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Dream&Devils  作者: 昼の星
23/42

022,何処かへドア

「これからどうするの……?」


 自分の体を抱き締めるようにしているアガサ先輩がつぶやいた。


「……五味を追いかけよう」

「で、でも、あんなのどうすんの? こう言っちゃなんだけど、まぁ夢だし放っておいても……」

「……んじゃおまえ、あいつにヤられてもいいっての?」

「そんなの嫌に決まっ……てるね、うん……」


 リンドウ先輩の言葉に勢いよく噛みついたアガサ先輩だったが、すぐに自身の発言の矛盾に気がついたのだろう。言い返す声は尻すぼみに小さくなっていた。


「……でもま、ビビんのはわかるよ。おれだって、あんなのどうしたらいいかわかんねーし。外にいたのと全然ちげーじゃん」


 外にいたの、とはきっと件のオバケのことだろう。仮にほかにも何かがいたとして、リンドウ先輩が直接倒していないとしても、イセ先輩がおれを助けたときみたいに容易く切り伏せてきたのだろう。そのイセ先輩が五味にまったく太刀打ちできなかった様子を見ていたのだから、弱気になるのも無理はないと思う。


「……とにかく、一度タガメと合流しよう。時間は……」

「まだ3、4時限目が残ってるね。昼もか」

「はぁ……しゃーねえ、五味にばっかりいい思いさせてたまるかってんだ!」

「サイテー」


 なんだかんだで仲が良さそうな様子のふたりを見守るようなイセ先輩。そしてそれを姿を隠して――感覚的にはふつうにベッドに体育座りなだけだが――見ているおれ。なんだか寂しくなってくる光景だった。


「あれ、そういえばもうひとり女子がいなかった?」

「いや……逃げられたみたいだ」

「ふーん?」


 逃げたという物言いに何か疑問を覚えたらしいアガサ先輩だったが、それ以上、追求することはなかった。


「先いくぞー」


 リンドウ先輩が保健室の扉を開いて、さっさと外へ出て行った。

 おれは気がついたときには透明化してしまっていて、どうもイセ先輩に誤解されたまま隠れ続けてしまっていたのだが、このままではまずいのではないかと焦りが募ってきた。センパイ方に五味の仲間と思われて敵対するなんてまっぴらごめんじゃないか。しかもほんとうに五味の仲間ならともかく、もし五味と遭遇したらおれはふつうに敵として扱われるだろう。

 現状にはまったくいいところがない。早く先輩たちの誤解を解いて、おれも五味を教師にもどすために協力しなければならない。

 意を決してベッドから下りようとしたとき、出て行った保健室の扉から勢いよくリンドウ先輩が飛びこんできた。


「おいおいおい! なんかおかしなことになってんぞ!」

「なんなの、うるっさいなぁ……」


 アガサ先輩が耳を押さえながら睨みつけている。


「廊下ってか、ここの外がおかしんだよ!」


 リンドウ先輩は「見てくれれば分かる!」といって、訝しげな表情で互いに顔を見合わせていたふたりの袖を引っ張って、強引に扉の外へ連れて行ってしまった。扉も閉じられてしまい、後に残されたのは呆然と突っ立っているおれだけとなった。

 いやいやいや、まだ追いつける、まだ間に合うだろう、そんな気持ちで慌てて扉に縋りつき、ほとんど転んだみたいになりながら廊下に飛び出した。

 しかし廊下のどこを見てもセンパイ方の姿は見当たらなかった。それどころか、リンドウ先輩がああまで取り乱すようなものもなにひとつとして見当たらない。ふだんどおりの、ただの無人の廊下が続いているだけだ。

 そのとき、授業が終了したことを告げる放送が流れ、ざわめきとともに教師や生徒が廊下にあふれ出してきた。

 おれは先ほどまでの何もかもが、それこそ夢だったかのような気持ちで、しばらくいつも通りの光景をただ見つめていた。





 それからしばしトイレに篭り、これからどうすべきかと考えた。まず自分が何をしたいか、そのために何をどうするべきか、ということだ。

 おれは、やはり五味……先生を止めたい。それはもちろん生徒たちが、夢の中のこととはいえ、望まぬ行為を強要されないためでもあるし、五味先生にそれをさせないためでもある。保健室でイセ先輩がおれよりも要点をおさえた説明をしていたが、あのときは五味先生もすでにおかしくなっていたし、先輩とも敵対していたから、聞く耳をもってもらえていなかった。だが、冷静な状態の先生に先輩のような説明ができれば、わかってもらえるのではないかと思うのだ。

 そのためにはどうすればいいか。長期的に考えても構わないのなら、おれ自身が何か、あの悪魔めいた状態の先生に対抗できるような能力を身につけるのもいいだろう。だが、おれ自身の弱気も含めて、はっきり言ってそれは難しいと思うし、そのあいだに被害の拡大は避けられないと思う。正直に言って何をどうすれば能力が身につくのかも不明だし。

 ではどうするか。

 対抗できそうな力を持つ人に頼るしかないんじゃないか。

 それはつまり、センパイ方に協力を要請する、ということだ。

 もし可能であればアキラさんやシュウゴさんにも協力を要請したいところだが、それが叶わない以上、どうにかして誤解を解いて、協力関係を構築しなければならない。

 イセ先輩も保健室では五味先生に容易くいなされてしまったが、ほかにリンドウ先輩、アガサ先輩、タガメ先輩もいるのだ。イセ先輩以外の三人がなにかしら能力に目覚めてくれれば、先生に対抗できる可能性は十分あると思う。いや、他力本願ではなく、おれも含めて四人。いやイセ先輩のさらなる覚醒も含めて五人としよう。そうだ、この際もう戦隊モノでもなんでも構わない。タコ殴りだろうがなんだろうが、先生を止める。その一点については、間違いなくセンパイ方と目的を共有できる。その先、五味先生に対する処遇については意見が分かれてしまうかもしれないが、まずは先生を止めるのが先決だ、という点では折り合えるはず。

 そのためにはまずセンパイ方を見つけなければいけない。

 保健室にやってきた三人は、廊下にでたはずのところで、これぞ夢の世界、といわんばかりに忽然と姿を消してしまった。あのときリンドウ先輩は廊下がおかしなことになっていると言っていたが、おれが廊下に出たときは、おかしなことなど何もなかった。あれはもしかすると先輩たちだけがどこかおかしなところへ飛ばされてしまっていたのではないだろうか。いかにも夢の世界的だし、たびたび感じるゲームっぽさもあるような気がする。

 だとすれば、同じように保健室の中から廊下に出たのにそこに行けなかったおれには、センパイ達を追いかけられないということだ。

 だがまだやりようはある。保健室に来たのは三人で、しかもその三人が目指しているのも、もうひとりの先輩のところなのだ。だから、おれもそのもうひとりの先輩、タガメ先輩に会いに行けばいい。できればタガメ先輩と三人のセンパイ達とが合流するより前に会って、誤解されていることも含めて事情を説明できればベストなんじゃないだろうか。

 つまり、これからおれがするべきことは、タガメ先輩に会い、事情を説明して仲間になってもらう。いや、仲間に入れてもらう。そして五味先生を探し、事情を説明してひどいことをするのをやめてもらう。

 これだ。たったこれだけのことだ。

 おれはあえて種々の問題を無視することで課題が少ないように自分を誤魔化し、心を奮い立たせてトイレの個室を出た。すでに三時限目の授業が始まっていて、廊下にはだれもいない。おれは最寄の階段から二階に上がり、さらに三階へと上った。

 二階の廊下で五味先生の姿を見つける前、センパイ方が三階へと上っていくのを見送った。センパイ方は各教室を回って生徒の有無を確認していたようだったから、生徒がバラける休憩時間を避け、いったん拠点にでも引き上げていったのだと思う。

 三階の廊下にたどり着いた。べつだん一階二階とそれほど大きく造りは変わらないのに、なぜか未知の空間のように感じられる。移動教室で立ち寄る場所がないわけでもないのだが、三年生の使っている教室前の廊下などはほとんど通ったことがなく、ある種の不可侵領域であるように認識していたからだ。

 しかしこれ以上、緊張に身を晒す必要はない。なぜなら、センパイ方だってまさか自分たちの上級生が授業を受けている教室を拠点に据えるわけがないからだ。後は、ほかの部屋を探して回ってみるだけだ。といっても、もうすでに見当はついている。

 おれは廊下の端にある生徒会室の前にまでやってきた。授業中の教室内にとどまることは憚られるだろうし、かといってどこかの生徒たちの授業があるとなったときにいちいち拠点を移動するのは面倒だろう。ならば、使われない部屋を探したほうがいい。もちろん生徒会が使う部屋ではあるが、この夢の世界で再現される午前中のホームルームから授業時間の4時限分と、昼休憩終了程度までに使用されることはほとんどないだろう。昼休憩のときに使われることはあるかもしれないが、夢の終わる前の最後の数十分、拠点が使えないくらいなら許容範囲だと思う。ほかの部屋はもっと条件が悪いだろうし。


「すみませーん……」


 おれは意を決して、生徒会室の扉をノックした。返事はない。

 もしかするとセンパイ方のあいだで何かサインのようなものでも決めているのかもしれないと思ったが、はたしてそこまでするものだろうかと疑問がよぎる。校内でオバケを見かけたことはないし、保健室での一件以前に、校内にだれか危険人物が紛れこんでいるような様子はなかった。たんにおれが見ていないだけという可能性もないわけではないが……。そんな思考を繰り広げていたところ、室内から「どなたですか?」という、控えめなタガメ先輩の声が聞こえてきた。


「えっと、おれ……」


 生徒会室の扉に向かって名乗ろうとしたところで、おれはふと嫌な予感を覚え、背後を振り返った。

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