8月-ーシン。セレスティアの王宮へ
シン視点
今日は、8月の2日。
ボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地での肝試しから、4日の日数が経った事になる。
あの日は、アイリスが心霊現象に遭遇するトラブルがあったからな。最初の内は、アイリスが今回の件を引きずってしまうのではないかと、心配していた。
が、アイリスはその日の晩こそ俺と一緒に眠ったものの、それ以降は、いつもと変わらぬ様子で毎日を過ごしていた。
(幽霊の存在を証明するという目的を果たしたからか、それとも、マイちゃんという善良な幽霊との交流があったからか)
気にはなったものの、アイリスがあの日の出来事を思い返してしまうのではないかと思い、その理由は尋ねていない。
まあ、アイリスがいつもと変わらずに笑ってくれているのなら、どちらでも構わないのだが-ー俺には、もう1つ気にするべき事があった。
ボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地で肝試しを開催する為に課せられた条件、俺への指名依頼である。
『姫さんから指名依頼についての話があるから、8月2日の14時に、王宮に来てくれ』
『セレスティア』の騎士団の団長兼、姫様付きの護衛を務めるブライアンさんからそんな手紙が届いたのは、3日前の7月30日の事。
という訳で、俺はお姫様と指名依頼についての話をする為、一張羅である礼服を着用。
13時半たる現在、王宮のある『セレスティア』の最北端へと向けて、北区の通りを歩いていた。
「ね、ねぇ、お父さん。わたしの格好、変じゃないかな?」
その道中、いつものように俺と手を繋いでいたアイリスが、不安そうな様子で尋ねてきた。
王宮に指名依頼についての話をしに行くのに、どうしてアイリスが一緒なのか?
それは、ブライアンさんからの手紙の最後に、アイリスも一緒に連れて来るようにとの文言が書かれていた為だ。
曰く-ー
『シルヴァーが娘として引き取った女の子に、姫さんが一目会ってみたいと言っていてな。指名依頼について話す時に、一緒に連れて来てくれ』
-ーとの事。
正直、限りなく怪しいものの-ーお姫様の名前を出された以上、断れない。
とはいえ、いくら子供でも普段着で王宮を訪れる訳にはいかないので、手紙が届いた日から今日までの3日間で、王都の高級な服飾店を数店ハシゴ。
現在のアイリスは、その時に購入した純白のドレスに身を包んでいた。
「もちろん! 文句なしにかわいいよ、アイリス!」
「え、えへへ…………! ありがとう、お父さん!」
普段着のアイリスもかわいいものの、こんな風におめかしをしているのも、また新鮮で悪くない。
そう考えた俺が素直な感想を口にすると、アイリスは照れくさそうに頬を染ながらも、嬉しさを堪えきれないといった様子ではにかんでいる。
が、アイリスは少ししてハッと我に返った様子を見せると、眉尻を下げた困った表情でフルフルと首を振る。
「か、かわいいって言ってくれるのは嬉しいんだけど、そういう事じゃなくて~」
「? じゃあ、どういう事?」
「今から、王宮に行くんだよね? それなのに、こんなにかわいらしいドレスで、本当にいいの?」
「ああ、なるほど。そういう事ね」
たしかに、アイリスの懸念は尤もだ。
現在アイリスが身に纏っている純白のドレスは、高級感こそあるものの、所々に小さな花の紋様があしらわれている。
王宮を訪れる服装としては、少々カジュアルなスタイルかもしれない。
だけど-ー
「まあ、問題ないよ。今日のお姫様との面談は非公式なものだから、同席するのはブライアンさんだけだし。それに、お姫様は王族とは思えないほど懐の深い方だから、この位でいちいち目くじら立てないよ」
お姫様が成人して公務にあたるようになったのは、俺がSランク冒険者になったのと同じ、1年前。
その上、お姫様と俺は年齢が近いからな。結果、王宮からの俺に指名依頼を伝えるのは、お姫様の役割となった。
故に、お姫様の人当たりの良さは、よく知っているのだ-ーという裏事情まで、アイリスに説明したからだろう。
アイリスの表情に、ホッと安堵の色が浮かぶ。
「そ、そうなんだ…………よかった」
「ああ。だから、心配しなくても大丈夫!」
と、俺が頷いたタイミングで、視線の先に王城の門が見えてきた。
『セレスティア』の王宮の敷地は、王都北区の半分以上を占める広大なものだが-ーその1部は国立の自然公園になっており、平時なら一般市民にも解放されている。
念の為、門番として数名の騎士が常駐しているものの、特に見咎められる事もなく、俺とアイリスは自然公園の中へと入っていく。
「-ーうわぁ! 見てよ、お父さん! このヒマワリ、すっごく大きいよ!」
「おお、本当だねー!」
自然公園の中に入って真っ先に目に付いたのは、夏の花の代名詞の1つである、ヒマワリだ。
最近は、家庭でも育てやすいようにと30センチ位の矮性品種が多く出回っているものの、目の前にあるヒマワリは2~3メートルの最大級のサイズ。
それが、数十本にも渡り咲き乱れている様は、まさに圧巻の光景だ。
(まあ、だからこそ入ってすぐの1番目立つ花壇に、ヒマワリを植えたんだろうな)
俺がそんな事を考えていると、アイリスが花壇の中程に立てかけられた看板に気付いたようだ。
この公園の各花壇の前には看板が設置され、そこに植えられた植物の簡単な解説が記されているのだが-ーそれが、アイリスの好奇心に火を点けたようだ。
アイリスは1メートル程の高さ看板に顔を寄せると、そこに記された内容に目を通していく。
「ふむふむ…………ねぇ、お父さん?」
「なんだい、アイリス?」
「ここに、『ヒマワリは、太陽の動きに合わせて花の向きを変える』って書いてるけど、本当なの?」
「ああ、本当だよ。ただ、それは成長途中の若い時期だけだね。花が完全に開ききったら、東を向いたまま動かなくなるんだ」
「へー、そうなんだね!」
と、アイリスの質問に補足説明をした所で、俺達はヒマワリの花壇から離れ、移動を再開。
アサガオやダリア、キキョウやマリーゴールド。今でこそ、色鮮やかな夏の花々が公園内を彩っているものの、季節によって植える花の種類を変える為、何度来ても飽きない。
そんな公園内を、俺達は奥へと向かって進んで行くのだが-ーどうにも、アイリスが心ここにあらずと言った様子だな。
(俺と手を繋いで一緒に歩いていると言うより、俺に手を引っ張られていると言った感じだ)
どうやらアイリスは、公園内の花々に目を奪われている様子だが-ーまあ、アイリスも女の子だものな。
男の俺とは違い、キレイな花には興味を惹かれるのだろう。
(こんな事なら、もう少し早く連れて来てあげれば良かったな)
可能なら、ここまま公園内をゆっくり散策したいけれど-ー今は、王宮へと向かっている最中。
いくらお姫様が慈悲深い方とはいえ、さすがに遅刻する訳にはいかない。
一応、アイリスには一言言っておくか。
「アイリス。お花に見惚れているところ申し訳ないんだけど、約束の時間も迫ってきているし、ゆっくりは出来ないよ」
「うん! 心配しなくても、大丈夫! ちゃんと分かっているよ、お父さん!」
と、素直に頷いてくれるアイリスだったが-ーそれは偏に、アイリスが聞き分けの良い娘だから。
どこか気落ちしているようにも見えるし、アイリスの偽らざる本音としては、ゆっくり見て回りたいと思っているのだろう。
(…………うぅ。そう考えると、何だか罪悪感が募ってくるな…………)
本来なら、王宮に出向くのは俺1人で事足りる。
それなのに、アイリスには付き合わせてしまっている形なのだ。
とはいえ、時間に余裕が無い事に変わりはない。
なので-ー
「アイリス。今は無理だけど、お姫様との面談が終わった後に、ゆっくり見て回ろうか」
と、俺が代替案を口にすると、落ち込んでいたアイリスの様子が一転。
パアァァッ、と。アイリスの表情が華やいだ。
「いいの、お父さん!?」
「ああ。お姫様との面談と言っても、どうせ形だけのものだから、すぐに終わるだろうし。折角だから、あそこにも登ろうか」
そんな言葉と共に、公園の一角を指差す、俺。
そこには、3階位の高さの小さな塔のような建物があるのだが-ー見慣れないものだからか、アイリスは不思議そうに小首を傾げている。
「お父さん、あれ何?」
「あれは…………まあ、展望台みたいな物だよ。この公園の中には、上から植物の様子を見渡せる展望台が、いくつかあるんだ」
「そんなんだ! 楽しみにしてるね、お父さん!」
と、展望台に関する説明を終えた所で、俺達は王宮に向けての歩みを再開。
後への楽しみが出来たからか、アイリスの足取りは目に見えて軽くなっていた。
(まあ、戦時下にはあの塔、攻めてきた敵を上から魔法や弓矢で迎え撃つ、軍事施設になるんだけど-ーそれに関しては、言わぬが華というものだろうな)
そんな事を考えつつも、公園内の中程に流れる川に架けられた橋を、俺とアイリスは渡って行く。
ちなみに、この橋も軍事施設の1つで、戦時下にはゼンマイの力で橋が跳ね上がるようになっている。
川幅は10メートル、水深も3メートル程あり、攻めてきた敵を大きく足止めするのだ。
(表向きは、季節の花々が彩る緑豊かな公園だけど、裏側は意外と物騒だよなぁ)
まあ、ここは曲がりなりにも王宮の敷地内。この位の防衛機能は、あって然るべきだろう。
そんな事を考えつつ橋を渡り切ると、視界に映る風景は一変。
周囲には野原が広がり、奥の方には小高い丘が見える。
「? ねぇ、お父さん。何だか、急に雰囲気が変わったね」
「この公園は、真ん中に流れる川を境にしてエリア分けされているんだ。入り口側は、いかにも公園と言った雰囲気で、花壇の中に季節の花々が。王宮側は、自然に近い野山になっていて、野草や山菜が植えられているんだ」
「そうなんだ! すっごい拘りようだね!」
と、アイリスは感心したように頷くと、キョロキョロと周囲の植物を見回している。
この辺りに広がる野原に植えられているのは、オオバコやカタバミ、ドクダミやツユクサなどの夏の野草。
奥の方にある小高い丘を登っていると、イタドリやユキノシタ、シソやヤマモモなどの夏の山菜が目についた。
(言い方は悪いけど、公園側に植えられている花々と比べると、地味な植物が多いよなぁ)
なので、この野山側のエリアは、あまり人気が無いのだが-ー好奇心旺盛なアイリスにとっては、話は別。
アイリスはキラキラと興味深そうな眼差しで、1つ1つの植物に目を向けていた。
(それにしても、流石は緑と水の国と言われる『セレスティア』、その自然公園だな。植物の種類は多種多様で、生息地に応じてエリア分けまでされている)
おそらく、教育的な観点から植える場所を分けたのだろうが-ーアイリスの言ったように、物凄い凝りようだ。
なんて事を考えてながら丘を登り切ると、視線の先に目的地である王宮が見えてきた。
(距離は、およそ100メートルといった所かな)
この距離では立派な王城と門しか見えないが-ー10メートル程まで距離が詰まると、門の前を警護する騎士団の姿が見えてきた。
人数は、公園前を警護していた騎士団の倍以上。全員が完全武装しており、遠目にも物々しさが伝わってくる。
「…………ね、ねぇ、お父さん。あんなにも騎士団の人が居ると、悪い事した訳じゃ無いのに、何だかソワソワしちゃうね」
王宮が目と鼻の先にまで迫ってきた所で、緊張した様子で声を上げる、アイリス。
そんなアイリスを少しでも安心させてあげようと、俺は毅然とした態度で、騎士団の人に話しかけたのだった-ー




