7月-ーアイリス。七夕の願い事は?
アイリス視点
今日は、7月7日。梅雨も明け、いよいよ夏本番だ。
時刻は午前8時。まだ朝という事もあり、汗が吹き出るほど暑い訳では無いものの、すでに朝日はサンサンと照りつけている。
リビングの窓へと視線を向けると、換気の為に開け放たれた窓からは、ミンミンというセミは鳴き声が、風と一緒に家の中へと入ってきていた。
(…………今日も、暑くなりそうだなぁ…………)
そんな感想を抱きつつも、わたしは視線をリビングのダイニングテーブルへと戻し、中断していた朝ご飯の準備を再開。
ダイニングテーブルを布巾で拭き、スプーンやコップなどの2人分の食器を並べていく、わたし。
と、両手に深皿を持ったお父さんが、キッチンから顔を覗かせた。
「お待たせー、アイリス。シチュー、温まったよー!」
「わたしも食器の準備は終わったよ、お父さん! あとは、パンを持って来るだけだよね?」
「ああ。お願いしていいかな、アイリス?」
「うん!」
今日の朝ご飯は、昨日の夜ご飯の残りのシチュー。
お父さんの手作りシチューは、わたしの大好物の1つだ。一刻も早くシチューを食べたかったわたしは、小走りでお父さんの脇を通り抜け、キッチンへ。
食器棚から2枚の平皿を取り出して、その上に昨日パン屋さんで買ったパンを乗せていく。
(わたしは1つ。で、お父さんが2つ~!)
お父さんとは、もう3ヶ月以上も一緒に暮らしているのだ。いちいち確認しなくても、お父さんが食べる個数は分かっている。
わたしは、重ねた平皿の上にパンを3つ乗せると、行きと同じく小走りでリビングへと戻る。
「お待たせ、お父さん! パン、持って来たよ!」
「ありがとう、アイリス。パンは俺が並べるから、アイリスは座ってて」
「うん! ありがとう、お父さん!」
わたしがリビングに戻ると、お父さんは既にシチューをテーブルに並べ終え、自分のイスに腰掛けている所だった。
にも関わらず、お父さんは再び立ち上がると、わたしの元へと歩み寄って来た。
相変わらず、過保護で甘いお父さんだけど…………とはいえ、お父さんに優しく気遣ってもらえて悪い気はしないので、わたしは素直に甘える事にした。
やって来たお父さんに平皿とパンを手渡し、わたしは自分の指定席へ-ーお父さんの隣のイスに腰掛ける。
もちろん、わたしとお父さんのイスの間にある、数センチの隙間を詰めるのも忘れない。
-ーズリッ
と、わたしは小さな音を立てて、お父さんが座っていたイスに、自分のイスを引っ付ける。
と、手早くパンの配膳を終えたお父さんが、わたしのすぐ隣のイスに腰掛けた。
「お待たせ、アイリス。それじゃあ、食べようか。-ーいただきます」
「いただきまーす!」
わたしのイスが先程よりも明らかに近付いているにも関わらず、お父さんは何も言わずに「いただきます」と手を合わせる。
いつもの光景だと、お父さんから受け入れて貰えている-ーたったそれだけの事が、どうしようもなく嬉しかったわたしは、勢いよく両手を合わせてから、大好物のシチューを口に運んだ。
-ーモグモグ
「ん~! やっぱり、美味しい~!」
相変わらず、お父さんが作るシチューは絶品だ。そのあまりの美味しさに、思わず頬が弛んでしまう、わたし。
そんなわたしを、お父さんは微笑ましそうに見詰めてから、自分のシチューに手を伸ばす。
が、お父さんはスプーンでシチューを掬った所で手を止めると、ふと何かを思い出した様子で、ポツリと呟きを漏らした。
「…………そういえば、今日は七夕か…………」
特に意味は無かったのだろう。お父さんはそれ以上何も言わず、スプーンを口に運び、シチューを食べ進めていく。
が、聞き慣れない単語に興味を惹かれたわたしは、大好物のシチューを口に運びつつも、お父さんに尋ねてみる事にした。
「? お父さん、七夕って何?」
「…………? ああ、そっか! そういえば、『セレスティア』には七夕は無いんだっけ!」
わたしの質問を受け、一瞬だけ首を傾げる、お父さん。
が、すぐに納得した様子を見せると、七夕についての説明を始めてくれた。
「俺の故郷の『ジパング』には、7月7日に七夕っていう行事があったんだ。『織姫』と『彦星』、2人の夫婦の神様が1年に1度だけ会える日で、笹の葉に願い事を書いた紙を吊るすんだ」
「へー! そんな行事があるんだ!」
お父さんの説明を聞いて、七夕という行事について理解が出来たわたしは、大きく頷く。
が、すぐに気が付いた。
(よく考えたら、お父さんが説明してくれたのって、七夕についての簡単な概要だけだ…………)
お父さんの故郷の行事について、もっともっと知りたい。
どうしてかは分からないけれど、そんな欲求が沸き上がってきたわたしは、お父さんに更なる質問を重ねていく。
「でも、どうして七夕の日に、お願い事を紙に書くの?」
「ああ、それね。元々は、機織り上手な織姫様に、手芸の上達を願ったのが始まりみたいだよ。で、それが時代の流れと共に、手芸に限らず色々な願い事を書くようになったみたい」
「へー! そうなんだ! それじゃあ、どうして笹の葉にお願い事を書いた紙を吊るすの?」
「竹って、冬でも枯れずに青々としている上に、途中で曲がらずに真っ直ぐ伸びていくだろう。昔の人は、竹に神様が宿ると信じていたみたいで、だから笹の葉に願いを吊るすようになったみたいだよ」
「なるほど! そういう事だったんだね!」
そんな質問を始め、いくつかの質問をお父さんに投げ掛けていく、わたし。
お父さんは、「相変わらず、アイリスは好奇心旺盛だなー」と苦笑しつつも、わたしの質問1つ1つに丁寧に説明をしてくれた。
そのおかげもあり、朝ご飯のシチューを食べ終わる頃には、わたしの中にあった七夕に関する疑問は、すっかり解消されてしまっていた。
「ごちそうさまでした!」
また1つ、お父さんの事を知る事が出来た。
そう考えると、心の中がポカポカと温かい感情で満たされたわたしは、「ごちそうさま」と大きく手を合わせる。
それにしても-ー
「季節の行事の由来まで知ってるなんて、お父さんは相変わらず博識だなー!」
丁度わたしと同じタイミングで食べ終わり、食器を片付けようとしていた、お父さん。
そんなお父さんを手伝いつつも、わたしはキラキラと尊敬の眼差しを向ける。
と、お父さんは照れくさそうに頬を染めると、わたしから視線を逸らしながら、こんな提案をしてきた。
「そ、それより、アイリス! もしアイリスが興味あるなら、実際に七夕の行事を体験してみる?」
売れ残り依頼があるにせよ無いにせよ、空いた時間に笹の葉を調達してくるよ、と。
そう続けるお父さんに、わたしは2つ返事で頷いたのだった-ー
-ー
-ー-ー
-ー-ー-ー-ー
朝ご飯を食べ終わり、その後の後片付けも協力して済ませたわたし達は、いつものように一緒にギルドに売れ残り依頼がないか確認に向かった。
結果、売れ残り依頼は無く、今日はわたしの冒険者の修行の日となった。
いつもなら、そのまま真っ直ぐお家に帰るのだけど…………今日は王都の外へと寄り道をし、2メートル位の笹の葉を調達。
それからお家に帰って来たわたし達は、いつも通りの修行のメニューをこなした。
そうして、あっという間に時間は流れ-ー現在の時間は、夜の8時。
「ふんふんふーん」
長くなってきていた陽もようやく沈みきり、空に星が瞬き始めたタイミングで、わたし達は朝に交わした取り決め通り、七夕の準備を始めた。
場所は、リビングから見える中庭。そこに立てかけた笹の葉に、わたしは鼻歌を口ずさみつつも、お父さんと一緒に飾り付けをしていく。
笹の葉への飾り付けは、夜ご飯を食べ終わった後に、お父さんと一緒に作っておいた。
作った飾り付けは、全部で3種類。朝ご飯の時に聞いたお父さんの話では、1つ1つの飾り付けに意味があるらしい。
(まずは、吹き流し~!)
紙を細長く切って、いくつもの切れ込みを入れた吹き流しには、手芸の上達を願う意味があるらしい。
先月の父の日にブックカバーを手作りして以来、手芸に興味が湧いていたので、丁度良いと思い作ってみた。
(次は、紙衣~!)
紙衣とは、紙を人の形に切った物で、手芸の上達の他に、病気や災いから家族を守ってくれるらしい。
お父さんは冒険者として、危険な依頼をこなしているんだ。ケガをしないようにと祈りながら、心を込めて作った。
(最後は、折り鶴~!)
折り紙で作った折り鶴には、家内安全や長寿を願う意味があるらしい。
(ただでさえ、わたしとお父さんは歳が離れてるんだもん! 少しでも長く一緒に過ごす為にも、お父さんには長生きしてもらわないとね!)
そんな事を冗談混じりに考えながらも、自分の分の飾り付けを終えたわたしは、お父さんの方へと視線を向ける。
わたしと違い、高い所の飾り付けをしていたからかな? お父さんは背伸びをしながらも、まだ飾り付けの途中だった。
なので、お父さんの邪魔をしないようにと、わたしは1歩だけ離れてから、夜空を見上げる。
(5月のキャンプ中に見た星空には及ばないけど…………それでも、キレイな星空だなー!)
そんな風に、キレイな夜空に見惚れつつも、わたし東の空に見える天の川へと視線を向ける。
(お父さんが言うには、天の川の挟んだ1等星のベガとアルタイルが、織姫と彦星なんだよね)
どうして、織姫と彦星が1年に1日しか会えないのか? その理由も、朝ご飯の時にお父さんに聞いていた。
織姫と彦星。働き者だったはずの2人は、結婚した途端にイチャイチャするばかりで働くなったらしく、怒った織姫のお父さんが2人を天の川の両岸に引き離したらしい。
が、寂しさのあまり織姫が泣き続けるので、哀れに思ったお父さんは1年に1度、7月7日だけ2人が会うのを許したそうだ。
まあ、織姫と彦星が引き離されたのは、自業自得な気がするけど…………でも、大好きな人と会えない寂しさは、よく理解出来る。
(わたしの場合は、お母さんや村の皆だね…………)
織姫と彦星の2人は、1年1度だけだけど会う事が出来る。
だけど-ー
(わたしは、お母さんや村の皆には、2度と会えないんだよね…………)
どうしてだろう? 最近は、お父さんやフィリアさん、モモちゃんやラナと過ごす毎日が楽しくて、お母さんや村の皆の事を考えるのが少なくなってきていたのに-ー急に、寂しさが募ってきてしまった。
(…………今日の朝ご飯が、お父さんに引き取られて初めて口にしたシチューだった事も、影響してるのかな…………)
そんな事を考えながら、わたしは星空へと向けていた視線を、自分の手元へと移す。
そこには、願い事を書いた短冊が握られていた。
(最後に、お父さんと一緒に吊るす事になっていたから、残していたんだよね…………)
短冊に書かれた願い事は-ーお父さんと、楽しい夏休みを過ごせますように。
あと2週間もすれば、1ヶ月以上に渡る夏休み。この機会に、お父さんとやってみたい事はいっぱいある。
(夏らしく、水遊びや肝試し。せっかくの長い休みだし、お父さんと旅行にも行きたいなー!)
そんな楽しい未来を想像する事で、わたしの心に募っていた寂しい気持ちが薄らいできた。
(…………うん! そうだよね! いつまでも悲しい過去を悔やんでないで、楽しい未来に目を向けないとね!)
そうしないと、天国のお母さんに、いつまでも心配をかけてしてしまう。
と、丁度そんな事を考えていたタイミングで、飾り付けを終えたお父さんが声をかけてきた。
「終わったよー、アイリス。それじゃあ最後に、お互いの短冊を飾ろうか」
「うん!」
先程まで考えていた事を悟られないようにと大きく頷いたわたしは、お父さんと隣り合って並び、お互いの短冊をくくりつけていく。
わたしの願い事は、『お父さんと、楽しい夏休みが過ごせますように』
お父さんの願い事は、『アイリスと、楽しい毎日が過ごせますように』
決して示し合わせた訳では無いのに、2人の願い事が一致したのは、お互いに同じような事を考えていたから。
その事に思い当たった瞬間、わたしとお父さんは目を合わせて、クスクスと微笑み合う。
気付けば、先程まで心の中に募っていた寂しさは、もうキレイサッパリ無くなっていた-ー




