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歌角師匠

控え室から出て、当てもなく歩き続けた。俺の気分とは裏腹に楽しげな歌や曲が商店街中に響いている。家族連れやカップルが目に入ると胸が苦しくなる。大学生のような集団が盛り上がっているのを見ると、黙れクソガキ共と心の中で悪態をついた。クリスマスに浮かれる街全てが敵に見えた。

「酒でも、買って帰るか。」

歩き疲れ、意味もなく独り言を呟く。口にすることで、この放浪を終わらせようとしたのかもしれない。

「それにしても、ここはどこだ?」

何時間も歩いた結果、地元にも関わらず見たこともないところまで来てしまっていた。街灯も少なく暗いことで、帰り道も、分からない。

「まいったなぁ、スマホもとっくに電池切れだし。」

これが泣きっ面に蜂というやつか。不幸なときには不幸が重なる、いや違う、振られた惨めな男が迷子になっただけだ。いちいち大袈裟に考えて、どうする。またしても、不毛な事を考えていると、遠くに白い物が見えた。それは、買ったばかりの白スニーカーのように白く薄っすら光っていた。

「何か、こっちに近付いてきているような。」

気のせいではなく、その白い物体は確実に近付いてきていた。ゆっくりゆっくりと歩いているようだ。それが街灯の下に差し掛かったとき、ようやく正体が分かった。

「ゆ、幽霊だ。」

コントで出てくる幽霊のように三角の布を頭に当てて、真っ白な着物を着ている。小柄な老人の幽霊が俺に近付いてきている。逃げなきゃと思うのに身体が動かない。

「そこの、あなた。あたくしが『ウラメシヤー』と言うから、『何が恨めしいの?』と返しなさい。」

とうとう幽霊が俺の所に辿り着き、何故か大喜利の前振りの説明のようなことを言ってきた。恐怖は解けないが、更に困惑も加わりわけが分からない状態になってしまった。

「ウラメシヤー」

「…。」

きっと幽霊に口を聞いたら、取り憑かれたり、呪い殺されたりするパターンだ。ここは、黙ってやり過ごすしかない。

「あなたね、話聞いてなかったの?『何が恨めしいの?』って返してちょうだい。祟ったりなんかしやしないから。」

「ウラメシヤー」

「…何が恨めしいの?」

幽霊の口車に乗せられたのもあるが、純粋にどんな返答があるのかが気になり答えてしまった。

「裏の空き地にレストランが出来たってよ。裏飯屋〜」

「…。」

「…。」

何とも言い難い空気が出来上がった。寒いのは冬だからでも、深夜だからでも、幽霊がいるからでもないことだけは絶対確かだ。

「あなたのせいでしらけちゃたじゃない、笑いはテンポが重要なのよ。全く。」

幽霊は受けなかったことに憤慨しているようだった。ここで俺は、この幽霊が誰なのかに気が付いた。

「あの歌角師匠ですよね?昨年亡くなられた。」

「あら、あたしのこと知っているのかい。そうさ、あたしは鰹歌角、落語家だよ。」

「笑戦よく見ていました。俺、芸人やってて、会えるなんて光栄です!あれ、でも歌角師匠と会えたってことは俺死んでるんですか?!」

「いや、あのね。それ「えっいやマジどうしよう、家賃払ってないし、あ、死んでんだから関係ないか。」

「いや、だからね、あなたは「あーもう一回ぐらいゴールデンタイムにテレビ出てドッカンドッカンと笑い取りたかったなぁ。はぁ死ぬなら部屋の片付けとかも「いーかげんにしろ!ちょっと死神さん魂全部持ってちゃって!」

「えっ死神?どこどこ?」

辺りを見回しても、歌角師匠の他には誰もいない。

「いないよ、そんなもん。あんましにも人の話聞かないし、つらつらつらつらと面白くない話ばっかりするもんだから脅かしただけさね。」

死神がいないと聞いて、一先ず安心した。しかし、まだ大事な事が分かっていない。

「あの、結局俺は死んでるんですか?」

歌角師匠は、溜息をついてから話始めた。

「今から、話すから慌てなさんな。まず、結論から言うとね死んでないよ。あたししゃ今笑いの神様のとこにいるんだがね、芸人であるお前が辛気臭え顔で歩き回るもんだからクリスマスが台無しだって、どうにかして来いって言われて笑わせに来たんだよ。」

どうやら死んでいないようで、ホッとしたが、笑いの神様に心配されるほど俺は不幸な空気を発していたことに衝撃だった。

「笑いの神様って、ホントにいるんですね。」

「そりゃいるさ、『怒るよ短助』がやってるよ。円額さんもいいとこまで行ったんだけどね、選挙で負けてね。」

2人とも落語とコントという笑いのステージの違いはあれど、一時時代を築いた芸人だ。

「えっ神様って選挙で決めているんですか?」

「そうさ、あの世一爆笑大会で一番票を集めた人が優勝で神になんのさ。あたししゃ立候補しませんでしたがね、死んでまであくせく働きたくなんかありませんからね。」

歌角師匠がびびって立候補しなかったのか、それとも神様になるのがいやなのかは分からないが、あの世でも、お笑いコンテストはあるようだ。

「さっさと笑わせて帰るつもりだったんだけどね、受けなかったものは仕方ない。なんで辛気臭い顔で歩いてたのか話してごらんなさい。」

俺は、初めて会ったにも関わらず、売れなくて苦しいことや失恋のことや解散のことを話した。無関係の人だし、何より幽霊だから話しやすかったのかもしれない。

「何だい、そんなことかい。失恋は、もうスパッと諦めな、まぁそれが無理でも時間が経てば落ち着く。それにあなたがそんなに想い苦しんでる真っ最中に、あなたのことなんてこれっぽっちも気にとめず2人はまぐわってるぞ、きっと、今日はクリスマスなんだから。」

トドメを刺された。歌角師匠が余計なことを言うもんだから、その様子を一瞬想像してしまい胸がぎゅうと潰れそうなぐらい痛くなった。

「…もういっそのこと、あの世に連れてってください。」

「芸人なら、自分が苦しいときこそ心で泣いてステージでは笑いに変えるようにしなさい。」

いや、あんたのせいだよと心の中でツッコミをいれた。

「しかしね、死にたいってんなら解決策もあるよ。」

「えっ、どういうことですか?」

「今から、あたしが呼ぶトラックに跳ねられて死ぬ。」

「いやいやいや、何言っちゃってるんですか?!」

「話を最後まで聞かないのはよくないよ、それで死んだら、笑いの偏差値がかなり低い世界に転生できるって寸法だ。あなたのお笑い偏差値がだいたい50ぐらいで、その世界は偏差値の平均が30ぐらい、何やったってウケる事間違いなし!芸人の王になれる!どうだい、いっちょ轢かれとくかい?」

そんなに軽く決められることではない。それに、

「俺、そんな世界でウケても嬉しくないです。生きて、この世界で売れて、見返してやるんです。」

「売れたところで、やっぱりあなたを選んだ方が良かったとはならんと思うがね。」

やる気に水を差す人だ。そんなこと分かっているし、売れてたからって、擦り寄ってくる女なんてこっちからお断りだ。それに二村さんは、そんな娘じゃない。

「あー思い出した。その異世界には既に6.8秒キャノンとかいうコンビが行ってから、どちみち無理だったな。轢かれたら普通に死ぬだけだった。」

「ひょっとして死神って歌角師匠のことですか?」

危うく、ただただ無意味に殺されるところだった。テレビで見てたときは、もっとちゃんとしてたイメージなんだけどなぁ。

「何言ってんだい、しかしまぁそうなると、後は、うーん。」

幽霊が腕を組み悩む姿はシュールだった。頭の三角の布が良い味を出している。

「よし、そしたら転生ではなく転移してもらうぞ。この世界より笑いの偏差値が高い世界に飛ばして、笑いの偏差値を高くなったら、元の世界に戻してやろう。よし、これで決まり!」

俺の返事を待たずに勝手に決めてしまった。よっぽど早く帰りたいらしい。

「えっと、どういうことですか?」

その瞬間、地面が急に開き、俺は闇の中に落ちてる行った。ドッキリの仕掛けのようだったが、スポンジはなく、どこまでも落ちて行くようだった。歌角師匠が何か言っているのが分かったが、もう聞き取ることはできなかった。

「元々今日死ぬ運命だったから楽な世界に行こうとしたら死ぬだけだったんだがね、自分で運命を変えたじゃないか。少しは骨がありそうだから、ちゃんと戻って来れるかもな。さて、仕事は終わったし、笑戦メンバーの枕元に立ってから、あの世に帰るかね。」

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