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Dream&Devils  作者: 昼の星
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009,学校

 仮に現実のどこかでアキラさんとシュウゴさんと会い、会話したとしよう。だがそれが、周りの人たちから見たとき、おれがひとりで何事かをぶつぶつ呟いているだけという状況である可能性があるのではないだろうか。

 だがふと思う。そんなことを考えるのはもはや意味がないのでは、と。誇大妄想というのなら、そうして妄想で会話していたことを周りの人がおかしいと指摘してくれたとして、それすらおかしいと思わない可能性があるのではないか。つまり、もう目の前で現実に起こっていることが正しく認識できなくなるという可能性だ。そんなものはもうどうしようもないだろう。いま目の前に見えているものすべてを現実かどうか疑うようなものだ。

 仮にほんとうの自分なんてものがどこかにいて、病院のベッドの上でただ心臓と肺を動かしているだけの存在だとしても、おれはそんなことはわからないし、結局はおれの見ているこの世界を生きるほかにないんじゃないかと思う。

 なんだか途方もない方向に思考が飛躍してしまったが、ともかくアキラさんとシュウゴさんについてはこれからのことでまた判断していこう。とりあえずはシュウゴさんが提案してくれたように、現実での存在を確認させてもらおう。それだけで、自分が正常である前提のもと、夢の世界が自分ひとりで見ているただの夢か、それとも多数の人間の意識で形作られた、ある種の現実の延長のような世界なのかがはっきりするだろう。

 そしてパートナーなどと呼ばれる存在についても聞いてみよう。もしそうでないとしたら、おれはアキラさん以外にもあの白髪の女の人に自宅を知られてしまっていることになる。

 あの人はおそらく……あまり好意的な存在ではないような気がした。風にそよぐ真っ白な髪、月明かりに照らされた病的なまでに青白い頬を思い出す。そして、至近距離で見つめ合った宝石のように赤い瞳。直後に感じた首筋の鋭い痛み。

 吸血鬼かなにかみたいだった。

 現実離れして見えた美しい容貌も含めて、それこそ夢の中の、架空の存在のように思えていたが、もし夢の世界が現実の延長のようなものだとしたら、彼女もこの街、もしくはこの現実の世界のどこかで生きている人なのか。思わず、痛みを感じた首筋に手を這わせる。そこには傷跡もなにもない。

 そういえば、おれが女になっているみたいに、容姿が変化している人もいるとかなんとか、言っていたっけ。

 アキラさんが言っていたんだったか、シュウゴさんが言っていたんだったか……。





「ん……」


 ふと気がつくと、おれは机に突っ伏して眠っていた。ベッドで横になっていたはず……そう思った瞬間、大人の男性の声が耳に届いた。

 ゆっくりと顔をあげると、そこは学校の教室だった。男性の声は、教壇に立った教師のものだったのだ。

 それとなく周囲を観察する。周りには整然と並べられた机にそれぞれ生徒が腰掛けており、まさに授業中といった様子だ。

 授業中に居眠りをしたことはないが、休み時間から継続して眠ってしまっていた可能性はあるような気がした。なにせ最近は例の夢のことで、睡眠不足の感覚こそないものの、あまり眠ったという実感は持てていなかった。もしかしたら気づかないうちに睡眠不足に陥っていて、うっかり眠りこけてしまったのかもしれない。

 ここが睡眠後の夢世界なのかどうか、判断に窮していた。なまじ現実と寸分違わない五感を伴う夢なので、状況も現実的となると見分けがつかない。

 それにシュウゴさんの話によれば、夢世界で目が覚めるのは現実に自分が眠った場所だということだった。おれは自宅で眠ったはずで、だとすれば教室で目が覚めるのはおかしい。それに、時間も現実と同じように流れているはずなので、外から日の光が射している今現在の教室の様子は、おれの就寝時間帯である夜に訪れているはずの夢世界とは食い違っている。

 忙しなく、だが教師に見咎められないように慎重に、周囲に視線をさまよわせる。馴染みのある教室に、馴染みのある同級生たちの姿。

 オバケめいたモンスターがいたり、総白髪に比喩表現ではなく雪のように白い肌をした女性がそれとなく席についていたりはしない。アキラさんやシュウゴさんの姿も、当然見当たらない。

 窓の外を見やる。桜の花がはらはらと、やわらかな花びらで複雑な空気抵抗を発生させ、まるで踊るみたいに落下していた。

 わずかに顎を持ち上げて見上げてみると、枝先にはまだまだ花が残されていて、まさに満開といった風情だった。

 ふと違和感を覚え、再度、辺りに視線を走らせる。馴染みのある教室、馴染みのある同級生の姿、そしてその並び……。

 見上げなければ見ることのできない桜の花。

 これだけの状況が揃っているのならば、やはりここは夢世界なのだろう。

 おれは二年生に進級したばかりで、教室にも、新たに同じクラスになった同級生たちにも、まだ馴染みなど持てていない。それに桜の花は、二年生の教室からなら見上げるまでもなく視界に入るはずだ。そして、しょっちゅう窓の外を見ているぼっちの記憶がたしかならば、桜の花はもうかなり散ってしまっていて、あんなに残されてはいないはずだった。

 だとしてもこの状況はいったいどういうことなのか。アキラさんたちが夢世界のすべてを把握できていたというわけでもないだろうから、そうした想定外のできごとが起こったということなのかもしれないが、それにしたってなぜ学校なのか。

 状況を確認すべく動きたいところだが、なにせ現実と違わぬ世界なので、授業中に席を立つことは憚られた。どうしても、万が一、と思ってしまうのだ。仮に現実だとして、一瞬衆目を集めて教師にどうした? などと質問され、注意を受ける程度のことかもしれないが、たったそれだけのことがなぜかとても恐ろしく、恥ずかしいのだ。幸いなことに、はっきりとしたいじめのようなものは行われていないはずだが、それでもやはり、常に一人きりでいる自分の立ち位置は微妙なものであり、目立つことは避けたかった。

 おれはただただ椅子に座って、ぼうっと過ごすことを選択した。





 手を挙げてみるのはアリだったかもしれない。夢世界ならば無視されるはずだし、もし反応されたなら、トイレにでも行かせてもらえばいい。ただやはり、注目を浴びるのはごめんだし、過ぎたことを言っても仕方がない。

 おれは疲労を感じながらも席を立った。

 周りの同級生たちがおれに反応しないのは現実と変わらないので、判断材料にはならない。

 廊下に出て、いちおうクラスを確認する。想定どおり、一年生のときの教室だった。まぁこれは見えている景色からもはっきりしていたことだ。廊下でぼうっと突っ立っている勇気もないので、とりあえず歩き出す。

 ほぼ間違いなく夢世界にいるのだとは思っていたのだが、かといっていざとなったら何をしたらいいのかわからない。

 あれこれと膨らませていた妄想を試してみたいとは思うが、学校という、下手なことのできない環境が……いや、実際は夢世界だとしたら何をしてもそうそう問題はないはずなのだが、どうしても日常から逸脱した行動をためらわせていた。

 ふらふらと、目的地もなく校内をさまよい歩く。それなりに広い学校ではあったが、おれが歩き回って不自然でない領域なんてのはたかがしれている。てきとうなところで折り返し、教室にもどることにした。すると、下駄箱のところで意外なものを発見した。


「犬……?」


 それは白くてふわふわした毛並みの小さな犬だった。どうしてこんなところに犬が、と思って見ていると、向こうもおれに気づいたのか目が合った。しばし見つめ合ったままでいると、犬は小型犬に似つかわしいおどおどとした様子で後ずさり、きょろきょろと周囲を見回しながら、下駄箱の陰へと去っていった。歩いて下駄箱の陰を覗きに行ってみると、校舎の外へ出て行く後姿が一瞬だけちらりと見えた。


「なんだったんだ……」


 教室で鳥の声も聞こえていたような気がするし、動物がいること自体はおかしくないんだろうけど、なぜ犬が……。見たところ、赤い首輪をしていたし、野良犬という風情ではなかった。

 おれは首をひねりながら一年生の教室へもどった。

 その後は件の五味という教師の授業が自習時間になっていた以外にはこれといって変わったこともなく、一年生のときの学校生活を繰り返されるはめになった。夢の世界に来たというよりも、タイムスリップか、もしくはタイムリープでもさせられたような感じで午前中の授業を終え、昼食休憩の時間となった。

 いつもなら、前日に自分が作った夕食の残りであるとか、朝に父親が作ってくれた朝食の残りを適当に詰めて持ってくるのだが、おれの荷物の中には食料の類いは入っていなかった。おれの通うこの高校には学食も購買もあるのだが、学食はなんとなく上級生が優先されるような空気がある。なので昼食を持参しない一年生は主に菓子パンが多く用意された購買に並ぶことになるのだが、おれはどちらも一度も利用したことがない。

 昼食を持参できなかったこともあるが、そんなときは、自動販売機でなるべく甘ったるいジュースを購入し、あとは空腹を堪えてただただ寝て過ごしたものだった。

 いまはどうかといえば、やはり夢の世界だからなのか、まったく空腹を感じないので、またしても校内をふらふらとさまよい歩いていた。

 そういえば、食事時になんだけど、トイレにも行っていない。いや、たんに時間を潰すために赴いてはみたが、排泄はしていないという意味だ。そういう欲求はまったく感じることがなかった。とはいえ、眠っていても尿意を催すことはありえるだろうし、もし夢の世界で小便などをしたら、現実で漏らしていたりするのだろうかと考えると、なんだか途端に気の滅入るような感じがした。夢が壊れるとか、そんな感じだ。

 と、ふいに意識の薄れるような感覚に襲われた。まるで立ち眩みのような感覚。アキラさんたちとファミレスで話していたときに感じた、目の覚める予兆だろう。

 校内にある時計は、現実に即していると聞かされていた夢世界の特徴とはちがって、学校に生徒が集まって授業が行われている時間帯、に即した時刻を指し示していた。なので、現実でいまが何時なのかは把握できていない。が、仮におれが眠ってすぐにこの世界で目が覚めたとするのなら、時間経過はおおよそ五時間超といったところ。そろそろ目が覚めてもおかしくない頃合いに思える。

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