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Dream&Devils  作者: 昼の星
31/42

030,屋上手前

「んーで? おれたちに何の話だって?」


 その後、アガサ先輩とともに、連れ立って食堂へ向かおうとしていたリンドウ先輩とイセ先輩を捕まえた。なるべく他人に話を聞かれないようなところで話をしたいと伝えたところ、連れてこられたところは、奇しくも屋上前の空間だった。


「できれば手短に頼むわ、おれ腹減っちまってさあ。てか食べながらじゃ駄目?」


 いつもと変わらないような明るい調子のリンドウ先輩。イセ先輩は少し下がって壁に背を預けて立っている。一見して、疲れていそうな雰囲気だ。


「あ、はい。おれは話ができればなんでも……」

「あ、んじゃ購買行って来るわ。イセの分も買ってくるか?」

「……ああ、頼む。できれば惣菜系」

「あ、じゃあ私も弁当持ってこようかな」


 言うが早いか、二人はあっという間に階段を降りていってしまった。


「…………」

「…………」


 できれば三人に話したかったので、どうしたものかと考えあぐねていると、イセ先輩のほうから「なぁ」と話しかけてきてくれた。


「おれたちのこと、知ってるみたいだけど、一応、自己紹介しておくな。おれは伊瀬鷹明だ」

「あ、おれは、その……」


 名乗っても、先輩が敵と認識している夢の世界のおれにはつながらないよな? と頭の中で考えを巡らす。少し間があいてしまったが、先輩は急かすことなく待っていてくれた。


「菫、香月と言います」

「スミレ……?」


 そのとき階段を軽やかに上ってくる足音がして、アガサ先輩が息を弾ませて現れた。


「ふぅ。あれ、なんかした?」

「アガサはこいつがだれだか知ってるのか?」

「あー、いや、まだ聞いてない。てかここ座れないじゃんね、どうしよ」


 イセ先輩が無言で名乗れと促してくる。


「……あの、おれ、菫香月って言います」

「スミレって苗字なの? すご……い、ねー……」


 アガサ先輩の声は後半どんどんと勢いが失せ、小さくなっていった。そしてイセ先輩の顔を見た。


「え、スミレ……君って、学校来てないんじゃ……」


 階段のほうからガタガタという物音が近づいてくる。やがて姿を現したのは、いくつものパンを四脚重ねた椅子の上に載せて運んでいるリンドウ先輩だった。


「おら、椅子持ってきてやったぞ。ありがたく座れよ」

「ちょっと、これだいじょぶなの?」


 先輩は「だいじょぶだいじょぶ」と言いながらさっさと椅子をそれぞれの前に置いていく。


「ちゃんと昼休みが終わる前に返しに行くからへーきへーき」


 言いながら椅子に乗せていたパンのいくつかをイセ先輩に渡していく。ほとんど包装を破くのと同時に席について、パンを口に放りこむ。


「んで、あんの話?」


 おれは先輩たちに倣って席につき、改めて名前を名乗った。


「ふーん……あ、おれ飲みもん買ってくるわ。イセはなんか飲む?」

「お茶で頼む」


 言うが早いか、あっという間に階下に姿を消すリンドウ先輩。


「はぁ……もうあいつのことはほっといて話していいと思うよ。なんなら後で伝えとくし」


 呆れたような声でアガサ先輩に促され、おれはうなずいた。どこか刺さるようなイセ先輩の視線に胸が痛かった。


「えっと、どこから話したらいいのか……。さっきアガサ先輩が『休んでいるはず』って話していたのは、夢の世界でいなくなっている生徒のことですよね?」

「そうだね。てか、やっぱりスミレ君もプレイヤーなんだ?」


 夢の世界の話が、現実で思いのほか自然に受け入れられていることに、なんだか不思議な感覚がする。やはり知り合いといっしょに同じ状況を経験しているというのが大きいのだろうと思う。現実でひとこと「なんか変な夢見なかった?」とか聞いてしまえれば、自分の妄想じゃないかと疑って煩悶とする必要などないのだろう。


「プレイヤー、っていうのは、夢の世界で自分の意思を持って動ける人のことですよね?」

「そう、だね。他の人たちは皆……なんだっけ、MP……」

「NPC」

「それ。NPCみたいになってるけど、うちらみたいにあれが夢だって分かって動けてる人をプレイヤーって呼んでるね」

「それなら、おれも先輩たちと同じ、プレイヤーです」


 なんだかんだ、イセ先輩とアガサ先輩はまだ昼食に手をつけていない。


「じゃあ教室にいなかったのって、どっかべつのとこに行ってたとか?」

「あ、えーとそれなんですけど……」


 透明になってあの場にいました、とは即答できず、会話に間ができてしまう。


「実はおれ……」


 そのとき、いったい階段を何段飛ばしで上ってきたのか、けたたましい足音を伴ってリンドウ先輩が姿を現した。


「あー、上り下りダリー」


 そそくさと席について、さっそくペットボトルのお茶で喉を潤している。口を離さないままイセ先輩にもペットボトルを手渡し、またすぐにパンの包装を破いた。なんとなく成り行きを見守っていると、口の中のものを飲み下したリンドウ先輩が口火を切った。


「で、何の話?」

「スミレ君もプレイヤーだったって話」

「マジで?」


 おれはうなずいて見せた。


「へー、おれら以外にもいたんだな。あー、まぁ五味もいたか」


 五味先生の名前が出た途端、場の空気がひりついたような気がした。


「つか向こうで会ったことないよな? おれら学校の中はあらかた見て回ったはずだけど」

「トイレに篭ったりとか……」

「マジか!? ずっと!? いやそれ無理だわ。でもあれか、モンスターとか出るししょうがねーか。そういやもう武器とか出せんの?」


 パンをぱくつきながら身を乗り出すようにして話しかけてくるリンドウ先輩の肩をアガサ先輩が小突いた。


「ちょっと、喋らせてあげなって」

「お、ああ、わり」


 先輩に気を遣わせてしまって申し訳なく、情けなく思うが、正直ありがたかった。とはいえ、急にバトンを渡されてもどうしたらいいのか迷ってしまう。


「えっと……あ、おれ、お礼を言いたいと思ってて」

「おれい?」


 おれは立ち上がり、ほとんど床と平行になるくらい頭を下げた。


「オバケに喰われたの、助けてもらって、あ、ありがとうございました」


 顔を上げたとき、険しい表情だったイセ先輩までが顔に疑問符を貼り付けていた。


「……オバケってあれか? あの、ねないこだあれみたいな」

「最初っから校舎の外にいた奴のことか」

「ああー。わかったけど、ねないこのオバケはもっとかわいいから」

「はぁ?」


 なにやら有名どころの絵本の表紙が怖いか可愛いかで言い争いをはじめた二人の先輩をよそに、イセ先輩はじっとおれを見つめてくる。やがて意識が記憶の引き出しを探り当てたのか、先輩はわずかに目を見開いて立ち上がった。膝の上に載せられていたパンが床に落下し、軽い音を立てる。それで異変に気づいたのか、二人の先輩も立ち上がっているイセ先輩を見上げた。

 イセ先輩は、見開いた目を再度、細くするどいものにし、歩み寄ってくる。先輩は一般にそれほど背が高いほうではないと思うが、目の前に立たれると、やはりおれは見上げる格好になった。胸倉をつかまれ、顔を突きつけられる。


「ちょ、ちょっと!?」


 二人の先輩が慌てて立ち上がり、おれとイセ先輩とのあいだに入ろうとしてくれたが、


「タガメをどこにやった?」


 という先輩の言葉で動きが止まった。

 イセ先輩が、半ば突き飛ばすみたいにおれの制服から手を離した。足がもつれて、背後の壁によろよろとぶつかった。


「ちょっとイセ、急にどうしたの!?」

「こいつの顔、よく見てみろ」


 おれは目線を上げられなかったが、三人の視線がおれの顔に集中しているのを感じ、気持ちの悪いそわそわとした浮遊感で腹の中身が消失するようだった。二人にも思い当たるものがあったようで、それぞれに小さな声をもらしていた。


「こいつはタガメを罠に嵌めたヤツだ」

「そ、それは……」

「なに? 女装してたってことか? いや実際けっこうかわいかったけど」

「ち、ちがっ……」

「おまえのせいで、タガメはずっと眠ったまま目が覚めないんだぞ!」


 先輩の怒声に体が震える。とてもじゃないが顔をあげることはできず、先輩たちの足元に向けた視界もじょじょに滲んだものになってくる。


「ねえちょっと待ってよ」


 おれとイセ先輩のあいだに、アガサ先輩が立ちふさがった。


「もうちょっとちゃんと話を聞いてみようって」

「アガサ、そいつは敵だぞ! 早く離れろ!?」

「だからちょっと落ち着いてってば! ヨーコが心配なのはわかるけど、敵がわざわざお礼を言いに来るなんてことあると思う?」

「油断させて罠に嵌めるつもりかもしれない」

「んー……それは、ある……かも?」


 思いのほかあっさりとイセ先輩の言い分を認めてしまったアガサ先輩に、もうおしまいかと思ったが、先輩はべつに折れたわけじゃなかった。


「んでもそれも話聞いてみてからでもいいじゃん? まだもっと気になることあるんだけど」

「なんだ、何が気になるって言うんだ。罠に嵌めたタガメをいまどうしているのかって話なら、おれも気になってるぞ」

「え、いやまー具体的にどうこうって言われると……」


 またしても口ごもってしまうアガサ先輩。


「……なぁ、なんでそんな庇ってんの?」


 それまでモクモクとパンを食べながら事態の推移を見守っていたリンドウ先輩が口を開いた。


「いやだってさ、あんたら……」


 アガサ先輩が少し立ち位置を変えると、おれと二人の先輩男子とのあいだを遮るものがなくなり、視線が通った。


「これがそんな悪い人間に見えんの?」


 心臓が早鐘を打ち、いますぐに駆け出して逃げるようにとせっついてくる。耳のあたりの血管までが派手に脈打っていて、骨伝導だかなんだか知らないが、音としてまでうるさいほどだ。だがおそらくはまともに走って逃げることは難しいだろうと思う。なぜなら、足が震えて使い物にならないからだ。


「はぁ……ま、アガサに一票かな」

「リンドウ、本気か?」

「べつに全面的に信用するって話じゃないだろ? それはこれから決めればいい事だし。それにおれはべつにイセにもスミレを信じろって言ってるわけじゃないよ。一人くらい怪しんで見てるやつがいたほうが良いんじゃねえの? って思うし」


 そう言ってリンドウ先輩はさっさと椅子に腰を下ろした。

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