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Dream&Devils  作者: 昼の星
12/42

011,大きなシャボン玉かもしれない

「なぁ、いまだれか叫んだろ?」

「え、な、んですかセンパイ」


 近くにいた女子生徒にでも尋ねたらしい。センパイ、ということは三年生……いや、この夢の世界ではおれが一年生になっているのだから、三年生……ややこしいが、現実ではすでに卒業している生徒、という可能性もあるのか。


「いや、なんでもねえ。NPCがわかってねえってことは、だれかプレイヤーがいるんだな……」


 心持ちひそやかになった喧騒にまぎれて、センパイらしい男の人の声が聞こえてくる。


「あ?」


 なにかに気づいたらしい男の人の声に、ただでさえ異常な心拍数になっている心臓が跳ねた。もう、不整脈だかなんだか知らないけど、心臓がおかしくなって死んでしまうんじゃないかという気がしてくる。

 消えてしまいたい! 消えてしまいたい!


「ちっとごめん」

「あ、はい」


 だれかしら進路に邪魔な生徒でもいたんだろう。そんな声が聞こえた。それはさきほどよりも、こちらに近づいてきているように思えた。

 祈るような心持ちで、体が圧縮されて小人になるくらいのイメージで、脇を締め、腕も足も折りたたんで体にぴったりと密着させてうずくまる。

 カツ……。

 今度は妄想じゃなく、はっきりと、だれかが近くに立つ気配がした。少しでも自分が無いもののように振舞いたいのに、体の震えが止まらないし、呼吸も勝手に荒くなってしまう。

 もうお終いだ。

 学校で女装して、しかもノーパンだなんて、そんなのもう公然猥褻とかなんとかの犯罪なんじゃいだろうか。間違いなく教師の知るところになるだろうし、そうなれば父にも連絡がいくだろう。

 小さなころから男手ひとつで育ててくれた父はいったいどう思うだろう。こんな変態など育てるんじゃなかったと後悔するにちがいない。

 もしかして、父までが、変態を育てた駄目な親として世間から非難の目で見られたりするのだろうか。そんなのはもう耐えられない!

 そんなことになるくらいなら、いっそのこと殺してほしい。そうだ、もしかして舌でも噛んで死んでしまえば、この世界から消え去ることができるんじゃ……。

 がた。

 至近距離でそんな物音がして、体が反射的に大きく跳ねた。


「っし」


 そんな声とともに、なにかカタカタと立て直すような音がした。


「ねえ、どうだった?」


 少し張り上げたような声。おそらくは教室の入り口あたりからのものだろう。


「ああ、なんかだれかいたっぽい。でも椅子が倒れてただけで、だれもいねー」


 そんなわけないだろ!

 おれは思わず心の中で叫んだ。

 男の人の声は、頭上のすぐ近くで聞こえた。倒れていた椅子というのはおれの席のものだろう。そしておれの席と、現在おれがうずくまっている机と窓下の壁のあいだに、視界を遮るような、おれの体を隠してくれるような遮蔽物などなにもない。角度次第で、机がいくらか視界を遮ってくれるかもしれないが、それで隠れられるほど、身長が小さいわけじゃない。いや、同級生たちに比べれば、貧相で小さいことは事実だけど、そこまでじゃない!

 ぞぞぞ、と机の下に椅子を押しこむ音がして、なんとなく男の人が去っていく気配がしたような気がした。

 ほんの少しだけ顔をあげて、横目に教室の入り口に視線を向けた。

 長く思い切り目をつぶっていたためか視界が滲んでよく見えなかったが、教室の外で待っていたらしい女子生徒と連れ立って、男子生徒が廊下に出て行くのが確認できた。

 そのままおそるおそる顔を上げて周りの様子を確認してみる。教室内の同級生たちは、おれのことになど目もくれずに、それぞれにホームルーム直前の余暇を過ごしていた。

 理由はわからないけど、何事もなくやり過ごせたらしかった。だが、かといってこんな格好のまま、また睡眠時間にまで学校生活を繰り返すのは心底ごめんだ。

 おれはそろそろと立ち上がろうとしたが、腰が抜けていてまたしてもしりもちをついてしまった。冷たい床の感触がじかに尻に感じられ、恥ずかしい悲鳴が出てしまう。だが、幸いなことに近くの同級生たちは自分のことなどもう眼中にないとでも言うように、視線すら送ってこなかった。

 あらためて窓枠と机を支えに立ち上がり、スカートを抑えながら教室の出入り口を目指す。反応されないとわかっていても、同級生たちの近くをこんな姿で歩くのは頭がおかしくなりそうだった。

 扉までたどり着き、廊下の様子をうかがう。さきほどの男子生徒と女子生徒らしき姿は見当たらなかったが、ほかの教室にちらほらと教師が入室していくのが見えた。

 この教室に教師がやってくるのも時間の問題だろう。とてもじゃないが、こんな格好で授業中の静謐な空気に耐えられるとは思えない。

 おれは意を決して教室を出た。

 目指すのは昇降口。もう一分一秒だって、こんなところにいられるものか。

 下駄箱にはちゃんと靴がしまわれていた。いつのまにか履かされていた上履きを脱ぎ、靴を履き変える。

 しかし、いざ外に出てみると、いつもなら何も気にならない校門までの開けたスペースがどうにも気になった。

 校舎に沿うように裏に回る。うちの高校は車での通勤が許可されていて、裏手にはそのための通用口がある。校庭や体育館のあるほうにも出入りできる通用口はあるが、ここからでは少し遠い。

 じきに通用口の見える位置までたどり着いた。車が通るものなのでそれなりに開けたスペースではあるが、正門のほうに比べればはるかにマシだ。それにこちら側は方角的に向いている窓が少なく、校舎からの視線があまり気にならない。仮に見られたとしても、まぁ……ただの女子生徒に見えるにちがいない。

 遠巻きに見られて不自然でないように歩くとしたら、スカートを手で押さえているのはおかしいだろうか。こんなことなら教室から出てくるときに鞄をもってくるべきだったかもしれない。とはいえ、あのときはそんな判断ができる状態じゃなかった。今から取りに戻るのはもっとあり得ない。

 それとなく体の横からあまり手をずらさないようにして歩く。ときおり吹いてくる微風に、生きた心地がしなかった。

 それでもなんとか、ふわふわとした足取りで、ようやく通用口の目の前までやってこれた。

 これから先のことも不安ではあるが、とにかく見知った顔のいる学校にこのまま潜み続けるのは嫌だった。

 おれはちょっとした達成感と、大きな不安、そして徒労感に包まれながら、学校の敷地から足を踏み出し……。

 敷地から、足を踏み出し……踏み出せ、なかった。

 敷地の外へと踏み出そうとした足が、見えない何かに当たったのだ。

 想定していた地点まで足が進まなかったことで体が前のめりとなって、頭まで、その見えない何かにぶち当たった。

 わずかな反発があり、数歩、たたらを踏んだ。硬いとか柔らかいといった感触が乏しい不思議な感触だった。おそるおそる手を伸ばしてみると、ある地点で手が突き当たり、そこには水の表面に油が浮いたような、かすかな波紋が広がった。

 力をこめて押し込もうとすると、波紋が大きく、見えやすくなるものの、手ははじめに突き当たった位置から先へは進まなかった。

 どことなくゲーム的な状況に、嫌な予感が募る。

 おれはスカートを抑えることも忘れて通用口を横へ横へずれながら見えない壁の有無を確認した。

 そうしていくらか確認したところ、見えない壁は、学校の敷地と外との境界線上にどこまでも続いていると思われた。

 近くにあった小石を拾って、壁に向かって軽く投げつけてみる。

 小石は波紋のような壁を浮かび上がらせ、敷地の内側に跳ね返ってきた。

 あまり目立ちそうな行動はとりたくなかったが、今度は壁からすこし離れ、小石をなるべく高く、下手から放り投げた。

 見上げた先で、やはり先と同じように波紋が浮かび上がり、小石は目の前に落下してきた。

 おれは絶望的な気分になり、思わずしゃがみこんだ。

 その拍子にスカートが捲れ上がりそうになったのを慌てて抑える。間抜けだ。

 こんな状況、学校の敷地からは出られませんよ、と言っているのと同義ではないだろうか?

 いかんせん様々な創作物に触れてきたせいか、発想がゲーム的になり過ぎているのでは、と自分でも思わないではないが、なにせ現実的でない出来事が続いているのだから、多少はそういう発想に傾いても仕方がないというものではないだろうか。そう思いたい。

 不意に視界が歪んで、おれは慌てて空を見上げた。遠く上空では、青い空に白い雲がゆっくりと流れている。のどかな日常の風景が広がっていた。

 もしかしてもっと高いところなら見えない壁は存在しないのだろうか。未練がましく考えるも、アキラさん並みの跳躍力を持ってしても、雲の高さはさすがに無理だ。

 もしかして大きさの問題だろうかと、敷地の境界線に歩み寄り、息を吹きかけてみると、うっすらと波紋が広がるのが視認できた。


「ああ、もう、なんでこんな……」


 おれはその場にしゃがみこんだ。

 不可思議な夢の世界に入りこんで、事情に明るそうな格好いい夢の世界の先駆者に助けてももらえて、これから何か楽しいことが起こりそうな予感がしていたはずだったのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 現実でないとはいえ、肉体も含めて女装させられ、着替え中の、よりにもよってパンツを脱いだタイミングでいきなり学校に連れてこられて外に出ることもできないなんて。

 地面に視線を落としたままイジイジとしていると、不意に視界が暗くなった。太陽に雲がかかったのかと背後を見上げてみると、そこには白い布が太陽を遮って浮かんでいた。

 白い雲、ではない。白い布だ。まず間違いなく、バルコニーで遭遇したオバケ。

 二メートル近くはありそうなオバケを下から見上げたのははじめてだったが、ひらひらとした裾の部分はごく普通の布のように薄手に見えるのに、内部に太陽の光はまったく透過されておらず、ある程度から先はまるで、女性キャラクターのやたらと短いスカートで視聴を煽るわりにパンツは見せない方針のアニメの不自然な規制表現のようだった。


「う……」


 思わず上げそうになった声はなんとか抑えこんだものの、体が引いてしまうことまでは抑制できなかった。

 じゃり、というコンクリート上の砂と靴底の擦れ合う音がわずかに響く。

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