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Dream&Devils  作者: 昼の星
32/42

031,待ち合わせ

「…………」


 イセ先輩はまだ不満気な様子だったが、しぶしぶといった様子で椅子に座った。

 おれは情けなくも、アガサ先輩に付き添ってもらうようにして椅子に座らせてもらった。


「そんじゃーズバリ聞いちゃってもいいかな? だいじょぶ? 答えられる?」


 リンドウ先輩が、おそらくは努めて明るく尋ねてくれた。おれはまだ、発声すると声が上ずってしまいそうな予感がしていたが、とにかく頷いて見せた。


「うん、まぁ無理しなくてもいいかんな。いやさ、イセも気になってると思うし、タガメを罠に嵌めたのかどうかだけ、まずハッキリさせたくてさ。あれってスミレの仕業なの?」


 おれは言葉の意味を理解した瞬間、首をぶんぶんと横に振った。


「ち、ちがいますっ」


 案の定、ほとんど裏返ったような声が出たが、構ってなどいられない。


「あれ、は……、はぁ、タガメ先輩が廊下に出たら、突然……」

「んじゃ、あっこで何してたの?」

「先輩と話してました」

「何を?」

「保健室でのことです」


 リンドウ先輩の質問に答えていくうち、おれは次第に落ち着いてきた。


「あー、そういえば保健室にいたよな」

「五味とよろしくやっていたんだろ」


 イセ先輩の突き放すような言葉が胸に突き刺さった。


「ち、ちがいます……」

「何が違う? サトウが言っていたぞ。お前は五味の仲間だと」

「それは、サトウ先輩が誤解していて……」

「ベッドに縛り付けられたサトウを放って五味とイチャついていたんだろうが」

「あ、あれは先生が一方的に……」


 イセ先輩が、おれが話しているうちから被せるように追求してくる。見かねたのか、アガサ先輩があいだに入ってくれた。


「ちょちょ、ちょっと待った。イセもそんな追い詰めないで、頭っから疑ってかかることないでしょ」

「アガサは保健室には後から来ただろ。おれは実際に見てるからな」

「見たって言っても、別にイチャイチャかなんかしてるとこを悠長に覗いてたわけじゃないんでしょ? だったら同意の上かなんてわかんないでしょ」

「サトウの言い分はどうなる。あいつは保健室のベッドに縛られて成り行きを見てたはずだ。そのサトウがコイツは五味の仲間だって言ってたんだぞ」

「それは……」


 口ごもったアガサ先輩がおれに視線を向けてきた。先輩の視線からは、疑惑を向けられているとは感じなかった。


「ごっそさん!」


 いつの間にか4つか5つくらいあったパンを平らげ、ポケットに包装を詰めこんだリンドウ先輩が元気に宣言した。


「イセもアガサも、さっさと食べないと昼休み終わっちまうぞ。食え食え」


 促されたアガサ先輩は、のろのろとお弁当の包みを紐解いた。意外と言っては失礼だが、チェック柄のかわいらしい包みだ。一方のイセ先輩はペットボトルのお茶を飲むだけで、パンの包装を破くことはなかった。


「ほんでさー、スミレはなーんでサトウに誤解されてたのよ」


 椅子を背中側に傾け、足を浮かせてバランスを取りながらリンドウ先輩が尋ねてくる。


「おれ、五味先生のこと説得しようと思ったんです。先生はあの世界が、なんていうか……、こうやって、現実と繋がっているものだと知らないんじゃないかと思ったので……」

「あー、確かにおれの夢がどーのこーのって言ってたな。まぁひとりで体験してたらふつう分かんねーか。てか、したらスミレはよく分かったな」


 ひとりでは分からない。ということは、やはりセンパイ方はお互いに話をすることで現実と夢のつながりを把握したのだろう。細かな経緯までは知る由もないが。


「おれは親切な人に教えてもらって……」

「それってだれ? ほかにもプレイヤーがいんの?」

「あ、いえ、その人たちは学校の人じゃないので……」

「マジか。ってことはスミレも学校以外の夢を見てたってことか」


 スミレ”も”という、接続詞が気になった。


「おれ以外にもだれか学校以外の夢を見てたんですか?」

「……確証はないけどな」


 相変わらず視線は鋭いままだが、イセ先輩が、自分が不可解な夢を見ていたと話してくれた。


「ふーん、んじゃやっぱあの世界って、なんていうか、学校の夢を見る、みたいなものじゃないんだな。なーんで外出らんねーかなー」

「ちょっと、話脱線してない?」


 お弁当に箸をつけながらも視線を走らせて会話に耳を傾けていたアガサ先輩が口を挟んできた。


「あー、わり。んでなんだっけ?」

「馬鹿。なんで誤解されてたかって」

「すみません……。五味先生のことを説得しようと思って、助けを呼んだりもせずに先生と話していたので、どう見ても自分が襲われてる状況でのんきに話しているおれのことを先生の仲間だと思ったんじゃないかって、思います。NPC状態のサトウ先輩には、夢が現実だのって話の内容は意味不明だったでしょうし……」

「なるほどね。どう?」


 アガサ先輩に尋ねられたイセ先輩の表情は硬いままだ。


「そんなもの、後からなんとでも言えるだろ」


 確かに、おれが嘘をついていないという証明はできない。場に沈黙が流れた。


「まぁ、じゃあ保健室のことはいったん置いておいて、なんでタガメのとこにいたの? てか、そういやどうやって俺らより先行してたんだ?」

「すみません、その前に確認してもいいですか? 先輩たちは保健室から出たとき、ダンジョンに遭遇しましたか?」

「おう。おれとアガサはあんときに武器出せるようになったもんな」


 アガサ先輩も口をもぐもぐとさせながら頷いた。


「おれは先輩たちが保健室から出て行くのを追いかけたんですけど、扉を開けてもダンジョンにはつながっていませんでした」


 先輩たちは顔を見合わせた。

 おれは保険室内で先輩たちの行き先については聞いていて、それを先回りすることで追いつこうと考えたこと、既に誤解から敵視されているのを、タガメ先輩に事情を話して助けてもらおうとしたことをたどたどしくも説明した。


「おれたちをダンジョンで足止めしているあいだに、タガメを騙そうとしていたんじゃないのか」

「いや、イセ。だとしたら落とし穴に落とすのはおかしくないか?」


 訝しげな表情でリンドウ先輩を見つめ返すイセ先輩。


「だってそうだろ。騙そうとしてたってんなら、あんときタガメはもう騙されてたじゃん。イセのことを止めようとして、生徒会室から出てきてただろ」


 リンドウ先輩が確認するようにアガサ先輩に視線を向けると、アガサ先輩はゆっくりと頷いた。


「イセはなんていうか、あんまり覚えてないのかもだけど」


 二人の言葉を受け、イセ先輩はそのときのことを思い出そうとするかのように俯いて黙りこんだ。


「んじゃスミレはあの後どうしてたん?」

「……ずっと生徒会室にいました」

「んじゃあの犬はなんなん?」

「あれは……、すみません、よく分からないです。ただ、校舎の裏手でオバケに襲われてるのを、まぁ、一応助けた、みたいな感じで、恩返しのつもりなのかなって……」


 胸を張って、助けたと言えないのが情けないが、じっさい微妙なところなので仕方がない。


「んーじゃあれも敵とかじゃねえのかあ」


 リンドウ先輩が椅子の背の上で腕を組み、そこに顎を載せて残念そうに息を吐いた。


「えっと、先輩たちはどうしてたんですか……?」


 尋ねてみると、どうやら先輩たちはあの黒い穴の先に続いていたダンジョンに潜入していたらしい。はじめはおれを追って生徒会室に入ろうとしたが、そこもダンジョン化しており、踏破に時間がかかりそうだったので、タガメ先輩を追うことを優先したそうだ。


「でも間に合わなくてね」


 アガサ先輩が食べ終えた弁当箱をまた綺麗に包みなおしながら言った。

 また沈黙が流れる。先輩たちからの疑問はひとまず落ち着いたと見て、おれは意を決した。


「あの、実はおれ、五味先生、見つけたんです」

「は!?」


 間抜けな声を発したのはリンドウ先輩のみだが、驚愕の視線は場の全員から集まっている。羞恥に顔が熱くなった。


「そ、それって現実の話? あっちの学校での話?」


 立ち上がりかけたイセ先輩に先んじて、リンドウ先輩が尋ねてきた。


「あ、あっちの学校の話です」

「で、どこに?」

「ここです」

「は!?」


 またしても先輩たちの顔に驚愕の表情が貼りついた。


「ほんとに……?」

「はい……、おれは面識なかったですけど、女子生徒といっしょでした」

「マジかよ、ダンジョンの奥とかでふんぞり返ってんのかとばっかり思ってたわ……」


 呆気にとられたみたいな顔で言うリンドウ先輩のつぶやきに、おれは親近感を抱いた。


「ここに、五味が……」


 タガメ先輩を心配する気持ちが怒りに転化されているらしいイセ先輩は、鬼気迫る表情で床に視線を落としていた。


「それで、できれば先輩たちに先生を止めるのを助けていただきたいんです。今日、お話したかったのは、このことでした……」


 先輩たちはそれぞれ顔を見合わせた。


「……わかった。けど、おれたちは荒事も辞さないぞ。それでも構わないんだな?」


 イセ先輩がまっすぐに見つめてくる。


「はい……、たぶん、一度は力尽くで止めないと話も聞いてもらえないっていう、そんな感じなんだと思います」


 保健室からずっと、先生はまるで聞く耳を持っていない。おそらくは纏わりついた黒いもやが何か悪さをしているのだと思う。真っ黒なもやが元凶だなんて、あからさまに過ぎるとも思うが、夢の世界には何かそういった、分かりやすい記号が溢れているような気がした。

 ふと何かに気がついたかのように端末を取り出したリンドウ先輩は、「やべっ」といって椅子を回収し、あっという間に階段を駆け下りていってしまった。


「……この階段がいいか」


 リンドウ先輩に続いて階段に向かったイセ先輩が立ち止まり、つぶやいた。


「二階まで来られそうか?」

「は、はい……」


 そう言って先輩は階段を降りかけ、ふたたび足を止めた。


「……疑って悪かったな」


 それだけを口にすると、後は振り返らずにそのまま去っていった。


「だいじょぶ? ひとりで戻れそう?」


 アガサ先輩が気遣ってくれる。廊下で声をかけてくれたことといい、ほんとうに優しい先輩だと思う。


「はい、だいじょぶです」


 鼻水をすすりながら、なんとかそれだけを返した。うまく言葉にはならなかった。

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