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Dream&Devils  作者: 昼の星
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006,シュウゴとアキラ

「おれは金片修吾だ」


 なんの前置きもなく男性はそう名乗った。


「え、それって……」

「ああ、おれの本名だ」


 ついさっき軽々しく本名は名乗らないほうがいいと言ったその口で、男性……シュウゴさんはつらつらと自分の素性について明かした。どうやらシュウゴさんは大学生だそうで、学校の名前は、近年一風変わったカリキュラムの導入によって県外からの受験生も多く集まるようになったという評判の学校のものだった。


「必要なら現実で顔を見せてもいい。指定場所に出向くから、遠くから確認してくれればそれでいいだろう。学生証も用意しよう。ロッカー経由なら……」

「い、いやそこまでしていただかなくても……」

「そうか……そんなことでは損してばかりじゃないか?」

「え?」


 急に方向性の変わったシュウゴさんの言葉になかなか頭がついていかない。奇妙な間が生まれ、二人でしばし見つめ合った。


「いや、悪い」


 そう言ってシュウゴさんは顔を背けた。


「……本名を聞いてしまったからな。それにこいつはおまえの自宅まで知っているんだろ? 学生なら寝床を変えるのもそうかんたんじゃないだろうし」

「あ、おれは高崎彰ね。よろしく!」


 唐突に名乗った隣の彼……アキラさんはおれに向かってにこにこといかにも快活そうな笑みをうかべている。そのまま視線を横にずらして向かいの席を見てみれば、極めて短い時間ながらも、この人はそうそうこんな表情は見せないだろうなと思えるような唖然とした表情をしたシュウゴさんがいた。やがて彼は額に手を当ててゆるゆると首を振った。


「アキラ、おまえな……」

「名乗っちゃだめだって、おれが先に言っとけばよかったんだよ。それにスミレちゃんを見つけて家を知ってるのもおれ。名乗るべきなのはシュウじゃなくておれっしょ」


 あっけらかんとしたようで、どこか真摯な雰囲気の滲んだ声でアキラさんは言った。おれは不謹慎かも知れないが、この光景をもし、いわゆる腐った女性諸氏が目にしたとしたらどうなるのだろうなどと思っていた。


「そういう雰囲気を醸すのやめろっていつも言ってるだろ。そんなんだから面倒くさい絡まれかたすんだよ」


 ……どうやらすでにそういう目で見られることがあったらしく、シュウゴさんはうんざりしたようにため息をついていた。一方のアキラさんはと言えば、


「別にいいじゃん? ひとの妄想にとやかく言ったってしょうがないし」


 と、ぜんぜん気にしていない様子だった。


「まぁ今はいい。とにかく話を進めるからな」


 シュウゴさんは空にしたコップを置いて、居住まいを正すと、おれに向き直った。


「おまえは今、これを夢の世界だと思ってるよな?」

「はい」

「で、おれたちのことを自分の夢の登場人物だと思ってるだろ?」

「はい……」

「いや、気にしなくていい。当然のことだ。おれも最初はそう思った。ただ、おれの場合はこいつがいたからな」


 ちらりと視線を移すシュウゴさん。つられてアキラさんを見ると、飲み干した紅茶のコップを持って、腰を浮かせるところだった。おれは急いでいったん席を立ち、彼に道を譲った。


「……だから、さっき現実でおれたちの存在を証明する提案をしたんだ。一度この状況についてはっきりさせておいたほうがいい。自分の頭がおかしくなったかもしれない、なんて思いたくないだろ?」

「それは……そうですけど……」


 言いよどんでいると、うかがうような、促すような視線が向けられる。しかしそれは急かされるようなものではない。


「なんでかな、って……」

「なんで助けてくれるのか? ってことか」


 うなずく。


「それはな」

「おれたちが正義の味方だからだな!」


 いつのまにか紅茶のおかわりと温かい飲み物用のカップのふたつを手にしたアキラさんが傍らに立っていた。

 おれが席を立とうとすると、彼はシュウゴさんの隣に腰を下ろした。


「おれたちってなんだ、勝手におれを巻きこむな」


 シュウゴさんはそんなことを口にしながら、腰を浮かせて奥側に座りなおしていた。


「いやいや、この流れで自分が含まれないって、それこそ本気で言ってんのって話でしょ」

「む……」


 返す言葉がなかったのか、黙りこんでしまうシュウゴさんの前に、中身がコーヒーだったらしいカップが置かれた。彼はため息をひとつついてカップに口をつけると、「砂糖が足りない」と文句を言った。アキラさんは「けっこう入れたんだけどなー」なんて首をひねっている。


 正義の味方か。たしかにかなり人の良さそうな、そしてお節介そうな雰囲気を感じていたおれは、なんだか目の前のふたりが戦隊ヒーローもののレッドとブルーあたりに見えてきた。はじめはアキラさんはイエローあたりのイメージも抱いたが、今はもうレッドにしか見えない。


「まぁ……とりあえずこいつの動機はそんなところだな。そんでおれは付き合わされてるだけだ。状況的に仕方がないからな。でもな、おまえを助けるメリットだっておれたちにはちゃんとある。人助けの自己満足以外にもな。それはひとことで言ってしまえば、仲間が増えるってことだ」


 仲間。その言葉におれの胸は高鳴った。ファンタジー世界でもなんでもない深夜のファミレスではあるけれど、おれにとってはまごうことのない非日常。そこで戦隊ヒーローの一員になれるかも……いや、さすがに戦隊ヒーローではないかもしれないが、嘲りなどを含まずに正義の味方を自称できるような人の、仲間になれるかもしれないのだ。心が躍らないはずはない。だが……。


「あまり気が進まないみたいだな」

「だっておれ、なにもできません……」


 アキラさんがとんでもない身体能力を持っているのは、ここにつれて来てもらう過程で、文字通り実感していた。まるで現代を舞台にした異能力バトルものの登場人物のようだった。そんなアキラさんの相方然としているシュウゴさんもきっと、アキラさんの能力に見合うだけの力を持っているにちがいない。いや、もし持っていないとしても、彼はきっとアキラさんをいろいろな面で支えていける人材なんだと思う。


 それに対して、おれには何もない。なぜかもわからないが、体が女になっているだけだ。


「ふむ……なにかしら寄与したい、しなければという気持ちはわかるが、その話は一旦置いておこう。それよりもまず、状況を理解してもらいたい。話の腰を折ったのはこっちなのにすまないな」

「いえ……」

「で、だ。理解してほしいのは、この世界は夢の世界だが、現実だということだ」

「ええと……」

「おれたちはもちろんだが、そうだな……たとえばあそこにいる店員も、現実に存在しているはずだ」

「そ、そうなんですか? NPCなんじゃ……」


 アキラさんに視線を向ける。


「いや嘘ついたわけじゃないぞ。ちょっとややこしいからシュウに聞いてくれ」

「はぁ……。アキラの言うとおり、NPCってのは実態に即した概ねただしい理解だと思う。ただ同時に、現実に存在している人でもあるんだ」


 細部はちがっているところもあったように思うが、これだけ現実に似ている世界だ。もしかしたら、神のような存在が現実に似せて作ったということなのかもしれない。そう考えるなら、実存する人をモデルにNPCを配置していてもおかしくないように思える。そんな推測をぼそぼそと話してみる。


「うん、いい考えだと思うぞ。だが少しちがう。現実に存在する、というのは言葉どおりの意味なんだ」

「それって、本人ってことですか?」

「ほとんどそうだが、完全にそうだとも言えない。ややこしいんだ」


 シュウゴさんの言うことには、目の前で食い逃げ? とも違うけれど、注文したわけでもないのに勝手に店の奥に立ち入ったり、ドリンクバーを利用しているのを咎めもしないのが店員さん本人だという。まぁ問題意識は持ちつつも、急にそんな行動を取られたら怖気づいてしまって注意もできなかった、ということかもしれないけど。もしそうだとしたら、おれは店員さんを咎められない気がした。

 たしかに、おれたちに対する反応を見る以外は、おかしなところは見当たらない。おれたちにこそ干渉してこないが、数少ないほかの客には、店員さんはふつうに接客を行っているし、お客さんのほうも……ふつうだ。


「まず、世界がふたつあると考えてくれ。現実と、この世界とのふたつだ。スミレは今、現実の世界では眠っているはずだよな?」

「そのはずです」

「おれもそうだ。眠ることでこの世界にやってくることができる。いや、つれてこられてしまう、とでも言うべきか。ともかく、睡眠時に訪れるのがこの世界だ。いろいろと滅茶苦茶なところもそれっぽいし、おれは夢世界と呼んでる」

「まぁそのまんまって感じだよね」

「うるさいな」


 シュウゴさんが説明してくれる横でアキラさんは後は任せたとばかりに紅茶を啜っていたが、暇を持て余したのか茶々を入れてきた。


「で、だ。じゃあおれが目覚めているあいだはどうなっているか、って話だが、どうやらおれは夢世界ではいなくなっているらしい。そして現実で眠ると、夢世界での対応した場所で目が覚める。自宅で眠れば、夢世界での自宅で目が覚める。どこか違う場所で眠れば、夢世界のその場所で目が覚める。じゃあ、あの店員や客たちはなんなんだ、という話になるよな?」

「そう、ですね……」


 シュウゴさんの話がほんとうなら、彼らはいま現実で眠っていて夢世界に来ていることになるのではないのか。


「彼らはおそらくこの世界に対応していないんだ。あまり自分たちを特別視したくはないんだが、おれたちは夢世界で自我を保てる特性があるんだろう。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないが。そして特性のない人は、眠っていなくても夢世界に存在している。言ってみれば、同じ人間が現実と夢世界とで同時にふたり存在しているようなものだ。これがおれたち特性のあるやつらとの明確なちがいのひとつだな」


「特性のないひとが眠っているときはどうなるんでしょうか?」

「どうも中には入っているらしいな。そもそも夢ってのはいつも見ているもので、夢を見たかどうかは、目覚めたときに覚えているかどうかだ、って話は知ってるか?」


 おれはうなずいて見せた。


「おれたちは夢世界で知人に接触してみたんだ。そうしたら、ちらほらとだが、おれたちの夢を見た、と、夢世界でのおれたちの記憶と合致する証言がでてきたのさ。ちなみに、現実で眠っていないときの経験は本人には記憶されないみたいだ」


 シュウゴさんは、本格的に調査したってんでもないから確かなことは言えないが、と付け足した

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