028,捜索
イセ先輩たちは五味先生の線を辿っている。その途上にタガメ先輩もいると考えているためだ。だが実際はそうじゃない。と、思う。
夢の世界にいるはずのタガメ先輩の姿を見つけることができないのは、五味先生とは別口の問題である可能性がある。
本当なら、この可能性について先輩たちに知らせたほうがいいのではないかと思う。しかし先輩たち……、とくにイセ先輩は、おれを敵と思いこんでしまっていて、容易には話を聞き入れてもらえない状態となっている。そしておそらく残りのふたりも、イセ先輩からおれのことは敵だと聞かされているはず。だれかから個別に話を、というわけにもいかないだろう。
だから、タガメ先輩はおれが探すのだ。
あのとき、タガメ先輩が廊下に口を開けた穴に呑みこまれていく一瞬、手が届く可能性があったのは唯一、おれだった。
そもそもあのときタガメ先輩は、おれを敵だと勘違いしているイセ先輩とのあいだに入ってくれようとして生徒会室を出て、そのせいで穴に呑みこまれたのだ。そんなもの、もうおれのせいと言って過言ではないだろう。
自分に力がないからと、先輩たちを陰ながら助けることができないかと後をついて回ってみたが、結局おれには何も手伝えることはなさそうだった。
だからせめて、おれがタガメ先輩を助け出す。それがきっと、おれの贖罪になる。
廊下にたむろする生徒たちを避けて、ひとまず生徒会室前の廊下の真下にあたる場所にきてみた。我が校の生徒会室は三階にあり、その前の廊下の直下は二階の、やはり廊下だ。しかし当然のごとくタガメ先輩の姿は見当たらない。そんなに簡単にいかないことはわかっている。
あのとき先輩が呑みこまれた穴はただの穴じゃなかった。切断面が見えず、本来見えるはずのこの直下の二階廊下の様子もまったく見えなかった。まるで真っ黒なインクを大量にぶちまけたかのような、穴。先輩の体が呑みこまれていくところを見ていなければ、ほんとうにインクがぶちまけられでもしたのかと思ったかもしれない。
次にやってきたのは生徒会室の前、あの穴のあった廊下だ。やはり何の変哲もない、ただの廊下だ。穴のあったあたりを記憶を頼りに、そっと足を伸ばして突いてみる。しかし返ってくるのはふだんと何も変わらない硬質な感触。床材のことなど知識もないが、よく聞かれるリノリウムというやつだろうか。
それにしても不可解なのは、なぜあのとき、あの場所に、突然に穴が口を開いたのか、ということだ。考えれば考えるほど、何者かの意図があるような気がしてならない。いまのところ、ではあるが、これまで夢の中の学校を彷徨っていて、あんな穴に出会ったのは、あのときだけだ。強いて言えば、校舎の外にいたオバケや、ダンジョン化した通路? に出てきたモンスターたちの目や口が似ていると言えば似ていたが、まさかこの校舎自体がひとつの巨大なモンスターと化しているということもあるまい。……あるまい。
念のためにと生徒会室の中を確認していたところで、四時限目の授業がはじまったようだ。
そういえば、先輩たちはもう体育館に到着しただろうか。職員室に到達するまでに要した時間からすると、まだダンジョンを彷徨っている最中かもしれないが、一応、透明化していたほうがいいかもしれない。
ダンジョン化や閉じこめられる可能性を恐れて開け放していた扉から廊下に出る。だれに聞かれるわけでもないだろうが、なるべく音を立てないようにそっと扉を閉めて、廊下を引き返す。
と、角の辺りにあの、白い小型犬、ポメラニアンがいるではないか。犬は体は角の向こう側に隠し、頭だけで覗くようにして生徒会室前の廊下を見ている。
これは……、おれの後を追ってきたと考えるほかにないだろう。生徒会室の中で透明化して出てきたから、扉が閉まったのもおれが中から閉めたと思っているのかもしれない。生徒会室前の廊下には遮蔽物がないので、おれが突然出てくることも想定して廊下の角から覗きこんでいるのだろう。
もしかすると、タガメ先輩が穴に落ちたときも同じように様子をうかがっていたのかもしれない。でなければ、さすがにあんなにタイミングよく飛びこんではこられなかっただろう。
ストーカー……というとあまり印象がよくないが、いつからつけまわされていたのだろう。わからないが、相変わらず悪意は感じないので、べつに構わないだろうか……。にしても、さっき体育館で、もう恩返しのようなことは考えなくてもいいと告げてあったので、もうついてこなくてもいいのになあと思わなくはない。こうして隠れて覗いているあたり、やはり知能は高そうな感じだし、言葉は理解してそうなものなのだが。
おれは犬をその場に残して移動した。声をかけるのも気が引けたし、この先なにか危険があったとして、彼? 彼女? を犠牲にして助かるつもりもなかったからだ。
ひとまずおれは二階のトイレにやってきた。たかが数度の利用ではあるが、長く留まったこともあり、もはやお馴染み感すらある。ちなみに用を足したことはない。催すことがないからだ。
ここならばだれに犬に見つかることもないだろうし、考え事するには最適だ。
考えるのは当然、タガメ先輩を救出するために、次にどこへ向かうのか、ということだ。
はっきり言って手がかりがなさ過ぎると思う。もしこれがゲームであれば、次にどこへ向かえばいいのかが分かりにくい、として苦情があがることだろう。
もはや、学校中の施設をしらみ潰しにあたるしかないのかもしれない。一部に、主に性別のせいで立ち入ることのできない場所もあるが、それは後回しにする。
そもそも、ダンジョン化の事例を見てしまった以上、ロッカーやこのトイレの個室のような小さな空間も無視できない可能性が出てきてしまったように思う。いまのところは先輩たちの行く先でしかダンジョン化は起こっていないようだが、黒幕がいつ、どこをダンジョン化するかなど想像できるはずもない。
いやむしろ、それが目安になるのではないか?
つまり、タガメ先輩がふつうの教室やなにかの室内に閉じこめられているとも考えづらい。いやそれならそれで構わないのだが、ともかく、ダンジョン化している先にいる可能性が高いのではないか、という話だ。
ということは結局……しらみ潰しに総当りする、ということだ。なんとなく閃いた感があったが、結論は変わらなかった。
とにかく時間が惜しい。おれはトイレを出た。とりあえず本校舎の上階から当たってみることにしようと階段を上っていて、ふと、屋上ってどうなっているんだ? と思った。
現実では屋上への扉は常に施錠されていて、立ち入りが禁止されている。そのこと自体はきっとこの世界でも同じだろう。
おれは予定を変更し、三階を通過した。他の階層間と同じように、ひとつ踊り場を経て折り返し、屋上へ続く扉のあるちょっとした空間にたどり着いた。階段の途上にある踊り場と大して変わらない広さに、屋上へ続いているはずの扉がある。扉には小さめの窓が嵌めこまれているが、すりガラスになっていて屋上の様子はうかがえなかった。一応、ノブを持って押したり引いたり、ついでにスライドさせようとしてみるが、やはり鍵の掛かっている感触があり開かない。
明かりが入ってくるのがすりガラスの小さな窓だけであるためか、なんだか妙に薄暗くてうら寂しいような雰囲気の場所だった。なんとなく怖くなってきてしまったおれは、気持ち急いで階段を降り、職員室へ向かった。目的は、もちろん屋上の鍵だ。上から探すと決めたのだから、まずは屋上へ踏みこんでみなければ。
正直に告白すれば、ちょっと好奇心交じりでもある。タガメ先輩を探すという目的がありながら自身の興味を優先しようなど言語道断だと思うが、本来の目的から外れているわけでもないので、許してほしいと思う。だれに、といえば、タガメ先輩と自分自身に、だろうか。
一度入室してはいるが、職員室に踏み入るのにはやはり勇気がいった。しかし夢の中のおれには透明化能力があるので、現実に比べればどうということはない。それに、夢の世界の人たちは基本、こちらから接触しない限り、センパイ方の言うところのプレイヤーであるおれたちには干渉してこない。
そういえば、ゲームなんかではたとえNPCといえども、何かの条件でプレイヤーの行動を咎めてきたりはするものだよな、と思う。たとえば進入禁止エリアに踏み入ろうとしたときとか。まぁ、そういうのはときに、そもそも進入できないというか、作られていないエリアだったりもするわけだけど。
もしくは、先々赴くことにはなるけれど、物語の進行上、まだ踏みこまれては困る場所とか。
あれこれとゲーム的に考え出すと、こうして鍵を取りに来る、というのもありがちな遠回りだ。
おれは職員室の壁にいろいろな場所の鍵がひとまとめにされているところから屋上の鍵を拝借した。時間も時間だし、おそらく返却には来られないが、まぁ夢なので平気だろう。
職員室を出たところで、4時限目の授業の終了が放送で告げられた。
もうあまり時間がない。おれは階段を右往左往して、行き交うNPC生徒たちを避けながら屋上を目指した。
三階を通過した辺りで、頭上からじゃれ合うような女性の声が聞こえてきた。なんとなく嫌な予感を覚えながら、気持ち重くなった足取りで慎重に階段を上る。すると、屋上手前のスペースで、一組の男女が、まぁ、イチャついていた。
思わず足を止めてしまったが、あまり人通りのない場所だから、こういうこともあるだろう。少し気まずくはあるが、NPCには接触しなければ問題ない。おれは極力視線を送らないようにして屋上への扉の鍵穴に、持ってきた鍵を差しこんで捻った。あまり使われていないためか、状況的におれが音に敏感になっていたせいか、けっこう大きな音がした。
ノブをひねり扉を開けようとした瞬間、おれは手首をつかまれた。




