026,中ボス
おれは銃のモデルについては知識がないのでよくわからないが、アガサ先輩の持っている銃がいわゆるオートマチックタイプのハンドガンだということくらいはわかる。先輩が引き金を引くたびに薬莢が排出されているが、それらは地面に落ちて一度跳ねたくらいのところで空中で溶けるように消えている。
本来は装弾してある分の弾丸を撃ち尽くしたら、あらかじめ弾丸が装填されているマガジンを取り替えて使用するものだと思うが、アガサ先輩はそんなことお構いなしに銃を撃ちまくっている。そして一向に弾丸が尽きる気配はない。
さきほど黒いもやから出てきた灰色の犬は、身体のそこかしこから黒い液体を流し、やがて砂のように溶けて消えてしまった。
「あーあー、様式美とかわかってねんだなあ……」
「うっさいアホ!」
槍を手にぼやくリンドウ先輩をよそに、アガサ先輩はなおも黒いもやに向かって銃を撃ち続ける。
すると、先輩の銃撃に耐えかねたのかどうかは定かでないが、灰色の犬があらたに三頭、先輩たちに向かってもやから飛び出してきた。そのうちの一体が、犬らしい機敏さで先輩たちに向かって飛びかかる。
ギィン!
「ちっ」
素早く反応したイセ先輩が刀で飛びかかってきた犬を切り払うも、なにか金属同士がぶつかりあったような音とともに犬は離れ、宙返りをするようにして地面に着地した。
さらに一頭がリンドウ先輩の突きを掻い潜って飛びかかる。とっさに槍を横にして持ち手の部分を盾にして噛みつきから逃れた先輩。だらだらと涎を垂らして槍に噛みつく犬。獰猛な表情は現実の犬に相違ないものだが、その目は件のオバケと同様の黒い穴のようなものだった。
アガサ先輩は牽制するように銃を撃ち、あるていどの距離を保って犬と対峙している。どうやら相手にしている犬は、もやの内にいるあいだに何発か銃弾を浴びていたらしく、灰色の毛並みの何箇所からか黒い液体を滴らせている。そのせいか動きが鈍く、アガサ先輩でもなんとか距離を保てているようだった。
それでもおいそれと銃弾に当たってくれることはなく、じりじりと距離は詰められていた。
「こっの、避けんな!」
やがてアガサ先輩の背中が壁についたところで、犬が唐突に大きく口を開いた。赤くでろりと垂れた舌や鋭い犬歯はまさしく獰猛な犬そのものだが、その奥はやはり闇を湛えているようで底が見えなかった。そしてその暗闇に、ちろちろと赤い光が迸った。
「な、なに!?」
戸惑っているアガサ先輩目掛けて、犬の口から炎の塊が勢いよく吐き出された。
「きゃあ!」
とっさに体を傾げたことで直撃はしなかったものの、炎の塊が壁に当たって弾けた余波で、アガサ先輩は地面に倒れこんでしまった。
灰色の犬はここぞとばかりに襲い掛かり、アガサ先輩に馬乗りになるような恰好で、涎をだらだらと先輩の顔に垂らしながら首筋に牙を突き立てようとしている。
「やだっ! やめ……」
先輩は片手には銃を握ったままで両手を振り回して抵抗している。
直後、ズドッ! という大きな音と衝撃とともに、アガサ先輩にのしかかっていた犬は瞬間的にスライドするみたいにして槍で壁に貼り付けにされていた。
「ふぅ」
リンドウ先輩が投合姿勢のままで大きく息をついていた。先輩はすぐにアガサ先輩に歩み寄ってくると「だいじょぶか?」と、壁に刺さった槍を引き抜きながら声をかけた。貼り付けにされていた犬はすでに砂のようになって消えてしまっていた。
「うん……」
力なく答えたアガサ先輩は腕で顔を覆っていたが、小さな声は震えているように聞こえた。「ほら」とリンドウ先輩の差し出した手に掴まって立ち上がると、「遅いんだよ馬鹿!」と涙声でリンドウ先輩に蹴りを入れていた。
「痛って、悪かったって」
理不尽な怒りに怒らないリンドウ先輩に、おれはなんとなくハーレム系主人公の資質を見たような気がした。
それにしても危なかった。あと少しタイミングやリンドウ先輩の狙いが逸れていたら、串刺しになっていたのはおれのほうだったかもしれない。目の前に槍が飛んできたときは心臓が止まったかと思った。
やはり戦う手段も持たないおれみたいな足手まといは、黙って見ているしかないのかもしれない。なにか手伝えることがあればよかったのだが……。
「二人とも大丈夫か?」
刀を携えたイセ先輩が歩み寄ってくる。その制服の上着は、ところどころが破けてぼろぼろになっていた。
「まぁなんとか。な?」
「まぁね……。あーよだれの感触が気持ち悪いぃ」
アガサ先輩は自分の顔をぺたぺたと触っている。どうやら化け物由来の血やよだれなどは、本体が消えたときに同時に消失するらしく、先輩の顔が涎塗れのまま、ということはない。
「イセのほうこそ大丈夫だったか? おまえに飛びかかってたの、大型犬くらいあったろ」
「なんとかな。それにしても、さっきの犬、火吐いてなかったか?」
イセ先輩の問いにアガサ先輩が「そうそう!」と元気に反応した。
「なんなのあれ、犬が火を吐くとかおかしくない?」
イセ先輩とリンドウ先輩は顔を見合わせ、「まぁ……」とか「おかしくは、あるよな……」などと歯切れの悪いことを言い合っている。
「ちょっと、なにその反応」
おれは二人の先輩男子の気持ちが分かるような気がした。たしかに現実的に犬が火を吐いたらおかしい。だが、妙にゲーム染みているこの夢の世界においてなら、まぁそうか、と納得してしまう部分があるのだ。なにせ、ゲーム等で登場する犬型のモンスターなどは、超有名所のケルベロスや、その弟のオルトロスを筆頭に、炎の塊どころか、氷の息やら雷撃やら、様々なものを吐き出すイメージがある。
「まぁそれはともかく、いまのってなんだ? ボス? ってよりは中ボス?」
「どうだろうな……。先へ進んでみればわかるんじゃないか?」
イセ先輩が刀で示した先では、いつのまにか扉が開いていた。犬が出てきた黒いもやの向こう側という位置関係だ。
「やーっと着いたあ」
両手を膝についてうなだれるアガサ先輩に続いておれが入室すると、またしても扉は勝手に閉まった。目の前の光景はまさにふだん現実で目にする職員室そのものだ。あまり見慣れたものでもないはずなのに、直前まで見ていたものが似て非なる異質なものだったためか、妙に懐かしく感じてしまう。
職員室の窓には、ちゃんと外の景色が映し出されている。学校の敷地から先へは出ることができないはずだが、閉塞的だったダンジョンの後では開放感を覚える。
「二人とも、まだゴールじゃないぞ」
だらっとしてしまった二人の先輩を横目に、イセ先輩は職員室内を見回していた。時計を確認したところまだ授業中らしく室内には数人の教員しか残っていなかった。
「……五味、いないね」
「だな」
イセ先輩はほかの教員たちに関わらないように職員室内を歩き、やがてひとつの机の前で立ち止まった。後を追いかけていたアガサ先輩が「五味の席?」と声をかける。
「そのはずだ」
狭い室内に踏みこんでしまうとうっかりだれかに触れてしまいそうで、おれは隅っこで小さくなって先輩たちの動向を見守っていた。五味先生の席は中央付近にあったようで、おれの位置からではあまり詳細な様子は確認することができない。
しかしほどなくして顔をあげたイセ先輩が、力なく首を振ったことから、住所や連絡先に類する情報を見つけることはできなかったのだろう。先輩たちは、続けて壁に沿って置かれてある棚を検分し始めた。おそらく教員リストだとか、連絡先の一覧が記載されているようなものがないか探しているのだと思う。
だが無情にも、先輩たちが棚を探り始めてから幾ばくも経たないうちに、授業時間の終了を知らせる放送が流れた。
「ちょ、これ先生たちがもどってきたらちょっとマズくない?」
「たしかにここちょっと狭すぎだろ」
「クソ……」
先輩たちは急いで、なんとかそれらしいファイルや書類を持ち出し、教員に接触して見咎められる前に職員室を出ていたが、結果は芳しくないようだった。ちなみに職員室から出るときには、ダンジョン化は発生しなかった。ゲーム的に考えるなら、一度クリアしたため、とかそんな感じだろうか。
「だーめだ、載ってねー」
「なんでこういうとこだけ無駄にしっかりしてんだっての。もー、なんのために涎まみれにされてまで職員室に行ったと思ってんのよー」
二人のセンパイは一見、仲良く廊下にしゃがみこんでしまった。
「考えが甘かったのか……」
イセ先輩は職員室から持ち出した物をひとまとめにし、職員室前の廊下で忘れ物などをしまってあるロッカーの上に置いた。
「でもさ、だれかしらは連絡取るわけじゃん? それってどうしてんんだろな?」
リンドウ先輩が言った。
「教職員同士でアプリ使ってるとか?」
「うっわそれ嫌だわ。つか職場つながりでSNSとかマジ無理」
「やっぱり責任者が連絡取るものなんじゃないか?」
「てーと教頭とか校長? たしかにその辺はさすがに連絡先ぐらい知ってそうかも」
そう言いながら、アガサ先輩は職員室と横並びにある校長室のほうを見やった。
「あー、それだわ間違いない。はぁー、タガメがいれば多分一発で見つけてきてくれたんだろうけどなー」
「そうだな……」
イセ先輩は悔しそうに表情を歪め、拳を握り締めていた。あんなに主人公めいて見え、どこかしら超人的なキャラクターのような印象を抱いていたセンパイの感情に触れるほど、やっぱりセンパイもひとりの高校生男子なのだなと、おれは意外な気持ちと同時に、身勝手な親近感を抱いた。
「じゃあ校長室行ってみる?」
自然とイセ先輩を見上げるアガサ先輩。しかし隣のリンドウ先輩もとくに異議はないらしい。二人からの問いに腕時計を確認していたイセ先輩が、不意に顔をあげてこちらを見た。おれは一瞬、気づかれたのかと自身の手に視線を落とし、透明化が解除されていないことを確認した。
一瞬視線を外していたおれの横を、センパイが駆け抜けていった。視線で追いかけると、廊下の先で白くて小さな毛玉が逃げていくのが見えた。




