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8月-ーアイリス。水精神社に参拝へ(前編)

アイリス視点

ジパング訪問3日目となる、8月8日の日曜日。

昨日と同じように、夕陽さんといがみ合いながら朝ご飯を食べていた、その最中。

どこか困った様子のお父さんが、おずおずと遠慮がちに切り出してきた。


「え、えーと…………それよりもさ、アイリス! もしアイリスに予定がないのなら、今日は星鏡村の案内をしようか?」


初めて訪れた海外の地を、1人で出歩くのは心細い。

そんな理由から、昨日は1日中お家で過ごしていたけれど、お父さんが付いてきてくれると言うのなら、これ以上に心強い事はない。

ただ、1つだけ気にかかるのは-ー


「わ、わたしとしては嬉しいんだけど…………お父さんにとっては、7年ぶりの帰省なんでしょう? もう少しゆっくりしなくて、大丈夫なの?」


「? もちろん、大丈夫だけど…………ははっ。もしかしてアイリス、昨日は遠慮してくれたのかい?」


他の人ならともかく、俺に気を遣う必要はないんだよ、と。

特に気負った様子もなく、自然体のままに続ける、お父さん。

対照的に、わたしはソワソワとして落ち着かず。

カアァァァッ、と。ほっぺに熱が帯びていくのが分かった。


「え、えへへ…………。ありがとう、お父さん!」


わたしは照れ隠しにハニカミつつも、お父さんの申し出を了承。

昨日とは打って変わって、朝食後すぐに支度をして、お父さんと外出する事になった。


「それじゃあ母さん、いってくるよ。昼は適当に外で食べてくるから、俺とアイリスの分は用意しなくて大丈夫だよ」


「そう、分かったわ。…………いってらっしゃい、深夜。アイリスちゃんも、いってらっしゃい」


「い、いってきます…………」


お父さん以外の人に「いってきます」と言うのは、約4ヶ月ぶりで。

わたしはくすぐったい気持ちを感じつつも、玄関先で小夜さんと挨拶を交わす。

そうしてから、お父さんの実家に滞在して以来初となる、お出かけへと繰り出した。


「ふんふんふ~ん!」


いつものようにお父さんに手を引かれながら、わたしは星鏡村の通りを歩いて行く。

道なりに広がるのは、わたしが生まれ育ったセレスティアとは、まったく違う風景で。

その物珍しさに興味を引かれたわたしは、鼻歌を口ずさみつつも、周囲をキョロキョロ。

と、隣を歩いていたお父さんが、不意に笑みを溢した。


「ははっ。ご機嫌だねー、アイリス。一昨日にも通った道だろうに、そんなに面白いかい?」


「たしかに、そうだけど…………でも、一昨日に通った時は夜だったからね! 明るいと景色も違って見えて、面白いよ!」


と、お父さんには答えたけれど-ー実を言うと、わたしがご機嫌な理由は、それだけじゃない。

お父さんには言えないけれど、あと2つの理由があるんだ。


(1つ目は、折を見てわたしから誘おうと思っていたお出かけに、お父さんの方から誘ってくれた事だよ!)


わたしから誘うか、お父さんから誘うか。

些細な違いに見えるかもしれないけれど、わたしにとっては重要な違いだ。

その証拠に、わたしの心は誘われた時からずっと、トクントクンと浮き足だっている。

わたしから誘っていたら、こんな気持ちは味わえなかっただろう。


(そして、もう1つの理由だけれど…………わたしやお父さんじゃなくて、夕陽さんに関係している事なんだよね)


わたしは、お父さんがお出かけに誘ってくれた時の、夕陽さんの表情を思い返す。

鈍感なお父さんは気付いていなかっただろうけど、夕陽さんはあの時、悔しそうに顔を歪めていて。

それを認めた瞬間、どうしてかは分からないけれど、わたしの中の何かが満たされた気持ちになったんだ。


(とはいえ、人の不幸を見て喜ぶなんて、性格悪いよね…………!)


不意にハッと我に返ったわたしは、悪趣味な考えを振り払おうと、フルフルと頭を振る。

と、お父さんが不思議そうに首を傾げつつ、わたしに声をかけてきた。


「? どうかした、アイリス?」


「う、ううん! 何でもないよ、お父さん! それよりも、これからどこに行くの?」


「あー、それなんだけど…………実は、まだ決まってないんだよね」


「あれ? そうなんだ?」


几帳面な性格のお父さんが、行き先を決めずにお出かけに誘うなんて珍しい。

意外に思うと同時に、ちょっとだけ困った表情を浮かべているお父さんが、可愛らしく感じられて。

何だかキュンっとしたわたしは、クスリと小さな笑みを溢したのだけれど-ーそれを、自分の失態を笑われたと勘違いしたのかな?

お父さんは慌てた様子で、周囲に視線を巡らせ始めた。


「えーと、えーと……………………そうだ!」


行き先について目処が立ったのか、お父さんは空いている方の手で、右斜め前方を指差した。

お家や田畑を除けば、その先にあるのは-ー山?


「あの山の中腹あたりに、『水精(すいしょう)神社』という神社があるんだ。とりあえず、そこに行ってみようか?」


「えっ!? この村、神社があるの!?」


お父さんの口から飛び出した神社というワードに、わたしは強い関心を示す。

というのも、一昨日の王都の観光地巡りの際にも、神社には立ち寄っていたけれど-ー夜遅い時間だった事もあり、入口の鳥居しか見れなかったからね。

機会があれば、ジパングに滞在している間に、もう1度神社に行ってみたいと思っていたのだ。


「お父さん! わたし、その神社に行ってみたい!」


「オッケー。それじゃあアイリス、こっちだよ」


という事で、本日のお出かけの行き先は、水精神社に決定!

お父さんに手を引かれながら、わたしは神社に向けて、星鏡村の通りを歩いて行く。

と、数分ほど歩いた所で、井戸端会議中らしき奥様方とすれ違った。


「あら? 彼はもしかして、銀さん家の深夜くんかしら?」


「7年ぶり位かしら? 良い男になったわねー」


「…………ただ、隣の女の子は誰かしら? 深夜くんの子供にしては、大きい気がするけれど…………」


「肌や髪の色を見る限り、異国の子よね?」


「手を繋いでいる事といい、一体どういう関係なのやら」


ヒソヒソと内緒話を交わしながら、人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべる、奥様方。

どうやら、わたしとお父さんの関係は、ジパングでは認知されていないらしく。

わたし達が父娘になったばかりの頃を彷彿とさせる噂話に、お父さんは苦虫を噛み潰したように顔をしかめていた。


(とはいえ、わたしは以前ほど気にしていないんだよね…………)


わたしがお父さんの故郷に来るのは、初めてなのだ。

だから、わたしとお父さんの関係を知らないのも、当然の事、と。

そう分かっているものの、わたしには1つだけ、気になっているワードがあった。


(お父さんが、良い男-ーそんなのは百も承知の事だけれど、わたし以外の女の人が口にしているのは、何だかイヤ!)


もちろん、あの主婦の方は客観的な意見を言っただけで、お父さんを異性として見ている訳でない。

そう理解はしているものの、気にくわないものは気にくわないのだ。


(知らないと言うのなら、わたしとお父さんの仲を見せつけるまで!)


対抗心を燃やしたわたしは、お父さんと繋いだ手を大きく前後に振りながら、奥様方の脇を通り過ぎて行く。

と、わたしが急に腕を振ったからか、お父さんが困惑の声を上げる。


「…………おっとっと。どうかした、アイリス?」


「ううん! ただ何となく振りたくなっただけで、特に意味はないよ、お父さん!」


「そう? なら、いいんだけど…………」


お父さんは釈然としない様子ながらも、わたしの手を振り払おう事も、腕の動きを止めようとする事もしない。

なので、先程の奥様方のように、すれ違う人みんなが皆、わたしとお父さんに好奇な視線を向けていたけれど-ーわたしもお父さんも、もう気にも留めず。

他愛もない雑談をしながら歩いていると、しばらくした所で、お父さんが前方を指差した。


「アイリス、水精神社の入口が見えてきたよ」


その言葉に、わたしはお父さんへと向けていた視線を、前方へと戻す。

どうやら、目指していた山は大分(だいぶ)間近に迫っていたようで、斜面には水精神社へと向かう階段が。

その100メートルほど手前には、一昨日の観光巡りの際にも見た鳥居が目についた。

だけど-ー


「皇都で見た鳥居は朱色だったけど、ここの鳥居は鈍色(にびいろ)なんだね」


ポツリと呟きつつも、わたしとお父さんは鳥居へと近付いて行く。

と、それで気が付いたのだけど、この鳥居は石を組み合わせて出来ているようだ。


「皇都で見たのは木製の鳥居だったから、材質からして違うんだね!」


「色や材質だけじゃなく、形も神社ごとに微妙に違うらしいよ」


「へー、そうなんだね!」


言われてみれば、1番上の横の柱の形が、皇都で見た鳥居と微妙に違う。

さすがは、お父さん! 博識だなー、と。尊敬の眼差しで隣を見ると、お父さんが鳥居の前でペコリと頭を下げていた。

最初こそ、疑問に感じていたけれど-ー一お父さんの一昨日の言葉を思い出した事で、その理由を察した。


(そういえばお父さん、一昨日の観光地巡りの時に、鳥居は人間と神様の世界の境を示す物って言っていたっけ…………)


つまり、この鳥居の向こう側は、神様の世界という事になる。

だから、お父さんは頭を下げたんだろうな、と。

そう考えたわたしは、お父さんに倣ってペコリと頭を下げる。


「アイリス。鳥居や参道を歩く時は、真ん中を歩かないよう注意してね」


聞けば、鳥居や参道の真ん中は、神様が通る場所らしい。

なので、わたしとお父さんは左端に寄ってから鳥居を潜り抜け、そのまま参道を進んで行く。

と、斜面を登る為の階段に差し掛かった所で、その脇に噴水のような物がある事に気が付いた。


「お父さん? あれって、なに?」


「あれは手水舎(てみずや)と言って、神社に参拝する前に、(けが)れを洗い清める為に設置されているんだ」


清める場所の順番は決まっているから、まずは俺がお手本を見せるね、と。

お父さんはそう続けると、手水舎に立て掛けられていた柄杓(ひしゃく)を手に取り、そこに龍の銅像からコンコンと湧き出る水を注いでいく。


「まずは右手で柄杓を持って、左手を清める。次は柄杓を左手に持ち変えて、右手を清める。で、その次に口を清めるんだ」


「-ーふぇっ!?」


お父さんが左手と右手を洗っていく様子を、平常心で見ていたわたしだったけど-ーお父さんの次の言葉を聞いた瞬間、わたしの口から変な声が漏れてしまった。

というのも、この手水舎に柄杓は1つしか無く。必然的に、お父さんの後はわたしが使う事になる。

つまり、何が言いたいかというと-ー


(この後わたしが使ったら、お父さんと間接キスした事になっちゃうじゃない!)


その姿を想像してしまい、わたしの顔が湯だったように熱くなってしまう。

けれど、どうやらその心配は杞憂だったようだ。


「口を清めると言っても、水を直接口にする訳じゃないから、注意してね」


お父さんはそう言うと、柄杓の水を左手で受け、その水で口を(ゆす)いだからだ。


(…………な、なんだ。柄杓に口を付ける訳じゃないのか…………)


とはいえ、よくよく考えれば、それも当然の事なのかもしれない。

神社は、不特定多数の人が利用する施設。参拝に来た人みんなが柄杓に口を付けるのは、衛生的によろしくない。


(それに、見ず知らずの人が口を付けたかもしれない柄杓を使うのは、わたしもイヤだしなぁ)


口を付けたのが、お父さんだけならともかく…………。

なんて事を考えていると、お父さんが口を濯いだ水を、ペッと吐き出した。


「で、口を付けた左手を、もう1度洗い清める。最後に、使った柄杓の()を洗い清めるんだ」


お父さんはそう言うと、柄の部分を下にして、柄杓を縦にする。

そうする事で、柄杓に残っていた水が、柄の部分を伝って流れ落ちていくようだ。


「これで、手水(ちょうず)の一連の流れは終わりだよ。今の順番で、アイリスもやってごらん」


「う、うん…………」


わたしは柄杓を受け取ると、お父さんと入れ替りで手水舎の前に立つ。


-ーフキフキ


わたしから数歩離れた所で、濡れた手をハンカチで拭く、お父さん。

そんなお父さんを横目に眺めつつも、わたしはコポコポと柄杓に水を注いでいく。

そして-ー


-ーパシャリ


と、お父さんのお手本通り、まず最初に左手に水をかける。

瞬間、わたしの心の中に、気恥ずかしい気持ちが湧き上がってきた。


(というか、わたしは神聖な神社で、何をハレンチな想像をしているの!?)


これも、穢れを洗い清めるという、手水の効果なのだろうか?

なら、わたしの心の(よこしま)な感情も、ついでに洗い清めてもらおうかな、と。

そう考えたわたしは、お父さんから教わった手水の工程を、手早くこなし終えたのだった-ー


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