失恋、そして解散
「うわぁトラックが突っ込んでくる〜。」
「キコキコキコ、こつん。」
「あいたぁ、って足漕ぎやないかーい!」
「もう、ええわ。」
「「ありがとうございました〜。」」
「お笑いコンビ、光明山のお二人でした。」
まばらな笑い声と拍手を背にステージを後にする。俺は今年で芸歴7年になる売れないお笑いコンビ光明山のツッコミ担当コンブこと昆野有信だ。液晶画面の向こうの華々しい世界遠く、俺の仕事といえば、ありがたいことに地元出身ってだけで呼んでくれる商店街のイベントや小さな祭ぐらいだ。今日はクリスマスセールのイベントに呼ばれていた。「ふぅ、今日も客少なかったですね。買い物に夢中で、ちゃんとネタを観てくれてる人がいないですね。」
相方のボケ担当ハレルヤこと浜星晴矢がボヤいている。年下だがコンビを組むなら、タメ口でいいって言っているのに結成から7年経っても敬語のままだ。
「ちゃんと始めから観てくれりゃ、面白いと思うんだけどな。」
出番が終わり、控え室でウケなかった言い訳をウダウダと言うのが習慣となっていた。他の出演者が付けたのかテレビから賑やかな音が聞こえてくる。
『 テレレ〜♫ヘイ!ポッコリちゃん!』
\ギャハハ/ \オモシローイ/
テレビに出れる人気者は、一カ月に百万円以上稼ぐこともあるそうだ。知名度が高くなれば、地方営業に呼ばれることも増えて、ギャラも上がる。一方で俺らの今日の稼ぎは5千円、これでも普段よりは、まだましな方だ。クリスマスだから、商店街がおまけしてくれたのかもしれない。
「浜星、500円あるか?今日のギャラ1人頭2500円なんだけど、小銭なくてよ。」
「遠藤先輩、話があります。」
俺の問いかけには答えず、いつになく真剣な目で俺を見ている。その表現から、何となく何の話か分かってしまった。
「コンビ解消か?もしかして、芸人自体辞めて就職するとか?」
「しゃーないか、もうアラサーだしな。この世界では若くても、世間じゃ若くないしなぁ。」
「人生立て直すなら、今ぐらいで踏ん切りつけないと間に合わなくなるしな。」
相方であり、親友だと思っている浜星から、決定的なことを言われるのが怖くて遮るように話し続ける。
「違うんです。そうじゃなくて、あ、いや結果的にそうなるでしょうけど!」
浜星は俺の声に負けないように、大きく声を張り上げた。そして、気圧されて静かになった俺に話を始めた。
「実は、二村と付き合ってるんです。」
二村というのは、俺と浜星がアルバイトしている学習塾で同じくバイトしているフリーターの女の子だ。そして、俺が片想いして口説いている真っ最中だった。
「え、いやいやいや、マジ?っていつから?」
「3ヵ月ぐらい前からです。」
「何?ホントなん?二村さんもお前も何も言わなかったじゃん。相談とかしてたのに、心の中じゃ笑ってたのか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「っていうか、2人で馬鹿にしてたんだろ?こんな相談してきたとか、デートに誘われたとか無駄なのにバカだねとか話してたんだろ!」
「...。」
「何か言えよ。無様だと笑ってくれた方がマシだよ。」
「なぁ、俺以外みんな知ってるのか?」
塾のアルバイト仲間は、一緒にBBQしたり、小旅行したりするような関係で、ちょくちょくネタも観に来てくれていた。
「はい、ただ先輩は真面目だし、本気で二村を好きなのも、分かっていたので言い辛くて。」
「あーあ。仕事じゃ滑りまくってんさそのに自分が知らないところで爆笑とっていたとは、驚きだね。」
「笑ってなんかいませんよ!僕も二村が好きになってしまっただけなんです。」
「お前は俺の気持ちを知っていて、お前は言わずにバレないようにして、アンフェアじゃん。」
「あーバカバカしい。」
俺だけ熱くなって騒いで、こいつは落ち着いてる。勝者と敗者の違いだ、残酷なものだ。俺に残った最後のプライドで、先輩として、殴られる覚悟で話した浜星へのお返しに伝えよう。いや、いろいろカッコつけても仕方ない、話は単純だ、売れないアラサー芸人が振られた、ただそれだけのことだ。たまたま、好きな娘の彼氏が相方なだけさ。
「解散…解散だな、もうお前の顔見れねーよ。」
「…分かりました。今まで、ありがとうございました。そして、すみませんでした。」
「謝るなよ、余計に惨めじゃないか。」
「…そうだな、謝る気持ちがあるなら頼みがある。バイト辞めるって伝えといてくれ。」
この日、俺は相方と親友、アルバイト仲間、副収入(というより、ほぼ主収入)を失った。そして、本気の片想いが終わった。




