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Dream&Devils  作者: 昼の星
37/42

036,夢魔

「うっざ! もう許さねえ!」


 目の前に迫った雷雲を避けた直後、リンドウ先輩は槍を担ぐみたいに構え直した。そのまま、まさに槍投げの要領で空中の五味先生に向かって槍を投擲した。

 槍の勢いは凄まじく、先輩に向かっていた雷雲を貫き散らし、なお速度が衰えることなく飛翔した。


「ぬああ!」


 驚愕に目を見開いた先生を掠め、槍は上空へと昇っていく。


「は、はは、少し驚いてしまったじゃないか。だが、馬鹿め。武器を手放してしまって、これからどうすると言うんだリンドウ!」


 無手で立つ先輩に向かって、先生が雷雲を放つ。しかし雷雲は先輩に届くことなく、空中で打ち払われていた。ほかでもない、リンドウ先輩の手にした槍によって、だ。


「なんだと?」

「へっ、別に本物の槍ってわけじゃねんだ、投げてもまた出せばいいだけのこと、よっ!」


 先輩は再度、槍を投擲する。しかし先生は悠々と避けてみせた。


「ふん。そういう選択肢があるのだと分かっていれば、避けるのは造作もないな」


 槍投げと一口に言っても、ただ手にした槍を放り投げれば成立するというわけじゃない。それなりの構えでもって投擲しなければ、まともに飛ばすことすら難しいだろう。そしてそれはそのまま、これから攻撃するという合図にもなってしまう。加えて、射撃や狙撃と言うには精度が低いことも問題だろう。それはかえってイレギュラーなチャンスを生む可能性もないではないが、ほとんどは避ける側に有利に働くものだ。


「くそ、一発でも当たれば……」


 先輩は何度となく投擲を繰り返す。が、先生はすっかり見切ったと言わんばかりに容易く槍を避け、疲れた様子も見せずに飛びまわる。リンドウ先輩はそれまで回避だけでなく槍で打ち払っていたものが、投擲に行動を割り当てた分だけ、雷雲を防ぎきれなくなっている。見かねたのか、時折イセ先輩が刀で雷雲を切り払おうとするも、刀ではリーチが足りず、今度はイセ先輩が傷を負うことになる。かといって投擲を止め、回避に専念するのではまた先の見えない我慢比べのような状況に後戻りするだけ。

 たった一度。五味先生本体でなくとも、広げた黒い羽根を貫くことが叶えば勝てるはず。そうした目論見のもと、先輩は槍を投げ続ける。しかし次第に傷は増え、体力的な問題も追い討ちとなり動きが緩慢になっていく。

 そして、先に決定的な一打を受けてしまったのは、リンドウ先輩のほうだった。

 槍を投擲した直後、傷ついた足が痛んだのか回避が遅れ、雷雲が直撃したのだ。咄嗟のことで考えている余裕がなかったのだろう。先輩は右腕で雷雲をガードしていた。それは槍をずっと投げ続けてきた先輩の利き腕だ。消し飛んだり折れ曲がったりこそしなかったものの、制服の袖は焼け、むき出しになった素肌もところどころ黒ずみ、火傷を負ったように赤く腫れ上がってしまっている。


「ってえー……、ざっけやがって」

「はは! ざまあないなリンドウ。邪魔者は消えろ!」


 炸裂音が屋上に木霊する。

 しかしそれは、うずくまったリンドウ先輩を狙って先生が放とうとしていた雷雲のものではない。


「な!?」


 その先生が広げた黒い羽のそこかしこに、小さな穴が開いていた。

 イセ先輩やリンドウ先輩も気がついているだろう。これはアガサ先輩の銃撃だと。

 先生は音の出所である屋上の入り口を振り返る。その間も銃声は響き、羽のみならず、先生の全身を銃弾が掠めていく。


「姿を見ないと思えば、このメスガキがあああ!」


 屋上の入り口付近を睨みつけた先生の瞳に、昨日目にした怪しいピンク色の光が点った。途端、はっきりとは視界に入れないように見ていたはずなのに、強烈な不快感がこみ上げる。銃声が止んでしまったことから、おそらくアガサ先輩も同じように体に異常をきたしているに違いない。

 この先生の力はおそらく、インキュバスのものではないかと推測していた。昨日見た女生徒の様子や、おれ自身の体験したこの怪しい光の力などが主な理由だ。インキュバスというのは、夢魔もしくは淫魔と呼ばれる悪魔のことだ。男版サキュバスというといくらか通りが良いかもしれない。昨今のサキュバスといえば、男の精気を奪うであるとか、男を虜にする、みたいな要素だけが拾い上げられていることも多いが、元来は夢の中に現れる悪魔である。それもただの絶世の美女などというだけでなく、襲う相手の理想の姿で現れるというものだ。そうして夢の中で相手と交わり、精気を奪っていくという。インキュバスも、男女が逆転しており、交わりの結果として悪魔の子を孕まされてしまうことがあるという重大事を除けば、概要は似たようなものだ。そもそも同一の存在とする向きもある。

 そんな特性を備えているとしたら、女性であるアガサ先輩が対峙するのは危険が伴うだろう。下手をすれば操られてしまうかもしれない。そうした推測のもと、アガサ先輩には校舎内で待機してもらうはずだったのだ。といっても、まったく様子も見ずにただ待っていることがいかに歯がゆいものかはよく分かる。きっと見つからない程度に覗き見していたのだろう。そして二人の先輩の窮地に助けに入らずにはおれなかった。きっとそういうことなのだと思う。


「くたばれえええ!」


 搾り出すような叫び声とともに、リンドウ先輩が焼け跡も痛々しい腕で、無理やりに槍を放った。それは小さな穴がいくつも穿たれた黒い羽の片方をほとんど貫き散らし、彼方へと飛翔していく。


「ぬあ!」


 リンドウ先輩を振り返った先生の瞳からは怪しい光が失せていた。その背の羽は、片方は槍によって無残にも半分以上が千切れ飛び、もう片方は銃撃で穴だらけになっている。それでもなお、先生は空中に留まっている。残った羽に黒いもやを大量に纏わりつかせ、闇を引き摺るみたいにして飛びまわっている。


「ぐう、面倒なガキどもめ。このおれの邪魔ばかりしやがって。だが、いい加減これで終わりだな。リンドウ、その腕ではもう槍は投げられまい。アガサも使い物にならんはずだ。いや、後で使わせてもらうのも悪くはないが。くく……」


 先生の言うとおり、おれたちの持ちうる有効な遠距離攻撃の手段は失われていた。もとより、アガサ先輩を参加させないと決めたときから、せいぜいリンドウ先輩が槍を投げるくらいしかないとは分かっていたのだ。つまりは、空に逃げられた時点でかなり分の悪い勝負にはなっていたということ。そもそも、先生がいくら悪魔めいたツノを生やしているからといって、羽まで生やして空中を自在に飛びまわるなどとだれが思うだろう。

 だからこれは、あくまで偶発的な結果に過ぎない。

 おれは滑るように宙を移動してくる先生を見据え、屋上の入り口、その上のわずかな距離を全力で駆け抜けた。

 すぐに足場となる床は消失し、体が宙に投げ出される。おれは先生のように羽を持っているわけじゃない。夢の中ではあるが、重力らしき力に従っておれの体はほとんど放物線も描かずに高度を下げ始める。だがその前に、目的のものは目の前に迫っていた。おれはそれを全力で抱き締めた。男の足に縋りつくなんて、いまどき女性でもそんなことをする人は現実にいるだろうか?


「な、んだ!」


 何もないと思っている空中で、突然足に何かが縋りつき、体が沈みこんだのだ。驚きもするだろう。


「な、なんだというんだ一体!?」


 何かが縋り付いているはずの自身の足に、異常は見られない。ただ感触だけが、自分の足を捕まえる何者かの存在を訴える。本能的なものだろう。足をぶんぶんと振り回すように揺らし、縋りつく何者かを振り払おうとする。だが――


「よくやった」


 ほんの一瞬の交錯に、そんな言葉が耳に届いたと思ったのは気のせいか。

 刀を振り切った体勢のイセ先輩が、勢いのまま校舎の外へと投げ出されていく。その後姿は、かつて校舎の裏手でオバケから助けてくれたヒーローそのままだった。

 残っていた穴だらけの羽を片腕ごと斬り飛ばされた先生は、さすがに宙に浮き続けることができなくなり、足にしがみついたおれごと、屋上へと落下した。


「へ、これで仕舞いだな」


 片腕を押さえてうずくまった先生へ、左腕で構えた槍を突きつけながらリンドウ先輩が言った。おれも透明化を解除し、傍らに並び立つ。


「やったなスミレ!」


 肩越しに声をかけてくれる。


「はい、なんとか……!」


 透明になる以外に能のないおれだ。最初から戦力としては数えられなかった。そこで与えられた役割は、隙をみて奇襲する、というものだった。奇襲とは言っているが、武器も無しに何をするというのか、という話である。つまりは、黙って見ていればいい、そういうことだ。ただ先輩たちが、邪魔だからすっこんでいろ、とは言わずに、そういう役割、という体裁を整えてくれたに過ぎない。おれが透明になれるということ自体は先生に知られてしまっていたし、始めからアテにはされていなかった。

 だからと言って、先輩たちが傷つきながら戦っているのを、黙って見ていることなどできるはずもない。おれは邪魔をしないように気をつけながら、先生や先輩たちの周りをちょろちょろと動き回っていたのだ。そして、先生が空を飛び始めてからは、屋上で高いところはどこかと探し回り、結果、校舎内の屋上入り口、その天井にあたる部分に上って様子を窺っていたのだ。

 じきに、頭を押さえながらふらふらとした足取りで校舎内からアガサ先輩が歩み寄ってきた。


「おう、だいじょぶだったか?」

「サイアク。てかスミレ君の言ってたことと違ったんだけど」


 先輩はかなり憔悴した様子だった。


「え、動けなくなるとかそんな感じじゃなかったですか?」

「いやどっちかって言うと勝手に動くって感じでしょ。おかげで下着が……」


 なぜか呆然とした表情のアガサ先輩と黙ったまま見つめあう。ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、先輩は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

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