8月-ーアイリス。剣術道場での対戦
アイリス視点
ジパング滞在4日目となる、8月9日の月曜日。
わたしは見学に訪れた剣術道場で、蛍ちゃんと言う女の子が苛められているのを目撃。
苛めていた琥珀くんと言う男子を懲らしめる為、わたしは今まさに、剣術での勝負に臨もうとしていた。
(この火天流剣術道場が教えてる構えだから、当然なんだけど-ーやっぱり琥珀くんが使うのは、攻撃特化の上段の構えか…………)
蛍ちゃんから借りた防具一式に身を包んだわたしは、顔の表面を覆う面金と呼ばれる格子越しに、対戦相手である琥珀くん見やる。
同年代の子よりも一回り体格の大きな琥珀くんが、刀を頭上に掲げる上段の構えを使っているのだ。
こうして近い距離で相対していると、物凄いプレッシャーが感じられる。
(対するわたしが使うのは、お父さんも毎晩の素振りで使っている、攻防のバランスが取れた中段の構え)
わたしに剣術の経験はないけれど-ー上段の構えは、今日初めて目にした構え。
なら、毎晩のように見学している中段の構えの方が、まだ使いこなす事が出来るだろう。
そう考えての選択だった。
(お父さんと同じ構えを使う訳だから、この勝負、尚更敗けられないね!)
もちろん、苛められていた蛍ちゃんの為にも、絶対に勝つつもりだったけれど…………。
と、わたしが意気込みを固めていると、審判役を務める夕陽さんが口を開く。
「それじゃあ、ルールのおさらいね。制限時間5分の、3本勝負。勝利条件は先に2勝するか、どちらかが1勝して制限時間を迎えるか」
0対0、1対1で制限時間を迎えた場合は延長選ね、と。
改めてルールを説明してから、わたしと琥珀くんに数秒間ずつ視線を向ける、夕陽さん。
そして-ー
「では-ー始め!」
と、夕陽さんは試合開始の宣言を出した。
まずは、先手必勝-ーと、すぐさま琥珀くんに向けて踏み込もうとする、わたし。
瞬間、琥珀くんの人を小バカにしたような嘲笑が、わたしの頭上から降ってきた。
「ははっ。まあ、弱っちぃ女が相手だからな。可哀想だから、先手は譲ってやろうか? ん?」
「じゃ、遠慮なく」
「…………は?」
踏み込みながら刀を振るおうとするわたしを見て、間の抜けた声を上げて固まる、琥珀くん。
わたしが挑発に乗らず攻撃を仕掛けてくるなんて、思っていなかったのかな?
なんて事を考えていると、琥珀くんが我に返ったかのように動き始めた。
「-ーちぃっ! くそっ!」
琥珀くんは舌打ちを付きつつも、苦し紛れに刀を振るおうする。
が、上段の構えは攻撃に特化している反面、防御に回ると何も出来なくなる、諸刃の剣な構え。
今更、琥珀くんに何が出来るはずもなく。わたしはがら空きな左側の胴に向けて、刀を振り抜いた。
「どーう!」
「! ど、胴あり!」
琥珀くんではなく、わたしが先制点を上げた事が、意外だったのだろう。
わたしの側のフラッグを上つつも、驚きの表情を浮かべる、夕陽さん。
これで、まずは1点目だ。わたしは元の立ち位置に戻りつつも、ホッと安堵の息を吐く。
(よし! ここまでは、予想通りだ!)
改めてお父さんの弟子になった時の条件に則って、わたしは未だに武器の扱い方を教えてもらっていない。
が、戦術や戦略に関する座学ならば、毎回のように受けている。
(お父さん曰く-ー対人戦の場合は、相手の性格を考慮にいれるべし!)
自分を過大評価して、女の子を過小評価している、琥珀くんの事だ。
わたしの事を舐めている隙を突き、かつ、相手の胴の左側に刀を振るう。
そうすれば、必ず先制点は取れるだろうと踏んでいた。
(左に動く練習ばかりしていたから、咄嗟に右側に避けれないだろうという作戦が、上手く嵌まったね!)
けれど、問題はこれからだ。
元の立ち位置へと戻ったわたしは、刀を胸の前に構え直しつつも、面金の奥の琥珀くんの表情を覗き見る。
もう後が無いからか、琥珀くんの表情に、先程までのヘラヘラとした笑みはなく。
真剣味を帯びたその眼差しからは、最早油断は一切感じられたなかった。
(1本目のような不意打ちは、もう通じないだろうな…………)
となると、ここからの作戦だけど-ー攻撃特化の上段の構えを相手に、後手に回るのは悪手。
1本目と同じように、2本目も相手よりも先に攻撃を仕掛けなければ、と。
わたしが手にしていた刀をキュッと握り締めたタイミングで、夕陽さんがスゥッと息を吸う。
「では、2本目-ー始め!」
「どーー」
「食らえやっ! めーん!」
夕陽さんが2本目の開始を宣言した、その瞬間。
わたしは事前の作戦通り、琥珀くんより先に攻撃を仕掛けようと動く。
が、わたしが刀を振り上げるよりも先に、琥珀くんが面に目掛けて刀を振り下ろしてきた。
(-ーっ! やっぱり中段の構えよりも、上段の構えの攻撃の方が早い!)
お父さんも言っていた事だけど、中段の構えの攻撃には、振り上げと振り下ろしと2つの動作が必要。
それに対し、最初から刀を振り上げている上段の構えは、振り下ろすだけの1つの動作で攻撃が出来る。
攻撃と防御。どちらをするにしても、その1手の差は致命的だ。
「-ーくっ!」
わたしは、がら空きの胴に向けて放とうとしていた、攻撃の動作を中断。
琥珀くんの攻撃を防御する為、刀を頭上へと翳そうとするも-ーギリギリ間に合わず。
琥珀くんが振り下ろした刀が、わたしの面を打ち抜いた。
「面あり!」
夕陽さんが琥珀くん側のフラッグを上げ、これで1対1のイーブン。
試合は、振り出しだ。
「ふふん」
勝ち誇ったような笑みを浮かべてから、元の立ち位置へと戻って行く、琥珀くん。
そんな琥珀くんの背中を眺めつつも、わたしはフルフルと頭を振る。
(…………うぅ。面のお陰で痛くは無いとはいえ、やっぱり衝撃が凄い…………)
こんな1撃を、女の子である蛍ちゃんに何度も浴びせかけるなんて。
琥珀くん、やっぱり許せない-ーと、胸の前に刀を構え直しつつも、改めて憤りを表明する、わたし。
とはいえ、一体どうしたものだろうか?
(このまま3本目を始めた所で、2本目と同じ事を繰り返すだけだよね…………)
わたしの頭に、先の2本目で行われた、一連の流れがが思い浮かぶ。
さっきは、琥珀くんが繰り出した面打ちを、わたしはギリギリで防御する事が出来なかった。
それなら-ー
(今度は夕陽さんの合図と同時に、面の防御に動き出すのはどうだろう?)
そして、カウンターで攻撃を繰り出せば-ーと、そんなアイデアが、わたしの頭を過る。
が、お父さんの先程の言葉を思い出した事で、わたしはダメだと察した。
(お父さん、言ってたもんね。『上段の構えは左腕1本で刀を振るう関係上、相手の面と右小手が狙いやすい』って…………)
つまり、わたしが面の防御に動き出せば、琥珀くんは照準を右小手に切り替える可能性が高くなる。
となると、わたしは面と右小手の、2ヶ所の防御が可能な手を考える必要がある訳だ。
しかも、夕陽さんが3本目の開始を宣言するまでの、数秒の間に。
(そんなの、普通に考えれば不可能だよね…………)
まあ、だからといって諦めるつもりは、更々ないんだけどね!
と、わたしはこんな状況にも関わらず微笑むと、一瞬だけ背後を振り返る。
その先の壁際では、ハラハラとした表情でわたしを見つめている、お父さんの姿。
そんなお父さんの口癖たる言葉が、わたしの脳裏に思い浮かんできた。
『いいかい、アイリス。冒険者たるもの、どんな状況に陥っても、絶対に諦めてはいけないよ』
なら、わたしはお父さんの弟子として、諦めずに最後まで考えないとね、と。
わたしは正面に向き直ると、この状況を打開する手を考える為、お父さんの素振りの風景を思い返す。
と、その映像が終盤へと差し掛かった所で、わたしの頭に閃くものがあった。
(そういえば、お父さん。毎晩の素振りの終盤で、構えを微妙に変えていたような…………)
たしか、こっちだったっけ…………。
と、わたしは予感に突き動かされるままに、胸の前に真っ直ぐ構えていた刀を、僅かに右斜め上方へ。
その直後、夕陽さんから息を吸い込む気配が伝わってきた。
「では、3本目-ー始め!」
「はっ! 面が、がら空きになっているぞ! やっぱ、女は耐久力が無ぇな!」
わたしが刀を真っ直ぐ構え続けている事に疲れて、剣先を逸らしてしまったと思っているのだろう。
夕陽さんが3本目の開始を宣言した瞬間に、わたしの面目掛けて刀を振り下ろしてくる、琥珀くん。
わたしも、お父さんが毎晩の素振りの終盤で使う事から、琥珀くんと同じ感想を抱いていた。
だけど、こうして上段の構えと戦っている今なら、分かる。
(これは、上段の構えの使い手が狙ってくる、面と右小手を同時に守る構えなんだって!)
まずは、刀を右側へと向ける事で、相手が狙ってくる右小手へのコースを塞ぎ。
そして-ー
(刀を僅かに上に向けた分、さっきはギリギリで間に合わなかった面打ちに、今回はギリギリで届く!)
-ーバシッ!
「-ーなっ!?」
わたしが攻撃を防ぐなんて、琥珀くんは微塵も考えていなかったのだろう。
刀を振り下ろしたままの姿勢で硬直し、わたしに驚愕の表情を向けてくる、琥珀くん。
その無防備な小手目掛けて、わたしは刀を振り下ろすのだった-ー
-ー
-ー-ー
-ー-ー-ー-ー
わたしが最後に放った小手への攻撃は、見事に決まり。勝負は2対1で、わたしの勝ち。
琥珀くんは最初に交わした約束通り、蛍ちゃんへと謝罪する事となった。
「その…………悪かったよ、蛍。こんな事は、もう2度としない」
ちゃんと約束は守る子だったようで、しっかり蛍ちゃんへと頭を下げる、琥珀くん。
まあ、未だに上から目線な物言いなのは、微妙に気にかかるけど。
それでも、夕陽さんに注意された時の棒読みの謝罪に比べれば、今回の謝罪には真摯さが感じられた。
「琥珀くん…………うん! 約束だよ!」
しばらく呆気に取られたような表情を浮かべていた蛍ちゃんも、琥珀くんを許したようだ。
今回の約束を守った琥珀くんなら、2度としないという約束も守るだろうし、これにて一件落着だ。
そう判断したわたしは、トラブルを解決した事と男子に勝った事を褒めて貰おうと、お父さんの方を向く。
が、いつの間にやら歩み寄っていたらしい夕陽さんが、お父さんへと先に声をかける。
「シン兄さん。アイリスちゃんが最後に使ってた、あの構えって…………」
「対、上段用-ーというか、上段の構え相手にしか使い道がない、平青眼の構えだったね」
「シン兄さんが教えたの?」
「いいや。俺が平青眼の構えを使っている所は見学していたけど、その意味合いまでは説明していない。だから、アイリスが自分で考え付いたんだろうね」
「そう…………。シン兄さんからの手紙に書いていたけれど、本当に賢い子なのね…………」
距離が離れているか、2人が何を話しているかは、ここからでは聞き取れない。
が、実の妹とはいえ、わたしのお父さんに女の人が近付いているのを、黙って見ている訳にはいかない。
わたしは2人の間に割って入るべく、全速力で駆け出すのだった-ー




