6月-ーアイリス。雨の日は家でお勉強会を(中編)
アイリス視点
それは、勉強中のわたし達に、お父さんが紅茶とお菓子を持って来てくれた時の事だった-ー
「みんな、お疲れ様。お茶とクッキーを置いておくから、好きな時にどうぞ」
そんな言葉と共に、わたし達3人に紅茶が入ったティーカップを配ってくれる、お父さん。
最後に、わたし達全員が取りやすいようにか、クッキーが入ったお皿をテーブルの真ん中に置くと、お父さんはすぐに立ち上がった。
きっと、わたし達の勉強の邪魔になると思って、部屋を出ていくつもりだったんだろう。
だけど、そんなお父さんを、モモちゃんが引き止めた。
「あっ、シンさん! よければ、この問題を教えてくれませんか?」
「ん? どれどれ…………あー、これはね-ー」
「す、すいません、シンさん。あたしも、ここを教えていただけませんか?」
「ああ、いいよ。これはね-ー」
モモちゃんとラナから、勉強を教して欲しいとお願いされた、お父さん。
当然だけれど、心優しいお父さんが、2人からのお願いを断るはずが無い。
お父さんは快く了承すると、2人と肩が触れ合いそうな程すぐ隣に膝を付き、教材を覗き込む為か2人に顔を寄せ-ーって、あ、あれ?
(? どうしてだろ? お父さんが2人に勉強を教えている所を見ていると、何故だか分からないけどモヤモヤしてきちゃう…………)
不思議に思い、首を傾げる、わたし。
が、すぐに、その理由に思い当たった。
(そっか…………。わたしは、2人にヤキモチを焼いているんだ…………)
お父さんの隣は、わたしの特等席なのに、って…………。
(…………むー! お父さんのバカ…………!)
理由に思い当たった事で、胸の中のモヤモヤが更に増したわたしは、頬っぺたをプクーっと膨らませて、お父さんにジトッとした視線を向ける。
と、そんなわたしに、2人に勉強を教え終わったお父さんが気付いたようだ。
「えーと…………アイリス? どうかした?」
「別に…………。それより、お父さん! わたしにも、ここを教えてくれないかな?」
どうしてか分からないけど、おそるおそるといった調子で問いかけてきたお父さんに、不機嫌さ全開で答える、わたし。
だけど、すぐに口調をいつものものに戻したわたしは、2人と同じように、お父さんに勉強を教えて欲しいとお願いしてみた。
(これで、お父さんはわたしの隣に戻って来てくれる!)
そう、思っていたのに-ー
「だめ。少しは自分で考えなさい」
答えは、まさかのNOだった。
「ちょっと!? モモちゃんとラナには教えたのに、何でわたしには教えてくれないの!?」
「前にも言ったでしょ、アイリス。俺はアイリスの父親であると同時に、冒険者の師匠でもある。そして、『冒険者は、たとえどんな状況に陥っても、絶対に諦めちゃいけない』って、そう教えたよね」
驚愕の声を上げて問い詰めるわたしに、淡々と答える、お父さん。
お父さんが言っている事は、理解は出来る。だけど、納得する事は出来なかったわたしは、唸り声を上げながら、お父さんにジト目を向ける。
「うぅ~…………! そうだけどぉ~…………!」
「? 珍しいね、アイリス。いつもなら、たとえ分からない問題でも、まずは自分で考えるのに。どうして今日に限って、すぐに聞いてきたの?」
「そ、それは…………! ~~ッ!」
キョトン、と。不思議そうに首を傾げながら、わたしに問いかけてくる、お父さん。
だけど、わたしはその質問に答える事が出来ず。恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染めて言い淀んでしまう。
(どうして、って-ーもうっ! 相変わらず鈍感なんだから、お父さんは!)
そんなの-ー
(お父さんが、モモちゃんやラナばかり構うからに、決まっているでしょ!)
とはいえ、そんな恥ずかしい事を、お父さんに-ーしかも、よりによってモモちゃんやラナが目の前に居る状況で、言えるはずがない。
なので、その代わりに-ー
「もう知らない! 教える気がないのなら、出ていってよ!」
わたしは勢いよく立ち上がると、お父さんを部屋から追い出す為、その大きくて広い背中を、グイグイと押し始めた。
一見すると、怒っているように見えるかもしれないけれど、そういう訳じゃない。
だって-ーわたしは、本当は分かっているから。
(お父さんが勉強を教えてくれなかったのは、わたしにイジワルをする為じゃ無い。わたしの事を大切に想っているからこそ、厳しく接してるんだって…………)
だから、これは単なる照れ隠し。半ば、じゃれているようなものだ。
そして、お父さんもまた、それを理解しているのだろう。
「わ、分かった分かった! 自分の部屋に戻るよ、アイリス!」
わざわざ両手を上げて分かりやすい降参のポーズを取りながら、わたしにされるがまま部屋の出入り口へと向かう、お父さん。
(きっと、お父さんなりに、わたしとの触れ合いを楽しんでくれているんだろうな)
そう考えると-ーふふっ。自然と、笑みが溢れちゃう。
(もー、仕方がないなー。こうして、お父さんと触れ合うのは、わたしも楽しいし-ーお父さんが、わたしの事を大切に想ってくれている事も分かったから、モモちゃんやラナばかり構っていたのは、許してあげるよ!)
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、お父さんとじゃれ合いを楽しむ、わたし。
だけど、わたしの部屋の出入り口は、すぐそこまで迫っていた。
(この幸せな時間も、もうすぐ終わっちゃうのか…………)
わたしが名残惜しい気持ちを感じていると、お父さんが出入り口の直前で立ち止まり、こちらを振り返ってきた。
お父さんも、わたしと同じ気持ちなのかな、と。そんな期待を抱く、わたし。
だけど、お父さんは、わたしより後方に目を向けた状態で、口を開く。
「モモちゃん、ラナちゃん。気にせず、ゆっくりしていってね」
「…………………………………………」
前言撤回。
やっぱり、お父さんは鈍感だ。
「もうっ! モモちゃんとラナばっかり構って…………お父さんのバカー!」
どうしてだろう?
お父さんは部屋を出る前に、お客様であるモモちゃんとラナに挨拶をしただけ。
そう分かっているのに、お父さんのその1言によって、先程の不機嫌さがぶり返してしまったわたしは-ー
-ードンッ!
と、一際強くお父さんの背中を押して、わたしの部屋から締め出してしまうのだった-ー




