6月-ーアイリス。夏に備えてグリーンカーテンを作ろう(後編)
アイリス視点
グリーンカーテンを作り終え、その際に使用した道具を片付けた後、わたし達はそれぞれの部屋に戻る。
現在の時刻は、11時。一緒にお昼ご飯を作る約束をしたのは11時半なので、それまで各々の部屋でゆっくり過ごす事にした。
お父さんは別れ際、「約束の時間まで、小説の続きを読んでおいで」なんて言っていたけれど…………どうにも、小説を読もうという気分にはなれず。
わたしは、自室の南側に面した窓の窓枠に頬杖を突くと、たった今植えたばかりのトマトの苗を見下ろしながら、ボンヤリと物思いに耽っていた。
(わたし、グリーンカーテンを作っている時に、お父さんの人間味が薄い一面は、まだまだ完治していないって考えたけど…………本当は、分かっているんだ。お父さんがアサガオでは無く、トマトでグリーンカーテンを作ってくれたのは、わたしの事を想ってなんだって…………)
わたしがそう考えた根拠は、2つ。
1つは、グリーンカーテンを作る時に、お父さんが言っていた言葉だ。
『まあ、トマトは分類的に、ツル性の植物では無いんだけどね。でも、それに負けないぐらいツルが伸びるんだ。それなら、後々食べられる分、トマトの方が良いかと思ってね』
と、お父さんはそう言っていたけれど、ツルが長く伸びる野菜は何もトマトだけでは無い。
キュウリにナス、豆やピーマンだって、トマトに負けないぐらいツルが長く伸びるし…………そして、わたしが何より違和感を覚えたのは、6月も数日が過ぎたこのタイミングで、お父さんがトマトの苗を植えようとした事だ。
(本来、トマトの苗を植えるタイミングは4月の下旬から、遅くても5月の中旬のはずなのに…………)
まあ、わたしがトマトの苗を植える時期を知っていたのは、故郷である『ルル』の村では農業がほぼ自給自足だったからだけど…………とはいえ、わたしでも知っていた事を、物知りなお父さんが知らないはずがない。
(というか、6つのトマトの苗の内、2つの苗に花が咲いていたから、たとえ知らなくっても見たら分かるはず!)
それなのに、どうしてお父さんは、本来は植え付け時期を過ぎたトマトでグリーンカーテンを作ろうとしたのか?
その理由こそ、お父さんがわたしを想ってグリーンカーテンをトマトで作ってくれたと考える、もう1つ根拠でもあって-ーずばり、トマトが栄養豊富な野菜だからだと思うんだ。
『この辺では昔から、『トマトが赤くなると、医者が青くなる』って諺があってね。つまり、それぐらい栄養豊富な野菜って事だね』
そんな事を教えてもらったのは、お父さんに引き取られてまだ間もない日の事だったのだけど…………だからかな?
お父さんが作ってくれる料理には、かなりの頻度でトマトが食材として使われていた。
(…………まあ、正直に言うと、実はわたし、あまりトマトが好きじゃないんだけどね…………)
お父さんに子供っぽいと思われるのがイヤだから、内緒にしているけれど…………トマト独特の酸味はもちろん、噛んだ時に感じるグニュッとした感触も苦手で。
だからこそ、お父さんが頻繁にトマト料理を作る事を、わたしは内心で憂鬱に思っていたのだけれど…………1週間もしない内に、わたしのトマトに対する苦手意識は解消されてしまった。
と言っても、トマト自体が好きになった訳じゃ無い。あくまで『お父さんが作るトマト料理』が好きなんだ。
(だって、お父さんが作るトマト料理には、わたしが苦手なトマトの酸味も感触も、全然感じないんだもん!)
不思議に思ったわたしは、お父さんにその理由を尋ねてみた事がある。
たしか…………先月の頭ぐらいだったかな? お父さんと一緒に料理を作っていると、ちょうどトマトが出てきたから、いい機会だと思って尋ねてみたんだ。
「ねぇ、お父さん。お父さんが作るトマト料理って、トマト独特の酸味や感触を全然感じないよね。どうして?」
「実はね、アイリス。トマトは熱を通せば、旨味や甘味が増すんだ」
「えっ!? そうなの!?」
「ああ。それに、肉や魚の一緒に調理をする事で、トマトの独特な酸味を脂っこさを和らげるのに利用しているし…………あと、トマトの独特の感触に関しては、中のゼリー状の果肉や種が原因なんだ。だから、最初から潰して料理に混ぜる事で、それを気にならないようにしてるんだよ」
わたしが何気ない風を装って、雑談の延長のような雰囲気で質問したからかな?
いつものお父さんなら、わたしに対する気遣いを知られて照れる場面だと思うのだけど、あっさりと答えてくれた。
わたしは、それを聞いて納得すると同時に-ーお父さんの気遣いを知った事で、心がくすぐったい気持ちなったものだ。
そして、この時に感じた気持ちは、今この瞬間も-ーううん。それこそ、お父さんは毎日のように優しくしてくれるから、わたしの心は常にフワフワしていて、全く落ち着いてくれないんだ。
「…………もう。お父さんはホント、わたしに甘い-ーというか、ここまでくると、ただの過保護だよね」
ポツリ、と。窓の外のグリーンカーテンを見下ろしながら、呆れた風に呟くわたしだったけど…………もちろん、お父さんから優しくしてもらう事がイヤな訳では無い。
むしろ、嬉しいけれど…………だからといって、お父さんから無条件の愛情を貰ってばかりじゃダメだと思うんだ。
『1刻も速く1人前の冒険者になって、お父さんから貰ったものを何倍にもして返す』
『子供として、お父さんの後ろで守って貰うのでは無く、大人の女性として、お父さんの隣に並び立ちたい』
先月のキャンプの夜に、わたしは改めてそんな誓いを立てた。
だけど、それは決して、今この瞬間に何もしない言い訳では無いのだから-ー
「今のわたしじゃ、お父さんに大した物は返せないと思うけど…………うん! 些細な物でもいいから、日頃の感謝の気持ちを込めて、お父さんに何かをプレゼントしよう!」
そう決意した事で、先程までの雲がかってボンヤリとしていた心が、スッキリとした。
わたしは、晴れやかな気持ちでベッドに腰掛けると、早速お父さんに何を贈ろうかと考える。
が、わたしはすぐに、最も大前提となる問題に気が付いた。
それは-ー
「…………そもそも、わたしからの贈り物を、お父さんは受け取ってくれるかな?」
お父さんの事だ。何でもない日にプレゼントを贈っても、きっと遠慮して受け取ってくれないだろう。
と、なると-ー
「まずは、お父さんにプレゼントを受け取ってもらう為の口実を考えないとだね…………」
1番いいのは、誕生日のプレゼントととして贈り物をする事だけど…………お父さんの誕生日は、8月。
さすがに、2ヶ月以上も待つ訳にはいかない。
(あと、プレゼントを贈る記念日として最適なのは、クリスマスやお正月、バレンタインだけど…………全部、誕生日よりも先だしなぁ…………)
他に、プレゼントを贈る記念日として、いい日はないだろうか?
そう考えて、壁にかけられたカレンダーに目を向ける、わたし。
だけど-ー
「うぅ…………。そもそも6月って、記念日どころか祝日すら1日も無いからなぁ-ーって、あれ?」
日曜日以外、真っ黒な数字ばかりが並ぶカレンダーを見て、溜め息を吐きかける、わたし。
が、今日から丁度2週間後の日曜日の日付の下に、何か文字が書かれている事に気が付いた。
文字が小さくて見えなかったので、わたしはカレンダーに近付いてみる。
と、そこには、こんな文字が記されていた。
『父の日』
「そっか! 6月って、父の日があるんだ!」
物心ついた時からお父さんが居なかったから、すっかり失念してしまっていた。
「やった! 父の日としてプレゼントを贈れば、お父さんも遠慮せずに受け取ってくれるはずだよね!」
そう喜ぶわたしだったけど…………すぐに、次の問題に気が付いてしまった。
それは-ー
「お父さん、何をプレゼントしたら喜んでくれるんだろう…………?」
お父さんは、世界に5人しか居ないSランク冒険者の1人だから、お金は余るほど持っている。
そんなお父さんに対して、わたしは? お父さん、わたしに甘いから、おこづかいは同年代よりも貰っているけれど、それでも常識の範囲内だ。
毎月、決まった額を貯金しているけれど…………たとえ貯金を取り崩しても、お父さんに見合った高価な物は買えないだろう。
(そうなると、何かを手作りするのが1番なんだろうけど…………わたし、裁縫とか出来ないからなぁ)
他に手作りと聞いて思い浮かぶのは…………料理、かな。
毎日のようにお父さんに習っているおかげで、以前よりスキルアップしているとは思う。
だけど…………お父さんの腕前には、遠く及ばない。
(もぅ…………! お父さん、ホント完璧すぎるよ…………!)
こんな事なら、お母さんにもっと色々な事を習っていれば良かったな。
そんな後悔をしつつも、プレゼントのアイデアを考え続ける、わたし。
だけど、良いアイデアは何も思い付かず。気が付けば、一緒にお昼ご飯を作る約束をした11時半が迫っていた。
(仕方がない。とりあえずキッチンに向かうとして、プレゼントについては…………そうだ! 誰かに相談してみるのはどうだろう?)
相談する相手として、真っ先に思い浮かんだのはフィリアさんだけど…………ギルドに行く時はお父さんも一緒だから、内緒でフィリアさんに相談するのは難しい。
(と、なると…………モモちゃんやラナに相談してみようかな! 学校なら、お父さんに聞かれる心配も無いし!)
王都で新しく出来た友人の顔を思い浮かべながら、とりあえず保留の結論を出す、わたし。
そして、わたしは気持ちを切り替えると、大好きなお父さんと一緒にお昼ご飯を作る時間を楽しもうと、ウキウキした心持ちでキッチンへと向かうのだった-ー




