7月-ーアイリス。お友達と水遊び(後編2)
アイリス視点
モモちゃんの音頭により幕を開けた、生き物探し。
わたし達はその場にしゃがみ込むと、足元にある石を1つずつ順番にひっくり返していく。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
はっきりとは話していなかったけど、先程のタニシを発見した時の2人の反応を見る限り、こうして川で生き物探しをするのは初めてなんだと思う。
だからかな? ラナだけで無く、いつも明るく賑やかなモモちゃんでさえ1言も喋らずに、どこか緊張した面持ちで川底の石をひっくり返している。
それに対し、物心ついた時から自然の中で遊んでいたわたしは、2人に比べて余裕がある。
なので、チラチラと2人の様子を見守っていると、不意にラナが声を上げた。
「-ーおっ! 何か出て来たぞ!」
「え? どれどれ?」
その声に釣られて、ラナの手元に目を向ける、わたし。
と、ラナがひっくり返したであろう石の下から、何か小さな生き物が逃げていくのが目についた。
体長は5センチ位で、赤色の体。1番前の足には小さいながらも立派なハサミが付いていて、前では無く横に歩いているのが特徴だ。
あれは-ー
「サワガニだよ、ラナ! 前から捕まえるとハサミで挟まれちゃうから、捕まえる時は後ろから。親指と中指で、お腹と背中を挟むようにして捕まえて!」
「わ、わかった…………!」
わたしがサワガニの捕まえ方をレクチャーすると、ラナは躊躇しながらも手を伸ばす。
ラナの手つきは、おっかなびっくりだったものの-ー何とか、サワガニを捕まえる事に成功した。
「よ、よし! 捕まえたぞ!」
「おめでとう、ラナ!」
「アイが捕まえ方を教えてくれたおかげだよ。ありがとう。それにしても-ー」
と、そこで言葉を区切り、捕まえたサワガニを目線の高さに掲げる、ラナ。
そして、ラナはしばしの間サワガニをマジマジと眺めると、不意に口元を綻ばせた。
「ははっ。こうして、生き物を捕まえるのは初めての事だが、意外と楽しいものだな」
「えへへ~! でしょ~!」
自分の好きな事を、友人に共有してもらえた。
それが凄く嬉しくて、わたしが満面の笑みを浮かべていると、ラナはソーッと優しい手つきでサワガニにを生け簀の中へ。
これで、タニシに続いて2匹目だ。
「よし! どんどん捕まえていくか!」
そう言って、再び水の中へと手を差し込む、ラナ。
サワガニを1匹捕まえた事で、少しは気が楽になったのかな? ラナは先程よりも迷いのない手つきで、川底の石をひっくり返す。
と、1つ目の石をひっくり返した所で、またしてもサワガニが飛び出してきた。
「-ーおっと! もうか、早いな…………」
驚きつつも、先程よりも慣れた様子でサワガニを捕まえる、ラナ。
が、ラナは捕まえたサワガニをしばし眺めると、コテンと小首を傾げた。
「…………あれ? このサワガニ、1匹目と比べて右のハサミが大きいような…………?」
「ああ、それはオスのサワガニだね。オスのサワガニは、ナワバリやメスのサワガニを巡ってケンカする事があるから、その分、右のハサミが大きくなってるんだ」
「なるほど。勉強になるな…………」
感心した様子で頷きつつも、ラナは2匹目のサワガニを生け簀の中へ。
と、今度はモモちゃんから声がかかる。
「アイちゃん、モモも見つけたよ! これは、なんて名前なの?」
「どれどれ…………」
モモちゃんの手元へと視線を向けると、体長4センチ位の半透明の生き物が目についた。
体の下には無数の足があり、まるで犬かきのように水を掻いている。
あれは-ー
「スジエビだよ、モモちゃん!」
「エビかー! よーし、捕まえるぞー!」
ラナよりも生き物に対する抵抗が無いようで、バッと勢い良くスジエビに手を伸ばす、モモちゃん。
が、スジエビをああして捕まえるのは、悪手だ。
-ーピョン!
「え、ええっ!? 急に後ろに跳ねた!?」
先程までゆっくりと前に泳いでいたスジエビだったけど、モモちゃんが手を伸ばした瞬間に、突如として後ろに跳び跳ねた。
それを見て、驚き目をみはるモモちゃんに、わたしはスジエビの捕まえ方をレクチャーする。
「モモちゃん。スジエビは普段は前に泳ぐけど、逃げる時は後ろに跳び跳ねるんだ。だから、前もってスジエビの後ろに手を置いて、もう片方の手で驚かせれば良いよ。そうすれば、置いておいた手に、自分から飛び込んでくるから」
「なるほどね! よーし…………」
モモちゃんは納得したように頷くと、わたしの説明通り、左手をスジエビの後ろに添える。
そして、空いている右手を、スジエビの前に持って行くと-ー
-ーピョン!
と、再び後ろに跳び跳ねたスジエビが、モモちゃんの左手に納まった。
モモちゃんは急いで左手を閉じると、驚かす用に使っていた右手も添え、両腕を川の外へと突き上げだ。
「やった-! 捕まえたよー、アイちゃん!」
「おめでとう、モモちゃん!」
「えへへっ! ありがとね、アイちゃん!」
可憐な微笑みを浮かべながら、わたしに感謝の言葉を口にする、モモちゃん。
そして、モモちゃんは捕まえたスジエビを生け簀に入れると、再び川底の石をひっくり返し始めた。
(これで、ラナもモモちゃんもそれぞれ生き物を捕まえた訳だし、わたしもそろそろ自分の作業に集中しようかな)
と、丁度そんな事を考えたタイミングで、わたしの右手側を、8センチ程の小魚が横切っていった。
(よーし! あの魚を捕まえよう!)
魚の種類は、多分モツゴ。1回の交尾で千粒以上の卵を産むらしく、とにかく数が多い。
ただ、サワガニやスジエビとは違い、魚であるモツゴは動きが俊敏で、捕まえるのは難しい。
だけど、モツゴ-ーというか、魚全般の動きには、ある2つの特徴がある。
それは-ー
(『エビと違って前方にしか進めない事』と、『もし壁にぶつかれば、その壁に沿って泳ぐ』事!)
なので、わたしは自分の右手と左手を繋ぐと、手だけでは無く腕全体を使って、モツゴの前方を全て塞ぐ。
もしも水深が深ければ、腕の上か下を抜けて行っただろうけど、この場所は足首位の水深なので、その心配は無い。
ビックリして逃げようとしたモツゴはわたしの左腕にぶつかると、壁になっている腕に沿って泳ぎ、先端である手を繋いでいる所へと向かって行く。
(最後に、繋いでいる両手を少しだけ開いて、その中にモツゴが入った瞬間に閉じれば…………よしっ! 捕まえた!)
これで、あとは生け簀の中に入れるだけだけど-ーとはいえ、ここで気を抜いてはいけない。
魚は全身が筋肉のようなものなので、ラナやモモちゃんが捕まえたサワガニやスジエビよりも、抵抗が激しい。
その上、体表には魚特有のヌメリがある為、しっかり掴んでいるつもりでも、滑って離してしまう可能性があるのだ。
なので-ー
(ここからは、時間との勝負だ! モツゴが逃げ出す前に、急いで生け簀に入れないと!)
わたしは大急ぎで川から両手を出すと、勢いそのままに体を回転させて、両手を川岸に作っていた生け簀へ。
そのかいもあり、無事にモツゴを生け簀の中に入れる事に成功した。
(ふぅ~。間に合った~)
ホッと安堵の息を吐きながら、わたしは生け簀の中を覗き込む。
と、モツゴは生け簀の中を悠々と泳ぎ回っていた。
(えへへ~! 小さいとはいえ、魚を素手で捕まえたんだもん! きっと、お父さんは褒めてくれるよね~!)
それなら、お父さんにもっともっと褒めて貰う為にも、いっぱい生き物を捕まえよう!
と、そう考えたわたしは、口元をだらしなく緩めながらも、次の生き物探しを始めたのだった-ー




