6月-ーアイリス。夏に備えてグリーンカーテンを作ろう(中編)
アイリス視点
お父さんも言っていたけれど、わたしの部屋には南側に面した窓が2つある。
それに対して、お父さんが持って来たプランターは1つ。なので、お庭で合流したわたし達は、残り1つのプランターを運ぶ為、一緒にハーブ類を育てているスペースへと向かう。
「-ーうん、しょっ! …………う、うーん…………!」
「ちょ、ちょっと、アイリス!? 土が入ったプランターをアイリスが持ち上げるのは、さすがに無茶だよ! プランターは俺が運ぶから、アイリスは苗とかスコップをお願い」
「う、うん…………。お願い、お父さん」
「ああ」
お父さんにいい所を見せようと、ハーブ類を育てているスペースに置かれていたプランターを運ぼうとしたわたしだったけど…………空のプランターならともかく、土がいっぱいに入ったプランターは、わたしが持ち上げるには重すぎた。
なので、ここは素直にお父さんに甘えて、わたしは脇に置かれていた6つの苗の内、2つを手に取る。
「-ーよいっしょっと!」
そんな掛け声と共に、プランターを持ち上げる、お父さん。
(やっぱり、お父さんも男の人なんだなぁ。わたしが全く持ち上げられなかったプランターを、軽々と持ち上げてる…………)
そんな感想を抱きながら、プランターを抱えたお父さんと一緒に、自分の部屋の窓まで苗2つを運んで行く、わたし。
が、その途中、わたしは自分の頬が、ほのかな熱を持っている事に気が付いた。
(へ、変だな!? どうしてか分からないけれど、お父さんを見ていると、どんどん頬が熱くなってきちゃう)
戸惑いつつも、お父さんと一緒に、自分の部屋の窓まで荷物を運び終える、わたし。
と、お父さんは抱えていたプランターを地面に降ろすと、額に流れる汗を手の甲で拭いつつ、わたしに声をかけてきた。
「-ーよいっしょっと! …………ふぅ。それじゃあ、アイリス。残り4つの苗と、スコップ2つを取りに行こうか」
「う、うん!」
重たいプランターを運ぶ事に、集中していたのだろう。お父さんは、わたしの頬が赤くなっている事に、気が付いていないようだ。
わたしは内心でホッと安堵の息を吐くと、お父さんの提案に従って、もう1度ハーブ類を育てているスペースへと向かう。
「うーん…………。俺とアイリスの2人だと、苗4つとスコップ2つを1度に運べないね。とはいえ、もう1往復するのは面倒だし…………スコップは『収納』に仕舞って、苗を2つずつ運ぼうか」
「うん!」
という事で、わたし達はお互いの『収納』にスコップを仕舞うと、苗を2つずつ手に取って来た道を引き返して行く。
その途中、わたしはもう1度、お父さんを見つめてみたけれど…………先程とは違って、わたしの頬は熱くならなかった。
(? 変なの? さっきと今で、いったい何が違うんだろ?)
お父さんと一緒に苗を運びながら、内心で首を傾げる、わたし。
が、その答えは分からないまま、わたしは自分の部屋の窓まで辿り着いてしまった。
仕方がないので、わたしは気持ちを切り替えて、グリーンカーテン作りに集中する事にしたのだけれど…………その前に、お父さんに1つの指摘をさせてもらう事にした。
「ところで、お父さん。お父さん、グリーンカーテンの説明の時に『窓の側で、アサガオなどのツル性の植物を育てる』って言っていたよね」
「ああ」
「だけどこれ、アサガオの苗じゃ無くて、トマトの苗だよね」
「おっ、正解だ。よく分かったねー、アイリス」
-ーナデナデ
右手に持ったトマトの苗を掲げながら、お父さんにそう指摘する、わたし。
どうやら正しかったようで、お父さんは両手に持ったトマトの苗を地面に置くと、わたしの頭を撫でて褒めてくれた。
(えへへ~! 相変わらず、お父さんのナデナデは気持ちいいな~)
そのあまりの気持ちよさに、わたしは自然に目を細めると、体からふにゃふにゃと力を抜いて、お父さんからのナデナデを受け入れる。
が、あまりにも力を抜きすぎてしまったようだ。
「-ーって! わっ、わっ!?」
お父さんのナデナデに夢中になるあまり、わたしは危うく両手に持っていたトマトの苗を落としそうになってしまった。
慌ててトマトの苗を持ち直した事で、何とか落とさずに済んだのだけど…………お父さんがクスクスと笑っている事に気が付いて、恥ずかしさのあまり、わたしの頬はカッと熱くなってしまう。
「も、もうっ! 笑わないでよ、お父さん!」
本当なら、お父さんに詰め寄って、照れ隠しにポカポカと叩きたいのだけれど…………両手にトマトの苗を持っている状態では、それは出来ない。
なので、わたしはその代わりに、お父さんをジト目で睨み付ける。
-ージーッ
「ごめん、ごめん。…………で、アイリス。アサガオの苗の代わりに、トマトの苗を植える理由だけどね-ー」
わたしが怒っているのを見て、あからさまな話題転換をしてくる、お父さん。
まあ、わたしも別に本気で怒っていた訳では無いので、すぐに怒りを引っ込めて、お父さんの話に耳を傾ける。
「まあ、トマトは分類的に、ツル性の植物では無いんだけどね。でも、それに負けないぐらいツルが伸びるんだ。それなら、後々食べられる分、トマトの方が良いかと思ってね」
「そっか。何だか、お父さんらしい理由だね」
「? そうかな?」
「そうだよ」
どうやら、お父さんに自覚は無いようで、わたしの指摘を受けて、キョトンと首を傾げている。
わたしは頷きつつも、以前、フィリアさんに聞いた話を思い出す。
『そういう所があるのよ、シンさんには。感情よりも、効率を優先するというか』
『シンさんはね、人間味が薄いのよ』
と、フィリアさんは、こう言っていた。
後々食べられるからという理由で、アサガオよりもトマトを選んだのだ。
どうやら、お父さんの人間味が薄い1面は、まだまだ完治していないようだ。
(まあ、別にいいけどね。完治していないとはいえ、少しずつ改善されてきているし)
異常に栄養のバランスを気にして、食事の内容を決める所は変わっていないけれど…………食後には、『ジュエリーボックス』で買ったデザートを、わたしと一緒に食べてくれるようになったし。
それに、4月の終わり頃にフィリアさんが言っていたのだけれど…………なんとお父さんの方から、フィリアさんに友達になって欲しいとお願いしてきたらしい。
その事が、余程嬉しかったのだろう。フィリアさんは、まるで小さな子供のような天真爛漫な笑顔で、わたしに報告してくれた。
(だから、ゆっくりでも大丈夫! 別に焦らなくても、わたしとお父さんは、父娘としてずっと一緒なんだから!)
そう結論付けたわたしは、逸れかけてしまった話題を元に戻す為、未だに不思議そうにしているお父さんに声をかける。
「ふふっ。別に深い意味なんて無いんだから、そんなに気にしないでよ、お父さん。それより、早くグリーンカーテンを作っていこう! ねっ!」
「え…………あ、ああ。それじゃあ、アイリス。プランター1つに、苗を3つずつ植えていこうか。こっちのプランターは俺がするから、そっちのプランターはアイリスがお願い」
「うん! 任せて、お父さん!」
お父さんの指示に従い、わたし達は二手に別れて、苗の植え付けを行っていく事になった。
わたしは、自分の担当のプランターの前にしゃがみ込むと、『収納』から取り出したスコップで穴を掘り、そこに苗を植え付けていく。
と、そんなわたしを見て、お父さんが感心したような声を上げる。
「おっ。なかなか手際がいいね、アイリス」
「そ、そうかな?」
なんて素っ気ない態度を取りつつも、お父さんから褒めてもらえた事で、わたしの口元はついつい綻んでしまう。
(えへへっ! 『ルル』の村で、よく農作業のお手伝をしていて、良かった~)
おかげで、お父さんに手際のよさを褒めてもらえたし…………お父さんには言っていないけれど、これがトマトの苗だと見抜けたのも、そのおかげだ。
「ふんふんふーん」
この短い時間に、お父さんから2回も褒めてもらえて。すっかりご機嫌になったわたしは鼻歌を口ずさみながら、残る2つのトマトの苗を植え付ける。
そして-ー
「-ーよし! これで、完成! 手伝ってくれて、ありがとね、アイリス。おかげで、予定よりも早く終わったよ!」
「ううん。わたしこそ、ありがとうだよ、お父さん!」
最後に、トマトのツルを這わせる為、窓とプランターの間に格子状のトレリスを立て掛けて、グリーンカーテン作りは完了したのだった-ー




