5月-ーアイリス。キャンプ兼夜営訓練~ニジマスを釣ろう~
アイリス視点
源泉から湧き出るキレイな水を、お家から持ってきた大きな水筒にたっぷりと汲み取った、その後-ー
川で魚を釣ろうと言うお父さんの言に従って、わたし達は源泉から流れる水を下るり、間も無く川へと辿り着いた。
「うわぁー! キレイなお水だね、お父さん!」
目の前に流れる川を眺めて、わたしは思わず感嘆の声を上げてしまう。
川幅は2メートル位で、水深はわたしの足首位かな? とても小さな川で、ちょっとだけ流れが速いけれど、水が透き通っているおかげで、川の中を泳ぐ魚の姿をハッキリ捉える事が出来た。
(…………それにしても、懐かしいな…………。『ルル』の村に住んでいた頃は、村の子供たち皆で、よく釣りをしていたっけ…………)
とはいえ、釣りがわたしの趣味だった訳じゃない。貧乏な村だったから、魚を採るのは村の子供達の仕事だっただけ…………。
(それでも、村の男の子達は釣りを楽しんでいるフシがあったけど…………わたしを含めた村の女の子達にとっては、釣りは決して楽しいものでは無かったなぁ)
それなのに…………どうしてだろう? 釣りには苦い思い出があるはずなのに、お父さんと一緒に釣りをすると思うだけで、わたしの心はワクワクと弾んでしまっていた。
わたしは不思議に思いつつも、心と同じく弾んだ声音で、お父さんに声をかける。
「それじゃ、お父さん! 早速、ここで釣りを始める?」
「んー…………いや。もう少し、流れが緩やかな所に移動しよっか」
「はーい!」
しばらく悩んだ末に、お父さんは首を振ると、川の下流に向かって移動を始めた。
そんなお父さんの隣を歩きつつも、わたしはふと疑問に思った事を尋ねてみる事にした。
「でも、お父さん。どうして、流れが緩やかな所に移動するの?」
「こういう流れが速い所に生息しているのは、主にイワナやヤマメなんだけどね。どちらも警戒心が強い魚で、そう簡単には釣れないんだよ」
「へー! そうなんだー!」
そう言われてみれば、『ルル』の村に住んでいた頃はいろいろな場所で釣りをしていたけれど、流れが速い場所ではあまり釣れなかった記憶がある。
その時は、何でだろうと不思議に思っていたけれど…………なるほど! そういう理由だったんだ!
(さすが、お父さん! 相変わらず、博識だな~!)
わたしが感心している間にも、お父さんの話は続く。
「で、こういう流れが緩やかな所に生息しているのは、主にニジマスなんだけどね。こいつは警戒心が薄い上に食欲も旺盛だから、簡単にエサに食らい付くんだよ」
「…………え?」
お父さんのその言葉で、初めて気が付いたんだけど…………もしかしてわたし、この移動中ずっと、お父さんの顔ばかり見ていた、かな…………?
(~~ッ!)
ど、どうしてどろう? お父さんと話をしていたのだから、お父さんの顔を見ているのは、当然のはず。
それなのに、その事を自覚した瞬間、わたしの頬は急激に熱くなってしまった。
なので、わたしは恥ずかしさを落ち着ける為、視線をお父さんから川へと移す。と、確かにお父さんの言う通り、いつの間にか川を流れが緩やかにな場所に辿り着いていたようだ。
(川幅は5メートル位に広くなっているし、水深もわたしのヒザ位まで深くなっているみたい)
だから、流れが緩やかになっているんだろうな、と。
川の様子を観察している内に、熱くなっていた頬も落ち着いてきた。
そして、丁度そのタイミングだった-ー
「-ーあっ! ねえ、お父さん! あの岩、上の面がほぼ平らだし、大きさも、わたしとお父さんが並んで腰掛けるには、ちょうど良い大きさなんじゃないかな?」
「ん? …………ああ。確かに、その通りだね。それじゃあ、あそこに座って釣りをしようか」
「うん!」
川から…………50センチ位の川岸かな? そこに、他よりも一際大きな岩を見つけたわたしは、そちらを指差しながら、お父さんに提案してみる。
お父さんも快く了承してくれたので、わたし達はその岩まで歩き出す。
と言っても、目的の岩は目と鼻の先にあったので、ものの数秒で辿り着いた。
わたしは早速、岩の左半分に腰掛けようとしたのだけれど-ー
「-ーあっ! ちょっと待って、アイリス!」
「え?」
お父さんから、岩に腰掛けるのを止められてしまった。
不思議に思いながらも、お父さんの言う通り岩に腰掛けるのを止める、わたし。
すると、お父さんは-ー
-ーサッ、サッ
「『収納・アウト』。…………うん! これでよし! それじゃあ、アイリス。どうぞ」
わたしが座ろうと思っていた左半分の汚れを手で払い、その上そこに、『収納』から取り出したハンカチを敷いてくれる、お父さん。
「…………え、えと…………。ありがとう、お父さん…………」
ま、まさか、こんな所でまで、わたしを女の子扱いしてくれるなんて…………。
せっかく冷ましたばかりの頬が再び熱くなるのを感じつつも、へなへなと、力無く岩の左半分に腰掛ける、わたし。
それを確認してから、お父さんも岩の右半分に腰掛ける-ーのは、良いんだけど…………。
(…………うぅ。ちょっとだけ、岩が小さかったかな? いつもより、お父さんと密着しちゃってる…………)
こうして並んで腰掛ける時、いつもはわたしがお父さんに引っ付くのだけど…………岩が小さいせいか、今回はお父さんも、わたしに引っ付いてきている。
(も、もちろん、嫌な訳じゃ無いんだけどね! …………む、むしろ、幸せな気持ちがポワポワと…………え、えへへ…………)
頬だけで無く、顔全体が熱くなるのを感じつつも…………幸せのあまり、口元が綻んでしまう、わたし。
(こ、こんな顔、お父さんには見せられないよ~!)
お父さんに気付かれたくない一心で、すぐさま顔を俯かせる、わたし。
それが功を奏したのか、お父さんはわたしの様子に気付いた様子は無く。『収納』から釣竿を取り出していた。
ちなみにこの釣竿は、川までの道中で見つけた若竹の先に、針が付いた糸をくくりつけただけの、簡易的な釣竿だ。
その釣竿の針に、これまた道中でエサとして捕まえていたバッタを付けると-ー
「-ーよっと!」
水面へと釣り糸を垂らし、一足先に釣りを始めた。
「…………………………………………」
だけど、未だに顔の熱が完全には引ききっていないわたしは、まだ釣りを始めず。
顔の赤みを悟られないよう両手をほっぺに当てつつ、ひとまず、お父さんの釣りの様子を見せてもらう事にした。
そして、ものの数分たらずで-ー
-ーピクン
「かかった!」
お父さんが握っていた釣竿の先が、大きくしなった。
立ち上がり、すぐさま釣竿を引く、お父さん。魚も必死に抵抗しているようで、お父さんが握っている釣竿は、大きくしなっている。
だけど、竹で出来た釣竿は以外と丈夫なようで、これ程しなっているというのに、折れる様子は見られなかった。
(『ルル』の村で釣りをする時は、木の枝で釣竿を作っていたけど…………その釣竿だったら、絶対に折れていただろうなぁ)
だから、お父さんはわざわざ、若竹を使って釣竿を作ったんだなー、と。改めて、お父さんの博識ぶりに感心する、わたし。
その間に、魚との格闘も終わったようで、お父さんが手元に引き寄せた釣竿の先には、体の真ん中にピンク色の線が入ったキレイな魚が見て取れた。
「うわぁー! キレイな魚だね、お父さん!」
「だね。これがニジマスだよ。体の真ん中のピンクの線が特徴で、それが名前の由来なんだ」
全長は、30センチ位かな。そのあまりのキレイさに、思わず顔を寄せて見とれてしまう、わたし。
そんなわたしにニジマスの説明をしつつも、お父さんは慣れた手つきで釣り針を外し、前もって水を張っていたバケツにニジマスを入れる。
そして、お父さんは改めて岩の右半分に腰掛けると、わたしに掌を向けながら提案してきた。
「それじゃあ、アイリス。このニジマスを…………そうだね。アイリスの夕食用に1匹、俺の夕食用に2匹。そして、朝食に1匹ずつ。計5匹を目標にして、釣りを始めようか!」
「うん!」
お父さんがニジマスを釣っている数分の間に、わたしの頬の熱も大分落ち着いてきていた。
なので、わたしは大きく頷くと、『収納』から自分用の釣竿を取り出す。
この釣竿は、お父さんの釣竿に比べて、少しだけ短い。女の子であるわたしにも扱いやすいようにと、お父さんが短めに作ってくれたのだ。
その釣竿の針に、先程のお父さんと同じように、エサとなるバッタを付ける、わたし。
と、その途中、お父さんが心配した様子で尋ねてきた。
「アイリス。もし虫を触るのに抵抗があるのなら、俺がバッタを付けようか?」
「ううん。大丈夫だよ、お父さん」
たしかに、普通の女の子だったら、虫を触るのは苦手かもしれないけど…………周りを山に囲まれた『ルル』の村で育ったわたしにとっては、ヘッチャラだ。
そうして、わたしとお父さんはお互いに釣り針にエサを付けると-ー
「よっと!」
「えいっ!」
2人同時に、エサが付いた釣り針を川へと投げこんだ。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
いくらニジマスが釣りやすい魚とはいえ、流石に釣りの途中にお喋りをすれば、警戒してエサには食い付かないだろう。
なので、わたしもお父さんもお互いに口を開かず、無言でニジマスがかかるのを待つ。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
聞こえてくるのは、目の前を流れる川のせせらぎの音。と、トンビかな? 上空から、ピーヒョロロロと鳥の鳴き声が聞こえてきた。
(…………何だか、こうしてのんびり過ごす時間も、悪くない気がするな…………)
お父さんともう1度一緒に暮らし始めてから今日まで、ずっと勉強や修行を頑張っていたからな。
もちろん、修行の合間の休憩時間や、お互いに学校や仕事が終わった後は、お父さんとずっと一緒に過ごしていたけれど…………それまで話せなかった分を埋めるかのように、ずっとお喋りをしていたから、こうしてのんびり穏やかな時間を過ごす機会は、意外と無かったのだ。
(昨日お父さんが言ったように、たまには完全な休みの日を作るのも、大事なのかもしれないな…………)
このキャンプを通じて、ようやくそんな実感を持つ、わたし。
そして-ー
「かかった!」
「んー…………よいしょっ!」
「よっと!」
「えいっ!」
ニジマスは釣りやすいというお父さんの言葉通り、ものの15分たらずで、残り4匹のニジマスを釣り上げる事に成功したのだった-ー
 




