7月-ーシン。初めてのお酒の席で、夏休みの相談を
シン視点
七夕の日から時間はあっという間に流れ、今日は7月の20日。
時刻は、夜の7時15分。いつもなら、夕食と後片付けを済ませて、アイリスとまったり過ごしている時間なのだが…………俺達の姿は現在、冒険者ギルドのロビーにあった。
「それじゃあ、お父さん。わたしは先に、フィリアさんの所に行ってくるね!」
「ああ。いってらっしゃい、アイリス。俺は酒場で待ってるから」
「うん!」
いつものようにレディファーストとして、まずはアイリス。
続いて、俺もギルドの中へと足を踏み入れると、アイリスは1言断りを入れてから、フィリアさんの元へと駆けて行った。
そんなアイリスの背中を見送りつつも、俺は今日ここに至るまでの経緯を思い返す。
始まりは-ーそう。エドさんやフィリアさんと約束を交わした、4月の終わり頃に遡る。
『ただ-ーもし、お互いの予定が合えば、ヴィヴィさんも交えて、近いうちに一緒にお酒を飲みましょう』
『さしあたっては、先程エドさんと話している時に、ヴィヴィさんも交えて、近いうちにお酒を飲む約束をしたんですが…………フィリアさんも、一緒にお酒を飲みませんか?』
そんな風に、エドさんやフィリアさんとお酒を飲む約束を交わしたものの、なかなか4人全員の予定が合わず、お酒を飲む機会を作れずにいた。
というのも、ギルドマスターであるフィリアさんを始め、他のメンバーもSランクやAランク冒険者という事もあり、何かと忙しく。
そして何より、参加者4人の内、3人に子供が居るのだ。子供を1人家に残して、遅くまで呑んでいる訳にはいかない。
と、子持ちの3人が揃っての参加を渋る中、妙案を出したのはフィリアさんだった。
『それなら、アイリスちゃんやラナちゃんも交えて、食事会という形にしませんか? 夏休み中なら、多少は夜更かししても平気ですよね?』
と、いう訳で-ー
その後も話し合いを行った結果、月日は夏休みの初日である今日。
時間は、子供達も参加する事を考え、夜の7時半から9時の間に、飲み会ならぬ食事会を開催する運びとなったのだった。
-ー
-ー-ー
-ー-ー-ー-ー
(と、これまでの経緯を思い返している間に、アイリスは無事にフィリアさんの元へ辿り着いたな)
俺とアイリスの関係は今や、王都中に広まっているからな。
Sランク冒険者である俺の娘に、ちょっかいを出すようなバカは居ないとは思うが-ーアイリスは、父親の贔屓目抜きにかわいいからな。
念の為にと見守っていたが、フィリアさんが側に居れば安心だろう。
そう判断した俺は、アイリスから視線を外して、酒場へと向かって行く。
(それにしても、酒場の方は相変わらず賑わっているなぁ)
時間が時間だからな。酒場では、仕事終わりと思われる沢山の冒険者が、お酒を飲み交わしているのだが-ーなんだろう?
判然としないのだが、今日の酒場の光景には、何だか違和感があるような…………。
(ああ、そっか。煙草を吸っている人が、1人も居ないんだ…………)
いつもなら、酒と煙草をセットで楽しんでいるというのに、珍しい…………。
と、内心で首を捻る俺だったが-ー酒場の入り口に設置された立て看板に視線を向けた所で、その疑問は解消された。
『諸事情により、7月20日は21時まで、喫煙を禁止します。冒険者ギルド『コノノユスラ』支部ギルドマスター、フィリア・エルルゥ』
「いや…………何やってるんですか、フィリアさん…………」
酒場の入り口前で立ち止まり、立て看板に書かれていた文言を読み終えた俺は、思わず呆気にとられた呟きを漏らしてしまう。
諸事情により、と。理由は暈して書かれているものの、日付や時間から推理して、食事会に合わせて禁煙にしてくれたと考えて、間違いないだろう。
(食事会の場所がギルドの酒場に決まった時に、俺が「煙草の煙が充満した所に、アイリスを連れて行くのは抵抗がある」って言ったからだと思うんだけど…………これ、職権乱用になるんじゃないか?)
ギルドマスターであるフィリアさんに逆らう-ーそれは最悪、王都で仕事が出来なくなるという意味だ。王都の冒険者は、誰もフィリアさんに逆らえない。
仕事の都合上、やむを得ずという理由ならともかく、今回のは完全なるプライベート。職権乱用だと受け取られても文句は言えないし、それはフィリアさん自身も承知しているはず。
それなのに、ギルドマスター権限で禁煙にしてくれたのは、アイリスの事を考えてくれたからなのだろう。
(…………まったく。フィリアさん、「最近のシンさんは、ホント親バカになりましたねー」って、よくからかってきますけど…………あなたも人の事を言えない位、充分に過保護じゃないですか)
と、心の中で呆れた風に呟く俺だったが-ーそんな内心とは裏腹に、口元には笑みが浮かんでしまっていた。
(とりあえず、過保護なフィリアさんには、後でお礼を言っておかないとな)
そんな事を考えてつつも、俺は止めていた歩みを再開。
酒場の中へと足を踏み入れると、待ち合わせ相手の姿がないかを確認する為、ゆっくりとした足取りで進みながら、キョロキョロと辺りを見回していく。
(待ち合わせ時間の、15分前だからな。もう来ていても、おかしくないと思うんだけど…………あっ、居た居た)
酒場の入り口から見て、1番奥にあるテーブル席。
手前のテーブル席に座っている大柄な冒険者の陰に隠れているのか、ラナちゃんの姿は見えなかったものの、エドさんとヴィヴィさんの姿は確認する事が出来た。
俺は、エドさん達が座っているテーブルへと、真っ直ぐに進んでいく。
「-ーおっ! 来たな、『探求者』! こっちだ、こっち!」
どうやら、エドさん達もまた、俺の存在に気付いたようだ。
いつものように俺を2つ名で呼びながら、腕を大きく上へと伸ばす、エドさん。距離があるからか、ヴィヴィさんは声を発せずに、俺に向けて小さく頭を下げる。
俺も、今は軽く会釈するだけにして、お2人の座るテーブル席へ向けて歩みを進めて行く。
と、やはり手前のテーブル席に居る冒険者の陰に隠れていたようだ。そのテーブル席を過ぎた所で、ラナちゃんの姿を確認する事が出来た。
のは、いいのだけれど-ーあれ?
「? センドリックさん?」
ラナちゃんが座っている席の隣。そこに、騎士団の第1部隊副隊長、センドリックさんが座っていた。
どうやらラナちゃんと同じで、センドリックさんも大柄な冒険者の陰に隠れていたようなのだが-ーどうして、センドリックさんがここに?
不思議に思った俺は、センドリックさんに尋ねかけるも-ーセンドリックさんは困惑した表情で、「あ、あはは…………」と乾いた苦笑を溢すのみ。
代わり俺の疑問に答えてくれたのは、エドさんとヴィヴィさんだった。
「ここに来る途中に偶然会ってな。ついでと思って連れてきた」
「半ば無理矢理、な…………」
「ああ、なるほど。そういう事ですか」
得意気に肩を張るエドさんと、ハァと嘆息するヴィヴィさん。
お2人の話を聞いて、この場にセンドリックさんが居る理由が理解する事が出来た俺は、頷きつつも空いている席へと腰掛ける。
が、事前にエドさん達が事情を説明していないのか、センドリックさんは未だに困惑の表情を浮かべている。
なので俺は、センドリックさんがこの場に連れて来られた理由を説明しようとしたのだが…………それよりも先に、ラナちゃんが口を開く。
「す、すみません、シンさん。アイは今日、不参加なのでしょうか?」
大人ばかりで肩身が狭い思いをしているのだろう。おずおずと不安そうな表情で、真っ先にアイリスについて尋ねてくる、ラナちゃん。
そんなラナちゃんに、俺は事情を説明していく。
「アイリスなら、もう来ているよ。今は、フィリアさんの所に行ってる」
「? フィリアさんの所に、ですか?」
「ああ。俺と一緒に暮らし始めた4月から、1度も髪を切ってこなかったからさ。今日から夏休みだし、食事会ついでにフィリアさんに切ってもらう約束をしてたんだって」
ラナちゃんに説明をしつつも、アイリスとフィリアさんが居る受付カウンターへと視線を向ける、俺。
ここからなら、アイリスとフィリアさんの姿がギリギリ見て取れるのだが-ーどうやら、ちょうど今から髪を切り始める所だったようだ。
首から下を大きな布で覆ったアイリスの背後で、ハサミと櫛を構える、フィリアさん。
と、俺と同じくアイリス達の方へと視線を向けていたようで、ラナちゃんが納得した様子で頷いた。
「なるほど、そういう事ですか。教えていただき、ありがとうございます、シンさん」
「いえいえ」
俺の説明を聞いてホッとしたようで、不安そうにしていたラナちゃんの表情に笑顔が戻る。
が、今度はお母さんであるヴィヴィさんが、浮かない表情を浮かべながら話に加わってきた。
「しかし、せっかくの綺麗な銀髪なのに、切ってしまうのは勿体無い気がするな…………」
「俺も、そう言ったんですけどね。アイリス、少しだけ癖毛みたいで。長くなると毛先のハネが目立っちゃうそうで、バッサリ切ってもらうって言ってましたよ」
「そうか…………。まあ、アイリスちゃんがそう言うのなら、私からは何も言えないが…………」
そう言いつつも、納得がいっていない表情を浮かべている、ヴィヴィさん。
見ると、娘であるラナちゃんも、ヴィヴィさんと同じような表情を浮かべていた。
(2人共、女性にしては短い髪だと思うんだけど…………だからこそ、同じように髪を切ろうとしてるアイリスに、思う所があるのかもしれないなぁ)
と、俺がそんな感想を抱いていると、話が一段落したと判断したのか、センドリックさんが困惑した表情で尋ねかけてきた。
「と、ところで、どうして私は、この場に連れて来られたのでしょうか?」
「すいません、説明がまだでしたね。実はここ最近、このメンバーにアイリスとフィリアさん、モモちゃんとオリースさんを加えた8人で、娘達の夏休みの予定を話し合っておりまして。で、その過程で1つ、騎士団の許可をもらいたい案件があったので、だからエドさんは、センドリックさんを連れて来たのかと」
センドリックさんに説明しつつも、確認の意味を込めてエドさんに視線を向ける、俺。
どうやら正しかったようで、エドさんはコクリと頷く。
「おう! たしか、2週間前位だったな。『娘の七夕の願い事を叶えてあげたいので、協力して下さい!』って、親バカな『探求者』から頼まれてな」
「な、なるほど。状況は理解致しました」
何だか、エドさんに余計な事を言われた気がするが…………どうやら、この場に連れて来られた理由が分かったようだ。戸惑いつつも頷く、センドリックさん。
が、ラナちゃんは他に何か気になる事があるようで、遠慮がちに手を挙げる。
「今更ですが、シンさん。本当に、あたしやモモも、アイとシンさんの夏休みのイベントに加わって大丈夫だったんですか?」
「? どうして?」
「だ、だって…………アイの願いは、『お父さんと、楽しい夏休みを過ごせますように』なんですよね?」
「確かに、そうだけど…………でも、ラナちゃんやモモちゃんが加わってくれた方が、アイリスもより楽しんでくれるんじゃないかな?」
「おう! 『探求者』の言う通りだぜ、ラナ! 人数は多い方が楽しいだろ!」
どうやら、エドさんもまた、俺の意見に賛同してくれるようだ。俺の言葉に頷きつつも、「だよな?」とラナちゃんに同意を求める、エドさん。
が、ラナちゃんの意見は違うようで、しばしの間キョトンと呆気にとられた表情を浮かべた後に、「はぁ」と溜め息を吐いた。
「…………はぁ。まあ、いいです。…………どうせアイも、自分の気持ちに自覚は無いし…………」
ボソッ、と。最後に付け加えた言葉は聞こえなかったものの、不承不承ながらも同意してくれる、ラナちゃん。
それにしても-ー
(今の一連のラナちゃんの言動、夏休みのイベントにお友達を誘う事を提案した時のアイリスと、そっくりだったな…………)
もしかして、俺は何かやらかしてしまっているのだろうか、と。
そんな不安を抱いていると、ラナちゃんに続いて、ヴィヴィさんまでもが小さく溜め息を吐く。
「…………はぁ。まったく、うちの男どもは…………」
「え、えーと…………ヴィヴィさん?」
「何でもないよ、シルヴァー殿。それより、夏休みの予定の話に戻ろう。1番近い予定は、明後日の水遊びだったな?」
「あっ、はい。そうですね」
何だか、ラナちゃんとヴィヴィさんが不機嫌っぽい気がするのだが…………その理由が、さっぱり分からない。
とはいえ、ヴィヴィさんは普段が温厚な分、怒ると怖いからな。下手に食い下がって、虎の尾を踏む必要も無いので、俺はコホンと咳払いを1つ。
そうして、気持ちを切り替えてから、明後日に控えた水遊びの説明を始めた。
「では、水遊びの件から。これまでも何度も打ち合わせしているので分かっていると思いますが、場所は王都を出てすぐの所にある小川の辺。で、もしもの事を考えてエドさんかヴィヴィさん、どちらかの参加をお願いして、返事は保留中でしたよね?」
初参加のセンドリックさんも居るため、ここまでの経緯を1から説明する、俺。
と、エドさんから質問が飛ぶ。
「ところで、『探求者』? オリースは参加するのか?」
ラナちゃんのご両親であるエドさんやヴィヴィさんと同じく、モモちゃんのお母さんであるオリースさんにも、参加をお願いしていたのだ。
俺はコクリと頷く。
「ええ。その日はちょうど週に1度の店休日なので、参加するそうですよ」
「ッシャー! オリースが参加するなら、オレが参加するぜ、『探求者』!」
ガッツポーズと共に、参加の意を表明する、エドさん。
が、ヴィヴィさんから冷ややかな声が飛ぶ。
「は? ふざけるなよ、エド。私が参加するから、お前は仕事をしていろ」
「お? お? なんだ、ヴィヴィ? もしかして、嫉妬か?」
「バカを言うな! シルヴァー殿はともかく、お前は確実に、オリースのカモにされるだろうが!」
「え、えーと…………」
いつの間にやら、喧々諤々とした言い合いを始める、エドさんとヴィヴィさん。
とはいえ、2人がこうして、夫婦喧嘩ならぬ夫婦漫才を始めるのは、いつもの事だ。
俺は少しだけ戸惑いつつも、2人の事は放っておいて、娘であるラナちゃんに確認を取る。
「…………とりあえず、ラナちゃん。明後日の水遊びには、ヴィヴィさんが参加する事でいいかな?」
「はい。あたしも、父が鼻の下を伸ばしてるのは、気にいらないですし」
ご両親が目の前で喧嘩しているにも関わらず、淡々と答える、ラナちゃん。
おそらくエドさんとヴィヴィさんは、こんな喧嘩を家でもしているのだろう。ラナちゃんにとって、お2人が喧嘩しているのは見慣れた光景のようだ。
が、騎士団所属のセンドリックさんにとっては、そうでは無いようで-ー
「え、えーと、ラナさん? エド様とヴィヴィ様が言い争っているのですが、止めなくても大丈夫なのですか?」
「あっ、いつもの事なので大丈夫ですよ、センドリックさん」
動揺した様子で、隣の席のラナちゃんに問いかける、センドリック。
そんなセンドリックさんに、ラナちゃんはアッサリとした返事を返すと、続いて俺の方へと向き直る。
「それより、シンさん。母さんと父さんの喧嘩はまだ続くでしょうし、先にセンドリックさんに例の件の許可を貰いませんか?」
「ああ、そうだね。そうしようか」
ラナちゃんの提案を受け入れた俺は、視線を喧嘩中のエドさんとヴィヴィさんから外し、センドリックさんへ。
俺やラナちゃんとは違い、センドリックさんは未だに動揺を隠せない様子だったものの…………しばらくすると、多少は落ち着いたようだ。
そのタイミングを見計らい、俺はもう1つの夏休みの予定について話し始める。
「実は、センドリックさん。これまで話し合った夏休みの予定なんですが、あともう1つ肝試しという案が出ていまして」
「なるほど。定番ですね」
「ええ。…………ただ、場所に問題が。モモちゃんが、『ボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地』に行ってみたいと言っておりまして…………」
「えっ!? 『ボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地』ですか!?」
俺の言葉を受け、驚愕の声を上げる、センドリックさん。が、それも無理はないだろう。
『ボーマン・レヴィウス伯爵の屋敷跡地』。その名の通り、ボーマン・レヴィウスという伯爵が住んでいた屋敷の跡地だ。
平民街である王都の南区に居を構え、いくつもの孤児院を営む。周囲からの信頼が、とても篤い人だったらしい。
が、それは彼の表の顔。裏では、違法な奴隷商人と繋がっており、孤児院の子供達を売買。更には、自身の加虐趣味を満たす為、隠し扉の先に作った地下牢に、子供達を拘束。毎日のように暴行を加え、何十人もの子供達を殺したそうだ。
1年程前に、罪が発覚。斬首刑に処されたそうなのだが-ーそれ以降、地下から子供達のうめき声が聞こえる、窓から首なしの男の姿を見たなど、心霊現象が多発。
長らく空き家のままなので、近々取り壊される事になっているそうだ。
「さすがに無断で立ち入る訳にはいかないので、王宮関係者に話を通そうと思っていたのですが…………どうでしょう、センドリックさん? 許可は下りそうですかね?」
「そ、そうですね…………。申し訳ありませんが、私の一存では決められません。また後日の返答で、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。よろしくお願いします、センドリックさん」
しばし悩んだ末に、申し訳なさそうな表情で保留の決断を下す、センドリックさん。
とはいえ、あまりにも急な話なのだ。俺も、いきなりOKの返事が貰えるとは思ってなどいない。
なので、センドリックさんが気に病まないようにと、俺は殊更明るい声音で返事を返す。と、その直後に、先程まで姦しかったエドさんとヴィヴィさんの声が、ピタリと止まる。
どうやら喧嘩は終わったようで、エドさんが声をかけてきた。
「おう、『探求者』。センドリックには、話を通してくれたみたいだな」
「ええ。この場での了承は無理だそうで、返事はまた後日だそうです」
センドリックさんとの会話の内容を説明しながら、エドさんへと視線を向ける、俺。
と、エドさんの頬に、真っ赤なモミジが付いている事に気が付いた。
「…………ヴィヴィさんに、いいものを貰ったみたいですね」
「まあな…………。それより、どうするよ『探求者』? もう時間過ぎてるし、先に酒だけでも注文しねぇか?」
「えっ!?」
エドさんの指摘を受けて、俺は慌てて壁の時計へと視線を向ける。
時計の針が指し示していた時刻は、7時45分だった…………。
(夏休みの予定を話している内に、結構な時間が経ってしまったみたいだな…………)
俺は続いて、アイリスとフィリアさんが居る受付カウンターへと視線を向ける。
アイリスはまだ髪を切って貰っている途中のようで、もうしばらくは終わらなさそうだ。
(アイリスも、女の子だものな。髪を切るのにも、それなりに時間がかかるか…………)
と、そんな事を考えていると、ふと顔を上げたフィリアさんと目が合った。
……………………ふむ。
「エドさん。フィリアさん、先に始めてて下さいって言っているんで、お酒だけでも注文しちゃいましょうか」
「ヨッシャ! んじゃ、ちゃっちゃと頼んじまおうぜ! ちなみに、センドリックは飲めるのか?」
「そうですね…………明日は非番ですので、お付き合い致しますよ」
センドリックさんに質問しつつも、テーブルの端に置かれていたメニューを配っていく、エドさん。
俺は、注文するお酒を選ぶ為、エドさんから受け取ったメニューへと視線を落とそうとしたのだが-ーその途中、ヴィヴィさんが呆然とした表情を浮かべている事に気付き、俺は下げかけた顔を上げる。
「? どうしました、ヴィヴィさん?」
「い、いや…………。一応聞くが、どうしてシルヴァー殿は、エルルゥ殿の言っている事が分かったのだ?」
「どうしてって…………アイコンタクトで、何となくですけど?」
「そ、そうか…………。以前から思っていたが、やはり2人は何気に相性が良いな…………」
「…………アイも大変だな…………」
ヴィヴィさんとラナちゃん。2人は、小さな声で何事かを呟いた後に、エドさんから受け取ったメニューへと視線を落とした。
(? いったい、何だったんだ?)
気にはなるものの-ー2人は、すっかりドリンク選びに夢中になっており、俺の疑問に答えてくれる気は無いようだ。
…………仕方がない。俺は気を取り直すと、注文するお酒を選ぶ為、メニューへと目を通していく。
そうして、各々が思い思いのドリンクを注文してから、約5分程して-ー
「お待たせしましたー! ビール2、赤ワイン2、オレンジジュース1、お持ちしましたー!」
全員分のグラスをお盆に乗せた店員さんが、明るい声と共に俺達のテーブル席へと訪ねて来た。
内訳は、エドさんとセンドリックさんが、ビール。俺とヴィヴィさんが、赤ワイン。そして、未成年のラナちゃんが、オレンジジュースだ。
どのドリンクを、誰が注文したのか? 1人1人に確認しながら、ドリンクを配っていく、店員さん。
その途中、エドさんが声をかけてきた。
「今更だが、『探求者』。何ワインなんて洒落たもの頼んでんだよ! 男なら、ビール1択だろ!」
「いや…………実は俺、炭酸が苦手でして。まあ、飲めなくは無いんですけど、どうせアルコールを飲むのなら、ポリフェノールがたくさん入っている赤ワインの方が、体に良いかなと思いまして」
「はっ! 『探求者』らしい理由だな!」
俺とエドさんがそんな会話を交わしている間に、それぞれの目の前にドリンクが行き渡った。
全員がグラスを手に構える中、代表してエドさんが乾杯の音頭を口にする。
「そんじゃあ…………こほん。『探求者』との、初めての酒を祝して-ーカンパイ!」
「「「「カンパイ!」」」」
-ーカシャ、カシャ、カシャ!
と、4人全員とグラスを合わせた後、俺は22年の人生で初となるアルコールを口に含むのだった-ー




