緊急依頼 盗賊退治
シン視点
剣と魔法の世界『アース』
ここは、西大陸最大の国土を誇る、緑と水の国『セレスティア』の王都『コノノユスラ』
時刻は午前10時。多種多様な人々で賑わう大通りを、青年冒険者、シン・シルヴァーは冒険者ギルドへ向けて歩いている。
(今日も賑やかだなぁ)
辺りを見回すと、この国の名産品であるドライフルーツや工芸品、名物料理などを扱う商売人。それらの露店を見て回る観光客とおぼしき人々。
そして、思い思いの武具や防具を携えた、人間、エルフ、ドワーフ、獣人などの冒険者達。
朝一で依頼を受けたであろう彼らは、三々五々、街中や街の外へと散っていく。
そんな彼らと逆方向、冒険者ギルドへ向けてシンは歩いていた。
「おい、あれってもしかして……」「ああ。Sランクのシン・シルヴァーだ」「マジかよ。あんな細っせぇ奴がか?」「防具も着けてないぞ。ホントに冒険者かよ?」
すれ違う冒険者の幾人かが、シンを見てはひそひそと小声で話している。
(聞こえてるぞ)
そう思いながらも、シンはそんな噂話には目もくれず歩く。
最高ランクであるSランクの冒険者になって、1年。史上最年少記録を大幅に更新する21歳という若さでSランクになったシンは、当時から注目の的だ。
とはいえ、もう1年もたっている。シンと同じく、コノノユスラを拠点とする冒険者は、今さらシンを気にもとめない。ひそひそと小声で話している彼らは、おそらく拠点を持たない流れの冒険者だろう。噂のSランクの同業者を一目見ようと、彼らのような流れの冒険者が、この街にはよくやって来るのだ。
(……まあ、たしかに冒険者らしい格好では無いわなぁ)
自分の姿を見下ろして、心の中で1人ごちる。
身長はあるものの、お世辞にも筋肉がついているとは言えない体つきは、服の上からだとより顕著だ。
武具の類いは一切持っておらず(といっても、魔法で作った異空間に大量の武器をしまっているが)、防具も筋力が少なく、動きが悪くなるため、着けているのは左腕の籠手のみ。
彼らが言うように、とても冒険者の格好では無いだろう。
(……っと、着いたな)
そうこうしているうちに、冒険者ギルドへとたどり着く。
大国の王都にあるだけあり、レンガ造りの大きな建物だ。周りの建物と比べても一回りも二回りも大きく、なおかつ、ギルドマスターの趣味で外壁には美麗な彫刻が施されているこのギルドは、冒険者だけでなく、観光客も集まるこの街のスポットとなっている。
とはいえ、毎日訪れている場所だ。シンは慣れた手つきで扉を開き、ギルドの中へと入っていく。
予想通り、ギルドのホールは閑散としている。それもそのはず、ギルドがオープンしてから、もう1時間もたっているのだ。
王都だけでなく、周辺の集落からも持ち込まれる大量の依頼書が貼り出されてるはずの巨大なクエストボードも、もはや売れ残った数枚がポツポツと寂し気に貼られているのみである。
『脅威度Cプラス 集落の近く洞窟に住み着いた中規模のゴブリンの群れの討伐』『脅威度C 鉱山で目撃されたゴーレムの討伐』『脅威度A エルフの里の近くの森に現れたグリフォンの討伐』
「相変わらず、面倒なのが残ってるな」
残った依頼書を順に眺めながら呟く。
売れ残る依頼は、大概決まっている。難易度が高いもの、面倒なもの、報酬が安いものなどだ。
とはいえ、そういう依頼を放置するわけにはいかない。困っている人が居るからこそ、こうしてギルドに依頼が持ち込まれるのだから。
Sランクの自分が、人気のある割りの良い依頼を受けるわけにはいかない。そう考えるシンは、敢えて遅い時間にギルドを訪れ、売れ残った依頼を消化する日々を送っていた。
(とりあえず、優先順位が高いのはゴブリン退治だな。集落を襲う可能性がある。次がグリフォン。エルフの里には強力な魔法結界が張られている。2番目で大丈夫だろう。最後がゴーレム。人里離れた鉱山だ。立ち入りを禁止しているようだし、ここが1番危険度が低い)
頭の中で今日の流れを考え、クエストボードから3枚の依頼書を剥がし、受付へ持って行こうとしたところでーー
「シンさん!」
と、慌てた様子で、受付から1人の女性職員が飛びだして来た。
いや、よく見ると、彼女はただの職員ではない。彼女はーー
「どうしました?フィリアさん?」
彼女は、この冒険者ギルド、コノノユスラ支部のギルドマスター、フィリア・エルルゥさんだ。
輝く金髪、純白の肌、そして尖った耳。彼女はエルフである。二十代前半の美しい容姿をしているが、その実、二百年以上の時を生きているらしい。
それだけの人生経験を持っているためか、常に落ちついた様子でギルドマスター業務をこなす彼女が、これだけ慌てているということはーー何か大きな事件が起こったのだろう。
「よかった。ちょうど今、シンさんに連絡しようとしていた所だったんです」
「何かありましたか?」
「はい。つい先程、王宮から緊急の依頼が入りました。なんでも昨晩、旅の商人が、ここから馬車で6時間ほどの所にある、『ルル』という小さな村が盗賊に襲われているのを見たとのことです。商人から聞いた盗賊の特徴から考えるに、相手はおそらく『血染めの髑髏』《ブラッディスカル》かと」
「血染めの髑髏!?」
血染めの髑髏とは、数年前からセレスティア王国全土で残虐のかぎりをつくす、悪名高い盗賊団だ。
人数は30人程と小規模ながらも、元が傭兵団ということもあり、実力者揃い。特に、首領であるオルベンは、一流と呼ばれるAランク冒険者に匹敵する実力を持っていると言われている。
(それにーー)
あることを考え、シンの表情が曇る。
血染め髑髏といえば、何より特徴的なのが、その残忍さだ。自衛能力のない小さな村を襲っては、女子供とて容赦なく皆殺しにし、金品や食料を奪うという。
(襲われたのが昨晩ということは、おそらくはもうーー)
シンの頭に、最悪な想像がよぎる。フィリアも同じことを考えているのか、その表情は暗い。
「相手が血染め髑髏なので、騎士団の精鋭部隊を動かしたいみたいですが、すぐには無理とのことで、ギルドに依頼が回ってきました。
『脅威度Aプラス 血染めの髑髏の捕縛、または討伐。もし生き残った村人がいれば救助してほしい』とのことです。
本来ならAランク冒険者数名のパーティーで当たるべき依頼ですが、依頼が入ってくるタイミングが遅く、皆さん、すでに他の依頼を受けた後です。そこで、シンさんにお願いしたいのですが……」
「分かりました。その依頼お受けします」
「ありがとうございます!助かります!」
そうと決まれば、急がなければ。可能性が低いとは言え、もしかしたら無事な人が居るかもしれない。
「少々、お待ちください。馬車の用意をしますので」
「いえ、大丈夫ですよ。魔法で身体能力を強化して行きますで」
「はい!? し、しかし……」
馬車でも6時間かかる距離を走って行くと言うシンに、フィリアは困惑の表情を返す。
もちろんシンとて、魔法で強化しても馬車より速く走れるわけでは無いし、そんな距離を走り続けられると思ってるわけでも無い。
「ルルの村って、東にある山を2つ越えた先にある村でしたよね。あの山道は木々や崖を避けて作っているから、グネグネとした道がずっと続いていて時間がかかるんですよ。それなら、走って直線距離で行った方が、最終的には速く着きますよ」
シンの説明を受け、フィリアは手元にある資料を確認する。
「た、たしかに、そのようですね。しかし、何故分かるんです? ルルの村に行ったことあるのですか?」
「いえ。ただ、国内の地理地形は全部記憶してますんで」
「な、なるほど……。流石シンさんですね」
特に気負った所もなくとんでもないことを言うシンに対し、フィリアは称賛半分、呆れ半分で言葉を返す。
身体能力で劣るシンが、Sランクにまで上がることが出来た最も大きな要因が、この凄まじいまでの頭脳だ。
西大陸最大国家の地理地形を完璧に記憶する。この程度、シンにとっては大したことではないのだ。
「『付与 筋力強化』、『付与 スピード強化』」
シンは、自身の肉体に魔法の力をかける。地属性魔法の特性である肉体強化。そして、風属性魔法の特性であるスピード強化だ。
「それでは、行ってきますね」
「はい。よろしくお願いします」
そうして、シンはギルドを飛び出して行ったのだった。