幕間 「シンさんって、時々かわいいですよね」
シン視点
シンとアイリスは、玄関から外に出る。
玄関から門までが、だいたい10メートル程。そして、門から伸びる塀は、街道沿いに、折り返し地点までの全長が50メートル程。
10メートル×50メートルで、合計500平方メートル。これが、シンの家の庭と呼べる場所である。
「うわぁ、凄く大きなお庭ですねぇ!」
玄関から出たアイリスは、庭を見回して、歓声を上げている。
(一応、昨日も見てるはずなんだけどなあ…………)
まあ、アイリスが昨日この家に来たのは、だいぶ遅い時間で薄暗かったし、そもそも、昨日のアイリスの精神状態じゃあ、周りを見渡す余裕なんて無かったか。
「あっ! 噴水がありますよ。わたし、噴水があるお家、初めて見ました!」
アイリスは、興奮した様子でそう言うと、門と玄関の中央地点に置かれた噴水に向かって行く。
(やれやれ。修行のこと、すっかり忘れてるな)
まあ、無理もない。この家やこの街にあるものは、アイリスが生まれ育った、山奥の小さな村では、見る事が無いような物ばかりだろうしなあ。
(ああやって、はしゃいでいる姿は、年相応の女の子らしくて、可愛らしいな)
俺はそんな事を思いながら、アイリスを追って、門から玄関までの間に伸びる石畳の通路を渡って行く。
「あっ! シンさん! ほら、見てください! 虹がかかってますよ!」
「おっ、本当だねえ」
この時間帯は、太陽の位置が良いのだろうか? 噴水から噴き出た水の上には、小さいながらも、キレイな虹がかかっていた。
(俺が、いつもギルドに行く時間では、見たことないからなあ)
たまには、早起きも良いもんだな。
そんな事を考えながら、しばらくアイリスと二人、静かに虹を眺めーー
「それじゃあ、アイリス。そろそろ修行を始めようか」
「ーーあっ、はい。そうですね」
そう言って、アイリスは名残惜しそうに、虹から視線を外す。
アイリスに悪いとは思うものの、いつまでも、こうしてはいられない。
あと1時間半ほどで、ギルドに行かないといけない時間になる。昨日は結局受けられなかった、3件の売れ残り依頼を片付けなきゃいけないし、もしかしたら、新たに売れ残り依頼が増えてる可能性もある。
「それじゃあ、こっちでやろうか」
そう言って、俺は玄関から出て右側の、特に何も置かれていない方のスペースを指差す。がーー
「…………アイリス?」
アイリスは、俺が指差した方とは反対側の、左側の方をじっと見詰めていた。
そして、そちら側にある物ーー数十個に及ぶ、プランターや上木鉢を指差して、質問してきた。
「シンさん…………あれって、なんですか?」
「あれ? あれは、カモミールだったり、ラベンダーだったり、ミントだったり…………まあ、十種類位あるんだけど、全部ハーブ類だね」
「…………シンさんが育ててるんですか?」
「ああ」
俺がそう返答すると、アイリスは呆気にとられた表情を浮かべ、俺の方を向く。
(えっ? なに? どうしたの?)
アイリスのただならぬ様子に困惑していると、アイリスは急にニッコリと優しい笑みを浮かべる。そしてーー
「シンさんって、時々かわいいですよね」
「はあっ!?」
そんな、とんでもない事を言い始めた。
(しかも、『時々』てなに!? 俺、どこかで、アイリスにかわいいって思われてたの!?)
混乱する頭で、必死に思い出そうとしてみるものの、特に思い当たる記憶が無い。
そんな俺を他所に、アイリスは言葉を続ける。
「シンさんが、お花に話しかけながら、お世話してる姿を想像すると……………………ふふっ。ふふふふふっ…………」
「なに笑ってんの!?」
失礼じゃね!? っていうか、花に話しかけたりなんかしたこと無いし!
「アイリス! 何か勘違いしてない!? 俺がハーブを育てているのは、実用目的だよ!」
俺は、恥ずかしさで、頬が熱くなるのを自覚しながら、必死で声を張り上げる。
「例えば、あれ!」
そう言って、俺は、ちょうど春のこの時期に、白く小さな花を咲かせている植物を指差す。
「あれは、カモミール。お茶にして飲むと、安眠やリラックス、疲労回復効果がある。ーーそして、次はあれ!」
続いて、俺は薄紫色の小さなつぼみがついた植物を指差す。あと1ヶ月程で花が咲くだろう。
「あれは、ラベンダー。あれのお茶は、精神を落ち着ける効果があるから、イライラした時なんかに飲むと良いよ」
他にも、ミントやレモンバーム、アロエやセージなど、この庭で育てているハーブの解説を必死になって進めていく。
「…………というわけで、趣味じゃなくて、実用目的で育ててるの。分かってくれた?」
「はい。よーく、分かりました」
ほっ。良かった、良かった…………。
「つまり、照れ隠しですよね。恥ずかしいからって、そんなに必死になって否定して、かわいいなー、もうっ!」
「全然、分かってないよ!?」
ダメだ…………。どれだけ説明しても、照れ隠しにしか取られなさそうだ。
「ほらっ! そんな事はどうでもいいから、早く修行を始めるよ!」
ニコニコと、慈愛に満ちた表情で、俺を見つめてくる、アイリス。
そんなアイリスの笑顔に、妙な気恥ずかしさを覚えた俺は、あからさまに話題を変えるためにそう言うと、アイリスの返事待たずして、庭の反対側のスペースへ向かっていく。
「ふふっ。はーい」
そう言うと、アイリスは駆け足で俺の隣に並ぶ。
チラッと、そちらを見ると、アイリスは相変わらずの笑顔を浮かべている。
『かわいいなー、もうっ!』。顔にそう書いている気がした俺は、グリグリと、照れ隠しにアイリスの頭を強めに撫でる。
「キャー」と、悲鳴を上げながらも、嬉しそうにしているアイリスを見て、俺もまた笑みを浮かべるのだった。