7月-ーシン。もしも幽霊が存在するのなら
シン視点
ボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地での肝試しも終わり、今の時間は夜中の0時を少し回った所。
俺は現在、自室のベッドに横になって過ごしていた。
「…………すぅ、すぅ…………」
同じベッドの中では、穏やかな寝息を立てているアイリスが、俺にピッタリと寄り添って眠っている。
というのも、15分ほど前に-ー
『…………お父さん。1人だと眠れないから、今日だけ一緒に寝てもいい?』
と、アイリスが枕を持って、俺の部屋を訪ねて来たからだ。
もちろん、自他共に認める親バカの俺が、かわいい愛娘からのお願いを断る筈がない。
2つ返事で頷いた俺は、布団を捲ってアイリスを迎え入れた訳だが-ー先の言とは裏腹に、アイリスはあっさりと眠りに就いてしまった。
オレンジ色の優しい枕元灯に照らし出されたアイリスの寝顔は、寝息と同じく穏やかで安心しきったもので。
その愛らしい寝顔を眺めてい内に、俺はふと懐かしい気持ちを感じていた。
(そういえば、こうしてアイリスと一緒に眠るのって、いつ以来だっけ?)
5月のゴールデンウィークでのキャンプの時には、同じテントで眠ったものの、寝袋は別々だったからな。ノーカンだろう。
そうなると、アイリスともう1度親子になった4月の17日以来だから、3ヶ月ぶりか。
本来なら、かわいい愛娘と一緒に眠れる事を喜ぶ場面なのだろうが-ーその理由が理由だけに、素直には喜べないな。
-ーナデ、ナデ
と、アイリスのキレイな銀髪を優しい手つきで撫でつつも、俺は物思いに耽っていた。
思い出されるのは、ボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地の探索中に起こった、あるトラブルについてだ。
(アイリスが急に居なくなった時には、本当にビックリしたものだよ…………)
センドリックさんの先導の元、最上階である3階から始まったボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地での肝試し。
それが起こったのは、2階から1階へと降り立った、その直後のこと。
家を出た時から、ずっとアイリスと繋いでいた左手が、フッと軽くなったのだ。
(? アイリスから手を離すなんて、珍しいな…………)
とは思いつつも、最初はそんなに心配していなかった。
待ち合わせ先である冒険者ギルドまでの道中で、プレゼントした水晶のブレスレットが、アイリスにはブカブカだったからな。
手首から外れてしまって、それを拾おうとして一時的に手を離しただけだろう、と。その程度にしか考えていなかった。
だけど-ー
「? あれ?」
立ち止まって振り返ってみるも、そこにアイリスの姿は無く。
不思議に思った俺は、手に持っていた携帯用の魔力灯の光を四方八方に走らせてみるも-ーアイリスの姿を捉える事は出来ず。
「? アイリスー!」
と、愛娘の名前を呼び掛けてみるも、アイリスからの返答は無く。
俺の発した言葉は、まるで闇の中に吸い込まれるように消えていった。
「-ーっ! アイリス! アイリスー!」
何か、おかしい…………。
ここに至って、ようやく事の深刻さに気が付いた俺は、このフロア全体に響き渡るような大声で、一心不乱にアイリスの名前を呼び続ける。
それでも、アイリスからの返答は返って来なかったけれど-ーその代わりに、他の人の耳には届いたようだ。
「どうかされましたか、シルヴァー様!?」
「おいおい。どうしたよ、『探求者』? んな大声だしてよ?」
背後から、ガヤガヤと複数の人の気配が近付いて来るのを感じた為、俺は急いで振り返る。
と、センドリックさんやエドさん、モモちゃんやラナちゃんが、慌てた様子で駆け付けて来ている所だった。
(俺が立ち止まっている事に気付かず先に進んでいたけれど、騒ぎを聞きつけて戻って来てくれたみたいだ)
そう察した俺は、藁にも縋る思いでセンドリックさんやエドさんに詰め寄ると、事情を説明して、アイリスを見ていないか尋ねてみる。
だけど-ー
「い、いえ…………。あいにく、私は見ておりません」
「ワリィが、オレも見てねーな」
と、センドリックさんやエドさんからは、期待した返答は返ってこず。
モモちゃんやラナちゃんも、アイリスを見ていないらしく、フルフルと首を振っている。
(…………まあ、4人が見ていないのも当然だよな…………)
アイリスが消えた時の状況を考えれば、先を行っていた4人が見ている可能性は低いだろうと思っていた。
なら-ー
「『探知』!」
アイリスを探す手段として、俺が次に採ったのは、無属性魔法の『探知』を発動だ。
これは、周囲に魔力を波のように飛ばす事で、その範囲にある物を、頭の中に思い浮かばせる魔法だ。
俺の魔力量なら、有効半径は最大で2キロ。敷地全体は流石に無理でも、屋敷の中なら全体を見透せるはず。
(これなら、アイリスがどこに居ても見つけ出せる!)
そう、思っていたのだけれど-ー
(何でだ!? アイリスの反応が見つからない!?)
俺の頭の中には、この屋敷の全てのフロアの、全ての部屋の様子が思い浮かんでいる。
それなのに、この屋敷の中にある人の反応は、ここに居る俺達5人のみ。
アイリスの反応だけが、どこを探しても見つからなかった。
「ああ、もうっ! いったい、どうしてだ!?」
その理由は、残念ながら分からないけれど-ーこうなった以上、俺に採れる手段はただ1つ。
足を使って、地道に屋敷の中を駆けずり回るしかない。
「すいませんが、俺はアイリスを探しに行きます! センドリックさんとエドさんは、モモちゃんとラナちゃんに付いててあげて下さい!」
それだけを一方的に捲し立てると、センドリックさんやエドさんの返答を待たずに、俺は全速力で駆け出した。
「アイリスー! アイリスー!」
と、愛娘の名前を何度も叫びながら、まずは1階の全ての部屋を捜索。
続いて2階を回り、最後に最上階である3階へ。
だけど-ー
「…………はぁ、はぁ。アイリス、ここにも居ないのか…………」
3階にある全ての部屋を探したものの、それでもアイリスの姿は見つからなかった。
気持ちとしては、ここから更に屋敷をもう1回りしたいのだが-ーここまで常に全力疾走だった事もあり、流石に体がクタクタだ。
(それに、このまま当てもなく探した所で、同じ結果になりそうだしな…………)
そう考えた俺は、3階最奥の部屋の壁に背を凭れかけて、少しの間だけ休憩する事にした。
とはいえ、この僅かな時間も無駄にするつもりは無い。俺は体を休める代わりに、頭を働かせていく。
(さて、と。いったい、どうしてアイリスは見つからないんだ?)
考えられる可能性としては、行き違いになったのか、それとも屋敷を出たのか。
他には…………そうだな。この屋敷、無駄にデカイからな。
隠し通路や隠し部屋があっても、おかしくは無いが…………。
と、そこまで考えた所で、はたと気付いた。
(そういえば、この屋敷には地下室があったはずだよな…………)
たしか、1階の何処かに隠し扉があり、その先に地下室が広がっているという話だったはずだ。
が、先程『探知』を使った時には、頭の中に地下室は思い浮かばなかった。
俺は不思議に思いつつも、ダメ元で再び『探知』を発動。
現在地である3階から順番に、頭の中に屋敷の地図が広がっていく。
(3階にある人の反応は、1つ。これは、俺自身のものだな)
続いて、頭の中に浮かんできた2階の地図には、廊下に4つの人の反応が見て取れた。
数から考えて、これはセンドリックさんやエドさん達だろう。
先程は、1階に居たはずだが-ー2階に移動している所を見るに、モモちゃんやラナちゃんを連れて、アイリスを探してくれているようだ。
(で、最後に1階か…………)
この何処かに、地下室へと繋がる階段が隠されているはずだ。
今後こそ見つけようと、頭の中に浮かんだ1階の地図に意識を向け-ー
「-ーなっ!?」
1階にある部屋を順番に確認している途中に、俺は思わず驚愕の声を上げてしまった。
というのも、他と比べて一際大きな部屋の中に、6人目の人の反応を見つけたからだ。
(数から考えて、この反応はアイリスに違いない!)
まさか、こんなに呆気なく見つかるとは…………。
正直に言えば、未だに息も絶え絶えな状況だけれど-ーようやく得たアイリスの手がかり。キツイなんて、甘えた事は言っていられない。
俺は棒のように固まってしまった足をムリヤリ動かして、全速力で反応のあった1階の部屋へと駆けていく。
そして-ー
「-ーアイリス!」
反応のあった1階の部屋で、ようやくアイリスとの合流を果たしたのだった-ー
-ー
-ー-ー
-ー-ー-ー-ー
(-ーははっ。あの時は安堵のあまり、アイリスの体を思いっきり抱き締めてしまったっけ)
アイリスと再会した瞬間を思い出した俺は、愛娘のキレイ銀髪を撫でつつも、苦笑を浮かべる。
その後、アイリスは当然のように困惑した声を上げていたけれど-ーあの時の俺は、またアイリスが居なくなってしまいそうで、怖くて。
俺は力を緩める事なく、アイリスの体を抱き締め続けていた。
(で、安堵の息と共にアイリスへの想いを吐き出した為か、頭が冷えて。今更ながらに今の状況を認識して、ハッと我に返ったんだっけ)
女の子であるアイリスの体を、男の俺が思いっきり抱き締めている。
それだけでも許されない行為なのに、ここまで全力で走り回っていた事もあり、俺の体は汗だくの状況だったのだ。
アイリスに不快な思いをさせてないかと、本当に肝が冷えたよ。
(だからこそ俺は、慌ててアイリスの体を離そうとしたんだけど-ーそれよりも前に、アイリスが俺の背中に手を回して、ソッと抱き返してきたんだよな)
1人だけ逸れた事で、アイリスも不安だったのだろう。
そう察した俺は、アイリスを安心させてあげようと、少しだけ力を緩めつつも抱き締め続けた。
(で、1分ほど抱き締め合った所で、廊下からエドさん達が近付いて来る気配がして。俺と抱き合っている所を見られるのが恥ずかしかったのか、アイリスが手を離してしまったんだよな)
なので、俺は名残惜しさを感じつつもアイリスから手を離し、エドさん達と合流。
改めて、アイリスに居なくなった経緯を聞いたのだが-ーアイリスが口にしたのは、驚きの言葉の数々だった。
『2階から1階に降り立った瞬間に、左の手首に着けていた水晶のブレスレットが切れてしまい、お父さんの手を離して拾おうとしたら、水晶の玉は2つを残して粉々に砕けていた』
『薄気味の悪さを感じて慌てて顔を上げたのだけど、そこには誰も居らず。周りに拷問器具があった事から、地下室に神隠しに合ったと判断した』
『そこで首から上の無い真っ黒な影法師に襲われそうになり、塩を振りかけて撃退した』
『その後、マイちゃんと名乗る女の子の幽霊に1階へと繋がる階段に案内してもらい、地下室から脱出した』
要約するとこんな感じで、皆一様に驚愕の表情を浮かべ、固まってしまっていた。
まさに、絶句と表現するに相応しい状況だったけれど-ーそんな中、1番最初に口を開いたのは、センドリックさんだった。
『申し訳ないのですが、アイリスさん。それは、あり得ません。なにせ-ー』
と、一旦そこで言葉を区切る、センドリックさん。
そして、センドリックさんは部屋の一角を指差しながら、続ける。
『ボーマン・レヴィウス伯爵が逮捕された後、地下室へと繋がる扉は、騎士団が封鎖したのですから』
(このセンドリックさんの言葉に1番驚いていたのは、アイリスだったっけ…………)
だけど、確かにセンドリックさんの言う通りだった。
ベッドを囲むように設置されたカーテンの裏に隠されていた地下室への扉。
そこには、何枚もの板が打ち付けられていて、とても開くとは思えなかったからだ。
(それでもアイリスは、この扉の先にある階段を登ってきたって、主張し続けていたな)
その証拠として、アイリスは地下室の光景を詳細に語り始めたのだけれど-ーそれは、センドリックさんが地下室を捜査した時の光景と、ほぼ一致していたようで。
これには、センドリックさんもエドさんも、モモちゃんもラナちゃんも、アイリスが地下室に行った事を信じざる得なかったようだ。
(それに、マイちゃんと名乗る女の子の存在、か)
センドリックさん曰く、ボーマン・レヴィウス伯爵を逮捕する数日前に、マイという名の女の子が亡くなっていたらしい。
あと数日早くボーマン・レヴィウス伯爵を逮捕出来ていれば、その女の子を助けられた。
悔しさから、センドリックさんの記憶に印象深く刻まれていた女の子の特徴と、アイリスが証言するマイちゃんと特徴が、一致するとの事だった。
『屋敷を取り壊す前にもう1度、神父様に祈りの言葉を上げていただきます』
肝試しを終えての別れ際に、そんな事を言っていた、センドリックさん。
俺が今抱いている気持ちも、この時のセンドリックさんと同じものだと思う。
つまり-ー
「幽霊って、本当に存在してるんだな」
肝試しの回想を終えた俺は、アイリスの銀髪を撫でる事を継続しつつも、ポツリと呟く。
ギルドまでの道中にアイリスに言った通り、俺は幽霊の存在を信じないタイプだったけれど-ー愛娘であるアイリスが心霊現象に遭ったと言っている以上、信じざるを得ないだろう。
それは、たとえ証拠や証言が無かったとしても変わらない。
(娘の言う事は、無条件で信じる。父親として、当然の事だからな!)
と、相変わらず親バカな事を考える俺だったが-ー心持ちに影響して、アイリスを撫でる手つきが強まってしまったかな?
「…………う、うぅん…………」
と、アイリスが小さな呻き声を上げながら身じろぎをした為、俺は慌てて手を止める。
(いけない、いけない。久しぶりに見るアイリスの寝顔が愛らしかったからって、調子に乗って撫ですぎてしまったな)
これ以上はアイリスを起こしてしまうかもしれないし、俺もそろそろ寝るとしよう。
そう考えた俺は、アイリスを撫でていた手を伸ばして、枕元の明かりを消灯。
「おやすみ、アイリス」
アイリスを起こしてしまわないよう、小さな声で囁いてから、俺は目を瞑る。
と、夜遅い時間だった事もあり、あっという間に眠気が襲ってきた。
そのまま、睡魔に身を委ねてボンヤリしているいると、帰り際のアイリスの言葉が頭に浮かんできた。
(そういえば、アイリスが言っていたっけ。今日の肝試しに参加したのは、幽霊の存在を証明する為だって)
もし幽霊に出会えれば、死んでしまったお母さんや村の皆に、いつかまた会えるかもしれない。
そんなアイリスの願いは、図らずも叶った形になる訳だ。
(それなら俺も、いつかまた会えるのかもしれないな)
数年前に亡くなった、尊敬する兄さんに…………。
と、そんな思考を最後に、俺の意識は眠りに落ちたのだった-ー
~7月編 あとがき~
7月編は夏休みという事で、川遊びと肝試しを書きました。
前半は川遊び。
作者は子供の頃は田舎に住んでおり、その頃に毎日のようにしていた川遊びを思い出しながら書きました。
後半は肝試し。
作者はホラー好きなので自分でも書いてみたのですが、触れる媒体は映像か漫画。小説はほとんど読まないので、思ったより苦戦して時間がかかってしまいました。
次の8月編は、アイリスの七夕の最後のお願いである旅行に出発します。




