(1)
「たかっ」
ビルの5F。屋上から見下ろす景色はやはり高くて十分だ。
「ふう」
ぶるっと身が震えた。
恐怖、いや、緊張か。よく分からない。
休日にわざわざいつもと同じスーツを身にまとい、平日と同じ出勤時間に家を出て電車に揺られる。いつも通りを装っても、どこまでいってもそれはいつも通りにはなってくれない。
職場のあるビルに入り、オフィスである4Fを押す。エレベーターは休日でも変わりなく動く。エレベーターを降り、ドアの前のセキュリティー機器にカードをかざす。ピッと機械音がなりドアが開く。誰もいない。当然だ。休日なのだから。とは言っても、休日出勤をする者もたまにはいる。誰もいない事を確認し、なんとはなしに自分のデスクにどかっと座り込む。
「はあ」
無駄にため息。ため息しか出ない。何に。全部に。無駄な全部にだ。
カバンを机の上に置く。カバンは必要なかったんじゃないか。それこそ無駄だ。無駄を自分で増やしてしまった。でもスーツ姿なのに手ぶらで歩く事はいつも通りじゃなくて、違和感を塗りつぶす為に気付けば自然と持ってきてしまった。
いいや、置いてこ。どうせ家にあるかここにあるかだけの違いだ。知ったこっちゃない。
立ち上がり、再びエレベーターに乗り込みRのボタンを押す。降りた先の頑丈な扉のドアノブをぎゅるっと回す。ガチャリと音がして外が開ける。
いい曇りだ。これぐらいがちょうどいい。朝起きて空を見た時に、今日はいけそうな気がすると思った。立ち込めた雲は空をまるごと運んでいるように流れていく。定められず、ただただ漂う姿はやはり羨ましい。
屋上は好きだった。昼食は必ず簡素な手作り弁当を持ってここに来た。備え付けられたベンチに腰かけ、雲を見ながら過ごす時間は穏やかだった。
でも、もうそれもなくなる。
何度も考えた。うっすらと頭の片隅で天使か悪魔だかが「そうしなよ、悪くないよ」と囁き続けた。次第にその声は大きくなり、隅から染み渡るように私の頭を染めていった。
そうする。悪くないよね。
一般論やなんだのはもういい。私にとってそれがどうかの方が大事だ。
「だって、もう疲れたし」
意味なんてものはない。
生きてる事になんて。
だからもう、終わりにするのだ。
「たかっ」
屋上から見下ろす景色はやはり高くて十分だ。
「あ、やっぱり工藤さんだ」
なんて事を思っていたのに、背後から予想外の声が飛んできて私はひどく驚く。フェンスの柵に手をかけいよいよという所だったので尚更だ。
「何してんすか、休日に屋上で」
言いながらもさして興味のなさそうな気怠そうな表情と声。
「安藤君こそ」
私はとりあえず、フェンスから手を離した。
「いやー、ちょっと、ね」
バツの悪そうな顔をしながら、ぽりぽりと襟足をかく。いつもの癖だ。だいたい自分にとって都合の悪い時にこの癖は出る。
「で、工藤さんは?」
「ん?」
「工藤さんこそ、何してんすか?」
「いやー、ちょっとね」
「なんだ、俺と一緒っすか」
そんなわけないだろと突っ込みそうになる。
――私、自殺しに来たんだよね。
そう言えば、あんたの気の抜けた顔もちょっとは歪むかな。