同時に、竹刀を振り下ろしてきた。


(よし! 狙い通りだ!)


これもアイリスに説明した事だが、上段は攻撃に特化している反面、面以外の防御が極端に薄い。

故に、もし先手を取られそうになれば、多少無理な体勢からでも攻撃を仕掛けてくるだろう、と。

そう踏んだ俺は、何度も父さんの左側へと回り込み、左小手への攻撃をチラつかせたのだ。


(おかげで1本目の時よりも、父さんの剣戟にキレが無くなったな!)


とはいえ、俺の筋力を弱さを鑑みれば、ここまでしても父さんの攻撃を防御できないだろう。

が、元より防御するつもりの無かった俺は、頭上を越えて竹刀を振り上げる。

と、今更ながら攻撃の動作に入る俺を見て、父さんは驚きの表情を浮かべる。


「正気か、深夜よ。今から竹刀を振り上げる深夜よりも、振り下ろすだけのワシの攻撃の方が速いぞ」


「分かってる! だからこそ、こうするんだよ!」


俺は強気で言い返しつつも、父さんの竹刀の側面を擦り上げるようにして、自身の竹刀を振り上げる。

と、お互いの竹刀の側面同士が接触した衝撃により、父さんの竹刀の軌道が僅かにズレ。

最終的に、父さんの竹刀は面から逸れて、俺の左肩へと着弾した。


(~~っ! 防具が薄い部分だからか、面に比べて痛みがあるな)


とはいえ、剣道のルールにおいて、肩への攻撃はポイントにならない。

まさに肉を切らせて骨を断つだなと、俺は苦笑しつつも、返す刀で竹刀を振り下ろし。

慌てて竹刀を構え直そうとしていた、父さんの面を打ち抜いた。


「面あり!」


夕陽が俺の側のフラッグを上げ、これで勝負は1対1のイーブン。

試合を振り出しに戻した俺は、掌をグッと小さく握り締める。


(よし! 初めて、父さんから1本取ったぞ!)


苦節10数年。アイリスの力も借りて、ようやく念願が叶ったな、と。

涙ぐみそうになるのを堪えながらも、元の立ち位置へと戻ろうとする、俺。

そんな俺の背中に、父さんからの声がかかる。


「深夜よ。今の技-ー竹刀を振り上げる1つの動作で、攻撃の準備と相手の攻撃を逸らす2つを同時に行う、面()り上げ面か?」


「ああ、そうだけど」


「その技は使い手の筋力を必要としない分、相手の剣が強くて速い程に、タイミングがシビアになる。先手を取られて後がない状況で、よくワシを相手に使ったな」


「だけど反面、相手の剣が強くて速い程に、より大きく攻撃を逸らす事が出来るからね」


それだけの利点があるのなら、多少のリスクを背負ってでも、父さん相手に使わない手はないだろう、と。

俺が臆する事なく告げると、父さんは顔を俯かせ、ふるふると肩を小刻みに震わせ始めた。


「ふっふっふ…………はっはっは! 娘が出来たからか、しばらく見ない間に、ずいぶんと逞しくなったではないか!」


これでは次の3本目も、深夜に取られてしまうかもしれないな、と。

セリフの内容とは裏腹に、高笑いしながら元の立ち位置へと戻って行く、父さん。

そんな父さんとは対照的に、俺は立ち止まって物思いに耽っていた。


((いささ)か気が早いとは思うけれど…………たしかに、父さんの言う通りなんだよな)


1本目の時の状態ならともかく、今の俺はアイリスのおかげで、適度に肩の力が抜けている。

2本目の時のように、平青眼の構えで冷静に対処すれば、まず負けはないと思う。

だけど-ー


(このまま、上段に有利な平青眼の構えで勝ち越したとしても、俺は父さんに勝ったと誇れるのか?)


逆に、平青眼の構えを相手に負け越したとして、父さんは負けを認めてくれるだろうか、と。

俺が思い悩んでいると、道場の扉の外から、カリカリと引っ掻く音が聞こえてきた。


「あっ、クロちゃん! いらっしゃい!」


『ありがとう、アイリスちゃん。どうやら、ギリギリで間に合ったみたいだね』


「うん! お父さんと暁さんが1本ずつ取って、今から3本目が始まる所だよ!」


どこで噂を聞き付けたのか、どうやらクロまで見学に訪れて来たようだ。

ただ、何だかクロの声がくぐもって聞こえるんだけど、一体どうしたのかな?

と、疑問に思った俺が振り返った所で、クロが口に咥えていた物を床に置く。


(って、あれ…………もしかして仏間の精霊棚に置いていた、お位牌か?)


遠目だからハッキリとは分からないが、見た感じ新しいので、兄さんのお位牌だと思う。

とはいえ、お位牌を咥えて持って来るなんて、罰当たりな奴だなぁ、と。

そこまで考えた所で、はたと気付いた。


(そういえば、お盆期間中に帰って来た魂は、お位牌で過ごすんだったか…………)


そう考えると、クロは自分だけでなく、兄さんまで見学に連れて来た事になる。

最愛の愛娘に加え、尊敬する兄さんまで見学している以上、カッコ悪い姿は見せられないなぁ、と。

苦笑を浮かべつつも、父さんと同じ上段の構えを取る、俺。

そんな俺を見て、父さんの表情に猛禽類を思わせる笑みが浮かぶ。


「…………ほぅ。このワシを相手に、上段の構えで挑むか」


「ああ。せっかくなら、父さんと同じ条件で勝負しようと思ってね」


と、父さんには自信満々に答えたものの、正直に言えば明確な勝算はない。

とはいえ、例え勝てなかったとしても、別に良いと思っているのだが。


(今回の勝負の目的は父さんに勝つ事ではなく、過去のトラウマを乗り越える事だからな)


当初の予定とは違い、父さんから1本取った事で、心の中の劣等感を払拭できた実感がある。

目的を果たした以上、ここからは因縁とかは何の関係もない、純粋な1対1の勝負なのだ。


(まあ、だからといって負けても良いと思ってはないから、父さんとは別の上段を使わせて貰うけどさ)


アイリスには1口に上段と説明したが、より細分化するならば、4種類ほどに分類されている。

父さんが使うのは、左手メイン右手サブで竹刀を振るう、打ちやすさ重視の左諸手(もろて)上段。

が、右手メイン左手サブの右諸手上段の方が、右利きの人に限っては威力が高いのだ。


(上段同士の戦いなら、お互いの竹刀が途中で衝突する、力勝負な試合展開になるだろうしな)


俺も父さんも、どちらも右利き。それなら、右諸手上段を使う俺の方が、十全の力を発揮できる。

あとは、どれだけ竹刀を正中線に沿って、真っ直ぐに振り下ろせるかの勝負だな、と。

最後の3本目の流れを考えつつも、左諸手上段から右諸手上段に構えを変える、俺。

そして-ー


「それでは-ー3本目、始め!」


夕陽の宣言を合図とし、俺と父さんは同時に竹刀を振るうのだった-ー

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