シンの修行① 魔法を学ぼう(後編)
シン視点
「それじゃあ、アイリス。この辺でやろうか」
玄関から出て右側の、何も物が置かれていないスペースの真ん中ほどで足を止めると、俺は改めて、そう宣言する。
「はーい」
対するアイリスは、ニコニコの笑顔で、間延びした能天気な返事をする。
(うーん…………。どうやら、さっきの『シンさんかわいい』騒動の余韻が、まだ残ってるらしいな)
魔法についての説明を始めたばかりの頃は、真面目な表情で集中していた様子のアイリスだったが、今やすっかり集中力が切れてしまったらしい。
普通の師匠なら、ここで一言注意して、気を引き締め直してもらう所なのだろうがーー
「それじゃあ、まずは、初級も初級の攻撃魔法『矢』系の魔法を覚えもらおうかな」
俺は特に何も言うこと無く、魔法の説明を始めた。
そもそも、まだ12の少女に、人殺しの方法を教えるということ自体、おかしな話だろう。
それなら、こんな風に笑顔のゲーム感覚で覚えてもらった方が、はるかにマシってものだ。
「『矢』系の魔法ですか?」
「そう。アイリスの適性は、『火』と『水』と『闇』だから、『炎矢』、『氷矢』、『闇矢』の3種類だね。ええと…………とりあえず、まずは手本を見せたいんだけど…………」
(何か的になりそうな物は無いかな?)
そう思って辺りを見回すも、こちら側にはキレイに刈り揃えられた芝生が広がるのみで、何も置かれていない。
(となると、あちら側に何か良い物はーーああ、そういえば、確か『あれ』が置きっぱなしになっていたな)
あることを思い出した俺は、アイリスに、「ちょっと待っててね」と言って、反対側のスペースへ向かう。
お目当ての物ーー欠けていたり、ヒビが入っていたりで使わなくなった上木鉢は、端の方に10個ほど置かれていた。
そこから、2つを手に取り、アイリスの所に戻る。
「シンさん。それ、どうするんです?」
「とりあえず、これを的として使うよ」
そう言って、俺は上木鉢の1つを芝生の上に置き、1メートルほど離れた位置に立つ。
「それじゃあ、俺とアイリスで唯一適性が被っている、『水』属性の『氷矢』から教えるよ。まず、お手本を見せるから、よく見ててね」
そう言うと、俺は地面に置かれた上木鉢に、手をかざす。
「まずは、体の中にある魔力を外に放出する。そして、放出した魔力で氷の矢を造る。魔力をそのままの形で使う無属性魔法と違って、属性魔法は、魔力をそれぞれの属性に変質させないといけないから、コツを掴むまでは、ここが1番難しいかな」
アイリスに説明しながら、俺はかざした手の先に、氷の矢を造り始める。
「ちなみに、別に手をかざす必要は無いよ。ただ、矢を造る位置や、矢を飛ばす方向をイメージしやすいから、最初のうちは手をかざす事をオススメするよ」
そうこう言っているうちに、全長30センチ程の氷の矢が1本出来上がる。
「そして、目標に向かって放つ! 『氷矢』!」
鋭い声で魔法名を唱えた瞬間、手元に造った矢は、見事に目標である上木鉢に命中。上木鉢は、ガシャンと音を立てて、粉々に砕け散った。
「すごい、すごい! 当たりましたよ、シンさん!」
魔法が当たった瞬間、アイリスは興奮した様子で、拍手と共に俺に称賛の言葉を贈ってくれる。
俺はそんなアイリスに、「あはは。このぐらい、大したこと無いよ」と、澄ました表情で伝える。が、内心ではーー
(ふぅ~…………。良かった~。当たった、当たった)
と、安堵のため息を吐いていた。
「ちなみに、この魔法は使う魔力を増やすことで、最大で10本まで矢を出すことが出来るよ。けどまあ、最初は1本からやっていこうか」
そう。この魔法、1度に複数の矢を飛ばして、その内の1本でも当たればめっけ物という、いわゆる数打ちゃ当たるの魔法なのだ。
今はアイリスに分かりやすいようにと1本だけ飛ばしたが、いつも使う時は複数飛ばしているので、正直当たるかヒヤヒヤしたが、いや~、当たって良かった。
(師匠として、保護者として、アイリスの前では、カッコいい大人でいたいからね)
そんな俺の小さな見栄に、アイリスは気付く様子もなく、素直に「はい」と頷く。
アイリスと立ち位置を交代し、少し離れた位置に、用意していたもう1つの上木鉢を置く。
「それじゃあ、アイリス。まずは実際にやってみようか」
「はい! えーと、まずは、目標に向かって手をかざして…………魔力を外に放出して、氷の矢を造って…………」
俺の先ほどの説明を反芻しながら、上木鉢に向けて手をかざす、アイリス。そして、魔力を放出していくのだがーー
「…………あ、あれ?」
どうやら、魔力を氷へと変化させる事が出来ないらしい。焦っているのか、魔力が漏れ続けている。
「アイリス。焦らない、焦らない。一旦、深呼吸して、気持ちを落ち着けよう」
「は、はい。…………すぅー、はぁー…………」
「よし。それじゃあ、一旦、目を瞑って。そして、頭の中で魔力を氷に変えるイメージをしてみよう」
「はい。…………目を瞑って、頭の中でイメージ…………」
俺のアドバイスに素直に従って、アイリスは目を瞑り、集中していく。
そして、数分たった所でーー
(……………………おっ!)
魔力が少しずつ変化していってるようで、アイリスがかざした手の先から、冷気を感じ始める。
アイリスもそれを感じたのだろう。閉じていた目を開いて、嬉しそうに俺を見てくる。
(ーーあっ! バカ!)
今ので集中力が切れてしまったらしく、せっかく造った冷気が霧散してしまう。
「…………はぁー、やっちゃったー…………」
「まあまあ。焦らない、焦らない。初めての属性魔法なのに、もう魔力を変化させることが出来るようになったんだ、むしろアイリスは早い方だよ」
「本当ですか!? よーし! 頑張りますね!」
失敗して、落ち込んだ様子を見せていたアイリスだったが、俺がフォローの言葉をかけると、分かりやすいぐらいに持ち前の明るさを取り戻し、再び目を瞑り集中し始める。
実際、今の俺の言葉に嘘は無い。この短時間で、もう魔力を変化させることが出来るということは、アイリスは魔法の扱いに対して、高いセンスがあるのかもしれない。
(初めての属性魔法だし、修得まで1時間を予想してたけど、思ってたより早いかもな)
俺の予想通り、30後にはーー
「『氷矢』」
ーーガシャン!
魔力を氷への変化。氷で矢の作製。矢を飛ばし、目標である上木鉢への命中。アイリスは、その全てを完璧に行えるようになっていた。
(いやいや。大したこともんだ)
弟子の成長ぶりに驚きつつ、俺はアイリスに拍手を贈る。
と、アイリスが笑顔て駆け寄ってきた。
「やりましたよ、シンさん! どうでしたか?」
「いや、驚いたよ。正直に言えば、もっと時間がかかると思ってたからさ。アイリスは魔法のセンスがあるよ」
俺が素直にそう褒めると、アイリスはひとしきり嬉しそうに笑った後、首を少し前に傾け、俺に頭を差し出してきた。
(あー、撫でろってことね。はいはい)
アイリスの言わんとしている事を察した俺は、差し出された頭に手を置き、優しく撫で始める。
「えへへ~」
相好を崩し、幸せそうに微笑む、アイリス。
全く。お前も好きだね、ホント。
「…………でもまあ、実戦で使えるレベルじゃ全然無いけどね。矢を造るのに時間がかかりすぎてるし、今は練習だから良いけど、本番で目を瞑るなんて以ての他だ」
「うっ! …………はーい」
「まあ、それに関しては数をこなしていって、慣れていこうな」
「はい!」
(さて、これからどうしようか?)
本来の予定なら、アイリスには『氷矢』だけを修得してもらうつもりだった。だが、アイリスが予想を大幅に越えるスピードで『氷矢』を修得したため、時間が余ってしまった。
(ギルドに行く時間まで、あと1時間ほど。『収納』の魔法を覚えてもらうのに30分は使いたいから、残りの時間は30分か。アイリスのセンスなら、2つ目の『矢』系魔法、『炎矢』の修得も残り時間でいけそうだな)
そう思った俺は、アイリスに『炎矢』の修得を提案してみる。
「はい! ぜひ、お願いします!」
拳を握りしめ、やる気と笑顔を見せてくれる、アイリス。
(…………ふむ。どうやら大丈夫そうだな)
魔力を使うと、精神力を消費してしまう。
『氷矢』修得にかけた30分で、少なくない量の魔力を使ったはずだが、アイリスには、まだまだ活力がみなぎっている。
どうやら、アイリスの魔力量はそれなり以上にはあるようだな。
「よし。それじゃあ、『炎矢』を練習をしたいんだけど…………まずは、的がわりの上木鉢を取りに行かないとな」
本来の予定では、『氷矢』だけを修得してもらうつもりだったため、お手本用と練習用の2つしか持って来なかったのだ。
俺は、再びアイリスに待っててもらうよう伝えると、反対側のスペースに、駆け足で向かって行くのだった。