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6月-ーアイリス。夏に備えてグリーンカーテンを作ろう(前編)

アイリス視点

今日は、6月になって迎える初めての日曜日。

先月、お父さんとキャンプ中に交わした約束通り、今日は勉強も修行もしない、お休みの日だ。

そして、今日は緊急性が高い売れ残り依頼は無かったので、お父さんもお休みの日。

売れ残り依頼が無い事を確認した後、まっすぐにお家に帰って来たわたし達は、一緒にお昼ご飯を作る約束をした11時半まで、各々(おのおの)の部屋でゆっくり過ごす事にした。


(今の時間は、10時ちょっと過ぎか…………。約束の時間まで、まだ1時間以上あるし、この前おこづかいで買った小説の続きでも読んでいようかな)


そう決めたわたしは、机の上に置いていた小説を手に取ると、ベッドに腰掛けて栞を挟んでいたページを開き、続きを読み進めていく。


「…………………………………………」


そのまま、物語の世界へ没頭していく、わたし。が、20ページ程を読んだ所で、窓の外からお父さんの声が聞こえてきた為、顔を上げる。


「よいしょ、よいしょ」


窓から外を覗くと、お庭のハーブ類を育てているスペースに置かれていたプランターを抱えたお父さんが、わたしの部屋がある方向へと歩いてくる所だった。


(? お父さん、何をしているんだろう?)


気になったわたしは、お父さんに声をかけようと閉じていた窓を開き、窓枠に両手を付いて身を乗り出す。

が、窓を開く時の音に、お父さんが気付いたようだ。顔を上げて、わたしと目が合ったお父さんは、申し訳なさそうな表情を浮かべて謝ってきた。


「あー、ごめんね、アイリス。もしかして、うるさかった?」


「ううん。そんな事ないよ、お父さん。ただ、何してるのか気になっただけ」


「これ? これは…………あー、いや。ちょっと待ってね、アイリス。置いちゃうから」


わたしの質問に答えてくれようとしたお父さんだったけど、たっぷりの土が入ったプランターを抱えたままなのは、キツかったのだろう。

そう言って、再度わたしの部屋へと向かって歩き始める、お父さん。

そして-ー


「-ーよいしょっと!」


お父さんは、わたしの覗く窓から1メートル位離れた場所にプランターを置くと、改めて説明を始めてくれた。


「いや、さ。何日か前に5月も終わって、大分(だいぶ)暑くなってきただろう?」


「うん」


確かにその通りで、最近めっきり暑くなってきたので、わたしもお父さんも半袖で過ごす事が多くなってきていた。


(現に今も、重い物を運んだせいか、お父さんの額に汗が流れているし…………)


と、わたしの視線で、自分の額に流れる汗に気付いたようだ。

お父さんは苦笑を浮かべなから手の甲で額の汗を(ぬぐ)うと、話を続ける。


「もうすぐ梅雨に入るから、そうすれば多少はマシになるかもしれないけど、梅雨が明ければ夏本番だからさ。アイリスの部屋には、南側に面した窓が2つあるし、今のうちにグリーンカーテンを作っておこうと思ってね」


「? グリーンカーテン?」


聞き慣れない単語に首を傾げる、わたし。

その仕草で察してくれたのだろう。お父さんが、グリーンカーテンに関する説明を始めてくれた。


「グリーンカーテンはね、植物で作る天然のカーテンの事だよ。具体的には窓の側で、アサガオなどのツル性の植物を育てるんだ。そうする事で、成長した植物が窓を(おお)って、陽射しを遮ってくれるだ」


「へー! そうなんだ!」


お父さんの相変わらずの博識ぶりに、歓声をあげる、わたし。

が、すぐに1つの疑念に気が付いた。


(…………でも、陽射しを遮るだけなら、わざわざグリーンカーテンを作らなくても、普通にカーテンを使えばいいんじゃないかな?)


そう思ったわたしは、窓の内側にかけられたレースのカーテンをヒラヒラ揺らしながら、お父さんに指摘してみる。

すると-ー


「たしかに、その通りだね。だけど、グリーンカーテンを作る利点は、もう1つあってね。…………ところで、アイリスは『蒸散』って知ってるかな?」


「え、えっと…………。たしか、根っこが吸収した余分な水分を、葉っぱから水蒸気として出す事、だよね…………」


突然のお父さんの質問に戸惑いつつも、先日(せんじつ)学校で習った事を思い出しながら答える、わたし。

どうやら正しかったようで、お父さんはコクリと頷いた。


「おっ、正解だ。…………それにしても、『蒸散』なんて難しい言葉を知っているとは。凄いなぁー、アイリスは」


驚いた表情を浮かべ、わたしの頭へと腕を伸ばしてくる、お父さん。


(やった! お父さんから頭を撫でてもらえる!)


そう察したわたしは、お父さんが頭を撫でやすいようにと、窓から更に身を乗り出していく。


-ーナデナデ


「えへへ~!」


お父さんから優しく頭を撫でて貰えて、幸せのあまり蕩けきった微笑みを漏らしてしまう、わたし。


(ま、まあ、数日前の授業で偶然、『蒸散』について習った事は、お父さんには内緒にしていようかな。その方が、お父さんからより褒めてもらえるだろうし…………)


そんな、ちょっとだけズルい事を考えながら、お父さんからのナデナデを堪能する事、1分弱。

お父さんは、わたしの頭から手を離すと、グリーンカーテンの利点についての説明を再開させた。


「じゃあ、グリーンカーテンの説明に戻るね。…………といっても、さっきのアイリスの蒸散の説明で、ほとんど答えを言っているようなものなんだけどね」


「え? そうなの?」


「ああ。アイリスの説明通り、植物は根から吸収した水分を、葉から水蒸気として放出する。そのおかげで、グリーンカーテンの周りの温度が下がるんだよ」


「そっか! そういえば、そうだよね!」


お父さんの言う事は(もっと)もで、目からウロコが落ちた気分で頷く、わたし。

そんなわたしに、お父さんは更に説明を続ける。


「それに、風の方向しだいでは、窓の外のグリーンカーテンで冷やされた空気が、室内に入ってくるしね。それが、カーテンには無い、グリーンカーテンならではの利点かな」


最後にそう付け加えて、グリーンカーテンの利点についての説明を終える、お父さん。

お父さんの説明はとても分かりやすく、わたしの胸の中にあった疑念はすっかり解消されてしまった。

その代わりに、わたしの心の中を満たすのは、お父さんの優しさに触れた事による、ポカポカとした温かな感情だった。


(いつもありがとう、お父さん。…………大好きだよ)


なんて、想像しただけでも頬が熱くなってしまったので、大好きなお父さんに感謝の言葉を伝える事は出来ない。

なので、わたしはその代わりに、お父さんに作業の手伝いを申し出たのだけれど-ー


「ううん。そもそもこれは、俺が勝手にやっている事なんだからさ。折角の休日だし、アイリスはのんびりしておきなよ」


と、お父さんはフルフルと首を振って、わたしの申し出を断ってしまった。

きっとお父さんは、わたしが気を遣って手伝いを申し出たと思っているんだろう。お父さんらしい勘違いだ。


(わたしにとってお父さんと過ごす時間は、何事にも代えられない大切な時間なんだもん! 気を遣っているどころか、むしろワガママ全開だよ!)


という訳で、今回ばかりはお父さんの言う事を素直に聞かず、わたしはワガママを続ける事にした。


「ううん。別に疲れている訳じゃ無いから大丈夫だよ、お父さん。それに、お父さんがグリーンカーテンを作ろうとしているのは、わたしの為でしょ? なら、わたしにも手伝わせてよ!」


「うーん…………でもさ、アイリス」


と、そこで一旦(いったん)言葉を区切り、わたしの左手を指差す、お父さん。

それに釣られて、わたしが自分の左手に視線を移したタイミングで、お父さんは言葉を再開させる。


「アイリス、何か小説を読んでいたんでしょ? 続き、読まなくて大丈夫?」


「え…………。~~ッ!」


お父さんの指摘通り、わたしの左手と窓枠との間には、小説が握られていた。

それは、わたしが先程まで読んでいた小説で-ーそれを認識した瞬間、わたしの頬はカーッと、急激に熱くなってしまった。

というのも、わたしが先程まで読んでいた小説は、実は恋愛小説で-ーしかも、その内容はよりによって、わたし位の年齢の女の子が、一回り年上の男の人に恋をするというモノなのだ。


(べ、別に、こういうジャンルが、わたしの趣味って訳じゃ無いよ!? 恋愛小説を手に取ったのは、お母さんがこういう小説が好きだったからだし! ジャンルが年の差モノになってしまったのは、わたし位の年齢の女の子を対象にした小説に、年上の男の人と恋愛をするお話が多いからだし! だ、だから-ーわたしがこの小説を手に取ったのは、偶々(たまたま)! 仕方なくなんだからね!)


と、よほどパニックになっているのか、心の中で1人(ひとり)言い訳をしてしまう、わたし。

幸い、小説にはブックカバーが付いているから、タイトルから内容を推測される事は無いとは思うけど…………とはいえ、お父さんが小説の内容に興味を持って、わたしに内容を尋ねてこないとも限らない。

なので、わたしは慌てて小説を背中に隠しつつ、話題を元に戻す事にした。


「う、ううん! 別に、今すぐ読みたい訳じゃ無いから、大丈夫! だから、わたしにも手伝わせてよ! ねっ!」


「? あ、ああ…………? それじゃあ、一緒にやろうか」


「う、うん! すぐにお庭に行くから、待っててね!」


自分でも、挙動不審だなーって思う。

お父さんも、わたしの様子を見て不思議そうにしていたけれど、幸い追及される事は無く。わたしの申し出を了承してくれた。

わたしは、心の中で安堵の息を吐くと、お父さんに待っててもらうよう伝えてから、急いで部屋を出て玄関へと向かう。

背後で、お父さんが「急がなくても、大丈夫だよー」と言ってくれていたけれど、心の中の気恥ずかしさが未だに落ち着いていなかったわたしは、それを振り払うかのように大急ぎでお庭へと向かうのだった-ー


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