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Dream&Devils  作者: 昼の星
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007,リアルファミレス

 シュウゴさんの話を聞きながらコーラを口に含んだとき、ふいに立ち眩みのような感覚を覚えた。


「だいじょぶか?」


 気がつくと、アキラさんが覗きこむようにしておれを見ていた。


「はい、すみません。なんだかふらっとして……」

「おまえは朝が早いのか?」

「んん、どうですかね……早目だとは思います」


 唐突な質問に戸惑いながらも答える。


「ならそろそろ現実での起床時間なんじゃないか」


 シュウゴさんは腕時計を確認していた。おれは携帯端末で時間を確認しようとしたが、どうやら家に置いてきてしまったらしい。


「ほい」


 スッと差し出されたのはアキラさんの端末だった。画面には大きく現在時刻が表示されていた。背景画面には、一般にも広く認知されている人気マンガの壁紙が設定されてあった。主人公の屈託のない笑顔が、おれの中のアキラさんのイメージと重なる気がした。


「ありがとうございます」


 たしかに表示されていた時刻はもうじき目覚める時間に差し掛かっていた。しかし……。


「時間は現実とほとんど一致しているみたいだ。ネットの情報なんかはかなりいい加減だけどな」


 時間が正しいのかどうか訝しく思ったのが表情に表れていたのか、シュウゴさんが説明してくれた。


「まだ話しておきたいことはあるが、仕方ないな。今日の夜も会えるか?」

「はい、おれは大丈夫です」

「なら、またこいつを迎えに寄越すから自宅で待っていてくれ。またモンスターに襲われるかもしれないからな」


 唐突に出てきた耳慣れた意外な言葉に戸惑いを覚える。それと同時に想起されたのは、自宅のバルコニーで遭遇した、真っ白なシーツに黒い点で作ったような簡素な顔という、ある種いかにもな姿をしたオバケのことだった。


「あの、あれって……」


 とアキラさんにうかがうような視線を向けてみる。


「おー、あれがいたよな、あれ。あのー、ほら、なんだっけな、あの」

「あのあの言うくらいなら特徴を言え特徴を!」

「いや、ちょっと待って! ここまで出掛かってるから! あれなんだよあれ!」


 壊れてしまったみたいに「あの」と「あれ」を繰り返すアキラさんに、シュウゴさんは冷ややかな視線を送っていた。そんなアキラさんとおれの視線が交わった瞬間、


「そう! テレサ!」


 アキラさんが半ば叫ぶようにしてそう言った。思い出してすっきりしたのか、満足気に息を吐いている。

 テレサというのは、ある超有名なゲームシリーズのキャラクターのことだろう。たしかにイメージはよく似ていた。細かいことを言えば、テレサのほうは手らしきものがあり、体も布というよりは魂かなにかのように丸みを帯びたもので、表情がある。対しておれが見たオバケは口も真っ黒な穴のようだったし、手はなく、下半身は末広がりで、ひらひらとフレアスカートのようになっていて、黒い穴のような目のせいか、無機質な印象が不気味だった。

 シュウゴさんも知っていたのか、「ああ、あれか」などとつぶやいている。


「そういえば、あれってなんなんですか? モンスターって……」

「気になるだろうが、それは明日にしよう。どのみち眠ればこちらに来ることになるだろうから」


 次第に、この店に来るまでに何度も繰り返された自由落下に似たような感覚が湧き上がってくる。それは眠いのを我慢しているときのようでもあって、すこし違う、奇妙な感覚だった。


「すみませ……なんか、変で……」

「おう、気にすんな! また明日、迎えに行くからな!」


 かすれるような声でアキラさんに「はい」と返事ができたかどうか、そんなことを思った瞬間には、おれは見慣れた天井、ではなく、壁をぼんやりと見つめていた。仰向けは金縛りに遭いそうな気がして、横向きに寝ているからだ。





 あれから部屋の窓のカーテンが閉まっていることを確認し、包丁もリビングに出しっぱなしにしていたのではと思ったが、父にはとくに何も言われることはなかった。

 普段となんら変わらない日常に、それこそ、夢だったのか、という気持ちが湧いてくる。そして同時に、アキラさんやシュウゴさんが実在するのかが俄然気になってきた。

 とはいえ、いまのところは直接連絡がとりあえたりするわけでもないので、ひとまずは夜を待たなければ状況を進展させることはできないのだろう。そう思うと、ゲームやマンガ、アニメの最新話を待ちわびるときのような心地がした。

 学校にいるあいだも浮ついた気持ちが抜けきらず、なんだかずっとそわそわしていた。授業のひとつひとつがいつにも増して長く感じられ、窓の外を眺めて過ごす休憩時間も、いつものようにぼんやりとすることができなかった。そんなとき、


「アキラのやつ、またゴミに捕まってたね」


 ふと聞こえてきた女子生徒の話し声に、意識が向いてしまった。振り返って確認することはできないので定かではないが、3、4人くらいでなにやら話しているふうだった。

 おれは昨夜出会ったアキラさんを思い浮かべてしまったわけだけど、彼女らが言っているのは当然、べつの人物のことだ。聞こえてくる話の内容はあまり気持ちのいいものではない。あからさまに罵るものではないものの、言葉の端や声色から、薄皮一枚を隔てて嘲りや蔑みが透けて見えるような会話だった。


「あいつ、嫁に逃げられたからって欲求不満なんじゃね」

「いやでもアキラはないっしょ。あれがイケるんだったらウチら皆危ないじゃん」


 五味はあまり特徴らしい特徴のない中年とも若年とも言えないような冴えない感じの男性教師のことだ。彼自身はこれといって生徒間の話題に上ることもない、良くも悪くも影の薄い人物なのだが、苗字の読みがごみであるため、彼に対してとくに悪印象を抱いていない生徒からも塵、芥、という意味のゴミと揶揄される、すこしかわいそうな人物だ。

 そしてアキラとは、晶芹香という名前の同級生のことだ。彼女は主席でこの学校に入学した優秀な学生であり、現在は生徒会の副会長も勤めている。見た目からして、やや古臭く見えるほどの優等生であり、教師の覚えもめでたい人物で、教師のだれかといっしょにいるところを目撃されることが多い。それとは対照的に、生徒のだれかと話していたりするところはほとんど見られず、せいぜい、生徒会の役員らしき人と事務的な会話をしているところを見かけるくらいという、悪い意味で目立っている生徒。表立っていじめのようなことこそ行われていないものの、時折、あり得ないと分かりきっている良からぬ噂話がささやかれるていどには、忌避されている存在だった。

 おれは意識して夢世界のことを考えるように努め、不快な時間をやり過ごした。

 授業を終えて帰宅するとなったころに、ようやく気分が上向いてきた。

 思い立ったことがあり、一度帰宅して荷物を置いたあと、再度家を出た。

 春先とはいえまだまだ日が落ちるのは早く、すでにあたりは薄暗くなっている。おれは何かいけないことをしているような、それをだれかに見咎められるんじゃないかというような、漠然とした不安に包まれながら、忙しなく周囲に視線を向けながら道を歩いた。

 通学路とはちがう、ふだんはほとんど立ち入らない道。記憶の中と見比べて、こんなふうだっただろうかと首をひねる。比較対象は現実のものではなく、アキラさんに抱えられて通過したときのものだ。視点がかなりちがうことと、建物の上を通過できないことで、思っていた以上に記憶の景色と合致するものを見つけることは困難だったが、昨夜以前の記憶にないものを見つけるたびに、気持ちが高揚するのがわかった。

 はっきりと認識していないだけで、記憶のどこかには残っていたのかもしれない、と自分を落ち着かせながら歩き続け、やがて見覚えのある建物が見えてきた。駐車場と店の外観は昨夜見たままのもの。店内に入る勇気はなかったので、それとなく店内の様子をうかがいながらファミリーレストランの前を不自然にならないように気をつけながら通過した。

 昨夜とは視点がちがうので確かなことは言えないが、店内の様子は昨夜と同じように見えた。だが、見覚えのある人物は、ちらちらと見ている限りでは見つけることができなかった。

 すぐに引き返すのはためらわれたので、しばらく行き過ぎ、見つけたコンビニエンスストアで少し立ち読みをしたあと、とりあえず飲み物を購入して店を出た。立ち読みをしているあいだも緊張と高揚は持続していて、時間に追われているわけでもないのに何度も店内の時計を確認したり、立ち読みしている本の内容がまったく頭に入ってこなかったりした。それは店を出てからも続いていて、周囲がかなり暗くなってきたことも併せて、妙にそわそわとした心地だった。

 まったく、なんて軟弱な豆腐メンタルなんだと自分自身でも嫌になるが、自我や記憶のない時期も含めれば16年来の付き合いになる性癖を、いまさらどうこう言っても仕方がない。『諦めんなよ!』と言う人はいるかもしれないが、おれはべつにそんな自分の事が壊滅的に嫌いというわけじゃないのだ。臆病な人間がいたっていいじゃないかと、そう思っている。ただ一方で、立ち向かうことが怖くてそう思い込んでいるだけじゃないのか? という疑念も抱えてはいて、何かの出来事に出会うたびに煩悶としてしまうのは昔も今も変わらない。

 じきに件のファミレスの前に差し掛かる。来た時と同じようにそれとなく店内の様子をうかがいながら通過するも、やはり見覚えのある店員さんなどはいなかった。

 おれはがっかりしたような、なぜか安心したような気持ちで店の前を通り過ぎようとした。が、駐車場から歩いてきた人とすれ違った次の瞬間、体がびくりと震え、おれは思わず振り返ってしまっていた。おれより頭ひとつ分も背の高い男の人の背中を呆然と見つめる。男の人が入店するために進路を変えたとき、店内の明かりに照らされた横顔が見えた。それは昨夜、夢の中で店内にいた人にとても似ているように見えた。

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