6月-ーアイリス。雨の日は家でお勉強会を(前編)
アイリス視点
(父の日に何を贈るか、モモちゃんやラナに相談してみよう!)
6月の第1日曜日。お父さんと一緒にグリーンカーテンを作った後に、そう決めた、わたし。
幸い…………と言っていいかは微妙だけど、翌日の月曜日は売れ残り依頼があった。
なので、学校に行ったわたしは、早速その日のお昼休みに、モモちゃんとラナに相談を持ち掛けてみた。
「…………相変わらず、アイは父親の事が大好きなのだな。分かった。力になれるかは分からないが、あたしで良ければ相談に乗ろう」
「ありがとう、ラナ!」
わたしの申し出に真っ先に頷いてくれたのは、ラナだった。
女の子にしては短い黒髪に、男子顔負けの高い身長。そして、男勝りな口調の、ラナ。
そんな彼女らしい男前なセリフを聞いて、わたしは内心でホッと安堵の息を吐く。
(…………よかった。ラナ、相談に乗ってくれるみたい…………)
ラナのご両親は、お父さんの知り合いの冒険者であるエドさんとヴィヴィさんなんだけど…………真面目な性格のお母さんはともかく、不真面目な性格のお父さんの事は、あまり好きでは無いみたいで。
そんなラナに、父の日のプレゼントの相談を持ち掛けたのだ。もしかしたら断られちゃうかもと思っていたけれど、予想に反して快く頷いてくれた。
(これで、あとはモモちゃんだけだね!)
わたしは、もう1人の友人であるモモちゃんへと視線を向ける。
薄紫色の長い髪に、わたしと同じ位に小柄な身長。そして、同性のわたしから見てもドキッとする程の女の子らしい容姿をしている、モモちゃん。
男子からは学校のマドンナのようにチヤホヤされつつも、その持ち前の人懐っこい性格で女子の友達も多い。
そんなモモちゃんの事だ。ラナと違って、断られる心配は無いだろう。
と、そう思っていたのだけれど-ー
「…………………………………………」
モモちゃんはすぐには頷いてくれず、何かを考え込んでいる様子を見せている。
ラナの時は良い意味で予想外だったけど、こちらは悪い意味での予想外だ。
そう思っているのはわたしだけでは無いようで、ラナがモモちゃんに疑問の声を投げ掛ける。
「どうした、モモ。いつものお前なら、すぐに相談に乗ってあげるだろうに」
「あー、うん。もちろん、断るつもりは無いけど…………ふふっ。ねえ、アイちゃん」
ラナの問いかけに上の空な返事をした後に、わたしに声をかけてくる、モモちゃん。
(何だか、わたしに声をかける直前に、モモちゃんが妖しい微笑みを浮かべた気がしたんだけど…………気のせいかな?)
そんな事を考えつつ、わたしはモモちゃんに応じる。
「? なに、モモちゃん?」
「相談に乗る代わりに、アイちゃんにお願いがあるんだけど、モモに勉強を教えてくれないかな?」
申し訳なさそうな表情を浮かべて、わたしに勉強を教えて欲しいとお願いする、モモちゃん。
(そういえば、モモちゃんって勉強があまり得意じゃ無かったっけ…………)
まあ、それはともかくとして…………わたしとしても、タダで相談に乗ってもらうのは気が引けたので、モモちゃんの提案は渡りに船だった。
それに、わたしは『探求者』の2つ名を持つお父さんの弟子なんだ。勉強には自信がある。
なので、わたしは即座に頷いて、モモちゃんの提案を受け入れる。
「うん! もちろんだよ!」
「本当!? それじゃあ、近い内にアイちゃんのお家にお邪魔させてもらうね!」
「-ーへ? う、うん…………」
場所が学校では無く、わたしの家というのが気になったけど…………だからといって、特に不都合がある訳では無いので、わたしは少しの間を置いて頷いた。
が、モモちゃんの幼なじみでもあるラナが、訝しげな様子で疑問を呈す。
「ちょっと待て、モモ。勉強嫌いのお前が、勉強を教えて欲しいだと? いったい、どういう風の吹き回しだ?」
「やだなー、ラナちゃん。勉強を教えて欲しいのは、ウソじゃないよ。ただ-ーふふっ。どちらかと言えば、アイちゃんのお父さんとお近づきになりたいというのが、本音かなー!」
「-ーなっ!?」
ニヤリ、と。まるで小悪魔のような微笑みと共にそんな事を宣うモモちゃんの言葉を受け、わたしは驚愕の声を上げてしまう。
もちろん、モモちゃんがただ純粋な気持ちで、わたしのお父さんと知り合いたいと言うのなら、別に問題は無い。
だけど-ー
『それなら、いっその事-ーモモが、アイちゃんのお父さんを盗っちゃおうかな』
かつて冗談とはいえ、そんな事を言っていたモモちゃんの事だ。
(絶対に邪な理由で、お父さんに近付くつもりに違いない! 断固として、拒否しないと!)
そう考え、モモちゃんに抗議の声を上げようとした、わたし。
が、それよりも先に、モモちゃんが口を開く。
「あれー、アイちゃん。さっきは、お家にで勉強を教えてくれるって言ったのに…………まさか、ウソだったの?」
「-ーうっ!?」
からかい混じりのモモちゃんの指摘に、わたしは思わず言葉に詰まってしまう。
モモちゃんの言う通り、確かに約束はしたけれど…………今回はモモちゃんに騙されたような形なのだ。律儀に、約束を守る必要は無いと思う。
だけど-ーわたしは、お父さんの約束は必ず守るという姿勢を、尊敬しているんだ。
(それなのに、お父さんの娘であるわたしが、1度交わした約束を破る訳には、いかないよね…………)
と、いう訳で、わたしは渋々ではあったけれど、モモちゃんの交換条件を受け入れる。
「…………分かったよ。その代わり、わたしの相談も、ちゃんと聞いてよね!」
「うん、もちろんだよ! ありがとう、モモちゃん!」
わたしが頷いた瞬間、モモちゃんの表情に、大輪の花を思わせる満面の笑顔が咲いた。
(…………まったく。図々しいんだから、もう…………)
そう呆れてしまうものの…………モモちゃんの事を憎めないしキライにもなれないのは、それが彼女の魅力なのかな?
まあ、それはともかくとして-ーその後、ラナも交えて細かい予定を話し合った。
結果、次に売れ残り依頼が無かった日の夕方、学校終わりの2人を商店街に迎えに行って、それから、わたしのお家で勉強会と相談を一緒にする事になったのだった-ー
-ー
-ー-ー
-ー-ー-ー-ー
父の日の贈り物の相談も兼ねた、わたしのお家での勉強会。それが実現したのは、2日後の水曜日だった。
お父さんに友人を招く旨を伝え、冒険者の修行を少しだけ早く切り上げてもらったわたしは、約束通り、商店街で落ち合った2人を自宅へと案内していた。
「にゅふふ~。いやー、アイちゃんのお父さんに会うの、楽しみだなー」
わたしの右隣を歩きながら、ニヤニヤと微笑む、モモちゃん。
何だかモモちゃんが、いつもよりおめかしをしている気がするのは…………わたしの気にしすぎが原因で、そう見えるだけだろうか?
(…………うぅ。どうしてかな? 今のモモちゃんを見ていると、何だかモヤモヤしてきちゃう…………)
と、そんなわたしの様子に、左隣のラナが気付いたようだ。
モモちゃんに聞かれないようにか、わたしの耳元に顔を寄せる、ラナ。
そして、気遣わしげな様子で、こんな事を尋ねてきた。
「大丈夫か、アイ? もし、アイの気が進まないというのなら、今更だが中止にするか? モモには、あたしが言うが?」
「ラナ…………」
ラナの気遣いに、ジーンと感動した眼差しを向けるわたしだったけど…………間も無く、ある事に思い当たったわたしは、ラナに向ける視線をジト目へと変える。
「とか言いつつ、ラナも一昨日の時点では、モモちゃんを強く止めなかったよね。ラナも、わたしのお父さんに興味があるんじゃないの?」
「-ーうっ! そ、それは…………」
図星を突かれたのか、ワタワタと慌てふためく、ラナ。
そんなラナの様子が可笑しくて、わたしは思わず、プッと吹き出してしまう。
「あははっ。冗談だよ、冗談。ラナはモモちゃんと違って、わたしのお父さんがSランク冒険者だから興味があるんだよね?」
「も、もちろんだ! モモのような邪な理由では、決して無いぞ!」
「ちょっとー! 2人して、モモの悪口言ってない!?」
2人とそんな会話を交わしながら、歩くこと数分。
わたし達は西区を抜け、わたしのお家がある中央区へと差し掛かった。
冒険者ギルドや商店街があり賑かな西区とは違い、貴族や大商人の家が建ち並ぶ中央区は静かだ。
所謂、閑静な住宅街と呼ばれるエリアなのだけど-ーどうやら今日は、少しだけ趣が違ったようだ。
「結婚、おめでとー!」「お幸せにー!」「お嫁さん、キレー!」
中央区にある教会の前を通りかかった所で、突然たくさんの人達の声が聞こえてきた為、わたし達はそちらへと視線を向ける。
と、どうやら、ちょうど結婚式が催されていたようだ。教会の敷地内にあるチャペルの前には、タキシード姿の旦那さんと、ウェディングドレス姿のお嫁さんが。
そして、新郎新婦の周りには30人程の人が集まり、次々と祝福の言葉を投げ掛けていた。
その光景を眺めながら、わたしはポツリと呟く。
「そっか。6月って、父の日だけじゃなくて、ジューンブライドでもあるのか…………」
「なるほどー、だから結婚式をやってるんだねー。それにしても…………見てよ、ラナちゃん! ちょうど、雲の切れ間から差し込んだ夕陽がお嫁さんに当たっていて、とってもキレイで幻想的だよ!」
キャッキャと興奮した様子で、ラナの袖を引く、モモちゃん。
が、ラナの方は、冷静に空を見上げながら、応じる。
「そうだな、モモ。今日は生憎朝から雨だったが、少し前には雨も止んだし、まさに絶妙なタイミングだったな」
「…………ぶー。つれないなー、ラナちゃんは…………」
ラナの冷静な態度に、唇を尖らせる、モモちゃん。
だけど、本気で拗ねていた訳では無いようで、モモちゃんは再びお嫁さんの方に視線を移すと、うっとりと目を細め呟いた。
「それにしても…………お嫁さん、ホントにキレイだなー…………。憧れちゃうよ…………」
「…………まあ、そうだな…………。あたしも、柄では無いと思うが、幸せなお嫁さんには、憧れがあるよ…………」
照れくさそうに頬を染めながら、絞り出すような小さな声で、モモちゃんに同意する、ラナ。
(…………そっか。いつも男勝りな言動をとっているけど、やっぱりラナも女の子なんだね)
ラナのらしくない態度に驚きつつも、すぐに納得する、わたし。
だけど、わたしの中には、もう1つの驚きが残っていた。
それは-ー
(…………あれ? 変だな? お嫁さんに憧れる2人に、わたしは賛同する事が出来ない…………)
もちろん、わたしだって女の子だ。幸せなお嫁さんへの憧れは、年相応に-ーううん。
恋愛小説が好きだったお母さんの影響で、幸せなお嫁さんへの憧れは、2人以上と言っても決して過言では無い。
(それなのに…………どうしてだろ? 『ルル』の村に住んでいた頃は、あんなに幸せなお嫁さんに憧れていたのに、今はそれ程でもない気がする…………)
不思議に思い、首を捻る、わたし。
そんなわたしに、2人は気付いた様子は無く。うっとりとした表情のまま、モモちゃんが口を開く。
「いいなー…………。モモも早く結婚して、旦那さんと幸せな家庭を築きたいなー…………」
「-ーっ!」
どうして昔のように、幸せなお嫁さんへの憧れが無いのか。
モモちゃんの言葉を聞いた瞬間、わたしはストンと腑に落ちてしまった。
(…………ああ、そっか。結婚したら、わたしはお父さんの元を出ないといけないのか…………)
旦那さんの実家に行くか。それとも、旦那さんと新居で暮らすのか。
どちらにせよ、お父さんの元を離れないといけない事に、かわりはない。
(それなら、結婚出来なくても別にいいかな!)
だって-ー
(今のわたしにとっての幸せは、お嫁さんになる事じゃ無くて、お父さんとずっと一緒に暮らす事なんだから!)
自分でも親離れ出来てないなと思いつつ、そんな決意を固める、わたし。
そうする事で、心の中にあったモヤモヤがスッキリしたわたしは、未だに結婚式の様子を眺めている2人に声をかけて、先を促す。
「モモちゃん、ラナ。そろそろ、行こう?」
「…………そうだな、アイ。いい加減、行くか」
「ほら! モモちゃんも行くよ!」
「あっ! 待ってよー、アイちゃん!」
そうして、わたしは2人を連れ立って、大好きなお父さんが待つ自宅へと急ぐ。
「…………………………………………」
教会が見えなくなる直前、わたしは最後にもう1度だけ振り返り、幸せそうに微笑むお嫁さんに、自分の姿を重ねてみる。
だけど結局、わたしの隣に旦那さんが並んでいる姿をイメージする事は出来なかった。
(…………はぁ。わたし、一生独身かぁ…………)
未練が無いといえばウソになるけれど、こればっかりは仕方がない。
結婚して幸せなお嫁さんになる事と、大好きなお父さんとずっと一緒に暮らす事。
この2つを両立させる方法など、存在しないのだろうから-ー




