(1)
少し前まで、私達の前には数える程の人しかいなかった。
少し前まで、私達の事など知らない人がほとんどだった。
でも、こつこつとだが着実に変わった。今自分達の前には人だかりが出来ている。私が首を振れば、同じように首を振り。身体を揺らせば、同じように揺れてくれる仲間がいる。
でも。
どれだけ届いてるんだろう。
この中に、どれだけ伝わってるんだろう。
『君がもがいて差し出した手を 私はさっと掴んでみせる
ありがとうなんていらない
私は一緒に そこに沈みたい
あなたの手は その為にちょうど良かったから』
私は、誰に何を伝えたいんだろう。
*
パチっと電気をつける。決して広くはない安アパートの部屋に入るなり、私はベッドの上に転がり込む。枕に顔を埋め、そのままどこまでも沈んでいきたくなる。
見えない不安。ぼやけていた未来は年々輪郭を露にし私を押しつぶす力を強めて来る。
いっそ見せてくれ。成功でも失敗でもいい。そうしてくれれば、私は迷わなくていい。不安になどならなくても済む。そんなわがままを、私は毎日のように心で何度も呟いていた。
むくっと身体を起こす。
このどうしようもない心の靄を無駄に抱えるなら、せめて利用してやる。ノートパソコンを立ち上げ、メモ帳を立ち上げる。
『どうせ決まった未来なら イジワルしないでさっさと見せてよ』
言葉はそこで止まった。
「はあ……」
私は結局またベッドに倒れ込んでしまう。ここの所ずっとこの調子だ。
スランプ。これまで何度も経験してきたが、今回のはいつもと違う。レベルが違う。
歌詞が出ない。出てもこんなネガティブなものばかりだ。
それに――。
「……もう」
涙が枕を湿らせていく。
皆知らない。私だけがその事実を一人で抱え込んできた。
申し訳なさと悔しさとやるせなさと。
でも頑張らなきゃ、負けちゃダメだって。自分を奮い立たせてステージに上がり続けた。これまで以上に声を張り続けた。
けれど、もうこれ以上背負い続けられそうにない。
「なんでだよ……」
――どうして私から、歌を奪うんだよ、このクソ神。
歌えない世界で生きるなんて、私にはもう無理だ。