片思い
この話は今から10年前、私がまだ高校生の時のお話です。
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「未樹ー、おはよう」
元気な挨拶の声と共に、規則正しいローファーの音が近づいて私の隣で止まる。
「未来、おはよ。今日は早起きなんだね」
「だって今日は数学のテストがあるじゃん!赤点とったら単位がとれるか心配なんだもん。」
そう言って頬を膨らませた未来の頭に思いっきりサッカーボールが当たった。
「いった〜・・・」
「悪りぃって何だ、未来に当たったんだ」
「あたし当たって良かったってこと?」
キツイ言葉とは裏腹に、笑いながら脛を軽く蹴ると少年はその場に蹲った。
「痛てぇ・・・」
「謝らない晶も悪いんだから、2人とも謝まるの」
「ごめんなさい」
2人は何故か私に謝ってきたので、きょとんとし何で?と言うと、声を揃えて未樹を怒らせると怖いからって言ったので、私は思わず笑ってしまった。
「そういえば晶、何で今日は学校に早く来たの?」
「来週、サッカーの練習試合があってその助っ人のために早く来たんだ」
「運動部や女子には人気者なんだもんね、それで彼女がいないのが不思議だよ」
「っさい!俺には彼女がいない方が楽なんだよ」
「そうなの?でも好きな人はいるきがする・・・」
私の呟いた言葉が聞こえたのか、晶の顔が一瞬照れたような気がする。
「2人ともおはよ」
教室に入ると、窓際の席に座っている少女が微笑みながら軽く手を振り私たちに挨拶した。
「秋、おはよ。今から未樹と一緒に数学のテスト勉強するけど、秋も一緒にどう?」
「しないより、するほうがいいよね。うん、一緒にやろうかしら」
テスト勉強を始めた私たちだが、勉強が大の苦手な未来の恋愛話や弟の面白い話などで中々進まないている。
「未来、テスト勉強をするんじゃなかったの?」
「だって、全然分からないんだもん・・・それより未樹は好きな人とかいないの?」
「なっ、何急に!?」
未来がいきなりそういう質問をしてきたので、シャープペンを床に落としてしまった。
その様子を見て確信したのか、怪しい笑みを浮かべながら私を見てくる。興味津々だ。
「言った方が楽だと思うよ」
秋までそういうこと言うのだから、仕方なく私は正直に話さなくちゃいない状況。
「うん、片思いだけどいるよ」
「えっ、誰なの?」
「実は・・・」
二人が顔を近づけたと同時に、授業の始業のチャイムが教室内に響く。そして、ドアが静かに音をたてて開き一人の男性が入ってきた。
私と未来は慌てて自分の席に戻り、ノートや教科書を閉じて鞄の中に仕舞った。
「起立。礼。着席」
「前の授業で言った通り、今からテストを始める。教科書やノートは鞄に仕舞うように」
皆は急いで言われた通り、それらを鞄に仕舞った。机の上には筆箱とシャープペンのみ。
それを確認すると、列ごとにテスト用紙を配っていく。
「後ろまで行ったか?テスト時間は40分、では始め」
紙のめくる音と、シャープペンの音が教室内に響き渡る。男性はというと、持ってきた出席簿と教科書を教卓の上に無造作に置き、椅子に座った。
彼の名前は東条竜矢。私たちのクラスの担任であり、数学教師。そして、私の片思いの相手。このことは未来たちは知らなくて気づかれていないはず。
「そこまで。後ろから順に回収する」
ベルトコンベアのように、紙が後ろから流れてくる。一番上に紙を置き先生に渡すと、人数分あるか枚数を数える。
「全員分揃った。今から職員室で採点するから、残りの時間は自習にする。言い忘れてた。赤点の人は放課後、補習するから残るように」
教室が一気に騒がしくなった。皆、先生の補習は地獄のようだって言っている。テストよりも問題が難しく、教科書やテキストを見ながらやらないと時間がかかるみたい。
そんなことはお構い無しな先生は、職員室へ向かった。
「未樹どうしよう。絶対赤点だよ・・・」
私の席の後ろにいる未来が、ドアが閉まる音と同時に机に突っ伏して項垂れている。いつもの光景だから、もう慣れてしまった。
「テストが始まる前にしっかり、勉強しとけば良かったわね」
いつの間にか秋が通路にしゃがみ込みんで、会話に参加している。これもいつもの光景。
「でも今回は、特別講師に教えてもらったらから、大丈夫だと思ったからつい・・・」
「特別講師って誰なの?」
「絶対教えない!未樹が好きな人教えてくれたら、教えるよ」
「私は知ってるわよ?」
秋のその一言に、私は思わず手に持っていたシャープペンを床に落とした。
誰にも言ってないはずなのにどうして知っているの。
「未樹の行動を見てればすぐ分かったの。多分、晶も気付いているんじゃないかしら」
二人は観察力と分析力が構内で、1位.2位を争う位優れてるから仕方無いけど、当たってたら恥ずかしい。
教室のドアが開き、採点済みの解答用紙を持った先生が入ってきた。何か少し寂しそうな、複雑な顔をしている。こんな先生、見たことない。
「テストを返す。名前を呼ばれた人から取りに来るように」
校庭側の人から順に名前を呼ばれていく。
「宮城秋」
「はい」
「今回のテストで唯一の満点者だ。よく頑張ったな」
「ありがとうございます」
唯一の満点者が秋ってことは今回のテスト、難しかったってことだよね。後ろで未来が何度目かのため息をしている。
「香川晶」
「はい」
「こんなミスをするなんて珍しいな。何かあったのか?」
「あっ、式の答えは合ってるのに、解答欄の答えが違ってる。見直しするの忘れてた」
「次からは気を付けるように」
私たちの列が最後。次に呼ばれるはずだったのに・・・
「安城未来」
「はい」
「頑張ったな、98点だ。次も頑張れよ」
「やったー!ありがとうございます」
順番が前後しただけだと思っていたのに、一向に呼ばれない。とうとう最後の人が呼ばれてしまった。
「呼ばれてない人は放課後、数学準備室に来るように」
そう言うと先生は教室から出ていってしまった。
「まさか未樹が補習になるとはね」
「何があったの?」
三人共、心配してくれて私の机の周りに集まった。どうしてなのか理由が分からず、補習前の勉強も出来ない。
「終わるまで待ってるか?」
「ありがとう。でも何時に終わるか分からないから、三人共先に帰ってて」
三人の優しさに心が救われたような気がした。
放課後の補習の時間がやって来た。
ー次回に続くー