(3)
「なんでバレてるわけ?」
そう言うと安藤君は、いやーと言いながらまた襟足をぽりぽりとかいた。
「だって休日にわざわざ会社来て、なのに机の上に中身も出さずにカバンだけ置きっぱにして、本人は屋上ですよ。しかもフェンスにしがみついて。不自然モンスターですよ。ああこりゃ死ぬわって」
「何よ不自然モンスターって」
「知らないですよ。初めて使いましたもん」
私が死ぬって時に、安藤君は心底楽しそうにケタケタと腹を抱えながら笑っている。
「あのさあ」
「何です?」
「言いたかないけど、死ぬかもしれないって人に対しての反応じゃないよ、安藤君」
「そういう教育受けてないですもん」
「誰も受けてきてないだろうけど、変よ変」
「えー……じゃあ、もっかい屋上入る所からやり直すんで、工藤さんさっきみたいにフェンスにしがみついてもらってていいですか?」
「今度はちゃんとね」
「はーい」
工藤君は素直に屋上の扉の外へ出た。その姿を確認してから、私は再びフェンスに向き直る。
「いや、何やってんの私……」
訳わかんないけど、完全に安藤君ペースだ。いやでも、今安藤君はいない。一瞬だが、チャンス再来ではないか。フェンスを掴む手に少し力が入った。
「く、工藤さん…! 何やってんすか!?」
しかし、そう言って再び飛び込んできた工藤君の声が聞こえた時、私はもう駄目だった。その場に膝から崩れ落ち、立ち上がれなくなった。
「工藤さん! 工藤さーん!」
やめろ。やめてくれ。もう勘弁してくれ。
「はやまっちゃダメっすよ工藤さーん!」
「ぷっ……ぐっ!……は、はっ、はは、あーはっはっはっは!!」
私は盛大に大空に笑い声をぶちまけた。
「え? く、工藤さん?」
「はっ! はー! あーははっは! 何それ!? 何なのあんた! はっはっはっは!!」
止まんない。大根すぎ。なんてクソみたいな演技だ。
「あんた! 本気で私が死ぬの止める気ないでしょ!?」
全く持って安藤君には危機感がない。私が死ぬわけないとでも思っているのか、本気度がない。あまりにひどい。
「いやー、すんません。頑張ってみたんですけどね。やっぱバレちゃうもんですね」
――ん?
私の笑いは一瞬で引っ込んだ。
「工藤君?」
「演技の勉強もするべきかなー……」
「工藤君?」
「やっぱり世の中生きていくには自分の持っていない仮面をかぶらないといけない時もあるしなー……」
「工藤!」
「んあい! 何スか!?」
自然なリアクションをとれるんだから、自然に私を止めればいいものを、彼にはそれが出来なかった。いや、しようとすらしなかった。さっきの言葉を聞いて、私はようやく彼に抱いた違和感の正体を知った。
「バレちゃうって、何?」
「あー、え? 言いました俺そんな事?」
「言った」
「言ったかー。正直だからなー俺」
でもこんな時に彼は襟足をかかない。都合が悪いと思っていない。つまり何とも思っていないという事。
「やっぱ俺邪魔ですね」
安藤君はとても自然でとても素敵な笑顔で私を見た。不意打ちすぎて私の心臓がとくんと鳴ったが、恋が始まる気配は別になかった。
「工藤さんの死を止める権利なんて、俺にはないですからね」
――あー、だからもう。
恋は始まらない。でも私はこいつが好きだ。
私たちは、お互いの存在を認識している。言葉も交わし、どういう人間なのかを頭だけではなく、心で、直感で認識している。
「だから、工藤さんにとって死しかないなら、俺は止めません」
あんたのその距離感が、私は気持ちがいい。