7月-ーアイリス。お友達と水遊び(中編1)
アイリス視点
小川の外れにある木々の中で、各々の川遊びの準備を終えた、あの後-ー
わたし達は来た道を引き返して、お父さんの待つ小川へと戻って来た。
(えーと、お父さんは…………あっ、居た!)
今わたし達が居る場所から、5メートルほど先の川岸。
そこに、わたし達6人が余裕を持って座れるような大きさのシートが敷かれ、その中央では今まさに、お父さんが直径1・5メートルはありそうなビーチパラソルを設置しようとしていた。
が、シートの下が小石だからかな? 遠目に、上手くパラソルが設置出来ずに手間取っている様子が見て取れた。
(お父さんの言葉に甘えて、休める場所の準備を押し付けちゃったからな。お手伝いしないと!)
そう判断したわたしは、お父さんの元へと向かって駆け出して行く。
-ーガチャガチャ!
木々がある場所の近くは普通の地面なので、走っても全く音は立たなかったけれど、小川の近くは小石ばかりだからか、走ると石同士が擦れて大きな音が鳴る。
その音に気付いたのか、わたしの方に顔を向ける、お父さん。次の瞬間、その表情が驚愕に染まった。
「ちょっと、アイリス!? こんな足場の悪い所で走ったら、危ないよ!」
「大丈夫! 前も言ったけど、わたし『ルル』の村に住んでいた頃は、こういう足場の悪い所を走り回っていたんだよ!」
「それは、普通のクツでだろう!? アイリスは今、ビーチサンダルなんだよ!」
お父さんにそう指摘されて、わたしは今履いているのがビーチサンダルである事を思い出した。
けれど、お父さんの居るシートまで、もう1メートルを切っている。
その位の距離なら大丈夫だろうと、スピードを緩める事なく1歩を踏み出した、その瞬間だった-ー
-ーグラッ!
「-ーきゃっ!?」
石と石の間に大きな隙間があったのか、1歩踏み出した先にあった石が大きく前に傾き、走っていた勢いもあってか、わたしの体は前方に倒れそうになってしまう。
ゴツゴツとした無数の石が目前に迫ってくる恐怖に、わたしは短い悲鳴を上げて目を瞑る。
-ーガシャン!
1拍の間を置いて、地面を打ち付ける大きな音が聞こえてきた。
の、だけれど-ーあ、あれ?
(? 痛くない?)
それどころか、温かな感触と、どこか安心出来る臭いに、全身が優しく包まれているような…………。
不思議に思ったわたしは、瞑っていた瞳をおそるおそる開く。
と、目と鼻の先に、お父さんの顔が!?
「お、おお、お父さん!?」
「…………ふぅ。よかった、ギリギリ間に合った」
息がかかりそうな距離に、大好きなお父さんの顔がある。
それを認識した途端、顔がカーッと熱くなって、わたしはワタワタと慌てふためいてしまう。
が、耳元でお父さんの安堵の声が聞こえた事で、少しだけ落ち着いたわたしは、今の状況を確認するため視線を動かす。
…………どうやら、倒れる寸前に、お父さんが抱き留めてくれたみたいだ。
わたしの小さな体は、お父さんの大きな胸の中にすっぽりと収まっていた。
「え、えっと…………ありがとう、お父さん」
「どういたしまして。それより…………よいしょ。大丈夫? 痛い所は無い、アイリス?」
お父さんに抱き締めて貰っていると意識する事で、わたしの顔が再び熱を帯びる。
それでも、何とか辛うじて感謝の言葉を口にすると、お父さんはゆっくりと、わたしの体を起こす。
そして、わたしのケガの有無を確認する為か、お父さんは体を離してしまう。
「…………あっ…………」
お父さんに抱き締められている最中は、心臓がドキドキと跳ねて落ち着かなかったのに…………どうしてだろう?
お父さんの体が離れてしまうと、それはそれで名残惜しくて、わたしは無意識に声を漏らしてしまう。
それを、どこかケガしたと勘違いしたのだろう-ー
「ん? どうかした、アイリス? もしかして、やっぱり痛い所がある?」
「う、ううん! 大丈夫! お父さんが助けてくれたおかげで、どこも痛くないよ!」
「そっか。それなら、よかったよ」
心配した声音で、わたしに尋ねてくる、お父さん。
名残惜しさを感じた事に対する気恥ずかしさもあってか、わたしが慌てて訂正すると、お父さんはホッと安心した様子で顔を綻ばせる。
が、お父さんはすぐに表情を引き締めると、少しだけ腰を落とす。そうして、わたしと目と目を合わせた所で、お父さんは諭すような口調で話し始めた。
「ほら。俺の言った通りだっただろう、アイリス。こんな足場の悪い所を、ビーチサンダルなんかで走ったら、危ないよ」
「う、うん…………。ごめんなさい、お父さん」
確かに、お父さんの言う通りだ。
お父さんはちゃんと注意してくれたのに、大丈夫だろうと高を括ってしまったわたしが全面的に悪い。
なので、わたしがシュンと頭を下げると-ー
「うん。分かってくれたなら、いいんだ。アイリスにケガが無くて、よかったよ」
-ーポンポン
お父さんは、先程までの真剣な表情を一転。柔和な微笑みを浮かべてから、わたしの頭をポンポンしてくれた。
(あうぅ…………。その笑顔は、反則だよぉ…………)
怒られて落ち込んでいた所に、そんなにも優しい微笑みを見せられてしまえば、否が応でも、わたしの心は浮き足立ってしまう。
ポーッ、と。そのまま、どこか熱を帯びた視線で、お父さんを見つめていると-ー
「大丈夫か、アイ!?」
「-ーッ!?」
突然、背後から大きな声が聞こえてきて、肩を竦ませたわたしは、慌てて背後を振り返る。
と、わたしが転びそうになっているのを見て、急いで来てくれたのだろう。
わたしのすぐ後ろでは、心配そうな表情を浮かべたラナを先頭にして、モモちゃん達も近付いて来ていた。
(え、えーと…………もしかしなくても、今のお父さんとの一連のやり取り、ラナやアイちゃんに見られてたよね…………?)
わたしが転びそうになっていた所を、お父さんに助けて貰った。
ただ、それだけのはずなのに-ーどうしてかな? 不思議と、後ろ暗さを感じてしまったわたしは、慌ててラナに返事を返す。
「う、うん! 大丈夫! お父さんが助けてくれたから、ケガしてないよ!」
「そ、そうか。よかった…………。-ーあっ、シンさん。あたしも手伝いますよ」
わたしの返答を聞いて、ホッと安堵の表情を見せる、ラナ。
そして、ラナは何かに気付いた様子で、お父さんの元へと向かって行ったのだけど-ーいったい、どうしたのかな?
疑問に思ったわたしが再度振り返ると、シートの上に倒れたビーチパラソルを、お父さんが引き起こそうとしている所だった。
その光景を見て、はたと思い当たる。
(ああ、そっか。わたしが転びそうになった時に聞いた、何かが地面を打ち付けるような大きな音は、ビーチパラソルが倒れた音だったのか)
あの段階では、ビーチパラソルはしっかりと固定されていなかったからね。
わたしを助ける為にお父さんが手を離せば、倒れるのは当然の事だ。
(それなら、わたしもお手伝いしないとね!)
ラナにばかり、良い格好させられないし、と。
そう考えて、お父さんのお手伝いに向かおうとした、その瞬間だった-ー
「-ーふふっ。ねぇ、アイちゃん。シンさんの胸の中は、どうだった? 気持ちよかった?」
「~~ッ! も、もうっ! からかわないでよ、モモちゃん!」
「あははっ! ごめ~ん!」
いつの間に忍び寄って来たのだろう? わたしの耳元で、妙に色っぽい声で囁く、モモちゃん。
それを受け、わたしは顔だけでなく首元まで真っ赤に染めると、お父さんのお手伝いをしようとした事も忘れ、小走りで逃げるモモちゃんを追いかけ始めるのだった-ー




