8月-ーアイリス。剣術道場での見学(前編)
アイリス視点
ジパング滞在4日目となる、8月9日。
今日は月曜日という事で、村役場に勤めている暁さんは、朝食後すぐに出勤。
更には、夕陽さんも今日は用事があるとの事で、暁さんの出勤から間を置かずに家を出て行った。
(夕陽さんが家に居ないと、のびのびと出来るなぁ)
どうしてか夕陽さんは、わたしを目の敵にしている節があるからね。
わたしがお父さんと一緒に居ると、たびたび邪魔をしてくるのだ。
(そのくせ夕陽さん自身は、わたしが目を離した隙を付いて、お父さんの部屋に入り浸っているしね!)
そのせいで、お父さんと夕陽さんの2人が揃って家に居る時は、わたしは常に気を張りつめ続けていた。
けれど、夕陽さんが留守の今なら、気を弛めてしまっても問題はない。
なので-ー
(お父さんの側を離れても大丈夫な今の内に、誕生日のプレゼントを作ってしまおう!)
という事で、わたしは夕陽さんの外出後すぐに自室に籠ると、昨日購入した『お守り自作キット』を開封。
付属の説明書を読みながらも、わたしは厄除けのお守りの製作に取りかかる事にした。
-ーチクチク、チクチク
と、初日お祖母ちゃんから借りた裁縫道具を使って、針仕事を進めていく、わたし。
が、時刻が10時を過ぎた頃より、部屋の外から声のようなものが漏れ聞こえ始めてきた。
気になったわたしは、耳を澄ませてみるも-ー距離があるのか、何と言っているかは聞き取れず。
なので、わたしは針仕事の手を止め立ち上ると、部屋の襖をガラリと開いた。
「えいっ! えいっ! えいっ! えいっ!」
遮る物が1つ減ったからか、縁側へと顔を出すと、何を言っているかが聞き取れるようになった。
声の大きさ自体は、まだまだ小さいけれど-ー聞こえてくる声の数から、人数は10人以上。
その全ての声が高く拙い事から、全員わたしと同じか、下の年代。
一定のリズムで聞こえてくるので、何らかの掛け声のように感じられた。
(場所は、お父さんの実家の隣の建物だと思うんだけど-ーいったい、何をやっているんだろう?)
お父さんの実家の来て4日目になるけど、初めて耳にする声だなぁ、と。
声の発生源の方に視線を向けつつも、コテンと首を傾げる、わたし。
と、隣の部屋の襖が開き、お父さんが縁側へと顔を覗かせた。
「? どうしたの、アイリス?」
「あっ、お父さん! ううん、何でもないよ! ただ、何の声なのかなーって、気になっただけ」
「? 声?」
わたしの言う声が聞こえていないのか、お父さんは不思議そうに首を捻ってから、目を瞑る。
どうやら、耳を澄ませているようだけど-ー子供みたいな仕草で、かわいいなぁ。
と、普段の大人びた雰囲気とのギャップを感じていると、お父さんは納得したように小さく頷いた。
「ああ、この声か。これは、家の隣にある、剣術道場から聞こえてくる声だね」
剣戟の音は聞こえないから、たぶん素振りの練習をしているんじゃないかな、と。
閉じていた瞳を開きつつも、わたしの疑問に答えてくれる、お父さん。
そんなお父さんに、わたしは更なる問いを重ねていく。
「? 剣術道場?」
「そう。昔この辺りの土地を治める侍だった、家のご先祖様が開いた道場でね。それ以来、代々家の家系が師範を務めているんだ」
「そうなんだね! それじゃあ、今の師範は暁さんが務めているの?」
180センチを越える高い身長に、服の上からでも分かる筋骨隆々な体格を誇る、暁さんだ。
お父さんへと尋ねてはみたものの、十中八九、暁さんが師範で間違いないだろうと思っていた。
が、そんなわたしの予想に反して、お父さんはフルフルと首を振る。
「以前は、父さんが師範だったんだけどね。もう歳な上に村の顔役も務めているから、数年前から夕陽が師範を引き継いでいるんだ」
今は週2回のペースで、村の子供達に教えているみたいだよ、と。
話を締めくくるお父さんに、わたしは合点が入ったとばかりに頷いた。
「なるほど! だから夕陽さん、朝早くから家を出て行ったんだね!」
思えば、家を出る際の夕陽さんの手元には、細長い木の棒が握られていた。
あれが噂に聞く、ジパング独自の武器である刀を模した物だったのだろうな、と。
そこまで考えた所で、はたと思い当たった。
(という事は、代々お父さんの家系が教えている剣術も、またジパング独自のものなのかな?)
お父さんは、お侍様が開いた道場と言っていたので、わたしの予想は間違っていないと思う。
そう考えると、どういう剣術を教えているのか、興味が湧いてきた。
お父さんの誕生日まで時間もあるから、プレゼントを作るのは今日でなくても大丈夫だろうし…………うん!
「ねぇ、お父さん。もし良ければ、わたしを道場の見学に連れて行ってくれないかな?」
「えっ…………あ、ああ。オッケー、大丈夫だよ」
わたしのお願いに対し、僅かな間を置いて頷いてくれる、お父さん。
が、その直前に一瞬だけお父さんの顔が曇ったのを、わたしは見逃さなかった。
(それに-ー)
わたしは玄関へ向けて歩を進めつつも、隣を歩くお父さんへと視線を向ける。
娘のわたしが言うのも何だけど、お父さんは甘々な親バカで、どんなワガママでも快く聞いてくれる。
(そんなお父さんが、僅かな時間とはいえ答えに窮したのも、何だか気になるし…………)
と、そんな事を考えている間に、わたし達は玄関へと到着した。
お父さんと2人クツへと履き替え、玄関の戸を開く。
「それじゃあ、アイリス。こっちだよ」
「う、うん…………」
庭を抜けて通りへと出た所で、わたしの手を取って道場への案内を始めてくれる、お父さん。
とはいえ、わたし達が目指している剣術道場は、お父さんの実家の隣。
塀に沿って通りを進んでいると、あっという間に剣術道場の立派な門構えが見えてきた。
(…………仕方ない。お父さんから感じた違和感については後で考えるとして、今は剣術道場の見学に集中しようかな!)
わたしは気持ちを切り替えると、お父さんと一緒に門扉を潜り抜け、剣術道場の敷地内へ。
門から伸びる石畳に沿って真っ直ぐ進むと、わたし達は間も無く、一軒の建物の前へと辿り着いた。
掲げられた看板に記された道場名は、『火天流剣術道場』。その入り口に、お父さんが手をかける。
-ーガラガラガラ
「それじゃあ、アイリス。お先にどうぞ」
「う、うん…………。ありがとう、お父さん」
いつものようにレディファーストとして、わたしから入るようにと促してくれる、お父さん。
そんなお父さんにお礼を伝えると、わたしは照れくささを誤魔化すように、足早に道場の中へと足を踏み入れていく。
と、道着の上から防具を身に付けた、10人程の子供達の姿が目に付いた。
「えいっ! えいっ! えいっ! えいっ!」
お父さんの言っていたように、どうやら素振りの最中だったようだ。
子供達は手にした刀を頭上に掲げては、掛け声に合わせて思いっきり振り下ろすを繰り返す。
その度に、お腹から出しているであろう大きな声が、決して狭くはない道場の中に響き渡っている。
刀を振り下ろす動作も相まって、部屋で聞いた蚊の鳴くような声がウソのような、大迫力ぶりだった。
(とはいえ、期待していた程の物珍しさは感じられなかったなぁ)
お侍様が開いた剣術道場だから、教えている剣術は、ジパング独自のものに違いない。
そう思ったからこそ、わたしは誕生日のプレゼント作りを切り上げて、お父さんに道場の見学を申し出た。
が、現在目の前で繰り広げられている光景に、わたしはどことなく既視感を感じていた。
『本格的な冒険者の修行をするのは、ライセンスが取れる15歳以降。それまでは、基礎的な訓練に留める』
これは、改めてお父さんの弟子になる際に出された、2つの条件の1つだ。
その条件に則って、わたしは未だに武器の扱い方を教えて貰っていない。
けれど、お父さんが毎晩こなしている自主練を、ほぼ毎日ように見学していたからこそ、分かる。
「ねぇ、お父さん。いま子供達がしている素振りって、お父さんが毎晩している素振りと、同じようなものだよね」
「確かに、その通りだけど…………よく見ているねぇ、アイリス」
ガラガラと道場の扉を閉めて、わたしの隣に戻って来る、お父さん。
そんなお父さんに尋ねかけると、驚いたような表情を浮かべながらも、コクリと頷いた。
何だか誇らしい気持ちになったわたしは、お父さんに気付かれないよう注意しながらも、小さく胸を張る。
(えっへん! 当然だよ! 大好きなお父さんの事は、よーく見ているんだから!)
とはいえ、あまりにも恥ずかしいセリフだという自覚はあるので、実際に口に出したりはしない。
その代わりに、わたしは別の言葉を口にする事にした。
「だけど、お父さんがしている素振りとは、動作の数が違うよね?」
いま子供達がしている素振りの動作の数は、振りかぶりと振り下ろしの2つ。
が、お父さんの毎晩の素振りには、その2つの動作の前に、胸の前に刀を構える3つ目の動作があった。
「それに、刀を振り下ろす時の腕の使い方も、微妙に違うし…………」
わたしが毎晩のように見学させて貰っていた自主練では、お父さんは両腕で刀を振り下ろしていた。
それに対し、子供達が使っているのは、左腕1本。
右腕は、振り下ろす際に刀の柄を押し込む事で、剣速を上げる役割を果たしているようだ。
その2点を指摘すると、お父さんは感心した様子で頷いた。
「よく気付いたね、アイリス。簡単に言えば、基本となる刀の構え方が違うんだよ」
「? 刀の構え方?」
「そう。1口に剣術と言っても、流派は無数にあるからね。基本となる刀の構え方にも、いくつか種類があるんだ」
と、お父さんは一旦そこで言葉を区切ると、ピッと人差し指を1本立てる。
その指を内側へと倒し、お父さんは自分自身を指差した。
「俺が基本的に使っているのが、中段の構え。最もバランスが取れているから、9割近くの流派がこの構えを使っているね」
刀を胸の前に構えているから、試合でポイントとなる面・小手・胴・突き、全てを防御出来るんだ、と。
お父さんは頭・手の甲・お腹・喉の順に指差すと、次いでその指を、目の前の子供達へと向けた。
「で、家の流派が教えているのが、刀を振りかぶった状態から始まる、攻撃特化の上段の構え。あとは刀を振り下ろすだけだから、最速で攻撃を繰り出す事が出来るんだ」
ただし、面以外の箇所がガラ空きで、防御に回ると途端に何も出来なくなる、まさに諸刃の剣な構え。
それらの特徴から、背が高くて力が強い人ほど、上段の構えに適性があると言われているね、と。
お父さんが説明を終えた所で、子供達へと指導していた夕陽さんが、わたし達の存在に気付いたようだ。
夕陽さんは子供達に休憩を言い渡すと、入り口の前に佇むわたし達の方へと近付いて来た。
「? どうしたの、シン兄さん?」
「練習中にゴメンね、夕陽。実は、アイリスに道場の見学をさせてあげたいんだけど、大丈夫かな?」
「別に、大丈夫だけど…………ただし、練習の邪魔だけはしないでよね!」
ぶっきらぼうな口調ながらも、どことなく嬉しそうにお父さんと話す、夕陽さん。
そんな夕陽さんの言に従って、わたしとお父さんは道場の端っこへと寄って行くのだった-ー




