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5月-ーアイリス。寝つけない夜に、1日を振り返って

アイリス視点

お父さんと『日曜日と祝日は休みの日にする』という約束を交わした、あの後-ー

夜の8時を過ぎていた事もあり、流石に肌寒さを感じ始めたわたし達は、あの後すぐにテントへと戻り、昨日購入した寝袋に(くる)まった。

とはいえ、いくらなんでも眠るには早い時間だったので、わたしとお父さんは狭いテントの中で隣り合って横になり、しばらくの間お喋りをして過ごした。

そうして、2時間ほどの時間が流れた、夜の10時。話が一段落したタイミングで、お父さんが切り出してきた。


「それじゃあ、アイリス。今日は1日(じゅう)山の中を歩き回って疲れただろうし、ちょっとだけ早いけど、そろそろ寝ようか」


「…………うん。おやすみなさい、お父さん」


「ああ。おやすみ、アイリス」


本音を言えば、もう少しだけお話ししていたかったけれど、お父さんの言う事は(もっと)もだったので、わたしは素直にお父さんの言に従って、眠る事にした。

お互いに「おやすみなさい」と挨拶をした後に、枕元に置いていた携帯用の照明の魔道具の灯りを消す、お父さん。

そうして、真っ暗になったテントの中で、わたしとお父さんは目を(つぶ)り、眠りに就いたのだった-ー


-ー

-ー-ー

-ー-ー-ー-ー


の、だけれど-ー


(…………………………………………う、うぅ…………。全然、眠れないよぉ…………)


お父さんが枕元に置いてくれていた懐中時計を確認すると、時間は日付が変わる30分前。

あれから1時間半もの時間が経っているというのに、わたしは未だに眠りに着く事が出来ないでいた。


(お父さんの言う通りで、体は疲れているし…………いつもなら、すぐに眠りに就けるのになぁ…………)


そんな事を考えつつも、眠りに就けない理由については、すでに分かっていた。

ゴロン、と。わたしは寝返りを打って、その原因となっている左隣に体を向ける。

そこには、わたしの大好きな、お父さんの寝顔があって-ー


(~~ッ!)


目と鼻の先にあるお父さんの顔に視線を移した瞬間、わたしの頬がカアアァッと、まるで沸騰したかのように急激に熱くなる。

わたしは慌てて寝返りを打って、反対の右隣に体を向けて、ギュッと目を瞑る。

そうする事で、少しは頬の熱が落ち着くと思ったのだけれど-ー


(だ、駄目だ! 視界を遮ってしまった分、お父さんの感触や(にお)いを、余計に感じちゃってるよぉ…………!)


感触と言っても、以前のように同じベッドで寝ていた時とは違って、今日は別々の寝袋に入っているのだから、直接的に感触を感じる訳じゃない。

だから、感触(そっち)の方は何とかなるとして、問題なのは-ー


(な、何だか、いつもよりちょっとだけだけど、お父さんの匂いが濃い気がする…………)


原因は多分、お父さんが温泉に浸からなかったから。


(お父さん、「俺が温泉に浸かっている間に、もし熊が出たらアイリスを守れない」って言って、入浴しなかったたからなぁ…………)


その分、濡れタオルで体を拭いていたけれど…………お父さん、わたしとは違って、その辺が大雑把だから。

お父さんが体を拭いている間、わたしは恥ずかしくて視線を逸らしていたから分からないけど…………そんなに時間はかからなかったから、しっかりとは拭かなかったんだと思う。

それでも、普段なら気にならないレベルの匂いだと思うけど…………この狭いテントの中で隣り合って横になっている状況では、どうしても敏感に匂いを感じ取ってしまう。


(もちろん、お父さんが汗臭いとか不快だとか、そういう訳では無いよ!)


以前は、お父さんと同じベッドでずっと一緒に眠っていたからかな? お父さんの匂いを嗅いでいると、何だか安心する。

いや、むしろ-ー


(今は、お父さんの匂いを嗅いでいるとドキドキと-ーって、何をはしたない事を考えてるの、わたし!?)


い、イケない! ずっと目を瞑って視界を遮っていたからか、思考が変な方向に行ってしまっていた。

わたしは慌てて目を開くと、仰向けになって首をブンブンと大きく振る。

そうする事で、熱くなっていた頬と、変な事を考えていた頭が少しだけ冷えてきた。


(-ーって、頭が冷えたおかげで気が付いたけど、わたしがドタバタ騒いでしまったせいで、お父さんを起こしちゃったんじゃないかな!?)


心配になったわたしは、今1度お父さんが横になっている左隣を-ー先程のように体全体では無く、今回は視線だけをチラッと向ける。


「…………すー…………」


だけど、どうやらわたしの心配は杞憂だったようだ。

お父さんに起きた様子は無く、仰向けで横になって静かな寝息を立てていた。


(…………ふぅ。よかった。起こしちゃってはいないみたい…………)


ホッと安堵の息を吐く、わたし。が、気が付けばわたしは、気持ちよさそうに眠っているお父さんを、羨望の眼差しで眺めてしまっていた。

だけど、それも仕方がないと思うんだ。だって、こうして1時間半もの間眠れないわたしと違って、お父さんは照明を消して10分たらずで寝息を立て始めて-ーって、どうしてだろう?

何故かは分からないけれど、思い返していたら、ちょっとだけムッときてしまった。


(…………むー…………。わたしは恥ずかしいやら照れくさいやらで全然眠れないというのに、お父さんはすぐに眠りに就いちゃって…………。もうっ! 相変わらず鈍感なんだから、お父さんは!)


自分でも理不尽だなーとは思う。だけど、すっかり拗ねてしまったわたしは-ー


-ーツンツン


と、お仕置きとばかりにお父さんの頬っぺたを、起こしてしまわないよう力加減に気を付けつつも、突っついていく。

だけど、それでもムカムカが収まらなかったわたしは、頬っぺたを突っつく作業を継続させつつも、今までのお父さんの言動を思い出しては、心の中で悪態を吐いていく事にした。


『そして、さ。今日のキャンプに負けない楽しい思い出を、これからも作っていこう? ねっ!』


鈍感なお父さんの事だ。

このセリフで、わたしがどれだけ嬉しかったか。どれだけ、わたしの心が弾んだか。お父さんはきっと理解していないだろう。

そして-ー


『なら-ーこれからは、日曜日と祝日は、勉強も修行もしない休みの日にしない?』


どうして、わたしが今日まで、1日も休みの日を作らず勉強や修行を頑張ってきたのか。

その真意もまた、お父さんは理解していないのだろうな…………。


-ーツンツン


(もうっ! お父さんの、鈍感! わたしがどうして、1日も休みの日を作らずに勉強や修行を頑張ってきたと思ってるの!? 1刻も速く、お父さんのような1人前の冒険者になりたいから、だよ!)


わたしは、お父さんから引き取られたばかりの頃に、心の中で立てた誓いを思い出す。

『Sランク冒険者になって、お母さん達を殺した『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』に復讐を果たす』。そして、『シンさんから受けた恩は、形ある物も形の無いものも、何倍にもして返す』。わたしは確かに、こう誓った。

血染めの髑髏(ブラッディスカル)』に関しては、お父さんが代わりに倒してくれた事で、わたしの復讐は終わった。

だけど、お父さんから受けた恩は、まだまだ全然返せていない。むしろ今日までの間に、わたしはお父さんから沢山の大切なものを貰ってばっかりだ…………。


(だからこそ、わたしはこんなにも頑張っているんだよ!)


……………………なーんて、ね。

立派な事を言ってみたけれど、こんなのはただの口実-ーって、そう言うと、誤解されちゃうね。

もちろん、お父さんへ恩を返す事も、()せる事のない大切な動機だ。

だけど、わたしの中には、お父さんに恩を返す事よりも、もっと大きな動機があるんだ。


(それは、ね。1刻も速く、お父さんのような1人前の大人になりたいから、だよ!)


子供として、お父さんの後ろで守ってもらうのでは無く。大人の女性として、お父さんの隣に並び立ちたい。

どうしてかは分からないけれど、わたしはいつの頃からか、そう強く考えるようになっていたんだ-ー


(だからこそ、わたしはこんなにも頑張っているというのに、休みの日を作ろうだなんて…………。本当、鈍感なんだから…………)


-ーツンツン


お父さんの頬っぺを突っつきつつも、わたしは自分の頬をプクーッと膨らませる。

だけど、それも長くは続かず。わたしの頬はすぐに(しぼ)んでしまった。


(…………はぁ。とはいえ、お父さんの隣に並び立つ大人の女性になるには、まだまだたくさん頑張らないといけないんだろうな…………)


元から、達成する事が難しい高すぎる目標だとは思っていた。だけど、今日1日のキャンプを通じて、わたしはお父さんの凄さを改めて実感した。

知識の面では、テントを張るのに適した場所や、川で魚を釣るポイントなど。サバイバルに必要な知識だけはもちろん、星や神話に関する事まで知っていたし。

技術の面では、わたしが苦戦していたテントや(かまど)の組み立て方をとても分かりやすく教えてくれて、頼りがいを感じた。

料理に関しては、言わずもがな。わたしがあまり好きでは無かった山菜でさえ、お父さんはとても美味しく調理してくれた。ニジマスはシンプルに塩焼きだったけど、その(ぶん)焼き方を工夫して、焚き火の火力を強くして遠火で焼いていた。お父さん曰く、そうする事で身がふっくらと焼き上がるらしい。

性格はとても優しく、キャンプ初心者であるわたしの為に、難易度が低い山を選んでくれたり、真っ先にテントを張ろうとしたりと気遣いも-ー


「あっ、そうだ。気遣いで思い出したけど、お父さん『創造・大地(クリエイト・アース)』の魔法で、テントの下の地面を平らにして、残っていた小石を砕いてくれたでしょ?」


タイミングは多分、夕食を食べ終えて、わらびのアク抜きの為に、わたしがテントを出た直後、かな?

今思えば、わたしがテントを出てから、お父さんがテントを出てくるまでに、僅かな間があった気がするし-ーそれ以前と以降では、明らかにテントの下の地面の感触が変わっている。


「だから-ー今更だけど、ありがとう、お父さん。おかげで、地面に横になってるとは思えないぐらい、寝心地がいいよ」


すぐ隣で眠っているお父さんを起こしてしまわないよう、小さな声でお礼を伝える、わたし。

だけど、そんな感謝の言葉とは裏腹に、わたしはニヤニヤとイジワルな微笑みを浮かべると-ー


(ふふふっ。照れ屋なお父さんの事だから、わたしに内緒で気遣かってくれたと思うんだけど…………残念だったね! わたしは、お父さんみたいに鈍感じゃ無いから、すぐに気付いたよ!)


この、優しくも不器用なお父さんの頬っぺたを、再び突っつき始めた。


-ーツンツン


「…………う、うーん…………」


と、さすがに突っつき過ぎたかな?

お父さんは寝苦しそうに身じろぎをすると、小さな(うめ)き声を漏らした。


(イケない、イケない。これ以上突っついたら、お父さんを起こしちゃう。いい加減、離さないと)


そう思うのだけれど…………わたしの指は、お父さんの頬っぺたを突っついた状態で、固まってしまっていた。

だって-ーまるで、小さな子供がむずかるかのようなお父さんの寝顔が可愛くて、見惚れてしまっていたから。


(ふふっ。やっぱり、普段の頼りがいのあるお父さんも格好よくて好きだけど、こういう可愛らしい1面も、それはそれで好きだなー)


山を登り始めたばかりの頃にも思った事だけど、お父さんにこういう可愛らしい1面がある事を知っているのは、わたしやフィリアさんといった極々限られた人だけで。

そしてなにより、お父さんのこの可愛らしい寝顔を見る事が出来るのは、世界でただ1人、わたしだけ。

そう考えると-ー何だろう? わたしの中の何かが、満たされた気持ちになる。


(? どうしてだろう? 心がポカポカと温かく-ーううん。熱く、なってきた)


今わたしが感じている感情は、いったい何と表現されるのだろうか?


(母性? …………とは、ちょっと違う気がする…………)


そんな風に、わたしが今まで感じた事の無い、未知の-ーそれでいて、どこか心地よい感情を感じていると-ー


「…………ふぁ…………」


と、わたしの口から欠伸(あくび)が漏れる。

どうやら、知らず知らずのうちに、眠気を感じ始めていたようだ。


(…………んん…………。今、何時だろ?)


わたしは、お父さんの頬っぺたから指を離すと、枕元に置いている懐中時計に視線を移す。


(もうすぐ12時か…………。ちょうどキリがいい時間だし、そろそろ寝ようかな)


わたしが感じている感情の正体は判明していないし、すぐ隣で眠っているお父さんを意識して、顔は熱いまま。

だけど、どうしてかは分からないけれど、胸の鼓動だけは先程よりも落ち着いていた。

もちろん、普段と比べると、トクントクンと高鳴っている。だけど、それは決して不快なものでは無く。むしろ、眠気を誘ってしまうぐらいに心地よいもので。

だから-ー


「おやすみなさい、お父さん」


わたしは最後にもう1度お父さんに「おやすみなさい」と挨拶をすると、この心地よい胸の鼓動に身を委ねて、眠りに就くのだった-ー


~5月編 あとがき~


4月編では、アイリスの友人である新キャラ2人を始め、フィリアやエドも登場しましたが、5月編では初心に帰って、シンとアイリス2人だけの日常?を書きました。


次の6月編では、再び他のキャラを出していく予定です。

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