表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dream&Devils  作者: 昼の星
20/42

019,欲望

「いいから来なさい」


 五味は冷たくそう言い放つと、女子生徒が不安気に胸に寄せていた腕をとって、強引に引っ張った。


「やっ……先生……」


 女子生徒は反射的に廊下に足を突っ張って五味に抵抗するが、彼はそんな抵抗などものともせずに、半ば引き摺るようにして女子生徒を引っ張っていく。

 そうして女子生徒の腕を握り締めたまま、五味はとある部屋の扉を開いた。状況から、もともと五味の目的をあるていど察してはいただろう女子生徒も、室内のベッドを目にしていよいよ抵抗を強めた。


「騒いだって無駄だよ、うるさいから静かにしなさい」


 五味はそんな女子生徒の様子に慌てることもなく、手で彼女の口を塞ぐと、腹にも腕を回して、そのまま保健室へと彼女を引き摺りこんでいった。

 廊下で足を震わせているおれの視線の先、開かれたままの保健室の扉の先からは、女子生徒の悲鳴や、行為の中止を懇願する声、助けを求める声が聞こえてくる。

 おそるおそる扉に近づき、中の様子が見えそうなところまで来たとき、パンッという乾いた音と共に、成人男性の怒号が廊下にまで響いてきた。


「静かにしろメスガキ! いつもいつもおれのことを馬鹿にしやがって!」


 その声を聞いただけで、おれは竦みあがってしまった。おれの立っている位置は扉のある壁際に近く、扉が開かれたままでも、角度の関係でほとんど室内の様子はうかがうことができない。


「おまえらどうせパコパコパコパコ、猿みたいにヤリまくってんだろ? ちょっとくらいおれに味見させてくれたっていいよな? あぁ!?」


 またしても室内から、パンッ! と乾いた音と女子生徒の悲鳴が響く。


「おれがどんだけの時間お前らのために仕事してると思ってんだ! わかってんのか!」


 五味はかなりの興奮状態のようで、荒い呼吸をつきながら吐き出すみたいにして叫んでいる。女子生徒は嗚咽を漏らしながら、ほとんどまともな言葉にもなっていないような謝罪の言葉を繰り返している。


「どいつもこいつもおれにばっかり、面倒……ああっ! 押し付けやがってクソがっ! テメェでやれやジジババもクソガキもぉ!」


 おれはつい、自分の考えも忘れ、こんな人が教職についていていいのだろうかと思ってしまった。だが、おれ自身の中にだって同じように、到底衆目には晒せないような部分はあるはずで、いまの五味の姿だって、本来はだれにも見咎められるはずのないものなのだ。もしも彼が、機会さえあれば現実でも同じようにしたいと考えていればそれは問題だろうが、少なくともおれが知っている現実の五味は目立ちはしなくともちゃんとした教師だった。

 だからこそ、この世界が現実にも繋がりのあるものかもしれないと、伝えなければいけないのだ。

 だというのに、足が竦んで動けない。こんなことが、もう何度目なんだろう。五味の叫びはおれに向けられたものじゃない。だというのに、心臓と肺は結託して心拍数と呼吸を荒げ、すぐにも逃げ出せと訴えてくるし、一方で手足の筋肉は恐怖に縮み上がり、痙攣でもしているかのように震えて言うことを聞いてくれない。

 おれはなにも、だれかを殺したり、悪いことをしようとしているわけじゃない。むしろ事態が悪化するのを防ごうとしているんだ。だからなにも臆することなんかない。そう必死に自分自身に言い聞かせる。それでも……。


「クソがっ! 女なんて男を喰いものにすることしか考えていないくせに! おれが誰のためにこんなクソみてぇな思いして働いて……。クソが……クソがぁっ!」


 室内から、女子生徒の悲鳴と、布かなにかをビリビリと引き裂くような音が聴こえた。

 脳裏に、かつて壁も床も薄い安アパートに暮らしていた時期の父の背中が思い浮かんだ。

 おれは自身の透明化を解除し、震えの止まらない足で無理やりに一歩踏み出した。足がもつれて、扉にぶつかるようにもたれかかる。ガタガタと大きな音が鳴り、しがみつくようにして不恰好ながらもなんとか転ばずに耐えると、場には女子生徒のしゃくりあげる様な泣き声だけが響いていた。


「……なんだおまえ」


 ベッドの上に膝立ちの状態でこちらを見ていた五味が、ゆっくりと床に足を下ろしながら言った。スーツの上着は脱ぎ捨てられて、シャツも半ばまでボタンが開けられている。さきほどまでの激情的な声とは打って変わって、感情の宿っていないような無機質な声だった。


「……せっ、……せん、せっ」


 生まれたばかりでまだ立ち上がることもままならない動物みたいに足を震わせながら、扉につかまったままでなんとか声を絞り出す。呼吸も満足にできず、震える喉で発声もままならない。


「なんだ……一年生、は居ないはずだし」


 五味はある程度まで近づくと、間抜けな恰好のおれを観察するみたいに全身を眺め回しながらぶつぶつと呟いている。


「せんせいっ! これ、夢だけど、ただの夢じゃないんですっ」

「なんか見覚えはあるんだよな……あ?」


 佇まいや目線など、雰囲気から、五味の意識がおれの言葉に向けられたのがわかった。


「えっと、あのこれ、せっ、説明するので、ちょっと、あああの、んと」

「……ちょっと落ち着きなさい」

「は、はいっ」


 五味の言葉に先生めいたものを感じ、わずかに胸中の荒波が凪いだ。

 おれは扉にすがりついていた腕に力をこめて、なんとか体勢を直立姿勢へと立て直した。胸に手を当てて、深呼吸をする。一連の動作をしているあいだ、五味はじっと黙っておれのことを見ていた。


「ふぅ……あの、ですね。先生は、いまこの世界を夢だと、思っていらっしゃると思うのですが、えっと、その、うまく言えないんですけど、これ、現実みたいなもので、その……」

「……」


 五味はわき腹あたりで左腕の手のひらに右手の肘を載せ、右手の指でこめかみをとんとんと叩きながら眉根にしわを寄せている。


「みんな、本人なんです! おれも、先生も、うっと……あの女子も、そうです。この学校にいる人たち、みんな本人なんです! これは夢だけど、現実みたいなものなんです」


 緊張でちっともうまく説明できない。頭の中ではもっと順序立てて説明できていたはずなのに、いざ先生を目の前にして言葉に変換して発声しようとすると、なにを伝えたのか、なにを追加で伝えなければならないのかといった情報がまるで把握できない。深呼吸までして落ち着いたはずなのに、おれは話すほどにどんどん混乱してくるのを自覚した。


「ああ、なるほどね……」


 五味が小さな声でつぶやいた。

 涙目で見上げた彼の顔には理解の色が浮かべられていた。教職に就いて子どもの話を聞き続けてきたがゆえの理解力だろうか。いや、高校生ならいまのおれのような要領を得ない話し方をする人などそうはいないだろうし、あんまり関係ないかな……。ともかくおれは五味の理解力の高さ、忍耐力の強さに教師としての資質、能力の高さを感じ、彼に対する凡庸な教師という認識を改めなければと思った。


「おまえがパートナーとかいうやつか」

「は?」


 予想外の言葉に、思わず変な声が漏れ、気がつけば震えも止まっていた。

 五味がいつからこの夢の世界にいるのかはわからないが、すでに何度も経験があるとすれば、疑問を抱いてネットで検索等していたもおかしくはないだろう。そしておれがネットで見つけられる情報が、彼に見つけられない道理はない。


「そうか……はっきりとは思い出せないが、まぁ子どものころの記憶でも元になっているんだろうな。それにしてはウチの制服を着ているのは不可解だが」


 全身を上から下まで舐めるようにして眺めながら、五味はゆっくりと歩き、廊下にまで出ておれの後姿までを確認した。


「ち、ちがっ、先生、そうじゃ、なくて」

「んん? なにが違う?」


 肩に五味の手がそっと置かれた。


「ひあっ」


 おれは弾かれるみたいに、保健室のなかに飛び退いた。足がもつれて転び、床に手をついた。


「ふうん、白ね」


 言葉の意味がわからなかったが、次の瞬間、転んだときにスカートが捲れ上がってしまったのだと気づいた。慌ててスカートを直し、床に座りなおした。下着を隠したいと思っただけだったのだが、自然といわゆる女の子座りのような体勢になってしまった。


「どうせなら従順なタイプのほうがよかったが……まぁいいか。これから躾けてやるよ。夜のおれは教師ではなく、”調”教師だからな」


 まったく笑えないことを口走って、彼はくすくすと笑っている。

 背中にベッドの足が当たり、自分でも気づかないうちに床をずりずりと後ずさっていたらしいと気づく。


「二人まとめて相手にするのは骨が折れそうだが……。まぁ夢だ、なんとでもなるだろう」


 五味が歩み寄ってくると、背後のベッドがガタガタと揺れた。自分のことで精一杯で、女子生徒がもうひとりそこにいることを忘れていた。なぜ逃げないのかと思ったが、五味に引き起こされてベッドの上の光景が見えるようになったとき、頭側の骨組みに両腕が一まとめに縛られていたのだと知った。


「まずはおまえからにするか」


 複数のパンを購買で買いこんできたクラスメイトみたいな気軽さで、五味はおれに処刑を宣告した。

 大柄な父には到底及ばないが、五味もなんだかんだで男子の平均をすこし超えるくらいの身長はある。現実のイメージとは異なる力強さに、あっというまにべつのベッドに投げ出されてしまった。


「やっ」


 ここでいったいナニをしようとしているのか、想像するのもおぞましく、とにかくがむしゃらに暴れるが、五味を撥ね除けることができない。彼はおれに跨るようにしてベッド上に体を載せる。ギシギシと軋む音から行為が連想され、恐怖心と不快感がこみ上げる。


「縛るものがないな……。まぁいいか」


 五味は暴れるおれの両手を片手で持って頭の上に上げさせる。足は五味の体が重しとなって動かすことができない。おれは背中をベッドに預けて仰向けになり、見下ろしてくる五味の姿を眺めるしかなかった。

 捕食者に組み伏せられた草食動物の気持ちというのはこういうものなのだろうか。明確な加害者と被害者の構図。そしておれには抗う術がない。

 なんというか、現実(っぽい)世界が舞台になると、各所の方々にご不快な思いを抱かせやしないだろうかとか、いろいろ心配になったりします……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ