7月-ーアイリス。お友達と水遊び(後編3)
アイリス視点
川の生き物探しを始めてから…………多分、15分位の時間が経ったのかな?
1番最初にモツゴを捕まえたわたしは、適宜モモちゃんやラナにアドバイスをしつつも、2匹目のモツゴを捕獲。
そして-ー
「-ーやった! 捕まえた!」
今まさに、わたしは3匹目のモツゴを捕まえる事に成功した。
しかも、今回捕まえたモツゴは、体長10センチ越えの大物だ。
逃がしてしまわない内にと、わたしは大急ぎで生け簀へと両腕を伸ばす。
-ーチャポン
「よし! 無事に生け簀の中に入れれた!」
わたしは小さくガッツポーズをしつつも、生け簀の中をマジマジと覗き込む。
生け簀の中で泳いでいる3匹のモツゴの内、2匹は8センチ位の平均的なサイズ。3匹目は体長10センチ越えと、モツゴの中では最大級のサイズだ。
他にも、サワガニやスジエビ、アメンボやヤゴなど複数の生き物がいて、気が付けば直径50センチ位の生け簀の中は、飽和状態になっていた。
(モモちゃんもラナも、いっぱい捕まえているなぁ。いったい、何匹捕まえたんだろ?)
気になったわたしは、生け簀の中の生き物を1匹ずつ指差して数えてみる。
その、結果は-ー
(凄い! わたしが捕まえた3匹のモツゴを除いても、10匹以上の生き物がいる!)
単純計算で、1人5匹以上捕まえた事になる。
そのおかげもあり、生き物を捕まえる事に対する緊張が解れたのかな?
「ねぇ、アイちゃん。アイちゃん昨日、シンさんがワイン1杯で酔い潰れて、大変だったって言ってたよね?」
最初のガチガチ具合がウソのように、モモちゃんは足元の石をひっくり返しながら、わたしに雑談を持ちかけてきた。
その話題は、よりによってお父さんの事だったけれど-ー生き物探しを始めたばかりのように、わたしの心はチクチクとささくれ立たなかった。
どうやら、生き物探しを楽しむ事で、気分転換が出来たようだ。
わたしはいつも通りの穏やかな心持ちで、モモちゃんに返事を返す。
「確かに、そう言ったけど…………それが、どうかしたの?」
「いやー、別に大した事じゃ無いんだけどさー。アイちゃん、初めてシンさんのカッコ悪い姿を見たわけでしょ? 少し位、幻滅したりしたしなかったかなーって思ってさ」
「へ? 別に?」
ニヤニヤと意地悪く微笑みながら問いかけてくるモモちゃんに、わたしは端的に返す。
実際、わたしの言葉にウソは、これっぽっちも存在しない。
確かにモモちゃんの言う通りで、昨日と一昨日のお父さんには、いつものカッコ良さや頼もしさの面影は無かったと思う。
だけど-ー
(お酒に酔い潰れたお父さんは、わたしがお世話しないといけない程に弱々しくて。それが、とても可愛くて…………キュンとしちゃったんだよね…………)
こういうのを、ギャップって言うのかな?
いつものカッコ良くて頼りがいのあるお父さんも好きだけど、カッコ悪くて情けない姿も悪くない。
幸い、お父さんの二日酔いの症状はさほど酷くは無いようなので、お休みの日ぐらいならお酒を飲んでも良いと、個人的には思っている。
だけど-ー
(一昨日の食事会には、ラナやヴィヴィさん、フィリアさんが居たんだもん! 弱っていて可愛かったお父さんを他の人に見られるのは、何だかイヤ!)
もし一昨日のあの場に、モモちゃんやオリースさんが居たら、一体どうなっていたか…………。
想像するだけで、体がブルッと震えてしまう。
(だからこそ、そんな最悪な事態を避けようとして、『お父さんは、極力お酒を飲まないように!』って、キツイ口調で言っちゃったんだよね)
わたしに叱られていると思ったのかな? その時、お父さんはシュンとしていて-ーその落ち込んだ姿が、また可愛かった。
と、昨日の事で思い出し笑いをしつつも、休憩スペースに居るお父さんの方へと視線を向ける、わたし。
が、休憩スペースに居るお父さん達を視界に捉えた瞬間、わたしの微笑みは引っ込んでしまった。
(…………お父さん、いったい何やってるの…………)
ぷくーっ、と。休憩スペースを眺めているうちに、わたしの頬が自然と膨らんでしまう。
だけど、それも仕方がないと思うんだ。だって、わたしの居ない所でお父さんが、オリースさんやヴィヴィさんと、とても親しげに話している。
それだけならともかく、お父さんは水着姿のオリースさんに対して、鼻の下を伸ばしていて-ーううん。
(本当は、分かっているんだ。お父さんは普通に雑談しているだけで、特別親しげに話している訳じゃない。鼻の下だって、これっぽっちも伸びてないって…………)
その、はずなのに…………いったい、どうしてだろう?
頭では分かっているはずなのに、お父さんが鼻の下を伸ばしながら、とても親しげに話しているように見えてしまう。
(生き物探しを楽しむ事で、せっかく気分転換出来ていたのに…………また、心がチクチクしてきちゃったな)
お父さん達はいったい、どんな話をしているんだろう?
たった数メートルの距離だけど、川の流れる音が邪魔をして、お父さん達の声は聞こえない。
それがまた、もどかしい。
(…………いっその事、お父さん達の間に割って入ろうかな…………)
挙げ句の果てに、そんな事を考えてしまう、わたし。
と、モモちゃんのクスクスという笑い声が聞こえてきた。
「あははっ! シンさんをジーッと見すぎだよ、アイちゃん! もしかして、モモのママにヤキモチ焼いちゃった?」
「そ、そんな訳ないでしょ! 変な事を言わないでよ、モモちゃん!」
…………ウソだ。本当は、思いっきりヤキモチを焼いている。
とはいえ、それを素直に認めてしまうのは、何だか気恥ずかしい。
なので、慌てて否定するわたしだったけれど-ーその位では、モモちゃんは引き下がらない。
「そんなに照れなくても良いじゃない! かわいいなぁー、アイちゃんは!」
「だ、だから違うんだってば! そんな事より、もう生け簀の中がいっぱいになっちゃったし、他の事をして遊ぼうよ!」
このままでは、どうにも分が悪そうだ。
そう考えたわたしは、少し強引ではあったものの話題を変えると、モモちゃんやラナの返事を待たずに、川岸から中洲へと向かって行く。
(…………うぅ。本当は、お父さんの所に行きたかったんだけどなぁ…………)
そんな後悔が襲ってくるも-ーとはいえ、ここでわたしがお父さんの所へ行ってしまえば、モモちゃんの指摘を肯定するようなものだ。
でも、そういう事なら-ー
(お父さんがわたしの所に来てくれれば、セーフなんだよね)
お父さん、わたしの所に来てくれないかなー、と。
そんな考えが頭を過った、その瞬間だった-ー
「おーい! アイリスー!」
背後から大好きな人の声が聞こえてきた為、わたしは中洲へと向けていた足を止める。
慌てて振り返ると、休憩スペースに居たはずのお父さんが、こちらへと向かってくる所だった。
それが、あまりにも嬉しくて-ー結果として、先程の自分の考えが、頭からスッポリと抜け落ちてしまったようだ。
-ーバシャバシャ
と、わたしは音を立てながら来た道を引き返して、生け簀がある川岸で、お父さんと合流した。
「ど、どうしたの、お父さん?」
「アイリス達が川の中洲の方に行くのが見えたからさ。心配になって、見に来たんだ」
「そ、そうなんだ…………。ありがとう、お父さん!」
「どういたしまして。それにしても-ー」
と、そこで言葉を区切り、川岸に作った生け簀の中へと視線を向ける、お父さん。
そして、お父さんはその場にしゃがみ込むと、生け簀の中を興味深そうに眺め始めた。
「生き物を捕まえているのは遠目に見てたけど、随分いっぱい捕まえたんだね。しかも、小さいとはいえ、魚までいるし…………」
「う、うん…………。ちなみに、その魚を捕まえたの、わたしなんだ…………」
生け簀の中で犇めき合う沢山の生き物を眺めながら、感嘆の声を上げる、お父さん。
そんなお父さんの隣に腰を落としながら、わたしがオズオズと切り出すと-ー
「そうなの!? 魚を手掴みで捕まえれるなんて、凄いなー、アイリスは」
-ーナデナデ
お父さんは驚愕の声を上げつつも、わたしの頭を撫でて褒めてくれた。
「えへへ~!」
大好きなお父さんからのナデナデを受け、わたしの口から蕩けきった微笑みが漏れる。
(…………あはは。本当、わたしって単純だなー)
偶然とはいえ、わたしが来て欲しいなーって思ったタイミングで、お父さんは会いに来てくれた。
そして、モツゴを捕まえた時に考えた通りに、お父さんは今、わたしの頭を撫でて褒めてくれている。
たったそれだけの事で、先程までチクチクして落ち着かなかったのがウソのように、わたしの心はポワポワとした幸せで溢れているのだから-ー
「-ーそれじゃあ、アイリス。改めて、一緒に遊ぼうか?」
「あっ…………うん! いっぱい遊ぼうね、お父さん!」
どうやら、わたしが物思いに耽っている内に、お父さんのナデナデは終わってしまったようだ。
わたしは少しだけ名残惜しく思いつつも、下がっていくお父さんの手を取って、一緒に立ち上がる。
そして、適宜お昼ご飯や水分補給による休憩を挟みつつも、モモちゃんやラナと-ー何より、お父さんとの川遊びを、宣言通りめいいっぱい楽しんだのだった-ー




