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第二話 初邂逅

「ふぁ〜あ――っくしゅん」


欠伸を一つしていたら、それに混じってくしゃみをしてしまった。

慌てて鼻をすすり、今体に纏っているずぶ濡れの服をだるそうな半眼で確認する。


「ん? なんで俺こんなところで、こんな服着てんだ?」


その問いには覚醒してきた頭が記憶を引っ張り出してきてくれて答えてくれる。


「確か狼に追っかけられて……その後……」


龍に……という言葉が出る前に、斎賀は喋るのを止めていた。

記憶が鮮明になるにつれて、あのときの恐怖が再び襲ってきたのだ。

あの牙が、あの爪が、あの顎が、体をもし貫いていたらと想像すると、おぞましいことこの上ない。

一つ間違えば普通に殺されていたという、最大の恐怖。まさしく九死に一生を得たという事実。


「……くそっ」


服を一瞬で切り裂かれた場面や、後一歩で龍の牙に捕らえられていたという場面。

色々な場面が織り交ぜられて悪戯に斎賀の恐怖心をあおってくる。

それに寒さも加わって、体が小刻みながらもがくがくと震えだす。

それを抑えようと必死になって両手で肩を抱くが、一向に止まる気配を見せてはくれなかった。

時間がたつにつれて恐怖心は募り、それは感じたことの無い怯えへと変換されていく。

こんなみっともない姿をしたのは何年ぶりだろうか。多分餓鬼の頃以来だろう。


「……くそがっ」


弱弱しく誰でもない自分を罵る。

だがそれでも震えることは、怯える事は、心から消えることは無い。

常に敵が背後にいるような感じがして、それからいつ命を奪われるかもしれないという焦燥に駆られてせわしなく頭が動く。


「大丈夫だ。敵はいない。大丈夫だ。敵はいない。大丈夫だ。敵はいない。大丈夫だ。敵はいない。大丈夫だ。敵はいない」


繰り返し同じ事を呟くことによってその言葉が支えになってくれるような錯覚が起こった。


「――っくしゅん」


体の竦みが取れていくと二度目のくしゃみが出た。

風邪を引いてしまったかなと思い、いそいそと鞄に詰め込まれていた服に着替え始める。

月明かりに照らされながら、真新しい灰色の服が体に温かみを取り戻してくれる。


「それでここは一体どこだろ? 龍いたし絶対日本じゃないよな……。いやいや、多分俺の知ってる外国でもないし……下手すりゃ地球ですら無いし。RPGの世界に入り込んじゃった〜とかいう事はない……はず。だってRPGって言えば先ずは雑魚敵から順番に倒していって、レベルが上がったら最後にボス戦が基本だろ。それを初回からボスクラスのドラゴン相手とかはっきりいって不可能に近いし。そんな高難易度のRPG作っている会社なんて絶対無いからな〜。ってことは……まさか異世界!?」


消去法で想定しうる結果が一つに絞られた所で、斎賀はテントを組み立て始めた。

組み立てるといっても少し手を加えれば簡単に出来る式の物だが……。


「でもなぁ……異世界に行った小説見てきたけどろくなものがなかったんだよな〜」


そう。当たり前のことだが小説に出てくる主人公は絶対に平穏な生活を送ることは許されない。

ここは小説の中じゃないのだから別にそんなことを思う必要は全く無い。無いのだけれど……。


「絶対巻き込まれそうだ……」


明日からどたばた騒ぎが起こるかもしれないという可能性を否定しきれない斎賀は一人肩を落とした。

基本的に面白いことは続くがそれ以外は飽きっぽい性格なので、これからおこるであろう出来事に危惧しているのだ。

勿論、一度は来てみたいと思っていたこの世界に来れて心を躍らせてはいるのだが……。


「素直に喜べないのは、命の危機にひんしたからか?」


一人のときに疑問をすぐに口に出してしまうのは、小さいときからの癖になってしまっている。

これといって迷惑をかけていないので気にしてはいないが。


「ま、カメラ持ってきてなかったのが悔しいけどいっか。これから龍とか架空の存在だったモンスターがどんどん出てくるからなぁ〜。う――っ、楽しみだ!」


さっきの恐怖なんてもう忘れた。

実を言うと少しは怖いけど、そんな物関係ねぇ。

俺は、今から、誰も目に出来なかった世界を堪能するんだ!

布団の中に入るとそんな風に思えてきて、急に溢れ出てきた興奮が眠気を吹き飛ばす。

今すぐにでも動き回りたかったが好奇心を抑えてやめておいた。

斉藤斎賀、十八歳。馬鹿な高校生であった。












翌朝、寝惚けながら散歩していた俺に、ある出来事が襲った。

その出来事は、唐突に、それでも確かに起こった。

ただ普通に暮らしていたいだけなのに。そんな願いを簡単に踏みにじる出来事だった。

平穏を、強制的に強奪されるという悪夢。

これから物事が俺を中心にに動いていくという恐怖。

それが起こった瞬間、俺は寒気すら感じた。

自然と靴が擦れながら後ろへと向かっていき、息を必死に押し殺していつでも逃げれる準備を整える。

それほどまでに危険がそこには溢れていた。

何故なら……何故ならっ!


「…………?」


今、俺の視線の先には、なんと、同い年位の少女が、たたずんでいたからだっ!!

不味い。非常に不味いことになった。

美少女邂逅→知り合ったことで巻き込まれる。

この方程式はもう既に予測済みなのだよ。

だけど…………このまま去るのもなぁ〜。

横目でちらっと少女を盗み見る。

ちゃんと視線が重なっているはずなのにどこか遠くを見ているような紅く艶やかな瞳。

その瞳の色と同じくして、煌きを放っているさらさらな真紅の絹髪。

この際だからはっきり言おう、うん、滅茶苦茶可愛い。

外人……もとい異国の地の人だからなのだろうか。露出度がかなり高い。服なんてへそが見えるくらいだ。

スカートはミニスカートっぽいやつで、黒のニーハイソックスを履いている……しかし、変な感じが少しだけしてしまう。


「あの〜、一人?」


とりあえずなんか話をしなければと思い、恐る恐る、といった感じで声を掛けてみると


「……………ん」


僅かな間を空けて、少女はコクリと首を一つ振って肯定された。

どうやら異国の地とはいえ言語は通じるようにしてくれているらしい。流石といえば流石だな、神様。


「迷った?」

「………………………………………違う」


今度はかなりの間を空けて否定された。

瞳を見れば嘘か誠かが判断できるだなんて事を聞いたことがあるけど、少女の視界には斎賀を除けているような感じがする。

というより興味の対象にすらなってないんじゃないか?


「こんな所にいたら危険だぞ? なんなら俺と一緒に出口探すか? 一人よりも二人のほうが危険も減るだろうし」


まぁ危険分子の可能性が高いが、こんなか弱い少女を独りにするほど俺も薄情じゃない。


「…………危険じゃない」


だがその提案と危惧は首を振りながら否定された。


「…………皆……いる」

「皆?」


オウム返しに聞いてみると、少女は首肯した。

寡黙な性格らしく、少し言葉を話すか、首を縦に振るか横に振るかだけで会話を成立させている。


「親御さん?」


そう尋ねると、次は首を横に振った。そういや一人って言ってたな。


「誰?」

「…………エアリス達」

「エアリスって?」

「……仲間」


傍から見れば会話になっているのかいないのか。

意思を通じ合わせられないことは無いので、もう少し突っ込んでみる。


「エアリスって、人の名前?」


その問いに少女は再度首を振ることによって答えた。

人じゃなければ大方犬か猫だろう。

大まかに予測しながら話を本題に戻していく。


「君はここで何をしてたんだ?」

「………………?」


意味が分からないとばかりに首を傾げられる。


「見たところきこりとかには見えないし……斧も持って無さそうだしね。迷ってもいないって言ってたし、何をしていたのかなって、ちょっと気になってさ」

「……………………………君じゃない」


一頻りの時間を置いた後、少女はボソリと呟いた。


「レイ」


それが名前の事を言っていると理解できるには少々の時間を要した。

手短で簡潔な……悪く言えば無愛想な自己紹介だ。

しかしレイか……漢字で書くと『零』かな? それとも『怜』か? それとも片仮名の『レイ』か? まぁレイでいいや。


「俺は斎賀。斉藤斎賀っていうんだ。よろしくな」


微笑を浮かべて右手をレイに差し出す。


「………………………………………………?」


斎賀が手を差し出した意図を掴めないのか、レイは不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。

いや、やはり俺の先を、と言ったほうがいいだろか。少し虚しい。

それにしてもこの顔ってことはここで握手は浸透していないんだろうか。まぁ俺の常識がここの常識じゃないわけだし、別にそこまで驚くことじゃないか。

慌てて手を引っ込めると、再びレイに尋ねた。


「レイはここで何をしていたんだ?」

「……散歩」

「散歩って……ここ森の中だぞ? 色々獰猛な野獣も襲ってくるし……この森に龍がいるって知ってる?」


返事は首を縦に振ることで済まされた。どうやら知っているらしい。


「あなたもここに住んでるの?」

「へ?」

「あなたもこの森に住んでるの?」


真剣に答えてもらいたいと瞳が語っているような感じがした。

そう判断した理由はレイの瞳がきっちりと‘斉藤斎賀’自身を捉えていたからだ。

…………

だがどんなに考えてもなんて答えればいいのかが分からない。

ここに来て三日目ということには一応なるのだが、そんなことで住んでいるということになるのだろうか。

う〜ん、異世界から飛ばされてきたなんていったら‘変な人’のレッテル貼られるの間違いないだろうし……。

ならとりあえずここは無難に、


「この森入ったら、いつのまにか迷ってたんだよ。全く、困ったもんだよな〜」

「………………?」


首を傾げるレイ。なんだ、そんなにおかしなことか?


「…………家……来る?」

「家って……この森の中にあるのか?」

「…………ん」


次は首を縦に振る。まるで子供みたいだな。


「俺男だけど一緒に行っていいのか? もう一度言うが俺男だぞ?」

「…………?」

「一つ屋根の下で若い男女が二人きりなんてのは色々不味いことがあるんじゃないのか? まぁ俺はそんなことはしないけどさ」

「……問題ない」


今の会話から分かった結果。

どうやらこの世界は日本みたいに男女の恥じらいというかなんというか、そういうものが無いらしい。

異世界だからということで非常識には目を瞑っていたのだが、やはりというべきか、異世界は凄かった。

日本で育ってきた俺は、男として見られていないようで少し落ち込んだのだが。


「じゃあ、お願いするよ」


ここに何時までも居たいというわけではないが、我武者羅がむしゃらに一人出口を探しても見つかる可能性は低いので、一応といった感じだ。それにここで初めて会った人間。何かしらの縁がこれから先ずっと続くならば、もうどうにでもなれという気持ちで承諾した。


「…………」


しかしレイからの返答は無く、あろうことかそのまま踵を返して歩き出してしまった。

これは一体どういうことなんだろうか? …………………異世界人の気持ちなんて知るか!? 考えても分からないんだし本人に聞いてみるか。

というわけで、早速俺はレイを呼ぶことにした。


「レイ〜」

「………………………」


返事は無い。


「レ〜イ〜」

「…………………………………」


一応離しかけられるぐらいの距離を取ったままついて行ってるのだが、相変わらずレイからの返答は来ない。


「レ〜〜イ〜〜」

「……………………………………………」


声は……届いているはずだ。

なのに振り向いてくれないって事は無視されてるって解釈してもいいんだろうか?

荒れ放題の森の中で斎賀が枝やら土やらに足を取られていっているのに対し、レイはそれが当然とばかりにすいすいと進んでいく。

あちこちに虫が飛び交い、ついでに俺に突進してくる。うざいことこの上ない。


「レイ」


斎賀は思わずレイの肩を掴んでいた。

周りに気を配りながらレイのスピードに合わせるのが難しくなってきたからだ。


「…………?」


何事? とばかりにレイは半身だけ振り返る。しかしやはりその瞳の焦点は斎賀を捉えてはいない。


「俺もついてきて良かったのか?」

「……?」


意味が通じていないのだろうか? いや、そんなはずは無い。一応単語だけならレイにも通じるし。


「俺はレイについてきても良かったのか?」


真剣にそう尋ねると、レイはいつものように首を傾げる。


「? ……さっきから、そう言ってる」

「あ、そうか。そうだったな、悪ぃ」


さも当然のように言い放ったレイが正しい気がしてくる。まぁここでは正しいのかもな。一瞬見捨てられたかと思ったけど……。

しかしその後もうこれで話は終わりだと言わんばかりにレイは前を向き、再び歩き出した。それに続いて俺も……ってこれじゃさっきと一緒じゃん!


「レイ、歩くのにコツとかあるのか? どんなに頑張ってもレイにあわせられないんだけど」

「? ……足を、動かす」

「そうじゃなくて。どういう風にしたらこの森の中をすいすいと歩けるのかな〜って」

「……普通に歩く」


駄目だこりゃ。そう思いながらもレイの後を必死に追いかけていく。

ゆっくりと自分のペースで歩いていたときとは格段に難易度が高レベルなものになっていた。

時にいきなり現れる枝が顔に直撃し、時に足元がお留守になってずっこけ、時に窮屈な木々の間を抜けているときに体の骨が悲鳴を上げる。それに対しやはりというべきか、レイは涼しげにひょいひょいと障害物を苦も無く避けていっていた。真似してみようかと思ったら逆に歩きづらくなったので、自然体に戻す。


「……」

「…………」


レイは基本的に必要のあること以外は口を閉ざしている性格のようだ。これがこの世界の常識なのか、はたまたレイだけの個性なのかは未だ分からない。

寡黙っていうのもそれはそれでいいとは思うが、流石に二人きりでの沈黙には若干辛い。

それでも、レイの顔を見てみたらほんの少しだけど、嬉しそうに見えたのでそのままでいいかという結論になった。勘違いの可能性も否定は出来ないが……。


「……ん」


不意にレイが振り返ってきたので慌てて立ち止まる。


「どうしたんだ?」

「……あれ」


レイが指差した方向をつられてみると、そこには――


「エアリス」


昨日斎賀を追いかけていた黒龍が、とても気持ち良さそうに眠っていた。眠っていると判断していたのは紅い瞳が見えないからであり、気持ち良さそうと思ったのはなんとなくそんな雰囲気を出していたからである。

普通ならば絶叫して逃走していた斎賀だったが、あまりにも隣に立っているレイが普通の表情をしていたので今のところは腹の底から湧き上がるような恐怖を感じることは無い。


「エアリス?」

「エアリス」


もしかしたら間違いかもと聞きなおしてみたのだが、やはり指差している方向には黒龍がいる。


「まぁいっか、別にここは地球じゃないんだし。地球の常識持ち込んだらそれはそれでおかしいことになるし。これくらいで驚いてたらまだまだとかいう展開が次から次に起こりそうだし」


レイに聞かれないような小さな声で呟いた。頭が柔軟、もしくはただ現実逃避しているだけだったが、取り乱さなかったのは幸いだろう。


「……挨拶……する?」

「遠慮しとく」


気持ちのいいほどの即答。

レイはどうだか知らないが、命を賭けてまでする挨拶なんてお断りである。


「…………」


じっと、何かを期待しているような目でこっちを見つめているレイがいるのは気のせいか?


「……………」


……気のせい気のせい。知らん振り知らん振り。


「…………………」


………そ、そんな目をしたからって挨拶なんかしないぞ! 断固として拒否する!


「………………………」


…………うぅ、そんな反則的な上目遣いはやめてくれ。


「……………………………」

「分かった! 分かったから! ちゃんと挨拶するから! するからそんな目で俺を見ないで! 本当にお願いだから! そんな潤んだ瞳で俺を見ないでくれ――!」


こうなってしまったのは仕方が無いと思う。涙目+上目遣いに逆らえる男は稀なのだから。

ま、触れるだけなら問題ないだろ。

腹をくくった斎賀は、一歩、また一歩と着実に黒龍に近づいていく。そしてあと少しで触れられる、といった所でいきなり――


『ガァ――――ッ』

「ぎゃ――――っ!」


黒龍が欠伸をするように口を大きく開けたのに怖気づき、斎賀は腰を抜かす。

立ち上がろうと必死に試行錯誤してみるが、立てない。


「うっ……あっ!」


いくら異世界は異世界だと割り切れても怖いものは怖い。

結局、斎賀は黒龍に脅されながら必死に気を失わないようにするのが精一杯だった。


「…………?」


必死になっている斎賀を、後ろで不可解そうにして眺めているのが約一名。


結局、数分後にレイが手を貸してくれるまで、斎賀は座り込んでいたのだった。

…前言撤回。指摘を受けた通り中々話が進まないのでファリシア邂逅までは時間が掛かりそうですorz


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