スレイプニル
Chet Baker Quartet – No Problem (1980)
を聴きながら
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『スレイプニル』
スレイプニルは、8本の脚を自在につかって、空を駆け上がるのだわ。それはどんなにか美しい姿でしょう。脚を絡ませるように飛ぶ。空想も想像も、そこには手が届くの 理想も現実もそこには きっと空白があるの 人の想像性には きっと先が常にあるから
とまどいをワラエ 愉快にころげよ そこに空白があるから そんな風に思えばノートルダム・ド・パリ の長い書き出しを思うわ 前半部分は雑多な人々の狂気のようなふるまいと嗤いに満ちているから 狂気のなかに普段の日常が隠れているのならば 恋は非日常なのかしら
乱雑な声のなかに誠実があるのかしら そんなこと起きるわけないのに
――きっと、誠実は、物静かな横顔からしか生まれないから
それは、一凛の花のように静かに静謐さの中にそっと息づくような殺されやすいものなの 狂気のような日常にいつもいつまでも死滅させられていく美
狂気の中に眠るほんとう は、きっと、誰もが気づけないふりをしているの
苦しみは足を掴んで引きずり込むものだわ ずっとずっと底の思惑の届かないところにまで
――だから、世界の均衡はそこにはないの
時を刻まないで 時には止めてしまいたい
いそぎすぎるから
はやすぎるのよ
世界はいつもなにかを置いて行って忘れさせてしまうの
スレイプニルに乗って宙を駆け上がりたいの
夢の奥に沈み込む前に
――そこに沈み込みたいから




