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8月-ーシン。お姫様との面談を(前編)

シン視点

セレスティア王宮の正門前を警護していた騎士団の人に、お姫様との面談に訪ねた事を伝えた、あの後-ー

正門前にあった騎士団の詰所で、王宮内に立ち入る許可が下りるのを待っていた所、センドリックさんが俺達の出迎えに来てくれた。

何でも、今日は偶々(たまたま)王宮内での勤務だったらしく、俺達の案内を買って出てくれるとの事だった。


(アイリス、物々しい雰囲気の騎士団の人達に緊張していたみたいだし、センドリックさんが居てくれたのはラッキーだったな)


顔見知りのセンドリックさんなら、少しはアイリスの緊張も(やわ)らぐだろう。

そう考えた俺は、センドリックさんの厚意に甘えて、王宮の案内を依頼。センドリックさんの先導の元、俺とアイリスは王宮内を進んで行く。

が、ふと隣に視線を向けると、アイリスは同じ側の手と足が同時に前に出して歩いていた。


(酷く緊張している事が一目(ひとめ)で伝わってくる、ギクシャクとした歩き方だなぁ)


とはいえ、アイリスの気持ちも分からない訳ではない。

俺達の住むセレスティアは、西大陸で最大の国土を誇る国。(ゆえ)に、王宮も相応に広大だ。

内装には派手さこそ無いものの上品で、見る人が見れば、超が付くような高級品だと分かるだろう。


(アイリスも、俺と暮らして長いからな。良い物を見抜く審美眼が、身に付き始めているんだろうな)


それ自体は、親としては誇らしいのだが-ーとはいえ、今はアイリスの緊張を解く事が先決だろう。

そう判断した俺は、殊更(ことさら)堂々とした足取りを意識して、王宮内を進んで行く。

これで、アイリスが少しでも安心してくれればと思ったのだが-ー結局、アイリスの緊張が改善される事は最後まで無く。

センドリックさんの案内の元、王宮内に複数あるであろう応接室の一つに、俺達は通された。


「それでは(わたくし)は、セルピア様をお呼びして参ります。シルヴァー様とアイリスさんは、イスに掛けてお待ち下さい」


その言葉を最後に、パタンと応接室の扉を閉める、センドリックさん。

と、少しは緊張が解れたのか、アイリスがホッと安堵の息を吐いた。

どうやら、俺と2人きりになった事で、大分(だいぶ)リラックス出来たみたいだ。


(それと、この応接室のおかげかな?)


今回センドリックさんが案内してくれた応接室は、俺が今まで通されてきた中で、1番小さい。

家具はシンプルに、ローテーブルとイスが4脚だけ。その全てが木製なので、金属製品には出せない自然の温もりが感じられる。

部屋が狭い事も相まって、応接室全体が優しい雰囲気に包まれているようだ。


(センドリックさん、アイリスが豪華絢爛な王宮に尻込みしていると察して、この応接室に案内してくれたんだな)


これは、あとでセンドリックさんにお礼を言っておかないとな…………。

と、俺がそんな事を考えていると、一張羅である礼服の袖を、アイリスがクイクイと引っ張った。


「ね、ねぇ、お父さん。センドリックさん、イスに掛けてお待ち下さいって言っていたけど、本当に先に座っちゃて良いのかな?」


チラチラとイスの方に視線を向けながら、迷うような素振りで尋ねてくる、アイリス。

どうやら、招いた側(ホスト)を差し置いて、招かれた側(ゲスト)である自分達が先に座っても良いのか悩んでいるようだ。

特に、今回のホストは一国のお姫様なので、尚更そう思うのだろう。

だけど-ー


「まあ、問題ないよ。来る途中にも言ったけど、お姫様は王族とは思えない程に懐の深い方だし。それ以前に、こういう場合は遠慮せずに先に座るのが、正しいマナーだしね」


「えっ、そうなの!?」


「ああ。もしホストが先に部屋に居た場合は、相手に勧められるのを待つべきだけどね。こういう場合は先に座っておかないと、ホストからしたら、お客様を立って待たせた事になっちゃうからね」


と、アイリスに補足説明をしつつも、俺は先んじて下座(しもざ)側のイスに腰掛ける。

言葉だけでなく、態度でも表すべきだろう-ーそう考えての行動は、どうやら功を奏したようだ。

アイリスはホッと一安心した様子で、俺の隣のイスに腰を落とした。


「ちなみに、アイリス。出入り口から見て奥のイスが上座で、手前のイスが下座ね。今回のような場合は下座に座るべきだけど、相手から勧められたら、上座に座ってもOKだから」


いい機会だし、アイリスに訪問時のマナーを教えておこう。

そう考えた俺は、上座と下座の席配置に続いて、ホストへの挨拶の仕方を説明。

最後に、お茶やお菓子の(いただ)き方を説明しようとしたのだけれど-ー


-ートン、トン、トン


それよりも先に応接室の扉がノックされた為、俺とアイリスは揃って振り返る。

と、ガチャと音を立てて扉が開き、1人の男性が顔を覗かせた。


「あの人が、お姫様付きの護衛を務める、ブライアンさんだよ」


隣に座るアイリスにコソッと囁きつつも、俺はブライアンさんを見やる。

年齢は、26歳。騎士団の団長を兼任しているものの、動きやすさを重視している為、装備は他の人よりも軽装。

性格は面倒くさがりで、何事に対しても無気力。その証拠に、髪はボサボサに伸びきっており、口回りには無精髭が目立つ。


(言い方は悪いけど、センドリックさんと同い年とは思えない程に、だらしのない人だよな)


そんなブライアンさんだが、応接室の扉を押し開いた姿勢のままで、中には入って来なかった。

それを見て、隣に座るアイリスは不思議そうに首を(ひね)っているが-ー俺には、ブライアンさんの行動の意図が分かる。


(俺がアイリスにしているのと同じで、レディーファーストだな、あれは)


そして、ブライアンさんがそのような行動を取るのは、ただ1人。

その事に気付いた直後、1人のドレス姿の女性が、優雅な足取りで応接室の中に入って来た。

あの方こそ、セレスティア現国王の娘である、セルピア・リア・セレスティア様だ。


-ーガタッ


セルピア様に挨拶をしようと、イスを鳴らして立ち上がる、俺。

そんな俺の慌てようを見て、入って来た女性が誰かを察したようで、一拍遅れてアイリスも続く。

が、セルピア様は扉の前で立ち止まると、片手をゆっくり前に出してフルフルと首を振った。


「シンさん、アイリスさん。今日は公式の場では無いので、わざわざ堅苦しい挨拶は不要ですよ」


と、礼儀作法に寛容なセルピア様は、そう言って下さったけれど-ーさすがに、一国のお姫様に挨拶なしという訳にはいかない。

という俺達の思いが伝わったのか、セルピア様は苦笑を浮かべると、ローテーブルの先にある上座へと向かって歩く。

そんなセルピア様を眺めつつも、ふと思う。


(相変わらず、キレイな方だよなぁ)


(もっと)も目を引くのは、セレスティアの王族の特徴である蒼玉色(サファイア)の瞳に、翡翠(ひすい)色の髪。

他にも、純白の肌や均整の取れた女性的なプロポーションなど、魅力的な点を挙げれば枚挙に(いとま)がない。

が、セルピア様の美しさは、身体的な特徴のみに留まらない。


-ーサッ、サッ、サッ


と、俺のすぐ脇を通り抜けて行った際の歩き方や、ピンと伸びた背筋。重心の位置や、手足の運び方に至るまで。

その一挙手一投足が洗練されており、上品で優美な印象を受けるのだ。


(王族という事もあり、幼い頃からしっかりとした立ち居振舞いの教養を受けてきたんだろうなぁ)


身体的な美しさと、立ち居振舞いの美しさ。

この2つが組み合わさる事で、とても成人したばかりとは思えない程に、セルピア様を大人の女性に見せているのだ-ーと。

ここまでセルピア様を手放しで褒めそやしてきた俺だが、だからといって、異性として好意を寄せている訳ではない。


(身分の違いもそうだけど、浮世離れしすぎてて、そういう気持ちが湧いてこないんだよな)


どちらかと言うと、芸術作品に触れた時の感情に近いのだろうな、と。

捉えられ方によっては失礼になるような事を考えていると、セルピア様が上座側の席へと辿り着いた。

その数歩後ろにブライアンが控える中、俺はレディーファーストの流儀に(のっと)って、アイリスの紹介を始めていく。


「お久しぶりです、セルピア様。こちら、私が娘として引き取った子で、アイリスと言います」


「は、初めまして、セルピア様。アイリス・シルヴァーです。よろしくお願いします」


緊張した様子ながらも、俺が先ほど教えた通り、まず始めにハッキリと名前を告げる、アイリス。

そして、お辞儀の中で最も深い姿勢である、腰を45度に曲げた最敬礼で、セルピア様へと挨拶をしたのだった-ー


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