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7月-ーアイリス。髪を切って貰いながら、フィリアとガールズトークを

アイリス視点

「それより、速く行こうよ、お父さん!」


お父さんの手を引いて、ギルドへと駆け出して行く、わたし。

それは、お父さんに髪を梳して貰った事による、嬉しさのあまりの行動だったのだけれど-ーすぐに、失敗だったと気が付いた。

そのせいで、あっという間にギルド前に辿り着いてしまい、お父さんの手を離さなければならなくなってしまったからだ。


(うぅ…………。わたしは何で、大好きなお父さんと手を繋げる時間を、自分から短くしてしまったんだろう…………)


と、内心でションボリと落ち込んでしまう、わたし。

そんなわたしの変化に、お父さんは気付いた様子はなく。早速とばかりに、ギルドの扉を開く。


「それじゃあ、アイリス。お先にどうぞ」


いつものようにレディファーストの精神で、わたしが先に入るようにと促してくれる、お父さん。

…………わたしは、単純だ。お父さんから、女の子扱いしてもらえた-ーそれだけで、先程までションボリしていたのがウソのように、わたしの心は浮き足だってしまったのだから。


「う、うん! ありがとう、お父さん!」


わたしは名残惜しさを感じつつも、お父さんと繋いでいた手を離して、お礼の言葉と共に1歩ギルドの中へ。

続いて、お父さんが室内へと入って来た所で、わたしはクルリと振り返った。


「それじゃあ、お父さん。わたしは先に、フィリアさんの所に行って来るね!」


「ああ。いってらっしゃい、アイリス。俺は酒場で待ってるから」


「うん!」


夕食会の前に、わたしはフィリアさんに髪を切って貰う約束になっているので、お父さんとは一旦ここで別行動だ。

わたしは、お父さんに1言告げると、フィリアさんの待つ受付カウンターへと駆けて行く。


(1秒でも速く、お父さんと合流したい!)


その一心で急いだかいもあり、わたしはものの10数秒で、フィリアさんが書類仕事をしている受付カウンターへと辿り着いた。

わたしは早速、フィリアさんに声をかける。


「こんばんは、フィリアさん!」


「…………あら。こんばんは、アイリスちゃん。準備は出来ているわ。さっ、入って入って」


「はい! …………失礼しまーす」


フィリアさんは書類仕事の手を止めると、挨拶もそこそこに、わたしを受付カウンターの内側へと招いてくれた。

ここは本来、関係者以外立入禁止の場所だ。今も数人のギルド職員さんが忙しそうに仕事をしていた為、わたしは小さな声で断りを入れてから、受付カウンターの内側へと足を踏み入れる。


「こっちよ、アイリスちゃん」


「はーい」


フィリアさんの案内に従って、書類の山が(うずたか)く積まれた机と机の間を抜け、奥まったスペースへ。

そこにあったのは、他よりも一回り小さい机とイスが1つずつ。机の上には、鏡やケープ、ハサミや櫛などの散髪の道具が置かれていた。

どうやらフィリアさんは、わたしの髪を切る為に、わざわざ専用のスペースを作ってくれたようだ。


「ありがとうございます、フィリアさん!」


「ふふふっ。まだ髪を切る前なのに、お礼を言うのは早いわよ、アイリスちゃん。さっ、座って座って」


「はーい」


確かにフィリアさんの言う通りで、どうやらわたしは、気の早い行動に出てしまっていたらしい。

そんな自分に呆れ、クスクスと微笑みながらも、わたしはイスに腰掛ける。と、フィリアさんは机の上のケープを手に取ると、バサバサと広げ始めた。

その様子を、鏡越しに眺めるわたしだったけど-ーふと鏡の向こうに、酒場のテーブル席に座っているお父さんの姿が、かろうじてだけど見えた。

同じテーブル席には、既にラナ一家も揃っていたのだけれど-ーあれ?


「たしか…………センドリックさんだっけ?」


ラナが座っている席の隣。そこに、騎士団の第1部隊の副隊長、センドリックさんが座っている事に気が付いたわたしは、ポツリと疑問の声を漏らす。

その声が聞こえたのだろう。フィリアさんが、センドリックさんが居る理由を教えてくれた。


「ここに来る途中で偶然会ったみたいで、エドさんが半ば無理矢理に連れて来たそうよ。例の肝試しの件を、センドリックさんにお願いするのではないかしら」


「なるほど。そういう事ですか」


あの場にセンドリックさんが居る理由が分かり、小さく頷く、わたし。

そんなわたしの体に、フィリアさんはケープを掛けながらも、「それにしても」と話を続ける。


「それにしても-ー本当によかったの、アイリスちゃん?」


「? 何がですか?」


「明後日からの夏休みのイベントに、モモちゃんやラナちゃんが参加する事よ。本当は、シンさんと2人きりが良かったのでしょ?」


「ああ、その事ですか…………」


フィリアさんからの問いかけに、わたしは力無く返す。

確かに、お父さんから初めてその話を聞いた時は、しばらく呆然としてから溜め息を吐いてしまったものだ。

だけど-ー


「…………まあ、仕方がないですよ」


だって-ー


「お父さんは、鈍感ですから」


「ふふっ。確かに、シンさんは鈍感ねー」


「ですよね! お父さんはカッコいいし、頭も良いし、頼りがいもあるんですけど、鈍感な所だけは唯一の欠点なんですよ!」


お父さんに対する不満-ーという訳では無いけれど、愚痴をフィリアさんに共感してもらえた事が嬉しくて、ついペラペラと饒舌(じょうぜつ)に話をしてしまう、わたし。

そんなわたしを見て、フィリアさんは笑顔でウンウンと頷くと、不意に小さな声で何事かを呟いた。


「…………人の気持ちに鈍感なシンさんと、自分の気持ちに鈍感なアイリスちゃん。ある意味、お似合いね…………」


「? フィリアさん、何か言いました?」


「ううん、何でも無いわ。それより…………よいしょ。どうかしら、アイリスちゃん? 首元、苦しくない?」


丁度わたしの体にケープを巻いている所だったので、フィリアさんの姿はすぐ後ろにある。

にも関わらず、フィリアさんの声が全く聞き取れなかったので、わたしは聞き返してみたのだけれど-ーフィリアさんはフルフルと首を振ると、何かを誤魔化すようにケープのヒモを結び、話題を散髪の件に戻してしまった。


(気にならないと言えば、ウソになるけど…………まあ、いっか!)


早く髪を切って貰って、酒場のお父さんと合流したいし。

と、そう判断したわたしは、先程のフィリアさんの質問に答えを返す。


「ううん、大丈夫です」


「そう。それでは-ーコホン。お客様、今日はどの位の長さに切りますか?」


まるで美容師さんみたいな話し方で尋ねてくる、茶目っ気たっぷりなフィリアさん。

わたしは口元に笑みを浮かべつつも、フィリアさんに付き合って、お客さんのように返事を返す。


「あははっ。そうですね…………では、フィリアさんと初めて出会った4月頃の長さまで、バッサリ切ってしまって下さい」


「えっ!? 本当に、そんなに切ってしまっていいの!?」


わたしの返答を聞いた瞬間、フィリアさんは美容師さんとしての演技も忘れ、驚愕の声を上げてしまったのだけれど-ーそ、そんなに驚く事だったかな?

不思議に思いつつ、わたしはコクリと首を縦に振る。


「え、ええ…………」


「で、でも、アイリスちゃん。せっかくのキレイな銀髪なのに、そんなにバッサリ切ってしまうのは、もったいないのではないかしら…………」


未だに動揺した様子で、お父さんと同じ事を口にする、フィリアさん。

そんなフィリアさんに、わたしは、お父さんしたのと同じ説明をする事にした。


「わたしも、長い髪には憧れがあるんですけどね。でも、わたし、ちょっとだけ癖毛でして、長くなると毛先のハネが目立っちゃうんですよね」


「そうなのね…………。で、でも、シンさんの家なら、ドライヤーの魔道具があるわよね? それなら、跳ねている所を濡らして、ブローすれば真っ直ぐになるし…………他にも、女性用のワックスなどの化粧品を使う手もあるわよ」


「そういう方法も、あるんでしょうけど…………でも、それを毎朝するのは、さすがに面倒ですかね」


()いて言うなら、お父さんに髪を梳して貰える事が利点なのだろうけれど-ー真っ直ぐな髪を維持するのにかかる苦労や、お父さんにみっともない髪を見られてしまうリスクを考えたら、どうしても欠点の方が大きくなってしまう。

それに-ー


「今の季節に髪が長いと、単純に暑いですしね」


「そ、そう…………? まあ、アイリスちゃんが良いと言うなら、良いのでしょうけど…………」


と、渋渋と言った様子ではあったものの、わたしの髪を霧吹きで濡らして、髪を切る為の準備を始める、フィリアさん。

そんなフィリアさんの気を逸らす意味も込めて、わたしは以前から気になっている質問をする事にした。


「ところで、フィリアさん。どうして髪を切る前に、水で濡らすんですか?」


「これ? 1番の利点は、濡らす事で髪が柔らかくなって、髪を痛めにくくなる事かしら。他にも、濡らす事で髪が纏まりやすくなって、切った髪が散らばりにくくなるという理由もあるわね」


「へー! そうなんですね!」


そんな会話を交わしつつも、ハサミと櫛を両手に構える、フィリアさん。

そして、チョキチョキとわたしの髪を切りながら、フィリアさんは感嘆の声を上げる。


「それにしても、ツヤもハリもあるキレイな髪ねー! 何か特別なケアをしているの、アイリスちゃん?」


「いいえ、特に何も。お風呂の時に、シャンプーをしてる位ですね」


「それで、この髪!? 若いって、羨ましいわー」


まるで、オバサンみたいな事を口にする、フィリアさん。

わたしは、クスクスと笑ってしまう。


「あははっ。もうっ! なに言ってるんですか、フィリアさん! フィリアさんだって、充分に若いじゃないですか」


「私はエルフだから。見た目は若く見えるかもしれないけれど、中身は200歳を過ぎた、おばあちゃんよ。特に、今の季節は日射しが強いからね。髪へのダメージも増えて、いろいろ大変なのよ」


「へー! 夏の日射しって、髪にまでダメージがあるんですね!」


肌が日射しで焼けてしまったり、シミの原因になる事は知っていたけれど、髪にまでダメージを与える事は初めて知った。


(流石は、フィリアさん。大人の女性として、いろいろな事を知っているな~!)


と、鏡越しではあるものの、フィリアさんにキラキラと尊敬の眼差しを向ける、わたし。

そんなわたしに対し、フィリアさんは「もうっ!」と咎めるような口調で話し始めた。


「もうっ! アイリスちゃんだって女の子なのだから、他人事では無いのよ! その調子だと、髪のケアはおろか、肌の日焼け対策すらしていないでしょ!」


「た、確かに、何もしていないですけど…………でも、面倒じゃないですか」


フィリアさんに釈明しつつも、わたしは『ルル』の村に住んでいた時の、夏場のお母さんの姿を思い返す。

帽子や日傘…………は、いいとしても、真夏の暑さの中で長袖の服を着ていたり、外に出るたびに日焼け止めを塗っていたりしていて、子供ながらに、そこまでしてまで日焼け対策をしないといけないのかと、疑問に思ったものだ。

その旨を、フィリアさんに伝えると-ー


「確かに、面倒かもしれないわね。でも-ーいいの、アイリスちゃん?」


「? 何がですか?」


「真っ黒に焼けた肌を、シンさんに見られても、よ。抵抗は無いの?」


「-ーえっ!?」


フィリアさんからの指摘を受け、わたしは髪を切って貰っている最中である事も忘れ、慌ててケープの外に両腕を出して確認する。

両腕は、真っ黒とは言わないまでも、明らかに以前よりも陽に焼けてしまっていた。

おそらく、少しずつ焼けていったせいで、今日まで気が付かなかったのだけど-ーどうしてだろう?

去年までは、いくら陽に焼けても気にしなかったはずなのに、わたしは今、物凄く動揺してしまっていた。


「ど、どうしましょう、フィリアさん!?」


「ほら、言った通りでしょう。…………とりあえず、焼けてしまったものは仕方がないわ。ビタミンAやC、Eを積極的に摂って、日焼けした皮膚を少しでも速く元に戻しましょう」


「その3つのビタミンをいっぱい摂れば、日焼けした皮膚が元に戻るスピードを速められるんですか!?」


「ええ。…………説明してあげるから、まずは腕を仕舞って、アイリスちゃん」


「は、はいっ!」


わたしは逸る気持ちを抑えつつ、フィリアさんに言われた通り、両腕をケープの中に仕舞う。

と、フィリアさんはチョキチョキとハサミの動きと共に、説明を再開してくれた。


「例えば、ビタミンAは皮膚の上皮細胞の入れ替わりを活発にしてくれるし、ビタミンCはシミの元になるメラニン色素の生成を抑えてくれるわ。ビタミンEは日射しを浴びる事で出来る活性酵素を除去してくれるの。それとなくシンさんにお願いすれば、3つのビタミンが豊富に含まれる食材を使って、料理を作ってくれるでしょう」


「そ、そうですね! 明日にでも早速、お父さんにお願いしてみます!」


そう返答しつつも、フィリアさんに教えて貰った情報をしっかりと頭の中にメモする、わたし。

その間にも、フィリアさんは「それと」と話を続ける。


「それと、日焼けの予防の対策が面倒だと言うのなら、日焼け後のアフターケアだけでも最低限しておきなさい。日焼けは軽いヤケドみたいなものだから、お風呂の時に冷たいシャワーで肌を冷やして、化粧水で肌を保湿する。それ位なら、出来るでしょう?」


「そ、そうですね! 早速、今日からやってみます!」


そんな会話をしている間にも、フィリアさんはハサミをチョキチョキと動かし続けていたのだけれど-ー唐突に、ハサミの動きが止まってしまった。

不思議に思い、鏡越しに背後のフィリアさんに目を向ける、わたし。

と、鏡の向こう側に視線を向けていたフィリアさんは、不意にコクリと頷いたかと思うと-ー


-ーチョキチョキ


と、わたしの髪を再び切り始めた。

フィリアさんが手を止めていた時間は、わずか数秒。別に、スルーしてもいいはずなんだけど-ーどうしてだろう?

その数秒の間が、何故だか無性に気にかかったわたしは、フィリアさんに尋ねてみる事にした。


「? どうしたんですか、フィリアさん?」


「ううん、何でもないわ。ただ、もう約束の時間を過ぎていたから、先に始めてて良いですよって、シンさんに伝えていたの」


「えっ!? でもフィリアさん、1言も喋ってないですよね!?」


「ええ。だから、アイコンタクトで」


「アイコンタクト!?」


フィリアさんの口から飛び出した言葉に驚愕の声を上げつつも、わたしは半信半疑な心持ちで、鏡の向こうへと視線を向ける。

と、フィリアさんの言う通りで、お父さん達は今まさにメニューを広げようとしている所だった。


(ほ、本当に、今のやり取りだけで伝わったんだ…………。流石はフィリアさん! お父さんと長い付き合いなだけあるなぁ~!)


と、感心するわたしだったけれど…………心の奥の方には、感心以外のもう1つの感情があった。

それは-ー『悔しい』。


(うぅ~…………! わたしは、お父さんとアイコンタクトで意志疎通出来ないのに、フィリアさんは出来るなんて…………。何だか、負けた気分…………)


わたしが、お父さんと出会ってから3ヶ月なのに対して、フィリアさんは7年。積み重ねてきた年月に差がある以上、仕方がないよね…………。

と、気落ちするわたしだったけど-ーよくよく考えたら、そこまで悲観する必要はない事に気が付いた。

だって-ー


(フィリアさんとは違って、わたしはお父さんと1つ屋根の下で暮らしてるんだもん!)


量より質! わたしもすぐに、お父さんとアイコンタクトでコミュニケーションを取れるようになってみせる!

と、丁度わたしが決意を新たにしたタイミングで、フィリアさんが再びハサミの動きを止めた。


(また何か、お父さんとアイコンタクトを取っているのかな?)


と、わたしは目敏(めざと)く反応したのだけれど-ーどうやら、違ったようだ。

フィリアさんは、両手に持っていたハサミと櫛をテーブルに置くと、その代わりに手に取った30センチ四方位の鏡をわたしの背後でかざしながら、口を開いた。


「終わったわよ、アイリスちゃん。どうかな? アイリスちゃんの要望通りに切れてる?」


「ありがとうございます、フィリアさん! …………えーと…………」


フィリアさんに感謝の言葉を伝えながら、わたしは鏡に映る自分の姿を確認する。

まずは、前。首を横に振って、右と左。最後に、合わせ鏡になっているフィリアさんの手の中の鏡を覗き、後ろ。

……………………うん!


「バッチリ、4月の頃の長さになっていると思います! ありがとうございました、フィリアさん!」


「どういたしまして。じゃあ、後片付けは私がしておくから、アイリスちゃんは先に、シンさんと合流していて良いわよ」


「いえいえ! 2人でやった方が速いでしょうし、わたしも後片付けを手伝いますよ、フィリアさん!」


確かに、お父さんと速く合流したいという気持ちはあるけれど…………フィリアさん1人に後片付けを押し付けて、わたしだけ先に行く訳にはいかない。

という事で、フィリアさんはケープに付いた髪をバサバサと床に落とした後に、使った道具の後片付けを。

そして、わたしがテーブルの脇に置かれていたホウキを使って、床に散らばった髪を掃いていると、ふとフィリアさんが声をかけてきた。


「そういえば、アイリスちゃん。明後日に、水遊びに行く予定だったわよね?」


「はい! 王都を出てすぐの、小川に行く予定です!」


「そう…………。なら、いくら面倒とはいえ、その時だけでも日焼け止めを塗った方がいいのではないかしら? 持っていないのら、私の物を貸しましょうか?」


「あっ、そうですね! お願いしていいですか、フィリアさん?」


「ええ、もちろんよ。なら、明日ギルドに取りに来てくれる?」


「はい!」


そんな会話を交わしながらも、わたしは掃いて集めた髪をチリトリで掬い、ゴミ箱の中へと捨てる。

これで、わたしの担当分の後片付けは、お(しま)いだ。わたしは、ホウキとチリトリを元の場所に戻すと、ハサミや櫛を戸棚に仕舞っていたフィリアさんに声をかける。


「フィリアさん、こちらは終わりました」


「ありがとう、アイリスちゃん。私も終わったわ。さあ、シンさん達と合流しましょうか」


「はい!」


わたしは頷くと、フィリアさんと一緒に来た道を戻り、カウンターの外側へと出る。

そのまま、わたし達は酒場へと向かおうとしたのだけれど-ーその瞬間に、ラナのお母さんであるヴィヴィさんが、血相を変えて走って来た。


「…………はぁ、はぁ…………。散髪は終わったのだな。ちょうど良かった…………」


「ど、どうしたのですか、ヴィヴィさん!?」


わたし達の前で立ち止まって荒い息を吐くヴィヴィさんに、驚いた声を上げる、フィリアさん。

わたしも、フィリアさんと同じ心境でいると、少しは呼吸が落ち着いたらしいヴィヴィさんが、こんな言葉を口にした。


「シルヴァー殿が酔い潰れたのだ! エルルゥ殿、アイリスちゃん! 申し訳ないが、介抱を手伝ってくれ!」


-ー

-ー-ー

-ー-ー-ー-ー


「酔い潰れたと言っても、シルヴァー殿が口にしたのは、赤ワインが1杯だけなんだ。にも関わらず、どんどん顔が真っ赤になっていって、10分もしない内にテーブルに顔を伏せてしまってな」


お父さんの元へと向かう途中、わたしとフィリアさんに事情を説明してくれる、ヴィヴィさん。

いくら赤ワインとはいえ、1杯だけで酔い潰れるものかな…………?

と、半信半疑だったわたしとフィリアさんの目に飛び込んで来たのは、酔い潰れて酒場のテーブルへと頭を預けた、お父さんの姿だった。


「…………あー、アイリス…………」


わたしの気配に気付いてくれたようだ。テーブルに伏していた顔を、わたしの方へと向ける、お父さん。

その顔は、ヴィヴィさんの言葉通り真っ赤に染まり、なおかつ、気持ち悪そうに歪んでいて。

わたしは心配なあまり、お父さんの元へと駆け寄ろうとしたのだけれど-ーその直前に、ふとフィリアさんの声が聞こえてきた。


「…………むぅ~! まだ私は一緒にお酒を飲んでいないのに、たった1杯のワインで酔い潰れるなんて…………いくらなんでも弱すぎですよ、シンさん!」


いつも落ち着いていて、大人な女性という印象を受ける、フィリアさん。

そんなフィリアさんにしては珍しく、まるで拗ねた子供のような声と表情が、わたしの頭に印象深く残ったのだった-ー


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