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Dream&Devils  作者: 昼の星
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002,夢か現か

 窓を隔てたそこにいたのは、やはり白い布だった。

 おおよそ二メートルはあろうかという白い布。だがそれは、ただの白いシーツというわけでもなく、顔があった。

 頭の部分……全体の中でいちばん上にくるところに、大きなボールかなにかに布を被せたような丸みがあって、その表面に黒い丸が二つ横に並んでおり、その下に弦月のような、両端がとがった口と思しき、これもまた黒い模様がある。

 三つの点が集まったものを見るだけで、それを顔だと認識してしまう現象はなんと言うんだったっけ……ぼんやりとそんなことを考えていると、目の前のオバケ然とした布はゆっくりと回れ右をして、そのままふよふよと空に向かって遠ざかっていった。唖然としたまま見送っていると、やがて建物の陰に隠れて、姿が見えなくなった。

 今のはいったい何だったんだろうか。

 期待していたような不可思議な現象でもなかったが、かといって恐れていたような現実的な何者かでもなかった。

 幻覚?

 そんなことを思うと、にわかに自分がおかしくなってしまったのだろうかという恐怖がこみ上げる。

 窓を開錠して、バルコニーに出てみる。微風があり、冬とはちがう、微生物が働いていそうな、じょじょに暖かくなってきた気候を感じるにおいがした。

 あらためて検分するまでもなく、いかにもオバケな何者かが漂っていたあたりには、布がひっかかるような突起などは存在しなかった。

 ますます、あれはなんだったのかという気持ちが強まる。顔らしき模様にしたって、マジックやなんかで塗りつぶしたようには思われなかったのに、かといって布の中身が見えるわけでもなかった。穴、と直感的には思ったが、だとすれば布の中身が見えていいはずである。それともあの、暗闇を凝縮したような漆黒のなにかが、中身だとでもいうのだろうか。

 なにはともあれ、そいつはもういなくなってしまったのだし、いまから何ができるわけでもない。大人しく、部屋にもどって眠るべきだろうか。

 追いかけてみたい、という気持ちはある。だが、そんなことをして、もしあれが幻覚の類いだったとしたらどうだ。頭がおかしくなって夜間徘徊をする高校生なんて、そんなものにはなりたくなかった。

 リビングにもどり、窓を閉めて施錠し、カーテンも閉めた。とたんに現実に帰ってきたような気がして、すこし落胆する。

 やっぱり追いかけてみようか、そんな気持ちで玄関のほうに視線を向けると、そこには人影があった。


「お父さん……」


 長身で、マッチョというほどではないがしっかりとした体格のカッコいい大人の男性、おれにとっての理想の大人像のひとつ。短く切った黒髪もさっぱりとしてさわやかだし、もう四十を過ぎているのに、三十前半でも通用しそうな若々しさがある。二十台に見えないのも、若さが足りないとかじゃなくて、落ち着いた雰囲気が大人っぽくて、なんというか、重役感があるからだ。

 父は柔和な笑みを湛えながら、おれに歩み寄ってきた。目の前に立たれると、身長差からあらためて自分の背の低さを突きつけられた気がして、ちょっと悲しくなる。

 なんだろうと思い見上げていると、父は両手を広げて、そっとおれを抱き締めてきた。


「な、え、ど、どうした、の……?」


 忌避感はない。ただ、ふだんなら絶対にあり得ないことではあったので、驚いて硬直してしまう。

 抱き締められると、ちょうどおれの頭は父の胸元あたりに押し付けられる格好になる。頭上から、


「麻里……」


 というつぶやきが耳にとどいた。

 なぜ? と思った次の瞬間には、見慣れた天井を見上げていた。





「おはようございます」

「おはよう」


 リビングダイニングに顔を出すと、いつものように父親が朝食を準備してくれていた。

 父はすでに食事を終えて、食器を片づけているところだった。おれも朝が遅いわけではないが、父の起床時間が早いのだ。それでいて大抵は帰りが遅いので、たいへんな仕事だと思う。本人は意欲を持って取り組んでいるらしく、あまり愚痴のようなものは聞かされたことがない。もしかしたら息子にそんな話はできないと気を張っているのかもしれないが、そこまで器用な人ではないと思うので、仕事が生きがいなのは本当だと思う。

 おれが朝食を食べていると、じきに父は身支度を整えて出かけていった。

 昨夜見た夢のせいで、なんだか変な気分だった。父が母の名前を呼んだことなど、もうほとんど記憶に残っていない。それどころか、あんな優しげな声音でのものとなると、もう記憶に残されていない、初めて聞いたのではというものだった。

 まだおれが幼い時分の話なので、実際のところがどうなのか、はっきりとは知らないのだが、父と母は、母の浮気を原因として離婚していた。もはや時期も判然としないが、おそらく離婚して以降、おれは母親に会っていない。専門的なことはわからないが、母がおれへの面会を望むのなら、よほどのことでもない限りは、一定期間に一度だとか、父の同伴でとか条件がついたとしても、面会は叶うと思う。それがないということは、つまりそういうことなんだろう。おれも、お父さんも、捨てられたのだ。

 だから、おれが父の口から母の名前を聞いたものには、努めて無感情を装っているような声音にしか覚えがない。怒りを露にするでもなく、悲しみに暮れるでもなく、ただ自分とは無関係なただの記号を口にするような、そんな声音。『麻里』とは、そういう発声をするべき単語なのだと思っていた。

 とはいえ、けっきょくは夢の話だ。現実になにがあるわけじゃない。おれはいつも通りに支度を終え、登校するために家を出た。





 特筆すべきことのない日常が過ぎ、就寝する段となった。

 過剰に恐れているわけではないと思うが、なんとなく身構えてしまう。いまのところはとくに嫌な経験もしていないが、この先もそうだとは限らないのでは、と思ってしまう。なまじ現実と見紛うような夢なのだ。そんなものが悪夢になってしまったら、いったいどれだけ恐ろしいものになるだろう。

 しかし眠らないわけにもいかない。明日も平日で学校がある。部屋の明かりを消して、とりあえずベッドに横になり、携帯端末で遊べるゲームをてきとうに遊ぶことにした。

 ふと気がつくと、端末は消灯していてゲーム画面は消えていた。端末を操作して時間を確認すると、いつのまにか2時間ほど眠ってしまっていたらしい。やってしまったという後悔がよぎる。頭を抱えるほどではないものの、わりとよくする失敗なので、何回繰り返せば学習するんだ、と自分自身に呆れてしまう。べつに問題ないといえばそうなのだけど、ゲームは中途半端になるし、変に目が冴えて眠れなくなり、やっと眠ったと思ってもけっきょく寝不足感が拭えず、翌日の授業中に睡魔に襲われたりすることもある。なので、できれば避けたい失敗ではあるのだ。

 とりあえず中途半端なところで止まっていたゲームを、なにをやっていたのか思い出しながら操作する。が、なにかがおかしい。見覚えのない内容が追加されていたり、逆にあるはずのものがなかったりした。

 なにかおかしいと感じたおれは、ひとまずそのゲームの攻略サイトを開いてみた。だが、サイト自体は存在したものの、中身がめちゃくちゃなことになっていた。粗方のサイトデザインなどは変わらないものの、記載してある内容がめちゃくちゃだったのだ。

 閲覧していたサイトはネット上で不特定多数の人が情報を持ち寄り、編集するタイプのものだったので、だれかが悪意を持って内容を改ざんしたのかと思い、今度はふだんは近寄らない、件のゲームについての話が書きこまれる掲示板にまで足を伸ばしてみた。だが、そこに書きこまれていた内容もおれの知っているゲームとは違ったものだった。共通しているものも多くあるのだが、そこかしこの中身がちがっている。わさびを仕込んだ抹茶シュークリームとでもいえばいいだろうか。見た目はそっくりだが、中身はべつものだ。

 そこまでしたとき、ふとある考えが脳裏をかすめた。もしかして、これは夢なのでは、と。

 しかし、とっさにそれをどうやって確かめればいいのか思いつかない。なにせ、五感のすべてがこれは現実であると訴えてきているのだから。

 まさか窓から飛び降りたりなどできるはずもない。地面に叩きつけられて目が覚めるのならばいいが、その逆の状態になってしまったら取り返しがつかない。

 端末でニュースサイトを開き、閲覧してみる。なにやらそれらしい項目が羅列されていて、判断がつかない。前日の出来事を見て、記憶の中のそれと符合しているかを確かめようとしてみるも、見ているうちに、そんなこともあったような、という気がしてきてしまって確信が持てない。世の中の動向にあまり関心を持たずに過ごしてきたことをすこしだけ後悔した。

 諦めて端末も四肢もベッドに投げ出した。見上げた天井にもおかしなところはない。寝ぼけて見間違えただけなのかと思い、ゲーム関連のあれこれを再度見て回ってみるも、さきほど見たのと結果は変わらなかった。もしかして、自分がおかしくなっただけなのかという恐怖が鎌首をもたげ始めるが、かぶりを振って否定する。

 どうすれば現実と夢を区別できるだろうか。見上げた天井にもおかしなところはない。現実との決定的なちがいを見つけることができれば……。そこまで考えて、これまでの夢で、現実ではあり得ない現象にいくつか遭遇したことに思い至った。

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