シンの修行② 魔道具・魔法書を活用しよう(前編)
シン視点
「よし。それじゃあ、次は『炎矢』の練習だね。さっきと同じように、まずはお手本を見せるよ」
反対側のスペースから、上木鉢を2つ持って来た俺は、その内の1つを地面に置いて、そう告げる。
「はい! ……………………あれ? シンさんって、『火』の適性無かったですよね?」
最初は、元気良く返事をしたアイリスだったが、少しして疑問を感じたようで、首をかしげている。
その可愛らしい仕草を見て、俺は笑みを浮かべつつ、アイリスの疑問に答えを返す。
「うん。だから、魔道具を使うね」
「…………魔道具って、何ですか?」
「ん? もしかして、魔道具を知らないの?」
「はい」
キョトンとした表情で答える、アイリス。
意外だな。たしかに、魔道具は高価な物だから、一般人は持っていない事が多いが、アイリスのこの反応だと、魔道具の存在自体を知らないといった感じだ。
(…………まあ、アイリスは、山奥の小さな村で育ったわけだし、知らなくても無理は無いか。それなら、まずは、魔道具について説明した方が良いか)
そう思った俺は、『収納』の中から、『炎矢』の魔法が込められた、魔道具の指輪を取り出し、アイリスに手渡す。
「これが魔道具ですか? 赤くて、キレイな宝石の付いた、普通の指輪に見えますけど」
「たしかに、見た目はそうだけど、それは宝石じゃなくて、魔石だね。その魔石に『炎矢』の魔法が込められていて、魔力を流せば、『炎矢』の魔法が使える。たとえ『火』の適性が無くても、たとえ『炎矢』の魔法を修得してなくてもね」
「えっ!? そんな物があるんですか!?」
俺の言葉を受け、驚いた様子を見せる、アイリス。
「それじゃあ、実際に使ってみようか。よく見ててね」
そう言って、驚きのあまり、固まってしまっているアイリスの掌から指輪を摘まみ取って、右手の中指に着ける。
そして、先ほどと同じように、上木鉢に手をかざし、指輪に魔力を流していく。
すると、かざした掌の先に、炎で出来た矢が1本出現する。そしてーー
「『炎矢』!」
ーーガシャン!
鋭い声で魔法名を唱えた瞬間、手元の炎の矢が放たれ、再び上木鉢に命中した。
(うん。さっきの『氷矢』で、1本だけで射つのに慣れたのか、また上手く当てられたな)
そう1人で満足していたが、先ほどとは違い、アイリスからの拍手は無かった。
少し寂しく感じながらも、アイリスの方を振り返り、『炎矢』修得のための練習をしてもらおうとしたのだかーー
「……………………」
「アイリス?」
アイリスは、呆然とした表情で、固まったままだった。
「おーい。アイリスー」
不思議に思いながら、顔の近くで手を上下に振ると、アイリスは呟くような小さな声で質問してきた。
「…………シンさん。もしかして、『氷矢』の魔法が込められた魔道具も持ってます?」
「ああ。というか、『炎矢』や『氷矢』だけじゃなく、『矢』系の魔法が込めらた魔道具は全種類持ってるけど、それがどうかした?」
疑問に感じつつ、そう答えると、アイリスは急に眉をつり上げると、俺に食って掛かってきた。
「そんな便利な物があるなら、最初から出して下さいよ! あんなに苦労して『氷矢』を覚えたのは、一体何だったんですか!」
「…………あー、なるほどねー」
たしかに、アイリスの言いたいことは分かる。もし本当に、魔道具がアイリスの言う通りの便利な物だとしたら、わざわざ苦労して魔法を覚える必要は無いだろう。
(…………まあ、単純に便利なだけじゃなく、マイナスポイントもあるんだけどね)
それを説明したいものの、アイリスはまだ怒っているようで、俺のお腹辺りをポカポカと叩いてくる。
まあ、全然痛く無いし、半分じゃれている状態なのだろう。
そんなアイリスをかわいいと思ってしまうも、逆に言えば、もう半分は怒っているということだ。ちゃんと、謝らないとな。
「ごめん、ごめん。別にイジワルで魔道具の事を教えなかった訳じゃ無いんだよ。とりあえず、説明するから、叩くのを止めて。ね」
「…………はーい」
渋々といった様子で、俺から1歩離れる、アイリス。
それを確認して、俺は魔道具のマイナスポイントについての説明を始めた。
「たしかに、アイリスの言う通り、魔道具は便利な物だよ。だけど、便利なだけじゃなく、マイナスポイントと呼べるような物が2つあるんだ」
「マイナスポイントが2つ、ですか?」
「そう。まず1つ目だけど…………この指輪、よく見てみて。何か気付かない?」
そう言って、右手に着けていた指輪を外し、アイリスに手渡す。
アイリスは、いろいろな角度から指輪を見つめる。そして、しばらくして、自信無さげな様子で答えてきた。
「…………んー…………若干ですけど、魔石の色が薄くなったような…………」
「うん。それで、正解だよ。実は、魔道具には使用回数があるんだ。この魔道具で射てるのは、『炎矢』10本分。さっき1本射ったから、残数はあと9本だね。で、残数が減れば減るほど、魔石の色は薄くなっていって、使いきったら無色透明になるんだ」
リビングに置かれている、コンロや冷蔵庫などの生活魔道具は、超大型の魔石が使われているので、数年単位で使用することが出来る。
だが、『炎矢』を始めとした、いわゆる戦闘魔道具は身につけられる物でなければならず、そうすれば必然的に魔石の大きさは小さな物になり、使用出来る回数も減ってしまうのだ。
「へー、そうなんですね。…………でも、たとえ使える回数に制限があっても、やっぱり便利な物だと思いますけどね」
何個も持っていれば良いですし、と続ける、アイリス。
「残念だけど、それは無理だよ」
「え? 何でですか?」
「実はこれ、結構高いんだ。具体的に言うと、この初級も初級の魔法『炎矢』が10発分込められた魔道具で、金貨1枚だね」
「えっ!? そんなにするんですか!?」
驚きのあまり、掌に乗せていた指輪を落としそうになる、アイリス。
わたわたと慌てた様子で、宙に浮いた指輪をキャッチし、ホッと息を吐いている。
そんなアイリスの様子に、微笑ましいものを感じるが、まあ、あれだけ慌てるアイリスの気持ちも分かる。
なにせ、金貨1枚あれば、一般家庭ならば余裕で1月生活出来るだろう。
コンロや冷蔵庫などの生活魔道具はさらに高額だ。魔道具を複数持てるのは、王族や貴族、豪商といった一部の富裕層。または、俺のような、最高ランクのSランク冒険者や、その下の、一流と言われるAランク冒険者ぐらいだろう。
「まあ、これで分かったでしょ。金貨1枚もかけて、たった数発しか射てないって、正直割に合わないんだよ。もちろん、適性の無い属性の魔法を使えるのは利点だけど、適性のある属性なら、時間をかけてでも覚えた方が、効率が良いんだよ」
「そうみたいですね。…………すいません。早とちりしちゃいました…………」
「ははは。別に謝らなくて良いよ。俺も説明不足だったしね」
それに、本気で怒っている訳じゃ無いって、分かっていたしね。
「それじゃあ、改めて、『炎矢』の練習を始めようか」
「はい! よろしくお願いします!」
今度こそ、元気良く返事をしてくれる、アイリス。
上木鉢を置いた場所から、1メートルほど離れた位地に立つアイリスに、俺はアドバイスを贈る。
「アイリス。『炎矢』の炎は、『氷矢』の氷と違い、決まった形を持たない不定形な物だ。炎を矢の形にする時は、『氷矢』の時よりも、集中してやってね」
「はい! 分かりました!」
そうして、アイリスは上木鉢に向けて手をかざし、目を瞑って、集中し始める。
結果だけを言えばーー
同系統の『氷矢』を覚える時にコツを掴んだのだろう。アイリスは、『氷矢』よりも早い、20分で『炎矢』を修得してしまった。
そしてーー
「シンさん、シンさん! やりましたよ!」
嬉しそうにそう言って、アイリスは俺に抱きつくと、何か言いたげに、俺を上目遣いで見つめてきた。
(あー、はいはい。また、撫でろってことね)
そう察した俺は、再びアイリスの頭を撫で始める。
「えへへ~」
「まったく。お前は本当に甘えん坊だな」
俺に頭を撫でられ、安心しきった様子で、幸せそうに微笑む、アイリス。
俺も、口では呆れた様に言いつつも、俺に抱きつき、幸せそうに微笑むこの少女を見て、自然と笑みを浮かべるのだった。