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Dream&Devils  作者: 昼の星
11/42

010,また学校。そして変質者へ……

 なんとなく廊下でたおれるのも嫌だったので、教室にもどり、自分の机に突っ伏した状態で意識を手放した。

 やはり、というべきか。自室のベッドで目が覚める。これで、あの学校での出来事が夢だったことがはっきりした。

 そしてなにより憂鬱なのは、


「これからまた学校……」


 半ば確信を持っていたにも関わらず、ほとんど現実と変わらないように過ごしてきたのだから、寝ている時間にまで学校に通っていたようなものだ。せめて今日が休日であればどんなに良かったことか……。

 眠った気はしないものの、体のだるさや疲れなどが感じられないことは救いと言えるだろうか。それにしても精神的な疲労はいかんともしがたい。

 大きなため息をついて、だらだらとベッドを抜け出した。





「はぁ……」


 ようやく一日の授業が終わった。ふだんであればすぐに帰宅するところだが、精神的な疲れからか、すぐに立ち上がる気になれず、少しのあいだ休み時間と同じように机に突っ伏してだらだらとしてしまった。

 いつもなら慣れきって心が麻痺したように何も感じない電車の中の人混みで、いつもなら努めて見ないようにしている不快な人物たちの姿がやけに視界に入ってくる。


「あーやべーマジはよ夜ならんか」

「おめーまたその話かよ」

「永遠に寝てろ」


 電車はそれなりの乗車率ではあったが、都心の映像にあるようなギチギチのすし詰め状態ではない。とはいえ全員が席に座れているわけでもなく、荷物や服が擦り合うていどには混雑している。そんな中で、一部の空間だけは見通しが良い状態になっていた。それは電車の出入り口付近なのだが、それが理由ではない。


「おーヤり放題だからってマジ嫉妬すんなって。ちゃんとおめーの女も喰っといてやっから」

「は? てめ殺すぞ。夢とか言ってなんでも許されんからな」


 意識を逸らせようとしていたところに、夢という単語が聞こえてくる。聞きたくもないと思うのに、意識が向いてしまう。といっても、どうしたって完全に聞かないなんてできないことは、元からわかりきっていたことなのだが。


「べつにいーだろあんなブス。つかおれにも貸せよ」

「は? なんでブスにハメようとしてんの? おめー頭おかしくね? つかおめーにだけはブスとか言われたくねーわ」

「おめーの前カノマジ”ウオ”だったじゃん。ブスとかいう資格ねーわ」

「ざけんなカンペキアイドルだったから。目ぇつぶったらな」

「たしかに! マジアイドルだったわー」

「は? おめヤッたの?」

「こないだ夢でハメてきた」

「おめー前ボロクソ言ってたじゃん、穴さえありゃなんでもいいのかよ」

「マジで5、6時間食べ放題コースだからなー。たまにはゲテモノいきてーときもあんのよ。あ、昨日おめーの妹も喰ったわ。ゴチしたー」

「は? 身内はガチでやめろっつの」


 ガンッ! 、と三人組のうち、床に座りこんで扉に背をもたせかけている、側頭部以外の前髪から後ろ髪にかけてをかなり色素の薄い金髪にしている男の顔の横に、蹴りが突き出された。もともとふだん以上に静かだった車内で、囁き声の類いすら失せて走行音だけが響き渡る。


「んなマジになんなって、夢ん中の話だっつの」


 金髪の男が顔の横に軽く手を添えながら顎を上げた。足の主は吊り革を手にしたまま、体をくの字に折り曲げて睨みつけている。


「は? なんでも許されっと思うなつったろ?」


 男たちがにらみ合っているうち、電車が停車し、男がもたれかかっているのとは反対側の扉が開いた。

 車内の人たちがまるで逃げ出すみたいに降車していくのにおれも続いた。べつにほんとうに逃げ出したわけじゃなくて、降りる予定の駅だったからだ。最後にちらりと男たちの方をうかがったとき、男たちは依然として睨み合いを続けていた。

 今日は厄日か何かだったのだろうか。おれはひどく憂鬱な気持ちで帰宅した。部屋にもどってベッドに倒れこんだときも、まだ手が震えていた。悪意や害意が自分に向けられたわけでもないのに、どうしてこんなにも竦みあがってしまうのだろう。おれは机の上のキーホルダーを見つめた。主人公の仲間たちの中で、いちばんの臆病者のキャラクター。

 人を襲う化け物や、悪巧みをする悪人とはなんとなく戦えるような気がしているのに、現実のただのガラの悪い人にはまったく勝てる気がしない。立ち向かおうという気になれない。それはきっと、現実的な恐怖だからなんだろう。そういう意味じゃ、化け物や悪人とだって、実際に相対したとしたら、どうせ何もできないんだろう。

 情けない……。





 ふと気がついたときには、部屋の中には暗闇がわだかまっていた。

 どうも、帰宅したときのまま、家事もせずに眠ってしまったらしい。

 慌てて立ち上がり、扉に手をかけた。

 と、そこで、そういえばいまはどっちなんだ? と思い、洗面所へ向かった。

 ボタンを留めたカーディガンの上に前を開いた状態の紺色のブレザー。鏡の中にあったのは、ふだんより少し髪が伸びて、なぜか女子生徒の制服を着たおれの姿だった。

 以前、同じように洗面所で自分の姿を確かめたときは就寝時と同じ服装だったのに、それが変わっている。高校の制服、という意味では同じだが、いったいどうしてこんなことになってしまっているのか。一度、自分の格好を意識してしまうと、とたんに下半身が頼りないものに感じられてくる。

 ふだんなら外気から遮断されて、布の感触が返ってくるはずのふともも、特に内腿の部分が無防備に空気に晒される感触は、まるで風呂から上がって下着だけを身につけた状態と変わらないように感じられる。

 感覚的にはもうスカートなんて履いていないのと変わらないような気がする。こんなのもう露出狂ってやつじゃないのかと思う。

 きっと大人たちは、これをふつうだと言い張ることで、女性たちを子どものうちから露出調教しているのだ。いまとなっては大人たちもふつうだと思いこんでいるのかもしれないけど、きっと大昔はそういった思惑があったにちがいない。おれはまたひとつ、汚い大人たちの現実を知ってしまった。


「うう……」


 内腿が外気に触れる感触に慣れなくて、自然と内股になってしまう。思わずスカートを抑えてしまいたくなったが、触れることはためらわれた。

 自室にもどってクローゼットをあさった。てきとうにいつも着ている洋服を引っ張り出してベッドに放っていく。ふと、着替えるよりも先にスカートの下にズボンを履いてしまおうと思いつき、寝巻きにも使っている中学生時代のジャージを手に取った。

 しかし片足を通したところで、下着はこのままでいいのか? と疑問がよぎった。感触からして、常用しているボクサータイプのパンツじゃない。そんな気がしていた。

 しばし煩悶とした後、おそるおそる腰骨のあたりを少しずつ捲り上げて確かめてみた。ふだんならすでにボクサーパンツの布が見えているはずのところを通りすぎても、布は一向に見えてこない。

 さらに捲りあげて見えてきたのは白い下着だった。だが、昔履いていたブリーフとはちがって生地が薄いみたいで、なんというか繊細? な感じがした。


「はぁ~~」


 捲っていたスカートをもどして、大きなため息をついた。気を取り直し、ベッドの上にボクサーパンツを用意する。位置関係を何度か確認し、目をつぶったうえでの手探りも試してみる。


「ふぅ……よし」


 おれは目をつぶってスカートの中に手を入れた。べつに犯罪行為じゃない。ただ着替えるだけのことだ。だというのに、やけに心臓がうるさかった。

 腰骨のあたりの布に親指をかけ、意を決して脛のあたりまで引き下ろした。股に感じる空気の感触を極力気にしないように努めて、足首から布を抜き去ろうと片足を上げた。

 その拍子にフラつく感覚に襲われた。体勢を崩してしまったのかと思った次の瞬間には、目蓋越しに辺りが明るくなっていることに気づいた。

 体が硬直し、呼吸も止まる。

 まさか父が部屋にやってきたのか? 疑問に対して瞬間的に導きだされたにしては妥当な線ではないだろうか。

 だが、予想に反して聞こえてきたのは、たくさんの人が言葉を交わしあう喧騒だった。

 目を見開いてみれば、そこは学校の教室だった。まだホームルームが始まる前の、雑然とした賑やかさに包まれた教室。そんな中に、自分の机の前に中腰の姿勢でおれは立ち尽くしていた。


「うわああああ!」


 情けない悲鳴を上げて、おれは教室の窓に背中をぶつけながら床にしりもちをついた。そのまま自分の膝に顔を埋めるみたいにして体を限界まで縮こまらせた。

 なんで? どうして? という疑問ばかりが脳内に渦巻き、状況を把握する余裕なんてない。

 まさかこんな、女装姿で、しかも下になにも履いていない状態で学校に放り込まれるなんて、だれが想像するだろう。

 これは夢だ。夢だからだいじょうぶだ。

 そう言い聞かせるも、それでももし、おれやアキラさんたちのように、意識を保っているだれかがいるとしたら? 中身が入っているというだれかに、知られてしまったとしたら?

 身の破滅だ!

 目をぎゅっとつぶって縮こまっているせいで、だんだん自分がほんとうに教室の中にいるのかどうかが判然としなくなってくるような気がした。でも、止むことのない周囲の喧騒が、お前はまだ教室に存在しているんだぞ、と、逃げられないぞ、と伝えてくる。

 悲鳴を上げてしまった瞬間……呼びかけのように認識されたのか、夢の世界ならこちらから接触しない限り反応しないはずのNPC状態の人たちが、何人かこちらを振り返ったような気がした。

 もし……もし、顔を上げたとき、そこに、こちらを覗きこむ同級生たちの顔があったらどうしよう。そんな妄想が脳裏を掠めると、床にうずくまった背中にだれかの吐息を感じるような気がした。

 消えてしまいたい! 消えてしまいたい!

 消えてしまいたい1時間耐久動画かなにかみたいに、一心にそんなことを唱えていると、


「おい! どうかしたか!?」


 そんな男子生徒の声が、おそらくは教室の入り口のほうから聞こえてきた。

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