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第一話 彷徨う者

ここからが主人公(斎賀)視点となります

平成二十一年春。

この年は斉藤斎賀さいとうさいがにとって人生最悪の年と化した。

実力的に言えば合格間違いなしと思われていた大学合格でまさかの不合格。

翌日には高校時代ずっと好きだった彼女に思い切って告白してみたら呆気なく失敗。

そのダブルショックを癒す為に友達と一緒に山へと行ったら足を滑らせて転落。

二度あることは三度ある――まさにこの言葉が身に染みたのであった。

宝くじも一万円が当選したこともあったし十分に運はあったのだが……使い切ってしまったのかもしれない

しかしそんな俺でもほんの少しは運が残っていた。

落下中に体が浮き上がり視界が歪み手足がばらばらになるほどの痛みが斎賀を襲ったかと思えばどこか知らない場所で寝ていたのである。



…………………




「ここどこ?」


斎賀は一人呟いた。しかしその声は虚空に吸い込まれるように消えていく。

誰か答えてくれないかな〜と考えて口に出してみたのだがどこかから返事が返ってくる気配全くといっていいほど無い。

まぁそれもそのはずというか……。

斎賀は悲しくなって周りを見回す。


「……」


そして無言。

周りには人らしきものは見当たらない、それどころか街のようなものさえも視界に入らない。

前後左右を見渡しても見えるのは木か草か花だけ。上空は青々とした大空が広がってはいるがそんな物を見たところで何の足しにもならない

急展開に頭が付いていかず、怪奇現象にも興奮できない。いつもならば騒いで気を紛らわせるのに……


「……」


更に無言。

ずっしりとした質量がかかっている腕に視線を落とした。

何も無いはずの手中にはどんな奇跡が起こったか、チェーンソーが握られている。

それは錆が無いどころか刃こぼれも無く新品同様。

使い方なんてものは一度も使う機会が無かったので知らないが使う機会も無いと思うしまぁいいだろ。


…………


何で俺、こんな所にいるんだろ? 何で俺、こんなもの持ってるんだろ?

疑念が次々と心中で渦巻いたが、それに答えてくれる者もいないし、自分で考えることも不可能。

余りの心細さに、俺は頭を抱えたくなる。


「……」


再度無言。

俺はチェーンソーを湿っている地面へと置き、いつの間にか背負っていたものを自分の目の前に出す


「……」


全く見たことの無いようなデザインの鞄だった。

そもそも日本語じゃなくて外国語で書いてある。英語でもないようなので解読するのはすぐに諦めた。

背負っていたということを免罪符にして中を覗いてみるとそこには食料と水分らしきものが入っていた。

斎賀は訝しげに鞄の中身を一つ一つ外に出していく。


「……は?」


どんどん出していくのだがきりが無い。この鞄にどうやったらそこまで入るのかというぐらい出てくるのにいまだ中身が尽きることは無い。

膨大な量も問題だったが一番不審に思った点は入っていた中身の種類だ。

これから先飲食には困らないほどある携帯食料と飲料水・チェーンソーと同じく新品同様のサバイバルナイフ・問題なく使用可能な懐中電灯と電池・取ってはプラスチックだけど先っちょの方は石でできた用途不明の何か・ドレッシングみたいな容器に入った何か・簡易式のテント・布団・サイズがピッタリな服等、本当に様々な物資が山のように出てきて斎賀が真っ先に感じたことは


「サバイバルでもしろってか?」


そうボソッと呟いた。

鞄がどういう仕組みでこういう風になってるかなんて知ったこっちゃない。現に漫画やアニメなどでは普通に存在してたから誰かが作ったかも知れないからだ。

正常に働いていない頭はやっぱり萎えていた……。

何で俺がこんな所にいるかも分からないがとりあえず生きているということ事態は確かだ。

斎賀は胸に手を当てる。すると心臓が一定のリズムで鼓動しているのがありありと分かった。


「確かにこれだけあれば何でも出来るが……」


そういって物資の山を見る。それは十分すぎるほどの資源だった。

だけど物資があっても足りないものが一つだけある。『人』だ。

人は人がいなければ存在できず支えあうことも出来ない。当然斎賀もその中の一人で一人は虚しかった。

家族がいない。親友がいない。知り合いもいない。人さえいない。

何の状況説明もなしにこんな場所に放り込まれて何をするわけでもなくただ生きろという。

最初のうちは頭が混乱して状況が把握できなかったのだがたった一人で外国の地に立たされて味方はいないと思うと寂寥感が胸にこみ上げてくる。

勘違いかもしれないが自分は外国に飛ばされてここで果てるのだろう。

誰に知られず誰にも見取られること無くただ無残に死ぬのだろう。

巫山戯ふざけるな! 突然そこで憤怒の念がふつふつと沸きあがってきた。

死ぬ? 果てる? ああ巫山戯るなよ!

何で俺がそんなことを思わないといけない!? 


「……巫山戯ふざけるな……」


広大な森林の中で斎賀は小声でゆっくりと呟く。

深い余韻を残し、呟きが響く。


「こんなわけの分からん土地で死んでたまるか……」


死んだ魚のような目をしていた先に対して、徐々に瞳に決意が伴いそのハイライトが復活してきている。


「死んで……たまるか――――――――っ!」


斎賀は吼えた。

こんな所で死にたくない……死なない!

声高に身の内の決意を絶叫して体に喝を入れる。両の手は拳を握りその決意を忘れないことを誓った。

急にでかい声を出した為に小鳥がばさばさと空へと羽ばたいて行ったがそんなものは関係ない。


「……けほっ……かはっ……」


喉が枯れて慌てて500mm程度の水を飲み干しそれによってむせたりしたのだが……。

……何馬鹿やらかしてるんだろ俺。

その後テントを四苦八苦しながら建ててその中に布団を敷き、しっかりと熟睡できたのは斎賀が大物だからなのかそれとも鈍感なだけなのか……。











上機嫌に歌うような小鳥のさえずりが目覚まし代わりとなり斎賀は起動した。

ふぁ〜……眠ぃ……後30分位寝よかな。


「知らない天井だ」


朝開口一番に発したのはやはりお約束である。

ここで通じるかどうかは怪しい所だが……。

朝は低血圧な為に起きるのは苦手なのだが場所が場所なだけにそんなことを言っている暇は無い。

とりあえず布団を適当に剥いでテントから抜け出し太陽の光を浴びて背伸びをした。


「――――――――――ん」


声にならないほど気持ちの良い朝の背伸びは天然の森林の中だからこそ余計に気持ちよかった。

ついで深呼吸をすると樹木によって清められてひんやりした空気が肺に入りその味を初めて感じられる。


「一週間程度だったら悪くないかも……」


昨日あんなに凹んでいたのに凄い立ち上がりようはやはり流されやすい性格の為だろう。

なにはともあれポジティブシンキングである。ものは考えように変わるのだ。


「殺風景な場所だな」


木。木。木。木。

やはり木しかない。それが普通かもしれないが、やはり楽しめないのは嫌だ。

例えば狐とか狸とかがいればそれを鑑賞したりして暇を程よく潰せるのだが、そんなに簡単に見つかるものでもないし。

逆に熊が出てくれば必死こいて逃げ回らなくちゃならんし。下手すりゃ食われて死んじゃうし。


「どうしたもんかな」


人生とはやはりまま成らないものである。


「暇じゃないけど暇なんだよな〜」


せめて夢落ちであればというはかない希望もさっき無残に砕けたので、帰る方法をどうにかして探さなければならない。

しかしもしもここから適当に歩いて獰猛な野獣の領地テリトリーに入ってしまったらそれこそただの間抜けだ。

だからといって探さなければここで朽ち果てるしかない。

結局は安全策をとってここで暮らし続けるか、危険を冒してこの森を抜けるかの二択になるわけだ。

街まで行けば交番とかに行って適当に手続きすれば帰れるもしくは保護されるわけだし。


「とりあえず動くか」


下手な考え休むに似たりである。

斎賀はテントを元の形へと戻しどうやって入ったのかは不明だったが、鞄へと収納した。


「さていっちょ行きますか!」


元気の良い掛け声に合わせるように体が軽く動かせる。

斎賀の記念すべき? 一日目の朝であった。



















一時間後


「たぁぁぁぁすぅぅぅけぇぇぇてぇぇぇぇ!」


斎賀は後ろから迫り来る獰猛な野獣と追いかけっこをしていた。

出会いはほんの些細なことで尻尾を踏んでしまうというベタなことをやってしまいまさに今その命を狙われているのだ。

後ろから物凄い足音を響かせ、ちょこまかと動き回る斎賀を追いかけているのは――


『アォ――――ン!』


黒い毛並みをした狼だった。

斎賀と同じくらい大きな体躯で、牙やら爪やらが鋭い狼。

すぐに捕まるかと思ったのだが、何故か狼と同等の速さで大地を駆け抜けながら必死におおかみの攻撃をかわしている。


「謝るから追いかけるなぁ――――!」


などと狼に語りかけているが、それも虚しく失敗に終わる。

その後も当たって砕けろの精神で試行錯誤してみたが、全てあえなく失敗した。

なので出来ることは走る、足を動かす、大地を蹴るのどれかしかない。まぁどれも似たようなものだが……

漆黒の長髪がぐしゃぐしゃになり、数本べっとりとした汗で顔にひっつく。


「俺なら空を飛べる!」


何を思ったのかは知らないが斎賀は急に立ち止まり瞳をつぶった様だ。

そして


「――――――」


斎賀は呪文を唱えた。

しかしその呪文は完全に出鱈目でたらめだった為発動しなかった。

狼の攻撃


「ぎゃ――――!」


斎賀の服を切り裂いた。斎賀の精神に100のダメージ、斎賀はパニックに陥った。


服に少し風穴が開いたことに対して斎賀の恐怖心はますます強くなり、テンパリながら狼に向かって怒鳴った


「死ぬ! 絶対死ぬ! 本当攻撃とかすんじゃねぇよ! 俺の命尊重しろよ! 俺は逃げるからお前もう追ってくるなよ!? いくぞ!? 一・二・さ――ぎゃ―――――! 言い終える前に攻撃すんなって! 卑怯だぞ! あぁすいませんもう攻撃はやめてください!」


怒鳴りつけたり懇願したりしながらもちゃっかりと足だけは動かしている斎賀。微妙に器用である。


『アォ――――ン!』

「ぎゃ――――!」


死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! マジ死ぬって! 俺死ぬって!

あの狼野郎そこんとこ分かってんのかこん畜生!

とにかくあんな大きな声聞いたら逃げるのが俺のポリシー。決してビビッてるんじゃ無いぞ。ビビリじゃないからな……


『グルルルルル』


…………


「死ぬぅぅぅぅ!」


唸り声に恐怖して一目散に逃げ出した俺。別に怖くなんか無いぞ。ただ早く寝よ〜かな〜って


『ガウッ!』


ハイスイマセンデシタ〜。HAHAHA俺にも素直な所があるのだよ。……悪いか!?

既に上着の半分が破れているという、普通の人が見たらキチガイに見えなくも無い格好で斎賀は走り続けた。




数分後


「やってやったぜコンチクショーーーーー!」


斎賀は歓喜の雄叫びを上げた。

体から溢れ出た汗で髪やら衣服やらがべたべたにくっついていた。

所々に軽く切り裂かれた所があり、薄い赤色に染まっている。

全力疾走で数分も走ったことで体力が限界に近く、荒い息をしながら腕で汗を拭う。


「フハハハハハハハ!」


達成感で気持ち悪い笑いが全く止まらない。

後ろから狼の姿は見えず、俺が狼相手に足で勝った事がたまらなく嬉しいのだ。

普通なら有り得ない経験だが……


「獣のクセに足が遅いんだよ!」


ここぞとばかりに必死に罵倒を始める。

本来ならば簡単に追いつかれて体を貪り食われていたというのにいい気なものである


「あ〜、疲れた」


その場で一気に崩れ落ちる。

幸いにも近くに樹木があったのでそれに腰を預けて脱力する。

達成感と共に緊張が緩み、今の今まで溜まっていた疲労が一気に開放される。

その疲れはどことなく気持ちよく、時折拭く爽やかな風が頑張った俺へご褒美に思えた。

久々に運動した為に太股ふともも脹脛ふくらはぎがぱんぱんになってしまったのが少し難点だったが……


「あふぅ」


鞄から取り出した飲料水を頭の上から落とすと、ひんやりとした水が汗ごと流れ落ちていきさっぱりしてこんな声が漏れた。

少々今の服装は破れたりしているので着替えたくなったが、もうそんなことをする気力なんでどこにも残っていない。

濡れていて気持ちいいし、もうちょっとこのままでいいか。

そんなことを思っていると、死の恐怖から開放された安堵感と程よい疲労感が重なったことでまぶたが重くなってきた。

こんな状況で寝たら風邪引くぞ、と自分を叱咤したが睡魔を撃退することまでには至らず、結局俺の意識は吸い込まれる様に消えていった。






数時間後


うん、運が悪いって事は崖から落ちたときから気づいてたよ。気づいてたんだけどさ……


「龍なんて聞いてねぇぞぉぉぉ!」


俺は再び逃走していた。

何故なら起きた途端双の目が俺を射抜いていたからである。

何がなんだか分からないまま恐怖心に駆られたことで再度全力疾走。前回と同じように走っていればまたやり過ごせていたならばどれほどいいだろう。

しかし……今回は追いかけている獣の種類が違った。

そう――――龍だった。

見事なまでに全身を漆黒に染めていた黒龍。

しかし俺を捉えるその瞳は魅入られるほどに紅く澄んでいる。

体長は大体3メートルぐらいだろうか。想像していたよりも猛々しく感じられるのは纏っている雰囲気オーラのせいだろう。

四本足でしっかりと立っているその姿は生物の頂点にも感じられる。

一瞬足が竦んで動けなくなりそうだった斎賀は現実逃避して戦略的撤退を繰り返していた。

要するにここは夢だと自分に言い聞かせているのだ。

それでも鼓膜が破けそうなほど大きい咆哮が繰り出されると斎賀も絶叫を上げて対抗するのだが、結局は震え上がって必ずといっていいほどこけそうになる……


『グォォォォォ――――――――!』

「ぎゃ――――――――――――!」


なんで龍がこんな所にいるんだ!? 龍は幻想ファンタジーの中の生き物であって現実リアルにはいないはずだろうが! と叫びたくなったが、本当にそれどころではないのでやめておいた。

先ほどとは比べ物にもならないほどの危険を感知している頭が、的確に一つの命令を与えてくれた。

逃げろ! 

逃げろ!

逃げろ!

逃げろ! 俺!

それは動物ならではの危険信号ほんのうであった。

逃げていても対格差が対格差なので直ぐに追いつかれてしまうが小柄ならではの小回りを活かし方向転換を繰り返している。

龍には会ってみたかった斎賀だったがやはり命を狙われるのは御免だ。

炎を吐いたり敵を倒したりして格好いいと思うのは幻想の中だけであって、現実では本当に迷惑極まりない行為としか言いようが無い。

しかもそのさいがにとっては尚更だ。


『ガァァァァァ――――――――!』

「やぁぁめぇぇてぇぇぇぇぇぇぇ!」


必死に懇願するも全くの効果無し。

死に物狂いで逃げてきているのでもう体力的にも余裕は無いが命が危険に晒されていれば人間たくましいものである。

どうせなら精神的にも火事場の馬鹿力というやつが発動してくれればいいんだけどな……


「しまった!?」


体力的には火事場の馬鹿力という奴で何とかなっていたが、足のほうが先にダウンして結局もつれて顔面から地面に激突。

慌てて後ろを見るが見ただけでは何の解決にもならなかった。

既に龍も足を止めて斎賀のほうに牙を向けていたのだから。

感じたことも無い生理的恐怖と、黒龍から発せられる覇者の雰囲気に気圧され、畏怖し、斎賀はもうそこから動き出すことが出来なかった。


「! そうだ!」


最後の望みを賭けて斎賀は鞄の中を漁くり回し、ところかまわず食料をばら撒いた。


「……」


紅い瞳が斎賀を捉え漆黒の瞳が黒龍を捉える。

そこで暫しの沈黙が発生した。

一秒一秒がこれまでに無いほど長く、そして重く感じられる。


そして


「もう……駄目……」


心身ともに限界に達した斎賀の視界は黒で塗りつぶされていくのであった。



ファリシアと邂逅するのは次の次ぐらいを予定していま〜す。


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