6月-ーシン。父の日の後の、3つの発見
シン視点
今日は、6月の第4水曜日。
時刻は、午後3時。紅茶が入ったカップを手に自室へと戻って来た俺は、鼻歌を口ずさみながらテーブル前の椅子へと腰掛ける。
テーブルの上には、父の日にアイリスから贈られたビン詰めクッキーと、ブックカバー付きの小説が置かれている。
俺は、手に持っていたティーカップをテーブルの上に置くと、その代わりにビン詰めのクッキーを手元に引き寄せる。
(…………残念だけど、今日で最後かな…………)
ビンのフタを開いて中を覗き込むと、5日前の父の日にいっぱい入っていたはずのクッキーは、残り数枚。
(アイリスが言うには、クッキーの元々の枚数は20枚。で、1日に5枚ずつ食べていたから、残りは5枚。やっぱり、今日で最後だな…………)
愛娘が1から手作りしてくれた、愛情たっぷりのクッキーなのだ。このまま食べずに、取っておきたいという気持ちも多少ある。
とはいえ、このクッキーは俺の好みに合わせて砂糖の量の減らしているようなので、その分消費期限が普通のクッキーに比べて短い。
残念ながら、取っておく事は不可能だろう。
(なにより、アイリス自身が出来たての美味しい内に食べて欲しいって言ってる訳だしな。…………よし! 残りの5枚、味わって食べるか!)
そんな決意と共に、俺はビンの中のクッキーへと手を伸ばす。
このビン、掌に乗る位の小さい物だからな。いっぱいに入っていた時なら楽に取れたのだが、底に数枚しかない状態では、取り出すのに苦労する。
俺は、人差し指と中指を器用に使って1枚のクッキーを取り出すと、まず最初に紅茶を少しだけ口に含む。
そうして、口の中を潤してから、俺は満を持してクッキーを口へと運んだ。
-ーポリポリ
「-ーんっ! やっぱり美味しい!」
俺の好みに合わせて砂糖の量を減らしているものの、物足りなさは一切感じない。
アイリス曰く、砂糖の代わりに、アーモンドを粉末状にしたアーモンドパウダーを入れているらしい。
それにより、アーモンドのコクや風味がプラス。なおかつ、よりサクサクとした食感になるようだ。
(わざわざ俺の好みに合わせて、手間隙かけて作ってくれたんだ。アイリスの愛情が感じられるクッキーだよなぁ…………)
そんな親バカな事を考えつつも、ホクホクと緩んだ表情でクッキーを味わっていく、俺。
が、俺は同時に、一抹の寂しさも感じてしまっていた。
(…………はぁ。今日でクッキーを食べ終わる予定だったから、折角ならアイリスと一緒にオヤツを食べたかったのになぁ…………)
それなのに、今日に限って売れ残り依頼が1件だけあり。午前中には終わる予定だったものの、以前交わした取り決め通り、アイリスは学校へと向かったのだ。
(昨日までは売れ残り依頼は無くて、アイリスと一緒にオヤツを食べれてたのに、よりによって今日売れ残り依頼があるとは。ツイてないよなぁ、もう…………)
ただ、気になる点が1つ。
それは、売れ残り依頼があると分かった時に、アイリスがホッとしたような表情を浮かべた事。
(…………もしかしてアイリスは、俺と一緒にオヤツを食べるのがイヤなのかな?)
一瞬、そんな不安が頭を過ってしまうも…………まあ、俺の考え過ぎだろう。
昨日までは普通に、一緒にオヤツを食べて、楽しそうに笑っていたし。
そして、なにより-ー
(もし本当にそうだとしたら、こんなにも沢山の愛情が詰まった手作りクッキーを、プレゼントしてくれるはずないしな!)
と、そう断じた俺は、2枚目のクッキーを口に放り込みつつも、もう1つのアイリスからの贈り物である、ブックカバー付きの本へと手を伸ばす。
本を覆っている紺色のブックカバーは、このクッキーと同じく、アイリスが1から手作りしてくれた物だ。
しかも、布製では無く、革製のブックカバー。作るのが大変だったろう事は、容易に想像できる。
(動物や魔物の革は、見かけによらず意外に頑丈だからなぁ)
だというのに、このブックカバーの裁断面やポケットの縫製部分は、とても丁寧に仕上がっている。
父親の贔屓目を抜きにしても、ヘタな店で売っている物よりも上等な品だ。
(おそらく、かなりの時間をかけて作ったんだろうけど…………そのせいでアイリス、手を痛めたりしてないだろうか? 心配だ)
さらに、心配な点がもう1つ。それは、アイリスのおこづかいについてだ。
(革製品は嗜好品みたいなものだから、布製の物よりも高価なんだよなぁ)
まあ、アイリスは出来合いの品を買ったのではなく、材料だけ買って1から手作りしたのだ。
多少なりとも価格を抑えられたと思うが…………それでも結構な値段しただろう。
さすがに無粋だと思い言わなかったものの、子供のアイリスにとっては手痛い出費だったはずだ。
少なくとも、月初めに渡したおこづかいだけで買えたとは思えない。おそらく、貯金を取り崩したのだろう。
「…………まったく。将来の為に貯めていたはずのお金を使うなんて…………バカだなぁ、アイリスは」
と、呆れた風に呟く俺だったけど-ーそんな言葉とは裏腹に、口元には笑みが浮かんでしまっていた。
だが、こればっかりは仕方がないだろう?
(なにせアイリスは、そんなにも大切なお金を使って、苦労しながらもプレゼントを作ってくれたんだ。これ以上、父親冥利に尽きる話はないよ)
ならば俺は、アイリスの気持ちに応える為にも、これから何年何十年と、このブックカバーを大切に使っていこう。
と、そんな決意と共に、溢れ出る愛おしさが止められなかった俺は、ブックカバーを優しく一撫で。
そうしてから、本の表紙を捲った。
-ーペラッ
(…………それにしても、この本がアイリスの好きな小説だったとはなぁ…………)
この小説のタイトルは、『7つの魔法が紡ぐ唄』。
父の日のプレゼントとして、クッキーやブックカバーと一緒に、アイリスから贈られた物だ。
俺は、その直後にアイリスから言われた言葉を思い出す。
『…………あ、あのね、お父さん。その本、わたしが好きな小説なんだ。だ、だから-ーお父さんも好きになってくれたら、嬉しいな』
(そんないじらしい事を、言ってくれたっけ…………)
だが、実はこの小説、ただの創作物では無い。
俺を含めた5人のSランク冒険者の内、唯一の女性のSランク冒険者-ー彼女がSランクになるまでの半生をモチーフにした、冒険譚なのだ。
(まあ、物語として誇張している部分もあるから、事実なのは半分位だけど)
と、そんな事を考えながらペラペラとページを捲り、栞を挟んでいる所まで辿り着いた。
(残りは、最終章が50ページ位か…………)
いつもの俺なら、小説の1冊や2冊、1日で読み終えているだろう。
が、この小説は、父の日のプレゼントとしてアイリスが贈ってくれた物なのだ。
折角なら、アイリスが贈ってくれたクッキーを食べながら読もうと思い、ゆっくりと読んでいたのだが-ークッキーと同じで、この小説も今日で読み終わりそうだ。
俺は名残惜しさを感じつつも、物語を読んでいく事にした。
「…………………………………………」
そのまま、物語の世界へ没頭していく、俺。
とはいえ、クッキーを味わうのも忘れた訳では無い。合間合間に、3枚目と4枚目のクッキーを食べながらも、俺は小説を読み終えた。
「…………ふぅ。意外と、面白い小説だったな…………」
女性主人公の物語を、男の俺が楽しめるだろうか?
そう思って、この小説をこれまで手に取ってこなかったのだが…………もったいなかったかな?
まあ、とはいえ-ー
「知り合いが主人公の物語を読むのは、居たたまれないと言うか…………何だか、ムズムズするものだなぁ」
そんな事を呟きながら、俺はページを捲り、作者の後書きを読んでいく。
人によって分かれるかもしれないが、俺は後書きを読む派だし、なんなら更に先の宣伝にも目を通す。
(まあ、さすがに奥付までは見ないけどね)
奥付とは、作者名や出版社名、発行年月日などが書かれている1番最後のページの事だ。
後書きは作者によってはタメになる事が書かれているし、宣伝は次に買う小説の参考にするが、奥付を読む意味は無い。
なので、俺はこのまま、小説を閉じようとしたのだが-ーふと、視界の端に見馴れぬ物が映った為、手を止める。
「? なんだ、これ…………赤いバラの刺繍、か?」
ブックカバーの背表紙を挟むポケット部分-ーそこに、赤色の糸で大小2つバラが刺繍されていた。
「えーと…………このブックカバー、アイリスが1から手作りしたんだよな」
と、いう事は-ー
「この大小2つのバラも、アイリスが刺繍したのか!?」
いや、何を当たり前な言ってるんだって感じだが…………それにしても、よく出来ている。
背表紙を挟むポケット部分という狭いスペースにも関わらず、バラはどちらも細かく、精緻。大袈裟でなく、プロ顔負けの腕前だ。
ただ、1つ気になるのは-ー
(この2つバラの大きさの違いや配置に、何だか見覚えがあるような…………)
と、そこまで考えた所で、はたと気付いた。
(ああ、そっか。この大小2つ赤色のバラって、俺が初めてアイリスにプレゼントした、緋色の短剣に彫られていたバラか)
どおりで、見覚えがあるはずだが…………俺としては、複雑な気分だ。
あの頃は、アイリスを冒険者として鍛える気が無かったからな。半ば嘘を吐くような形で、アイリスに刃の潰れた緋色の短剣を渡したのだけれど-ー今は違う。
アイリスに押しきられる形だったとはいえ、俺は冒険者として鍛えると約束をしたのだ。だから俺は、その時にアイリスに言ったんだよ。
『ちゃんとした武器を改めて渡すから、緋色の短剣は処分しよう』って。
だけど-ー
『だめっ! たしかに、この緋色の短剣は刃が潰れてるけど…………でも、お父さんから初めてプレゼントしてもらった、わたしの宝物なんだよ!』
と、緋色の短剣を胸に掻き抱いたアイリスに、断られてしまったのだ。
その様子は、アイリスの言葉通り大切な宝物を守るかのようで-ー俺は、強く言えなかったのだ。
(…………まあ、嘘を吐かれた側のアイリスが気にしていないんだ。俺がいつまでも気に病んでいても仕方がないよな)
という訳で、意識を切り替えた俺は、改めてアイリスから贈られたブックカバーへと視線を向ける。
裁断面や縫製部分を丁寧に仕上げるだけで無く、こんなにも精緻な刺繍まで…………。
アイリスは一体、どれだけの時間をこのブックカバーを作りに費やしたのだろう?
きっと、1時間や2時間では無かっただろう。それでも、アイリスは一切手を抜かずに、このブックカバーを作り上げてくれた。
「…………ははっ。愛娘から、こんなにも沢山の愛情が込められたプレゼントを貰えるなんて、俺は本当に幸せ者だなぁ…………」
しみじみと呟きながら、俺はパタンと本を閉じる。あまりの幸福感に、俺の胸は一杯だ。
が、アイリスから贈られたクッキーは、あと1枚残っている。
という訳で、俺は最後1枚を味わうべく、クッキーの入ったビンに手を伸ばしたのだが-ー
「-ーあ、あれ? まだ1枚ある?」
最後の1枚である丸型のクッキーを手に取った俺は、ビンは底にまだ1枚のクッキーが残っている事に気が付いた。
(もしかして、どこかで4枚しか食べていない日があったかな)
そう考えた俺は、父の日から今日までのオヤツの時間を思い返してみるも…………うん。ちゃんと、5枚ずつ食べているな。
俺は不思議に思いつつも、とりあえず手に持った丸型のクッキーをパクリ。
「…………うん! 美味しい!」
と、しっかりと味わってから、俺は何故かまだ1枚残っているクッキーを取り出す為、掌の上でビンをひっくり返した。
「? ハートのクッキー?」
コロン、と。掌に乗ったのは、ハートの形のクッキー。
だけど、ここまで食べたクッキーは、丸と四角。花型に星型の4種類だった。
(ハートの形は、初めて見たなぁ…………?)
不思議に思い、首を傾げる俺だったが-ーやがて俺の脳裏に、今朝のギルドでのアイリスの姿が甦ってきた。
(…………ああ、なるほど。だからアイリスは、売れ残り依頼があると分かった時に、ホッとした表情を浮かべたのか)
繋がった、と。そう思った。
おそらくだが、クッキーは最初から21枚あったのだ。
他の形が5枚ずつだった事を考えると、クッキー生地が1枚分余ったのだろう。
で、俺への感謝の気持ちを表現する為、思い切ってハートの形にしたものの、恥ずかしくなって1番底に隠した。
と、そんな所だろう。
「…………ははっ。ホント、かわいいなぁ、アイリスは」
頬を微かに染めながら、ビンの底にハートのクッキーを隠すアイリスの姿を想像して、俺の口から思わず笑みが漏れる。
俺はしばらくの間、マジマジとハートのクッキーを眺め-ー再び、ビンの中へと仕舞った。
別に、学校から帰ってきたアイリスにハートのクッキーを見せようなんて、そんな悪趣味な事は考えていない。
ただ-ー今日はもう、5枚のクッキーを食べているからな。明日まで取っておこうと、そう考えただけだ。
-ーキュッ
と、まるで大切な宝物を仕舞うようにビンのフタを閉めてから、俺は壁にかけられた時計を見上げる。
「4時前か…………。よし! そろそろ、夕食の買い物に行くか!」
こんなにも愛情の籠ったクッキーとブックカバーを貰ったのだ。せめてものお返しに、いつもよりも凝った夕食を作ってあげよう。
と、そう思った俺は、財布を手に家を出る。
(これから父の日たびに、アイリスから愛情の籠ったプレゼントを貰えるんだろうなぁ)
そう考えると、幸せな気持ちが溢れ出てくる。
だけど、この時の俺は知らなかった。
アイリスが父の日を祝ってくれるのは、今年が最初で最後になる事を-ー
~6月編 後書き~
6月は、父の日を題材に書きました。その関係上、シン視点よりもアイリス視点の方が圧倒的に多くなりました。
アイリス視点は苦手なのですが、それでも全体的に良く書けたのではないかと思ってます。
次の7月は、シン視点とアイリス視点がバランスよくなるのではないかと思います。




