7月-ーアイリス。肝試しに抱く想い
アイリス視点
お父さん達との川遊びを楽しんだ日から1週間後の、7月29日。
8月も間近に迫った今日は、モモちゃんやラナ、エドさんやセンドリックさんとの、肝試しの日だ。
それぞれの家の中間地点にある冒険者ギルドで、わたし達は夜の9時半に待ち合わせ。
そこから、南区の通りを30分ほど歩き、わたし達は今回の肝試しの舞台である、ボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地へと到着した。
「ほい、到着っと。鍵を頼むぜ、センドリック」
「はい。少々お待ち下さい、エド様」
エドさんに急かされつつも、センドリックさんは門のカギをガチャリと解錠。
キイィィ、と。甲高く不気味な音を立てながら、ゆっくりと門が押し開かれていく。
「-ーえっへっへ~! モモが、いっちば~ん!」
「モモさん!? 1人では、危ないですよ!?」
「…………まったく。モモの奴は…………」
門が開け放たれるのと同時に、真っ先に駆け出して行く、モモちゃん。
そんなモモちゃんを、センドリックさんが慌てた様子で追って行き、その後にラナも続く。
その3人の後ろ姿を眺めながら、わたしは密かに心を弾ませていた。
(えへへっ! やった! これでまた、わたしのお父さんを1人占め出来る!)
ここまでの間ずっと、モモちゃんがわたしのお父さんに引っ付いていたけれど…………肝試しへの興味が勝ったのかな?
と、そんな事を考えている内に、エドさんも門の中へと入って行き、あとはわたしとお父さんだけだ。
わたしは、すぐ隣に居るお父さんへと声をかける。
「わたし達も行こうよ、お父さん!」
「そうだね。ただ、雑草が結構伸びているから、ケガしないように気を付けてね」
お父さんのその言葉に、わたしは視線を前方へと戻す。
目を凝らして、よく見てみると-ーたしかに、お父さんの言う通りだ。
門から玄関までは石畳で舗装されているものの、長い間放置されていたからか、所々から背の高い草が伸びている。
長いものだと、わたしのヒザ位までありそうだ。
(高い塀に遮られて、通りにある街灯の明かりが、あまり中には届かないのかな? 気付かなかった…………)
わたしの今の服装は、半袖のシャツに膝丈のスカート。
なので、服の外に出ている腕や足をケガしないよう、慎重に進まないといけない。
そう、分かってはいるのだけれど-ー大好きなお父さんから、優しく心配されたのだ。
どうしても、わたしの心はフワフワと浮き足立ってしまうし、それに比例して足取りまで軽やかになってしまいそうだ。
「えへへっ! 心配してくれてありがとう、お父さん!」
お父さんにお礼の言葉を伝えつつも、わたしは逸る心と体を必死に抑えながら石畳の上を進み、玄関へ。
と、丁度そのタイミングで、センドリックさんが玄関の扉を開く。
-ーカチッ
と、真っ先に玄関の中へと入ったセンドリックさんが、すぐ脇にあったらしい魔力灯のスイッチのを押す。
が、しばらく待ってみても、魔力灯は全く反応を示さなかった。
その様子を見て、エドさんがポツリと呟く。
「『探求者』の予想通り、魔力が切れてるみてーだな」
「使ってなかったとはいえ、1年も放置されていた訳ですしね。携帯用の魔力灯を準備しといて、よかったです」
エドさんに返答しつつも、懐から携帯用の魔力灯を取り出す、お父さん。
わたし達も、各々の懐から携帯用の魔力灯を取り出すと、順番に玄関の中に入って行く。
手元のスイッチを押すと、6つの光の線が走り、真っ暗だった室内を部分的に照らし出す。
(…………吹き抜けのホール、かな?)
床一面には真っ赤な絨毯が敷かれ、高級そうな絵画や壺がいくつも飾られている。
ただ-ー全体的にうっすらとホコリが積もっていたり、所々にクモの巣が張っているけれど、思ったより荒れてはいないみたい。
(王宮が厳重に管理していたから、イタズラ目的で入って来る人が居なかったんだろうな)
とはいえ、クツを脱ぐのは流石に危険だ。
わたし達は土足のまま室内へ上がると、何とはなしに奥へと進んで行く。
そうして、目の前にあった階段まで進んだ所で、1番前を歩いていたセンドリックさんが足を止める。
「それでは、ご案内を始めさせていただきますね。最上階である3階から順に回って行こうと思っておりますが、よろしいでしょうか?」
わたし達の方へと振り返りながら、そう問いかけてくる、センドリックさん。
しばらく待ってみても誰からも、反対意見は出る事は無く。
代表して、お父さんが返答する。
「はい。よろしくお願いします、センドリックさん」
「かしこまりました。暗いので、足元にお気をつけ下さい」
という事で、ここまでの道中と同じようにセンドリックさんの先導の元、わたし達は順番に階段を昇っていく。
お庭の段階では、かろうじて街灯の明かりが届いていたけれど、室内は完全な真っ暗闇だ。
踏み外してしまったら大変なので、わたしは携帯用の魔力灯で足元を照らしながら、慎重に階段を昇っていく。
そんなわたしの様子に、お父さんが気付いたようだ。
-ーサッ
と、お父さんは自分の明かりを、わたしの足元へと向けてくれた。
おかげで、わたしの足元の明かりは倍増したけれど-ーその代わりに、お父さんの足元が真っ暗だ。
(もう…………! 相変わらず過保護なんだから、お父さんは!)
わたしを気遣ってくれるのは嬉しいけれど、そのせいで、お父さんがケガをしてしまえば元も子もない。
なので、わたしは自分の明かりを、お父さんの足元へと向ける。
「…………いや、アイリス。これじゃあ、意味が無いんだけど…………」
「これで、いいの! お父さんは、もう少し自分を大切にして!」
わたしはそう言って、お父さんを窘めようとするも-ーお父さんの親バカっぷりは、筋金入りだからなぁ。
結局、わたしとお父さんはお互いの足元を照らし合ったまま、3階へと到着した。
「-ーおっ! 階段と違って、廊下は意外と明るいんだな」
階段から廊下へと出た瞬間に、思わずといった様子で声を上げる、エドさん。
わたしとお父さんも廊下に出ると、壁の1面に大きな窓が連なっていた。
そこから漏れた月や星の明かりが、廊下を照らし出しているようだ。
(思えば、『ルル』の村に住んでいた頃は、夜は月や星の明かりを頼りに移動していたっけ…………)
とはいえ、建物の中を進むには、月や星の明かりだけでは心許ない。
わたし達は携帯用の魔力灯を点けたまま、1番手前にあった扉を開き、室内へ。
そうして、いよいよ本格的な肝試しがスタートしたのだった-ー
-ー
-ー-ー
-ー-ー-ー-ー
の、だけれど-ー
(…………やっぱり、何も起こらないよね…………)
3階にあった全ての部屋を回ったわたし達は、続いて2階へと向かう為、真っ暗な階段を降っていた。
階段を昇る時とは違って、お父さんはちゃんと自分の足元を照らしている。
なので、わたしも自分の足元を照らして階段を降りつつも、ボンヤリと物思いに耽っていた。
頭の中に思い浮かぶのは、待ち合わせ先のギルドに向かう途中に交わした、お父さんとの会話だ。
『だ、だからさ、アイリス! もしアイリスの気が進まないのなら、無理に肝試しに行く必要は無いんだよ!』
わたしの言葉や仕草から、暗い所が苦手と察したのだろう。お父さんは、そんな提案をしてきた。
お父さんの推理通り、わたしは暗いのが苦手だし、更に言うなら怖いのも苦手だ。
だけど-ー
『……………………ううん! お父さんが一緒だから、大丈夫!』
わたしはしばらく悩んだ末に、フルフルと首を振って、肝試しに行く事を選んだ。
もちろん、この時の言葉にウソは無い。お父さんを頼りにしているのは、本当だ。
だけど、お父さんには秘密にしている事もあるんだ。
(それを、お父さんも察したんだろうな。どうして肝試しに行きたいのか、尋ねられたっけ…………)
お父さんのその質問に、わたしは曖昧に笑う事で誤魔化した。
(だって、恥ずかしくて言えないよ-ー)
もし今回の肝試しで何か起これば、幽霊の存在が証明される。
そうすれば、死んでしまったお母さんや村の皆に、いつかまた会えるかもしれない。
(-ーなんて、そんな夢見がちな子供みたいな事)
もちろん、その後にお父さんに言ったみたいに、わたしは幽霊を信じていない。
だけど-ー心の中の悲しみが、少しずつ癒えてきたからかな?
わたしは最近、お父さんに引き取られたばかりの事を思い出す事が、増えてきた。
そして、その頃に見ていた夢の内容も。
(夢だからか、具体的な内容は思い出せないけど…………夢の中で、お母さんと会話した気がするんだよね)
1回なら只の偶然かもしれないけれど、わたしの朧気な記憶が正しければ、夢の中でお母さんと話したのは、2回。
それに、エルフの森でお父さんとグリフォンが闘っている時には、お母さんの声を聞いた気がするし…………。
(これも、幻聴かもしれないけれど…………こんな風にも、思うんだ)
もしかしたら、『血染めの髑髏』への怒りや憎しみに囚われていたわたしを心配して、お母さんが会いに来てくれたのかもしれない、と。
(本当に、そうなんだとしたら-ー1度でもいいから、お母さんに会って伝えたいな)
助けてくれて、ありがとう。
そして、わたしはもう大丈夫だよ、って-ー




